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6 語らい

 3月7日の夜。

 食事が終わって、ラクリマはカインを見た。彼が覆面をまた引き上げているのを確認してからそばに寄って、言った。

「カインさん。よかったら前のお仲間の話を聞かせていただけませんか……もしよければ、最後に離れ離れになったときのことも」

 カインは一瞬押し黙ったあと、落ち着いた声で語りだした。


 リューヴィルは俺の親友だ(言いながらカインは彼の遺髪に目をやったようだった)。俺たちのリーダーだった。いいとこの商人の息子のくせに、よく裏町の、俺なんかの溜まり場に遊びに来ていた。気兼ねなくつきあえるいいやつだった。口数は多いがそれだけじゃなく実行力もあった。大胆なやつで……。女にはちょっとだらしなくて、ファラとよく喧嘩してた。俺たちは「夫婦喧嘩」って笑ってたが。

 ファラは、俺と同じストリート上がりで、きっぷのいい女盗賊だ。度胸はリューヴィル以上、だが徹底したリアリストで、よく冷めた台詞を吐いた。そのくせリューヴィルとのつきあいはやめられないみたいで、逆に俺たちが「目を覚ませ」って言ってやることが多かった。財布は彼女が握ってた。

 ディートリッヒって名前の魔術師も仲間にいた。無駄なことをすごく嫌がるやつで、少し冷たい感じのするやつ……。俺たちとはいつも少しずつ距離を置いていたかもしれない。彼も若かった。もともとラストンの貴族出身だったらしいが、ハイブのせいで故郷を失い、やはりハイブを憎んでいた。

 アルトーマスも、俺やリューヴィルと同じ戦士だった。トーマスは──俺は彼のことはトーマスと呼んでいた──彼はのんびりした穏やかなやつで、どこかの貴族のご落胤じゃないかって仲間では噂してた。一番年上で、だからってわけだけじゃないだろうが、彼がいるといつも落ち着けた。変に頑固なところもあるやつだったけど……。お茶を飲むのが好きだったな。

 ジェラルディンはトーマスの妹で…………君にそっくりだって言った女の子だ。君と同じ僧侶で……。ジェラは俺の恋人だ。見た目は君とそっくりだが、中身は全然似てない……と、思う。何でもはっきり口にする子で、最初の頃はよく喧嘩した。すぐに「これだから冒険者は」って言うからこっちもかっとなったりして。ああ、そうだな、冒険に関してはあまりいい感情を持ってなかった。ただ、ハイブに家を焼きだされてしまって、トーマスと二人で仕方なく冒険者になったんだ。でも決してくよくよしたりしなかった。いつも前向きでしっかりしてて面倒見がよくて…………


 カインは少しの間、口を噤んでいた。ラクリマは静かに言った。

「早く会えるといいですね」

「ああ…」

 カインはそれから彼らと離れ離れになったときのことについても語った。突然現れたハイブたちのこと。繰り出される魔法、麻痺毒にやられ倒れる仲間、逃げようとしても執拗に追ってくる不気味な怪物たち、トーマスの最後、そして……崖上でのジェラルディンとの別れ。

 一気に語り終えて、彼は息をついた。そして最後に、

「俺は仲間のために戦う。生きて、めぐりあうまで。……きっとめぐりあったあとも」

 カインはそう言って言葉を結んだ。

 ふっと、彼はラクリマを見た。彼女は、ハイブコアでの話からこっち、声はあげないけれどほとんど泣き通しだった。

「聞いてもらえて楽になった」

 カインは言った。

「君も……何か悩みを持っているなら……俺では無理かもしれないが、できればヴァイオラさんかGに相談するといい」

 ラクリマは驚いて涙を止めた。が、うまく答を返せず、「え、ええ……いえ、私は……」などとまとまりのない言葉を並べた。

 先ほどからやや離れた場所で二人を見ていたヴァイオラとGは、カインのことでひそひそと話をしていた。自らが喋り終えたせいか、その断片が彼の耳に届いた。

「カインは・・・・にそっくりな時点で怪しいよな」

「そういえばヴァーさん、ガラナークでは双子ってすごく嫌われるんですよ。『不吉だ』とかってこっそり里子に出したりするみたいです。実際にそういう話も知ってるし…」

「ガラナーク人はどうしてそう、しょうもない迷信に振り回されるんだろうね……しかし双子か。あれだけそっくりだと、あり得ない話じゃないね」

「俺の顔がどうとかって、何の話をしているんだ」

 カインは座ったまま声を上げた。ヴァイオラとGは話すのを止めた。

「陰で話すのはやめてもらいたい。言いたいことがあるならはっきり言ってくれ」

「単に、君は本当によく似ているって話だよ」

「レスタトにか?」

 その名前を口にした瞬間、ラクリマが動揺するのが見えた。手で手を拭うようにしながら、彼女は「わ、私、あと片づけをしてきます」と言って立ち上がった。立ち上がるところから転びそうで危なっかしかった。

「ば~か」

「ばーか」

 ラクリマがよろよろと立ち去ったところで、ヴァイオラとGがカインに畳みかけるように唱和した。カインがムッとしながら、それでも大人しく次の言葉を待っていると、まずGが口を開いた。

「ラクリマさんの前で奴の名前を口にするな。理由はお前だってわかってるんじゃないのか? この間、ヴァーさんから全部聞いただろうが。今度彼女を泣かせたら、お前を殺すぞ」

「まあまあ、ジーさん、そこまで言わなくても」

「だってラクリマさんが可哀想じゃないですかっ!」

 Gは声を荒げた。ヴァイオラはこれに応えて言った。

「いや、ラッキーもね、あのくらい耐えられるようにならなきゃ駄目だから」

「だって、あんなに傷ついてるんですよ…!」

「司祭は人間的に成長しなければいけないんだから、これくらいの困難も何てことないと感じられるようにならなきゃ駄目なんだ」

「………」

 短い沈黙のさなかに、向こうで湯を沸かす銅鍋のがらんがしゃんと転がる音がして、皆、思わずそちらに気を取られた。続けてアルトが「いいですよ、ラクリマさん、ボクがやりますから」と言うのが聞こえた。Gはもう一声、こっそりと口にした。

「…ばーか」

 カインはそれを聞き流して話を戻した。

「……それより、俺の顔がどうとかって、何の話だ。もともとそっちがそういう話を持ち出したんだろう」

「そのことは決着がついたときに話す」

 Gは突き放すようにカインに言った。

「決着? 何の決着だ」

「ジェラルディンの」

 カインは「どういう意味だ」と訝しげに問うた。

「ジェラルディンは生きてるかもしれないんだろう? 彼女と再びめぐりあったときに、カインがここから離れるかどうか、それが決まってから話す」

「俺はあんたたちから離れる気はない」

 カインははっきりと二人に告げた。

「それにここまでにもう十分、巻き込まれているだろう」

「巻き込まれていても、自由意志で離れるのは構わないと思ってるからね」

 今度はヴァイオラが口を利いた。カインはそれに応えて言った。

「俺は、ここで、あなたたちと一緒に真実に到達したいんだ」

 Gとヴァイオラは顔を見合わせた。

「実際の話、ジェラルディンが見つかったら、ボーヤと彼女はどうするんだ?」

「できれば……彼女も仲間に加えて欲しい」

「……それはラッキー次第だね」

 ヴァイオラはそう言ってラクリマを呼んだ。

「ラッキー、もしもそっくりなひとが仲間に入りたいって言ってきたら、どうする?」

「…そ、そっくりって、だれにですか?」

 ラクリマは相変わらず手で手をいじりながらこわごわ聞き返した。これ以上レスタトのそっくりさんに増えられては、さすがに耐え切る自信がなかったからだ。

「ラッキーのそっくりさん」

 「ああ」と、彼女は吐息をついた。「構いませんけど」

「ありがと。それだけだよ。アルトを見てきてくれる?」

 ラクリマは「はい」と言って再び離れていった。彼女が十分に離れたのを見届けて、Gはカインに言った。

「お前はレスタトの兄弟だ、たぶん。顔もだが、声も体つきもそっくりなんだ。他人というには似すぎている。双子としか考えられない」

 ヴァイオラはそのあとを継いで言った。

「ガラナークでは双子が不吉とされる話があるというから、そのせいだろう。ボーヤは里子か捨子か…問い合わせてみればわかるだろうね」

 カインはしばらく考え込んでいたが、「今の俺は俺だし、それ以外に不満もない。問い合わせてまで知る必要はないと思うが」と、述べた。

 その日はそれでお終いになった。

 就寝前、ヴァイオラは、だれにも見られないようにしてコミュニケーションスクロールを取り出し、ロウニリス宛に通信文を書き込んだ。

《明日フィルシムに着く》

《了解》

 返答は簡潔にして迅速だった。そのあとで、もうひとつふたつ思い出したことがあって、ヴァイオラは再び書き込んだ。

《セロ村村長死亡。狼族勢力拡大中》

 今度も返答は早かった。

《前者既知。後者無視できないので調査継続》


 3月8日。

 夕刻、無事にフィルシムに到着した。さすがにエステラ嬢はホッとしたさまを隠せなかった。肩の荷が降りた感じだった。

 城門のところで、セリフィアは呼び止められた。

「セリフィアさん! お元気でしたか、師匠!」

 振り向くと、以前、一度だけ一緒に夜間警備をしたことのある駆け出し戦士、グルバディ=パースがいた。今日も門衛として働きに出ているらしい。彼が子犬のようにじゃれつこうとするのを、「悪いが、受付をさせてくれないか」と言ってセリフィアは通り抜けた。

 門内に入って、皆、それぞれの向かうところへ別れていった。エリオットたちは即刻、戦闘技能訓練の道場へ向かったらしかった。

 一同は勝手知ったる「青龍」亭に宿をとることにし、ラクリマだけパシエンス修道院に泊まることになった。

「明日、発つんだろう? それなら今日のうちに修道院へ挨拶に行ってくる」

 セリフィアがそう言うのを聞いて、ヴァイオラはクスッと笑った。

 Gは「青龍」亭の部屋に入ったあと、ヴァイオラに「さっき、どうして笑ったんだ?」と尋ねた。

「いや、セイ君がパシエンスのサラさんに懐いてるなぁと思ってね」

「サラさんって……あの、エライひとか?」

 Gの中ではサラは「エライひと」になっていた。特に訂正する必要も感じなかったので、ヴァイオラはそうだと答えた。

「だって、あのひと、セリフィアさんより年上じゃないか」

 いきなり話が変なほうへ行くなと思いつつ、ヴァイオラは、

「年上だって問題ないでしょ。セイ君なんか年上のほうがかえって安心するんじゃないの」

と、適当に答えた。

「そういえば……セリフィアさんって、ミーア=エイストに世話になったって……あの女のことも好きみたいだった。もしかして……」

(もしかしてセリフィアさんって、おばさんコンプレックス…!?)

 Gは心から驚いた。ショックだった。せっかくラクリマさんとお似合いだと思ってたのに……。

(……何を考えてるんだろうね、この娘は)

 普通なら、サラに対して嫉妬しているかと思うところだが、どうもそういう色合いではなさそうだった。相変わらず鷹族の考えることは謎だ、と、ヴァイオラは思った。


 ラクリマは修道院に帰る前に、セリフィアとカインと一緒にトーラファンの館を訪れた。

 今日、フィルシムに到着する前に、カインの指輪──一同に倒されたユートピア教幹部・故エドウィナの持ち物で、はめた途端に外れなくなった──をどうすればいいかヴァイオラに相談したのだが、その折に、レベルの高い魔術師に見てもらうといいかもしれないというアドバイスを受けた。それでカインも一緒に行かないかと誘ったのだった。

「おや、あなた方でしたか」

 玄関口に現れたクリスタルスタチューのフィーファリカは、ラクリマたちの顔を一通り眺めてからそう言った。

「あの、お邪魔でなければ、トーラファンさんにお話ししたいことが…」

 ラクリマが遠慮がちに言うと、フィーファリカは「大丈夫ですよ。どうぞ」と言って一行を館の中に招き入れた。

 いつもの応接室に通され、ソファに腰掛けて待った。ほどなくしてトーラファンが現れた。

「久しぶりだな。元気か?」

「はい。ありがとうございます。あの……実はご相談したいことがあって……」

「何かな?」

「カインさん…」

 ラクリマに促され、カインは簡単な説明と共に、指輪のはまった指を彼に見せた。

「ほう…スペルストアリングか。ユートピア教の紋が入っているな。ふむ、なるほど、ふたつ呪文が残っているが、もともと4つ入るようだな」

 トーラファンの見立て通りで、4つあった呪文のうち、ソードとディスペルマジックの呪文は空になっているはずだった。トーラファンはカインの顔を見て告げた。

「そなたとは属性が合わないようだ。それが合わないと、自動的に攻撃を受ける仕組みになっている」

「ええ、もう受けました」

「そうだろうな」

 トーラファンは何か諳んじてから、ラクリマたちを見回した。

「どうしたいかね? 外したいなら、鑑定料を差し引いて2万gpで引き取るが」

「2万gp!?」

 突然の高額な申し出に、一同は驚いた。トーラファンは付け足して言った。

「そのままはめていても特に問題はないぞ」

 ラクリマは尋ねた。

「あの…場所がユートピア教のひとから探知されるとか、そういうことはないんですか?」

「それはない」

 カインは迷った。探知される危険性がないなら、このまま持っていたほうが役に立つかもしれないと思ったからだ。だがそうやって逡巡していたとき、

「いや、やはり外した方がいいだろう。ユートピア教の紋が入っているんだ、何かのときに面倒に巻き込まれないとも限らない」

と、セリフィアが言うのが耳に入った。

「とりあえず、一度宿に戻ってみんなに相談したらどうだろう?」

 セリフィアは続けて意見した。カインもその方がいいと思ったので、一旦、「青龍」亭に話を持ち帰りたいとトーラファンに頼んだ。

「じゃあ、私はここで待ってますね」

 トーラファンと雑談するラクリマを残して、セリフィアとカインは「青龍」亭へ急ぎ戻った。

 話を聞きながら、ヴァイオラは別なことを考えていた。

(わざわざ仲間の意見を聞きに戻るなんて、セイ君も成長したね)

「どうする? 換金してしまっていいだろうか?」

「いいんじゃないの」

「いいと思います」

 ヴァイオラとアルトは立て続けに賛意を表明した。

「じゃあもう一回戻って、これを外してもらってくる」

 ヴァイオラはアルトを向いて言った。

「ついでだから指輪を見て覚えてきたら? ロケートオブジェクト〔物品捜索〕の呪文を覚えたときに使うかもしれないし」

「あ、じゃあボクも一緒に行きますね。いいですかぁ?」

「ああ…構わないんじゃないか」

 カインはアルトに答え、今度はアルトも同道することになった。と、今まで黙っていたGが、

「ラクリマさんはどうしたんだ」

「向こうで待ってる」

「置いてきたのか…?」

 Gは信じられない、という顔をした。

 ともあれ、3人はトーラファンの館に向かった。

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