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4 菜の花

 ヴァイオラとラクリマは、今日もアライメント調査を行っていた。まず「森の女神」亭にバーナードたちがいることをヴァイオラが確かめ、いったん出て、今度は二人で扉の前でこっそり呪文を唱えてから中に入った。ヴァイオラはレイを、ラクリマはスコルを調べた。

 その後、表に出て、今度はエリオット一派が「森の木こり」亭から「森の女神」亭へ帰ってくるところを待った。「女神」亭の角にヴァイオラが半分隠れながら立ち、ラクリマはさらにその後ろでそっと呪文を唱えた。アナスターシャを見ていると、突然エリオットが「おや、こんなところでどうしたのかな」と寄ってきたが、特に何も気づかれなかったようで、その場からうまく退散した。

 あとでラクリマはダルヴァッシュのアライメントについても神に伺いを立て、結局全部で8人分の性格をざっと調べたことになった。結果、次のようだとわかった。

 スコルとダルヴァッシュは、生真面目なガラナーク人らしく、全体主義的な傾向が強い。バーナードやレイ、ガルモート、バグレス、それにアナスターシャは周囲を見てその場その場で判断を下すような、関係主義的傾向の強い人間であり、ただ一人、カウリーだけが個人主義的傾向の強い人間であるようだった。

 ヴァイオラはまた、この日、ディテクトマジックとディテクトイビルとを唱えたあとで、村を巡回した。冒険者たちの様子も伺い、だれが魔法の装備を身につけているか、だれが自分たちに敵意を抱いているかを掴んだ。だいたい予測通りだった。だが予測通りだからといって有り難いわけでは全然なかった。


 ヴァイオラは宿に戻り、昨晩、巻物の一文を抜き書きしておいた羊皮紙をアルトに見せた。「何て書いてあるか読んでほしい」

 アルトはリードマジック〔魔法を読む〕の呪文を行使し、ヴァイオラに渡された羊皮紙の中身を読もうとしたが、そもそもそれはまともな文になっていないようだった。

「何らかの魔術語で書かれてるみたいですけど……まっとうな文章じゃなかったですよ」

「そう。わかった」

「何の文なんですか?」

「まあ、ちょっとね」

 ヴァイオラはそう言って羊皮紙をアルトから取り上げ、懐にしまい込んだ。無作為に選んだ部分が、たまたま文章になっていなかったのか、それとも全文が一読しただけでは文章にならない、意味のない言葉の羅列にでもなっているのか、あるいは無意味に見えて実は論理的な暗号になっているのか、どれともわからなかった。とりあえず、今の時点で、セロ村の巻物が何であるかを調べるのは無理そうだった。

 ラクリマはアルトが難解な文字を読むのを見ていて、自分がトーラファンにもらった指輪の言葉も読んでもらえないかと考え、アルトに相談した。アルトは彼女の指輪をざっと見て、やはり呪文が必要だと判断したので、

「今日は無理です。明日でもいいですか?」

と、この件を明日に延ばした。



 セリフィアはGと別れてから、結局、宿には戻らず、そのままトムの店へ行った。彼は雑貨のコーナーで、植木鉢代わりになりそうな器を物色した。浅くて径が広めの素焼きの器を見繕い、カウンターに持っていって料金を支払った。そのあとでトムJrに尋ねた。

「花の種はないだろうか?」

「花のタネ、ですか?」

「できるだけ綺麗な花のヤツがいいんだ」

「綺麗な花、ねぇ……」

 トムJrは考え込んだ。実用一辺倒のフィルシムで「綺麗な花」という注文をされることはこれまでなかったので、何を売っていいやら判断がつきかねた。しかも春咲きのタネはもう売り切れている。

「明日、もう一度来てもらえますか? それまでに用意しておきましょう」

 トムJrはセリフィアにそう言った。倉庫をひっくり返せば、何か出てくるだろう。あるいは、これからその辺で種を採取するのも手だてだ。

「わかった」セリフィアは短く答えた。店を出ようとして、思いついたようにカウンターに戻ってくると、「このことはだれにも言うな」と口止めした。トムJrは簡単に請け合った。

「お客様の秘密は守りますよ」

 セリフィアはそこを出て、次にキャスリーン婆さんの家を尋ねた。場所は、セロ村に来たてのころ、ムカデの毒で熱病にやられ、その薬を買いに来たことがあるので覚えていた。

「何の用だい」

 ノックに応えて、キャスリーン婆さんが中から顔を覗かせた。扉は半分までしか開けてもらえなかった。

「花のことを教えてもらいたいんだ」

 キャスリーンは怪しむようにセリフィアを見た。それから、「花や草のことならお前さんのところのラクリマに全部教えてあるよ。あの子に聞きな」と、突き放すように言った。

「ラクリマに聞けるものなら聞いてます! ラクリマに聞けないから、お婆さんに教えてほしいんだ!」

 セリフィアは熱っぽく言い募った。だがキャスリーンは、「そういう怪しい話には乗らないよ」とだけ言って、バタンと扉を閉めてしまった。

(……仕方ない。自力でやるか)

 セリフィアは肩を落として、その場をあとにした。



 セリフィアが玄関先からとぼとぼと立ち去ろうというそのとき、ヴァイオラはキャスリーンの家に回ってきたところだった。

(……最近、行動がアヤシイな、うちの坊主は)

 その坊主の後姿を見送って、ヴァイオラは扉をノックした。

「まだ何か用かね…」キャスリーンは不機嫌な様子で戸口に現れたが、すぐに表情を和らげ、「あんただったのかい」と、彼女を中に招き入れた。

「うちの坊主が何かご迷惑を?」

「たいしたことじゃないよ……で、なんだね?」

「スピットが去ったあとの神殿の管理はどうなりましたか」

 ヴァイオラの質問に、キャスリーンは顔を曇らせた。

「カウリーがやることになったよ」

「カウリーが? それは……」

「スコルに頼んだんだが、断られてね。まさか断られるとは思わなかったんじゃが……」

 キャスリーンは気落ちした様子を隠さなかった。ヴァイオラは慰めて言った。

「……スコルにはスコルの思うところがあるのでしょう」

「そうかね。とにかく、心苦しいばかりじゃが、カウリーがやることになってしまったよ」

 少しの間、沈黙が流れた。

「カウリーに全任なさらないようにしてください」

「ああ、まぁ、ガルモートがいる間だけ、という話になってはいるようじゃが……」

「いえ、それだけでは不十分かもしれません」

 ヴァイオラはきつい目をして言った。

「彼は自分の欲望のためなら何でもする男です。血を見ることも辞さないでしょう」

 ヴァイオラは自分の観察眼から、彼が邪悪な性向を持つ人間であると判断して告げた。しかもラクリマに聞いたところによれば彼はつとに個人主義的傾向が色濃く、必ず周囲よりも自己を優先する人種に分類される。

 キャスリーンの顔色はますます悪くなったようだった。

「そんな人間が神殿を司るなんて、全く情けない……」

 キャスリーンは大きな溜息をついた。それからヴァイオラを見て、「本当はおぬしのような者がやってくれるのが一番いいのじゃが…」と口にした。ヴァイオラは黙っていた。キャスリーンはもう一つ溜息をついた。

「そうじゃ、ラクリマはどうかね?」

 キャスリーンは明るい声で、突然思いついたように言った。ラクリマが彼女に気に入られていることはすでにだれの目にも明らかだったので、ヴァイオラはことさら驚かなかったが、

「彼女を推すには私もやぶさかではありませんが、これから私たちはスルフト村へ行かねばなりません。その間にカウリーが地歩を固めてしまうでしょうね」

と、冷静に所見を述べた。

「それに、彼女は司祭となるには人間的にまだまだ未熟なところがあります。もっと人生経験を積んで、成長してからの方がいいでしょう」

「………」

 キャスリーンは黙り込んだ。が、再び口を開いて言った。

「あの子を一人前に育てることが、わしの最後のご奉公かもしれんの……」

 ヴァイオラはどきりとして、「気弱なことを仰らないでください。まだあなたに死なれては困ります」と口走った。

「まだ死なないよ」

 半ば諦めたような口調でキャスリーンは言った。「こんな状態の村を残して、まだ死ねるものかね。まだまだ、しばらくはこの世に居座るさ」

 ヴァイオラはその言葉を聞いてホッとした。



 夕刻、みんなのいる離れにエステラ嬢が挨拶に訪れた。

「明日からまたよろしくお願いします」

 エステラが頭を下げる様子を見ながら、アルトは朗らかに応えた。

「構いませんよ。こちらこそよろしくお願いします」

 挨拶はそれだけで済んだが、エステラが離れを出たところを、セリフィアが追ってきた。

「エステラさん、お話が……花の種って、手に入りませんか?」

 いきなりそういわれて、エステラは軽い驚きを示したが、すぐに商人の顔つきに戻り、脇にいたミットルジュ爺さんに声をかけた。

「ご隠居、花の種ってありますかしら?」

「今、手許にはございません。が、フィルシムへ戻れば都合できましょう」

 ミットルジュ爺さんはすらすらと答えた。

「フィルシムで構いません。売ってください」

「どのようなものをご所望ですかな」

「できるだけ綺麗な花を」

 セリフィアは、トムの店で頼んだのと同じことを繰り返した。

「1gpくらいのもので、色はお任せします。いつごろ手に入りますか?」

「そうですな……フィルシムではどのくらい滞在されますか」

 ミットルジュ爺さんは顎をさすりながら尋ねた。

「実はそのあとすぐにスルフト村へ行くんです。スルフト村からまたここに戻るんですが…」

「では、復りにフィルシムに寄られたときにお渡ししましょう」

「ありがとうございます」

 セリフィアは本当に嬉しそうに礼を言った。それから声を低めて、

「このことはだれにも言わないでください」

と、真剣な面持ちでつけ加えた。

「お客様の秘密は守りますよ。ご心配なく」

 ミットルジュ爺さんに請け合ってもらえて、セリフィアは安堵したようにその場を離れた。



 夜、新月期に入って、Gもセリフィアも鬱状態になった。

 ラクリマはそのセリフィアから突然、「エオリスの訓えについて教えてくれ」と、むっつり頼まれた。最初は少し驚いたが、すぐに「何を知りたいんですか?」と了承した。セリフィアは「最初から全部」と言った。ラクリマは2、3の質問をしてから、彼が本当に基本中の基本──エオリスとリムリスの名前くらい──しか知らないことを把握した。それなら、と、通常、子どもたちに教えている内容から始めることにした。

 1時間ばかり教えて、「このへんにしておきましょうか」と言うと、セリフィアは、

「ありがとう。また続きを教えてくれ」

と、やはりむっつりと言って、立ち上がった。どういう風の吹き回しだろう。見たところ、信仰に目覚めたというのとは一寸違うようなのだけれど……。


 セリフィアには彼なりの思惑があった。

 セリフィアはハイブが憎かった。それをばら撒くユートピア教は許せなかった。だがどうして彼らがハイブをばら撒くのかがまるで理解できない。そのとっかかりさえ掴めないのだ。ユートピア教が何故、何の目的でハイブをばら撒いているのかがわかれば、対抗策を講じやすくなるかもしれないと彼は考えた。それにはユートピア教の考え方を知ることが必要で、そのためにはまず正統なエオリスの教えを学び、対するユートピア教の異質さを知るようにした方がいいのではないか、というのが、今宵の「入信」の動機だった。

 ヴァイオラにも聞こうと思っていたのだが、彼女が酒の臭いをさせていたため、今回はラクリマひとりに聞くことになった。

(でもそのうちに向こうにも聞いてみよう)

 ヴァイオラにも酒を呑まない日があるといい、と、セリフィアは思った。それがかなり困難な望みであることもうすうす感じながら。



 セリフィアへの授業のあとでラクリマが宵の祈りに神殿へ行くと、ちょうどガルモートの一味がわいわいと、カウリーが使いやすいように、内部の模様替えをしているところだった。ラクリマは遠慮して帰ろうとする気配を見せた。と、カウリーが引き留めた。

「散らかして申し訳ございませんが、どうぞお祈りはご自由になさってください」

 彼の言葉の裏には、神殿を我がものとした自負と、それ以外の何かとが隠されていたが、ラクリマはいずれにも気づかず、素直に好意と受け取った。「ありがとうございます」と祭壇の前にぬかづき、それでもいつもの半分ほどで祈りを切り上げて宿に帰った。



 2月30日。

 この日のセリフィアは常になく早起きだった。手早く身支度を整えて、彼はトムの店へ駆けていったが、早朝のこととて扉は閉まっていた。

「おい、開けてくれ」

 セリフィアは扉を容赦なく叩いた。やがてナイトキャップにナイトガウン姿のトムJrが現れた。

「あ…ああ、あんたですか……なんですか、こんな朝早く……」

 トムJrはあくびを押さえながら言った。

「種! 種を売ってくれ! 俺は出かける」

「はいはい、タネ、ね…」

 トムJrは諦め顔でセリフィアを中に入れた。カウンターの奥から何やら取り出して、セリフィアに渡した。

「今年、蒔き損ねた菜の花の種です。花は咲くが……」

「咲くが…?」

「実も生りますよ」

 セリフィアは手短に礼を言って代価を支払い、急いで表に出た。

 宿の裏手へ回り、昨日用意しておいた鉢に種を植えた。それからパチンパチンパチンと3回指を鳴らし、草花を育てる小魔法キャントリップを使った。種は一つ目のパチンで芽を出し、二つ目のパチンでぐいぐい伸びて花が咲き、三つ目のパチンでは花が枯れて実がなってしまった。

(しまった、やりすぎたか…)

 セリフィアは鉢の中身をその辺にあけた。

(でも……これでだいたいわかった。3回は必要ない……)

 考えながら部屋に向かったので、ちょうど川原の「坊ちゃん塚」から帰ってきたヴァイオラが、向こうからじっと見ているのにも気づかなかった。ヴァイオラはセリフィアが離れの部屋に入ってしまってから呟いた。

「……何がやりたかったんだ、彼は?」

 さすがのヴァイオラも測りかねた。

 朝食の席で、彼女はセリフィアに尋ねた。

「そういえばセイ君、菜種油が欲しかったの?」

 どうやら見られたらしいと思いながら、セリフィアは、「何のことですか?」と空っとぼけた。そこへマルガリータが元気よく入ってきた。

「ねえねえ! 裏の畑の菜の花が、花も通り越して全部実になっちゃってるんだけど!!」

 どうも鉢植え以外まで、広く影響を与えてしまったらしかった。

 「……失敗したんですか?」アルトがセリフィアにそっと尋ねた。それから彼は魔術の専門家らしく、「相談に乗りますよ」と申し出た。セリフィアは小さい声で「うん」と答えた。

「これ、おひたしにしようか~」「あら、だめよ。もう育ちすぎちゃってるもの。あとは油を搾るしかできないわ」

 マルガリータとヘレンがそんな会話を交わしているのを耳にして、ヴァイオラは(やっぱり菜種油が欲しかったのかな…)と思った。

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