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5 道中難あり

 隊商は見たこともないくらいの大所帯だった。荷馬車は、往きはたくさんの品物が積まれていたが、帰りは空っぽだった。代わりにスピットとレイビルの家族を載せることになっていた。通常の隊商と、フィルシムへ移住する2家族、自分たちに、さらにエリオットの一行が列に加わった。

「我らが前を行こう。そなたたちは後ろを任せた」

 エリオットはそう言ってさっさと前へ行ってしまった。一同は、前方はそのままエリオットに任せて、馬車の側面と後方とを固めることにした。

 アルトは右手に黒いカバーのかかった鳥かごをぶらさげていた。籠もカバーもトムの店で買ったものだ。中には例のポケットドラゴンもといマジックミサイルが入っていた。

「ラクリマさん」

 彼は自分の後ろを歩くラクリマに話しかけた。

「リードマジックの呪文を取りましたから、その指輪の文字も読めますよ。夜にでも見せてください」

 夜になって、一同は夜直の順番を決めた。

 エリオットたちは、一直目がエリオットとギルティ、二直目がアルバン、三直目をダルヴァッシュとアナスターシャが担当するという話だった。それも鑑みて、こちらは一直目にアルトとラクリマ、二直目にセリフィア、カイン、ロッツ、三直目にヴァイオラとGという順番にした。Gの番はわざとエリオットと別にした。悪さはしないだろうが、恐らくずっと話しかけてきて煩わしいだろうからだ。

 ラクリマは夜直のときにアルトに指輪を見せた。アルトは呪文を唱え、指輪の表面に刻まれたルーン文字を読んだ。

「これは……護りの指輪ですよね?」

 ラクリマはそうだと答えた。

「防護の効果を発揮するための文言ですね。あと、最後に製作者の名前が入ってます」

「なんて書いてあるんですか?」

「トーラファン=ファインドール」

 指輪は、トーラファンその人が作ってくれたものらしかった。ラクリマはアルトに礼を言ってから、思い出したことがあって彼に尋ねた。

「アルトさんはラストンの方ですよね。あの、ハーヴェイ=バッカスというお役人さんをご存じですか?」

「ハーヴェイ=バッカス?」

 アルトは何か記憶に引っかかるものがあって、じっと考えた。そして言った。

「そのひとは確か、ラストンが出した第一次ハイブ討伐隊に参加されてたと思います」

「第一次ハイブ討伐隊……その……戻られてないんですよね?」

「ええ」アルトは首を振った。「そのあとで第二次、第三次と討伐隊が出てますから、まだ帰ってないんでしょうね」

 ハーヴェイ=バッカスは、トーラファンの話によれば、幼児だったラクリマを彼のところに連れてきた人物で、彼女の出生について語りうる唯一の(少なくとも現在彼女が知っている中では)人間だったが、ハイブ討伐から帰っていないということは、おそらく死亡したのだろう。ラクリマの中で、自分の出自に対する知的好奇心がこの瞬間にはっきりと、しかも急速に色を失った。

「そのひとが何か?」

「トーラファンさんの古いお知り合いなんですって」

「……トーラファンさんって、どういう魔術師さんなんですか?」

 アルトの問いに応えて、ラクリマはトーラファンのことをずっと話した。特にゴーレムとマジックアイテムに関する造詣が深く、マジックアイテムを作るコツや特殊な力、簡便性や有効性まで教えてくれたこと。ゴーレムにもかなりの愛情を注いでおり(館の中に入ると一目瞭然なのだが)、ゴーレムの原材料の特徴と長所短所、やはり作るときのコツと使い方や戦い方、はてはゴーレムに個性を持たせるやり方まで──まるで子育てのようだった──幅広く話してくれたこと。

「今度、機会があったらアルトさんも一緒に行ってみましょうよ」

 アルトが好奇心丸出しなのを見て、ラクリマは彼を誘った。アルトは「ええ、ぜひ」と喜んだ。



 3月2日。

 昼頃、前方から馬車がやってきた。ドルトンたちの隊商だった。

「これはこれはエステラお嬢様」

 ドルトンは慇懃無礼に挨拶して寄越した。

「初めてのお仕事はいかがでしたか。あ、もっとも初めてでは取引も何もございませんな」

 ミットルジュ爺さんが皺だらけの顔にさらに眉間の縦皺を刻んだ。

「おや」と、ドルトンはエステラの荷馬車を見て声を上げた。「ずいぶんとまた大荷物ですなあ!」彼の背後でげらげらと品のない笑い声があがった。

 エステラは顔色も変えずに、「おかげさまで無事に挨拶も終わりました。皆さんに助けていただいて、感謝しています」と述べた。

「いつまで助けてもらえるやら……ま、お金持ちなら問題ありませんかな。はっはっは。せいぜい頑張ってくださいよ」

 ドルトンは四半刻近く嫌味を述べ立てたあとで、エステラたちの馬車を難なく避けてセロ村へ向かっていった。

「……大きなお声でよく笑う方たちですねぇ」

 彼らの後ろ姿を振り返って、ラクリマが口にした。ヴァイオラはそれに答えて言った。

「脳に空気が足りないんだよ、きっと」



 この日は、ロビィたちの荷馬車がハイブに襲撃された、その跡地で夜営する日だった。夕方の滲むような光のもとで目にする荷馬車の残骸は、ますます風化して、遺物のように見えた。

「ロビィ……無事に半分までやってきました。どうか残り半分、フィルシムまで守ってくださいね」

 エステラは荷馬車の前で手を合わせ、祈った。アルトも彼女の斜め後ろにちょこんと並んで、一緒に手を合わせた。

「ああ、これがハイブに襲われたという隊商の荷馬車か」

 エリオットの声がした。エリオットたちがこの残骸を見るのは初めてらしかった。

「ダルヴァッシュ、祈りを済ませておけ。アナスターシャ、お前もだ」

 エリオットは相変わらず高飛車に、二人の僧侶に告げた。ダルヴァッシュは「仰せの通りに」と答えると、すぐさま祈りの姿勢に入った。アナスターシャは少しやる気のない様子が見え隠れしたが、エリオットの目を憚ってか、神妙な面もちでやはり祈りをあげ始めた。

 スピットもその場にやってきて、祈りを捧げた。

 ヴァイオラはツェーレンのために持ってきた酒を地に撒いた。



 3月3日。

「ツェーレンにお詣りしておくと、道中安全になるよ」

 昨日ヴァイオラが言ったとおり、何の障害もなく進んだ。

 途中で蜂の大群が現れたが、運良くだれも襲われずに済んだ。



 3月4日。

 昼、街道の真ん中に一人の青年が突っ立っている。遠目に見たところ、20歳代後半くらいのようだ。鎧も武器も持っておらず、ただ首に紐の短いホーリーシンボルを提げていた。足元には二匹のダイアウルフ──通常の狼よりも大型で知性のある狼──を従えていた。

(狼族の獣人か……? ここは虎族のなわばりじゃなかったのか?)

 一同がそんなことを考えていると、向こうの青年が口を開いた。

「ここを通りたければ一人5gp置いていけ」

 いきなり追いはぎタカリとは、高貴な獣人らしからぬ振る舞いで、一同は呆気にとられた。

「払わないと言ったら?」

「痛い目に遭うかもしれないな」青年はニヤニヤして言った。「払えばもちろん何もしないで通してやる。実際、金を払ったヤツもいたぞ」

「君たちの縄張りはスカルシ村じゃなかったのか」

 ヴァイオラに青年は答えて言った。

「族長の意志でこっちにも手を広げることになった。最近、虎族がだらしないからな」

 そんな仲間割れをしている場合じゃないだろう、獣人全体の問題とやらはどうなったんだ、と、言いたかったが、言っても無駄に終わりそうだった。

 前にいたエリオットが、突然一歩進み出て、「金ならあるぞ」と言ってのけた。隠しから宝石を取り出し、地面に放った。

「だがお前の言うことには正当性がない。したがってこの金はやらん」

 そう言って地に転がった宝石を足で踏みつけた。

「なるほど。痛い目に遭わないとわからないみたいだな」

 言うなり、青年は狼の姿に変身した。

 ヴァイオラはすかさずディテクトイビルを唱えた。今のところは目の前の3体だけのようだが、いつ背後や側面から奇襲を受けないとも限らなかった。

 ラクリマのブレス──神の祝福を与える呪文がかかってから、Gは前へ移動した。

 エリオットとアルバンはダルヴァッシュとアナスターシャからそれぞれストライキング〔打撃〕の呪文をかけさせ、剣の破壊力が増したところで、目の前の狼青年目指して走り出した。狼青年はとっさにホールドパーソン〔対人金縛り〕を唱えたようだった。エリオットとアルバン、ダルヴァッシュとアナスターシャはその場で凝固した。

 セリフィアとカインが弓で相手を攻撃していたそのとき、ヴァイオラは新たな敵の存在を感じ取った。思った通り、側面に3体ずつ狼の伏兵を置いていたらしい。

「左右から敵、3体ずつ!!」

 それだけ叫んで、背後のロッツとレイビルを守るために、自分も武器を取った。

 予告通り、馬車の両側面に、それぞれ3体ずつのダイアウルフが現れた。

 ラクリマがフリーパーソン〔人を解き放つ〕の呪文を唱え、エリオットたちは行動の自由を取り戻した。エリオットはダルヴァッシュらを振り返り、「よくやった」と誉めたが、ダルヴァッシュは「私ではありません」と首を横に振った。エリオットは首を傾げながらも、正面の狼青年に向かって歩を進めた。

 セリフィアとカインは武器を持ち替え、アルトは鳥かごからマジックミサイルを飛ばした。それに耐えて、狼青年は再びホールドパーソンを唱えた。今度はエリオットは抵抗したが、アルバンとGが固まって動けなくなってしまった。アナスターシャがフリーパーソンを唱え、二人は解放された。

 ロッツは側面中央のダイアウルフに矢を射たが、相手がこたえていないようだと気づいた。

「こいつは普通の武器が効きませんぜ!」

 どうやら3体ずつ現れたそのうち各一体は、狼人の変身形態のようだ。であれば銀か魔法の武器でなければ、攻撃しても相手は傷つかないはずだった。

 ヴァイオラはこの間、ダイアウルフ相手に必殺の一撃を繰り出して、昇天させていた。

 アルトはラクリマの前のダイアウルフにウェブ〔蜘蛛の糸〕をかけ、行動の自由を奪った。

 ラクリマはセリフィアに頼まれて彼の両手剣にブレスをかけてやった。セリフィアは目の前の狼──おそらくは狼人──に斬りつけたが、運悪く、その剣が折れてしまった。

 正面の狼青年が、三たびホールドパーソンを唱えた。今度はエリオットだけが抵抗に失敗し、その場で動かなくなった。

 ヴァイオラは自分の前方にいる狼形態の獣人にボーラを投げ、首に巻き付けて気絶させた。すぐにその狼を縛り上げに行った。

 アルトは、先ほどウェブをかけたダイアウルフに油を撒いて火を点けた。ダイアウルフは生きながら燃やされ、死亡した。生肉の焼ける匂いが立ちこめ、お世辞にもいい気持ちとは言えなかった。

 ここへ来て負けを悟ったらしく、正面の狼青年は逃亡した。あっという間のことで、Gには止められなかった。仕方なく、Gは背後の馬車を省みて「おーい、だれかフリーパーソンを使えるひと、いないか?」と呼ばわった。エリオットが相変わらず呪縛されたままだったからだ。

 気絶した狼男を治療していたラクリマはその声に顔を上げたが、「私、さっき使ってしまいました。ヴァイオラさん、お持ちですか?」と、隣にいたヴァイオラに尋ねた。

「ああ、じゃあ使うか」

 エリオット一人に使うのはもったいないなぁと思いながら、ヴァイオラはフリーパーソンを唱え、エリオットに自由を与えた。

 エリオットは縛を解かれるなり、「皆の者、よくやった!」と全員にお褒めの言葉を賜った。彼はさらにGに近寄って「G、手柄だ」と特に彼女を誉めた。

「だが、リーダーには逃げられてしまった」

 Gがそう言うと、

「なに、上出来だ」

と、上機嫌で笑い声をあげた。先ほど地に転がした宝石は、ちゃっかりギルティの懐に収まっていたが、そんなことは気にもしていないようだった。



「彼が言ったこと、ホント?」

 ヴァイオラは、ラクリマの治療で意識を取り戻した狼男に尋ねた。

「本当だ。虎族の動きが鈍いから、領土を拡大しようとしてるんだ。族長が決めたことだ」

「ふぅん……君たち、そんなことしてていいの? 獣人族全体で重大な問題が持ち上がってるんじゃなかったの?」

 相手はそれには答えず、

「これだけ豊かな森を手に入れれば、もうだれも飢えなくなるんだ」

と、お題目を唱えた。セリフィアが横から口を挟んだ。

「どうする。殺すか?」

 さすがに彼も怯えたような目をした。

「殺すことはないでしょ。でも今すぐ放すと報復が怖いし、もう少し話を聞きたいから、ちょっとの間、一緒に来てもらおう」

 ヴァイオラがそう言ったので、一同は狼人の四つ足をロープで縛り上げ、荷馬車の尾板に転がした。

「ジーさん、ちょうどいいから、いろいろ話を聞きだしておいて」

 ヴァイオラの言に、Gは困ったような顔をした。

「何を聞けばいいんだ? あいつ、そんなにいろいろ知らないと思うけど…」

「何でもいいんだよ。そうだね、狼族に伝わる伝承でもいいんだ。それだってジーさん、きっと君が自分を取り戻すのに役立つと思うよ」

 Gはなおも訝しげにしていたが、「わかった」と答えた。狼人に向き直り、

「ほら、狼族の伝承を話せ」

 ストレートに、話を聞き出そうとした。

 狼男は、「その程度の話で命が助かるなら……」と、べらべらしゃべり出した。


 曰く、狼族は四大氏族のひとつで、獣人としては僧侶の能力を司る。また、彼らの一族は聖剣を有していた。「ザ・ソード」と呼ばれるそれは「四聖宝」のひとつであるが、もとは他の種族の持ち物だった。彼らが滅びたために「その聖宝を奪ってやったんだ」と、下っ端狼族ことガーウは自慢げに語った。だが、結局のところ、ザ・ソードを含めた「四聖宝」は今はすべてが失われていた。

「ある人間が全部集めて、どこかにやっちまいやがった」

 もともと「四聖宝」は、獣人族が世界の覇王になるために必要なアイテムだったが、一人の男の所為で、すべて行方不明になったというのが彼の説明だった。

 狼族の動きについては、Gが「知らないだろう」と言ったとおり、上の意向通りに動いているだけのようだった。先ほどの若いリーダーがダーウォグフという名であることくらいしか聞き出せなかった。

「そういえば、2ヶ月くらい前にセロ村を襲ったでしょ。なぜ襲ったの?」

「それは……人間を村から追い出すつもりだった。虎族はいないし、人間を追い出せばあの一帯はおれたちのものだ」

 本当にそれだけだろうか、と、思いながらヴァイオラは話を聞き続けた。その結果、彼らの一族を除いて、獣人族は人間社会と手を切ろうとしているということがわかった。

「で、君たちの一族は手を切らないほうに決めてるわけ? スカルシ村が居心地いいから?」

「上の考えてることだからわからないって言ったろ。もっとも今はスカルシ村にはいないんだが」

 そこまで言ってから、彼はハッと口を噤んだ。が、遅かった。

「ふぅん、そう。狼族って、今はスカルシ村にいないんだ」

 ヴァイオラはにっこり微笑んだ。



 3月5日。

 さらに丸一日歩かせてから、ガーウを解放した。

 ラクリマが「もう悪いことをしないでくださいね」と言うと、彼は遠くへ去りながら「それは無理だと思うなぁ~!」と反省のない態度を露わにした。

「今度会ったら、さっさと逃げろよ~」

 ヴァイオラやGの風変わりな声援を背に、彼は森の中へ消えていった。

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