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1 弔い

 聖堂は鎮魂の響きで満たされ、哀しみがその場を覆った。



  永遠の安息を死者に与え、

  絶えざる光を彼らのうえに照らし給え

  私の祈りをきき給え

  すべて肉体を具えたる者は御許へ向かわん

  主よ、彼らにとこしえの安息を与え給え



 彼女はいつものようにひっそりと、涙ながらに唱した。

 どれだけこうして送ってきただろう。送られるのは肉体を離れた魂。それはこの世の理である。だが当たり前でありながらそのなんと哀しいことか。ましてや今は……


†  †  †  


 2月28日。

 日々のうちに春の息吹が感じられるようになっていた。朝晩は冷え込むが、日中は晴れれば温かさを身に感じるし、霜柱を踏む回数も減ってきたようだった。残り少ない霜柱をだれが踏むか、子どもたちの競争が見られることもあった。

 今日は特に風もなく、いい天気だった。村長の葬儀は好天気のもと、セロ村をあげて大々的に行われた。喪主は決めずに「村葬」というかたちをとったが、実質は3人の子どもたち──同時に3人の村長候補者でもある──を中心に行われた。

 3人の中では、特にガルモートが目立った。彼はこれまでの冒険で積んだ経験を活かし、ヴァイオラが見てもそつなく全体を仕切っていた。よく考えると、あれこれ強引に指図しているだけなのだが、こうした場では好感を持って迎えられ、村人の何割かは「あの乱暴者のガルモートが立派になって…」と評価を上げたようだった。

 弟のベルモートは、兄にいいようにこき使われていた。何もしていないと居場所がなくて居心地悪いらしく、ガルモートに雑用を押しつけられて、逆に喜んでいるように見えた。ブリジッタは疲労の色が濃かった。式についてはすっかりガルモートに任せっきりだった。

 葬儀の主祭はブリジッタの夫バーナードの仲間の僧侶、スコルが務めた。ただし彼はガラナーク出身であるため、葬儀がガラナーク風になってしまう。そのサポートに、と、ガルモートは自分の一派の僧侶、カウリーを助祭に押し上げていた。それに引きずられてヴァイオラも助祭を務めるよう頼まれ、今日は一日、執行側に立つ予定だった。

 ヴァイオラに助祭役を頼んできたのは、村の重鎮であるキャスリーン婆さんだった。「あんな奴に助祭をさせるなんて我慢がならない。せめてお前さんも壇上にあがっておくれ」と頼まれ、ヴァイオラは断れなかった。引き受けた以上、カウリーに大きな顔をさせないためにも、彼女は念入りに身支度を整え、一番引き立って見えるように装った。持ち前の美貌も手伝って、事実、その思惑通りに彼女はだれよりも注目を集めたのだった。

 村人には馴染みのないガラナーク風とはいえ、スコルは生来の美声と容貌とを活かし、立派に葬儀をまとめあげた。葬儀に参加していない人間は、警備中のグリニード、何やら調理中の「森の木こり」亭の主人アルバーン、それに元司祭のスピットと警備隊員のレイビルだけだった。


 神殿内での葬儀は終わり、村人たちは棺のあとから墓地へと続く橋を渡っていった。

 Gは彼らを見送り、自身はアルトやロッツと共に橋を渡らずに手前に残った。エリオットはGのそばにいたいのか、やはり橋を渡らなかった。エリオットに準じて、彼のパーティの構成員もみな村内に居残った。

 ラクリマは、セリフィアやカインと共に墓場まで赴いた。彼らの間で泣きながら、ガルモートが演説し始めたあたりでヴァイオラの依頼通り、ひそかにノウアライメント〔性格看破〕の呪文を唱え、神への伺いを立てた。3回唱えて、カウリー、バグレス、ガルモートのアライメントを知ることができた。

「食事が用意されている。皆、宴に参加し、亡き父を偲んでほしい」

 ガルモートが埋葬の場を締め、村人たちはぞろぞろと村内に戻っていった。広場には篝火が焚かれ、「木こり」亭の主人の手になる料理が用意されていた。村の古い世代はしんみりと村長の思い出を語り合い、若い世代は「これからこの村はどうなるんだ」と行く末談義に余念がなかった。カインやアルトたちもその場で、村人たちからいろいろと話を聞かされた。



 Gは喧噪を避けて、ひとりでレイビルの家へ向かった。

 ノックしても返事はなかった。だが、中に人のいる気配がある。

 Gは扉を力ずくで開けようとしたが、これには失敗した。そこで窓に目をつけ、窓板を壊して中に入ることにした。壊れた窓からは、中で剣を構えるレイビルの姿が見えた。

「なんだ、元気そうじゃないか」

 Gはそう言って窓からずかずかと彼の家にあがりこんだ。

「出ていけ!」

 レイビルは怒って剣を振りかぶった。Gも咄嗟に剣を抜いた。レイビルは二太刀ほど振るって、自ら転んだ。

「大丈夫か? やっぱり具合が悪いのか?」

 Gの声にレイビルは脱力し、剣を鞘に収めると黙って外へ出ていった。

「どこへ行くんだ?」

「グリニードに報告に行く。お前のしたことは器物破損と住居不法侵入だ」

「そうか」

 Gはあっさりそう言った。とりあえず直しておこう、と、壊した扉と窓に接ぎ木をあててから、レイビルのあとを追った。

 正門の詰め所に着いたとき、レイビルはすでにあらかた話したあとらしかった。グリニードに「君の言い分を聞こう」と言われ、Gは素直に椅子に腰掛けた。

「レイビルの家を襲ったそうだな」

「襲ってなんかいない。警備にも出てこないというから、心配して様子を見に行っただけだ」

「……扉と窓を壊して、か?」

「そうだ。何かあってからじゃ遅いだろう。だが入ろうとしたら扉が閉まっていたので窓から入った」

「剣を抜いたまま?」

「最初は抜いてない。でもレイビルが剣を構えていたので、こっちも一応構えた」

 Gは悪びれずに喋った。グリニードは束の間彼女を注視していたが、

「どんな理由であれ、君がやったことは犯罪だ。器物破損が2箇所、それから住居不法侵入と傷害未遂。誉められるべきことではない。騒ぎの責任はとってもらうぞ」

「構わないが、すぐにエステラさんの隊商と一緒にフィルシムに戻る予定だ。スルフト村に猟師をもらいに行くから。それに障らない罰にしてくれ」

「そんなことを言える立場か…?」

「ヴァーさんとヘルモークが困るのは、あんたらも困るだろ?」

 グリニードは思い切り嫌な顔をした。「そっちがらみか…」と呟いてから、溜息をついた。

「とにかく、宿に戻って謹慎していろ」

「わかった。じゃああっちのことは頼んだ」

 Gはレイビルを指して言った。グリニードは努めて冷静に、

「頼まれなくてもやる。仕事だからな」

「ちゃんとやってないじゃないか。だからヴィセロ事件なんか起きるんだろ」

 Gは容赦なく畳みかけた。別に責めているつもりではなく、自分の思うところを羅列しているに過ぎなかったのだが、思惑がどうあろうと相手の神経を逆撫でしないはずがなかった。

 だが、グリニードは意志の力で声を抑え、一呼吸置いてからGに向かって言った。

「村の中にいる以上、村の掟に従ってもらう。それができないならどこへなと出て行けばいい」

 目の前の小娘ひとりに声を荒げるには、彼は経験を積みすぎていた。

 「わかった。騒乱を起こして済まなかったな」と、Gは相変わらず屈託なく語った。「で、村の掟って、どこにあるんだ?」

「君たちのリーダーに以前、教えたはずだが……」

「ヴァーさんからは何も聞いてないぞ?」

「ヴァイオラじゃない、以前のリーダーだ」

「………」

 グリニードが言っているのはレスタトのことらしかった。

「とりあえず掟を教えてくれ」

 Gはそう言って、手を差し出した。グリニードは無言で、村の法律が書かれた書面を渡してやった。



 ヴァイオラはベアード=ギルシェの姿を認めると、中央から少し離れた場所に彼を誘った。

「明後日、スルフト村へ猟師を迎えに出発します」

「よろしくお願いする」

 ベアード=ギルシェは丁寧にヴァイオラに礼を取った。

「跡を継ぐ若者がいなくなってしまったのは、猟師ギルドだけでなく村全体として危機的なことだ。スルフト村からの移民には、この村の存続がかかっているといっても過言ではない」

 ベアードは溜息混じりに語った。

「そのことですが、こちらでの受け入れ態勢はもう万全なのでしょうか?」

「受け入れ態勢はできている。住居もな」

 ヴァイオラはひとつ安心をして、別な話題に移った。

「ハイブコアが移動した話はもうご存じだと思いますが…」

 ベアードは無言で肯いた。

「私たちの留守中に、その場所の特定を、ヘルモークさんと協力してやっていただけないでしょうか? ヘルモークさんの話によれば、以前よりも獣人の村に近づいたようです。そうしたところからある程度推測できるはずです。もちろん、できる範囲で構いません」

 ヴァイオラはそう言ってから、ハイブコアが設置されやすい地勢の情報をベアードに伝えた。ベアードは少し考えるようにしていたが、ヴァイオラに目を向けて、

「わかった。仕事しながら、合間に彼らの痕跡がないか探してみよう。ハイブのこともヘルモークに教えてもらうつもりだ」

「お願いします。ただし、新しい痕跡を見つけたら、深追いしないですぐに逃げてください」

 ベアードは再び肯いた。そして最後に言った。

「何から何まで済まないな」



「アルト、ヘルモークさんを見なかったか」

「ヘルモークさんならさっきからずっと真ん中にいらっしゃいますよ」

 アルトはセリフィアに答えて言った。彼の言葉通り、ヘルモークは村の幹部が集まっているあたりにいた。以前のヘルモークならやや離れたところから見守っていたはずで、セリフィアもまさかそんな真ん中にいるとは思わなかったので、そのあたりは最初から見てもいなかったのだ。

「………」

「どうしたんですか?」

「ヘルモークさんに訊きたいことがあったんだ。でもあそこって……酒臭いよな」

「……でしょうね」

 セリフィアは極端に酒の匂いが駄目な人間だった。

「ヘルモークさんに何を?」

「うん……俺、半分獣人らしいんだ」

「ホントですか?」

「ああ。だから何の獣人か、ヘルモークさんなら教えてくれるかと思って」

「そうですね。でも……なかなか離れそうにないですね」

 二人が見守る中でヘルモークは次々に杯を空け、その場を去ろうとする気配もなかった。

「……行ってくる」

 セリフィアは意を決したように言い捨て、歩き出した。後ろから「気をつけて」とアルトの声が聞こえた。

 中央に行くに従って、酒の匂いがたちこめるようだった。セリフィアはできるだけ鼻で息をしないようにしながら、ヘルモークへ近づいていった。

「ヘルモークさん」

「おう? なんだ?」

 ヘルモークの口から言葉と共に、それまでの大気とは比較にならないくらい濃度の高い酒の香りが発せられた。セリフィアは必死に耐えた。

「は、話をしたいんだ…」

 やっとのことでそれだけ言うと、ヘルモークはふたたび酒臭い息と共に「今かぁ?」と訊いてきた。

「い、今じゃなくていい。いつが都合がいいだろう?」

「そうだなぁ、明日の朝でどうだ」

「わかった。頼む」

 それだけ言うと、セリフィアは脱兎の如くその場を離れた。アルトのところまで戻って深呼吸した。

「どうでした?」

「あ、ああ、明日の朝、会ってくれるって」

「よかったですね」

「うん……」

 明日の朝はヘルモークの吐く息が酒臭くないといいな、と、セリフィアは思った。



 中央に戻ったヴァイオラは、頃合いもよしと見計らって、3人の村長候補に所信表明をさせることにした。まずガルモートに「村長になる気があるか」と尋ねた。

 ガルモートは意気揚々と「当然、私は」と声を張り上げ、演説し始めた。おかげで村人全員の注目が壇上に集まった。「ありがとうございました」とヴァイオラは素早く話の腰を折り、すぐに「ベルモートさん、あなたはどうですか。村長になる意志はあるんですか」と弟のベルモートに話を振った。村人たちの注目はうまいこと彼に移った。

「ぼ、僕はフィルシムで2年、そのあとずっと父の元で帝王学を学びましたし、ち、父の遺志を継ぐためにも、村長になる、つもり、です」

 その場にいた全員が、軽い驚きを感じていた。優柔不断で決断力ゼロのベルモートが、自分の口できちんと村長になる意志を表明するとは、だれも期待していなかったからだ。

「何言ってんだ、ベルモート」

 ガルモートが弟に詰め寄った。

「俺に譲れって言っただろ! 3年なんて長いこと待たないでいいんだ、お前はとっとと降りろよ!」

「え、で、でも…」

 ブリジッタが二人の間に割って入った。

「ちょっと兄さん、そういう言い方はないじゃない。だいたいこんな場でそんな……」

 「なんだお前は!」ガルモートは今度はブリジッタに突っかかった。「お前なんかの出る幕か! 一度村を捨てやがったくせに、なんだ今さら! しかもあんなどこの馬の骨とも知れない男とガキまでこさえやがって!!」

「なんですって!!」

 今度はブリジッタも引いてはいなかった。

「兄さんとはいえ、言っていいことと悪いことがあるわよ!」

「本当のことだろうが!」

「謝んなさいよ!」

「なんだその口のきき…」

 ガルモートは最後まで言うことができなかった。ブリジッタの夫であるバーナードが中央に進み出てきたからだ。バーナードは何をしたわけでもなかったが、居るだけで滲み出る存在感はガルモートを圧倒し、口を噤ませるに十分だった。

「お前も領主の息子なら、言葉ではなく行動で示せ」

 バーナードは口を開いた。

「お前が村長にふさわしいかどうかを決めるのはお前じゃない、村人たちだ。履き違えるな」

 ガルモートは一言も返せなかった。

 バーナードは次にベルモートを向いて言った。

「お前も候補に選ばれたんだ。この村にとって一番いいことをしろ」

 ベルモートは目を見開いて聞いている。バーナードがまとめてこれだけ喋るのは、滅多にないことだった。彼はベルモートの様子にお構いなしに告げた。

「それができないなら去れ」

「ではちょうどいいので、ブリジッタさん、あなたは村長になる気がありますか?」

 ヴァイオラはブリジッタに尋ねた。ブリジッタはちらりとバーナードを見てから口を開いた。

「あります」

 向こうでガルモートが舌打ちした。

「私たちが生まれたこの村を良くしたいと思わない者はいないと思います。ですが、だれが一番この村を本当に良くできるかは、これからの3年間で示すつもりです」

 ベルモートも吃驚した表情をしていた。バーナードはブリジッタを見つめて微笑んだようだった。彼女の成長を見届けた、そんなあたたかい笑みだった。

「ありがとうございました。それだけ聞ければ結構です」

 ヴァイオラはそう言ってその場を収めた。宴もたけなわを過ぎ、だんだんと人の波が引き始めたようだった。


 ヴァイオラはヘルモークのそばに行った。ヘルモークのほうが先に話しかけてきた。

「おう、さっきセリフィアが来たぞ」

「……何しに?」

「なんか話があるとか言ってたな」

「よく来られましたね、こんな酒臭い中を」

 セリフィアが酒の匂いに弱いのは、ヴァイオラもヘルモークも承知済みだった。

「おお、あいつも根性ついてきたんじゃないかぁ?」

 ヴァイオラはふっと微笑んだあとで、ヘルモークに言った。

「さっきの、面白かったでしょ」

「ああ、楽しみだな」

「私たち、明後日からスルフト村へ出かけますけど……」

「そうだってな。気をつけてな」

「何か用はありますか?」

「いや。今のところ何もないな」

 ヴァイオラはそれから、ベアード=ギルシェと話をして、ハイブコアの絞り込みへの協力を要請したことを話した。

「ヘルモークさんにも協力していただきたいんです」

「まぁ、そりゃ……」

「ハイブコアの設置される迷宮は、これまでのところ、必ず近くにカートが入れるくらいの場所があるようです」

 ヴァイオラがそう言うと、ヘルモークは天を仰ぐようにして言った。

「カートが近くに入れられる………そんな迷宮もいっぱいあるなぁ。まぁ、探してみるよ」

「あと」と、ヴァイオラは尋ねた。「獣人がハイブに寄生された場合、ポテンシャルはどうなるんですか? いざというときのためにそれも心づもりしておきたいので…」

「そうだなぁ」

 ヘルモークは再び、朱に染まった空を見上げた。

「弱くなるか強くなるかと訊かれれば、弱くなる、かな。一番厄介なのはブルードリングだな、獣人の能力も使えるだろうから」

「わかりました。心しておきます。獣人の犠牲者は、現在何人くらい出ているんですか?」

 ヘルモークはぶつぶつと口の中で数を数えてから、

「人間の犠牲者がざっと15人くらいだろう。獣人はたぶんその5割増から2倍くらいだ」

「そんなに犠牲になっているんですか…!」

 ヴァイオラはやや驚いた。いよいよ見過ごせないと思い、

「実はフィルシムでバグリペラントポーションを手に入れました。ご存じですか」

と、虫除け薬の話をした。

「魔法薬、か……ちょっと調べてみよう」

 ヘルモークは神妙な顔つきで答えた。それからいつもの軽い調子に戻って、

「そういやエリオットたちもフィルシムに戻るらしいぞ」

と言った。

「何をしに行くんです?」

「戦闘訓練に行くみたいだったな」

 エステラの隊商と、自分のところと、ヴィセロ事件で村を出るスピットの家族、それにエリオットの一団ときては、実に大所帯の復路になりそうだった。

「行ってる間にヘルモークさんにお願いしたいことがあるんですが」

 ヘルモークと別れる前に、ヴァイオラは申し入れた。

「うん?」

「私たちも強くなりました。ついては、手当を値上げしてもらえないか、合議の場で諮っていただけないでしょうか」

「………」

「私としては今のままでも構わないんですが、さすがに他のメンバーが嫌がると思うので……誠意を見せていただくだけでもいいんです」

「誠意ねぇ……誠意を見せるったって……まぁ、言うだけ言っとくよ。そのうちにね」

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