8 とばっちり
2月20日。
朝、ラクリマがヴァイオラに「今日の呪文の記憶はどうしましょう?」と相談してきた。その際、彼女は、「言うのを忘れてましたけど、私、呪文をひとつずつ余計に覚えられるようになりました」とヴァイオラに告げた。
「どうして?」
ヴァイオラが平静を装いながら尋ねると、ラクリマは答えた。
「先日、写本の仕事をくださった魔術師のトーラファンさんが、このホーリーシンボルを直してくださったんです。そうしたら余分に覚えられるようになったんです」
「直したぁ!?」
そばで聞いていたGが軽く声を上げた。ヴァイオラは少しばかり目眩を感じた。
(ホーリーシンボルを魔術師に直されて、どうして疑問に思わないのかね、この娘は……)
「あの…?」
「やっぱりあれか」ヴァイオラは軽く溜息をついたあとで、アルトに向かうようにして言った。「結局、神の力も魔術師の力も、源は同じってことか。そういうことなんだね」
今度はラクリマが困惑する番だった。
(そんな……どうしてそんなことを…)
ついでだから、と、ヴァイオラはラクリマに尋ねた。
「その指輪はどうしたの」
「あっ。忘れてました。これもトーラファンさんにいただいたんです。『君のものだから』って」
ラクリマはそう答えたあとで、慌てて付け足した。「あの、魔法の護りの指輪みたいです」
「いいけどね…」
ヴァイオラは少し怒ったように、ラクリマを見、それからカインを見て、みんなに告げた。
「別にいちいち申告しろなんて言わないけど、何かを手に入れたら、手に入れたそのことが仲間を利することも害することもあるんだからね。覚えておきなさい」
ヴァイオラはもう一言、「自分の尻は自分で拭うように」と言ってその場を締めた。
その言葉どおりになった。
昼ごろ、カインは件の指輪にソードの呪文が充填されたのを感じた。
と、同時に、当の呪文が発動し、目の前に昨日と同じ魔法の両手剣が現れるや彼に対して攻撃を開始した。
アルトは驚いて、すぐには行動に移れなかった。ヴァイオラは敵意を確かめる呪文を唱えた。予想通り、両手剣は光り輝いた。新たな主に挨拶伺いにきたわけではないらしい。
(短慮の報いだね)
ヴァイオラはそう思いながら、援護のためにカインの背後に回った。カインはアルトのアドバイスを受けて、指輪に格納されていたディスペルマジックを剣に向けて使ってみたが効果はなく、魔法の両手剣はその攻撃を止めようとしなかった。困ったことに、こちらから攻撃を当てても当てても一向にこたえていないように見えた。
そのとき、ふと、セリフィアは感じ取った。魔法の武器だと手応えがあるんじゃないか…?
「魔法の武器だ。魔法の武器ならこいつ自身を攻撃できる」
セリフィアがそう言ったので、ヴァイオラはカインの援護を解き、セリフィアの武器にブレス〔祝福〕をかけた。セリフィアとGの攻撃で、魔法の両手剣はようやく砕けた。
午後の半ば、ロッツが追いついてきた。ヴァイオラは咄嗟に彼に向けてもディテクトイビルとディテクトマジックをかけたが、何も反応しなかったので、本当に本人らしいと判断した。
「すみません、急な呼び出し喰らっちまって」
ロッツは疲労の色を隠さないまま、一同に詫びた。
「何しろギルドマスター直々の、最上級の緊急呼び出しで。行かねぇわけに行かなかったんでさ」
「で、何の呼び出しだったの」
ロッツによれば、ギルドマスター御自らのお言葉で、今後一切ユートピア教と関わってはならないというお達しがあったらしい。偶然であれ、ユートピア教の助力をしたような者は、即刻ギルドから追放するということだった。
「いやもう、ギルドマスターが戦々恐々としてやしてね、凄かったですよ」
盗賊ギルドも生き残りをかけてきたか、と、ヴァイオラは思った。案外、ロウニリス大司祭(代理)あたりが圧力をかけてくれたのかもしれない。油断は禁物だが、今後は不用意な情報の拡散に、多少なりと歯止めを効かせられそうだと思った。
数日間、何事もなく隊商は進んだ。
2月24日の朝
ヴァイオラはエステラ嬢に「今日の野営地にロビィたちの馬車がある」とあらかじめ伝えた。
夕刻、二台の馬車の残骸が見えてきた。風雨にさらされて朽ち始めているそれらは、何かの遺物のようにも見えたが、一同にとってはまだ生々しい記憶の拠りどころだった。
ヴァイオラはフィルシムで仕入れてきた上質の酒を、すぐそばの草むらに飲ませてやった。
(ツェーレン、戻ってきたよ。まぁ、とりあえず一緒に酒でも飲もうじゃない。ジェイは生きてた。スチュアーの遺品も届けたし、ロビィの遺志はエステラさんが継いでくれた。あなたの遺品は、私が受け取ったからね。安心して眠って)
彼女はその場に座り込み、もう一本酒瓶を取り出すとそれを注いで杯を呷った。
エステラ嬢は無言で馬車の前に立ち、じっと見つめていた。それから目を閉じて祈りを捧げ始めた。気丈にも、涙はこぼさなかった。
(……エステラさん……きっと、貴女の思いは天に届きます。きっと…)
祈りを捧げるエステラ嬢の後ろ姿を見ながら、アルトは、自分で彼女の役に立つことがあれば何でもしようと思った。
2月25日、夜。
夕食が終わってすぐ、ヴァイオラは皆の前でGとセリフィアに言った。
「その剣の名前、村では口にしないようにね」
その剣とは、二人がパシエンス修道院でラグナーから借りた剣、セフィロム・バスター・コンプリートのことだった。Gは何も考えずに「わかった」と答えた。どのみち、剣の名前など覚えていなかった。
「構わないが。何か理由があるのか」
セリフィアはヴァイオラに尋ねた。ヴァイオラは答えて言った。
「セロ村の創始者がセフィロムって名前だから」
「あっ、セフィロムってもしかして、昔サラが倒したセフィロムですよね」
皆、一斉にラクリマのほうを向いた。
(サラってひと、見た目若かったけど、実はもっとずっと年取ってるのか……若返りポーションとか、飲んだのかな)
Gは、見た目と実年齢が食い違う例を身近に知っていたので、そう判断した。カインも、フィルシムではよくあることだから、と、Gと同じように考えていた。神官なのだからアンデッドではないだろうくらいに思って、黙って耳を傾けていた。
アルトは、もしやセロ村ができたばかりなのかなどと他にもいろいろ考えたあげく、その創始者のセフィロムがヴァンパイアで最近まで生きていたか、もしくはサラの倒したセフィロムは同名の別人なんだろうという結論に達した。
(同じ名前の別人か? それともごく最近に、セフィロムの名を継いだ人間がいたということだろうか…)
ヴァイオラはそう判断してから、ラクリマに聞き返した。
「セフィロムって同じ名前の人が最近もいたの?」
「いいえ。サーランドのセフィロムさんですよ」
ラクリマは少し不思議そうな顔をして返した。が、聞いている側こそ、狐につままれたようだった。
「『夢見石』の冒険のことか」
セリフィアが合いの手を入れた。彼は父親やラグナーから話を聞いて、彼らが一緒にセロ村の創始者セフィロムを倒した冒険のことも、概ね知っていた。
「セフィロムって確か、魔術師だったと聞いたな。サーランド時代だったから、それは大変だったとか言ってたと思う。ただ、4、5年前に聞いた話だから正確には覚えていないけど…」
「ええ、魔術師です。とても強かったって。本人の力か、魔晶石の力かはわからないって話ですけど。戦士も僧侶も奴隷扱いだし、持ってた『石』を狙って命は狙われるし、本当に大変だったみたいでした」
「ちょっと、二人で話さないで」
ヴァイオラが割って入った。
「どういうことなのか、ちゃんと説明してくれる?」
「あ、ごめんなさい」
ラクリマが説明したところによると、サラとラグナーとルギア(ともう一人、リッキィという名の女戦士)とは、5年前にセロ村で殺人事件を解決したあと、『夢見石』という魔法の物品をフィルシムに運ぶ途中で、当の『夢見石』の魔力により現代より300年も昔のサーランド時代に飛ばされてしまった。そのときにセフィロムの子どもたちに出会い、セフィロムの病を治すために『夢見石』を持って同道した。どういうわけか当時もこの近辺にハイブコアができており、件のセフィロムはその禍を被ってブルードリングと化していた。
サラは『夢見石』を使って彼女を治療したが、そのため逆に『夢見石』を我がものにせんと欲するセフィロムから命を狙われるようになってしまった(自身を欲しがらせるというのも『夢見石』の厄介な特性のひとつだった)。一行は現代に帰るべく、『夢見石』の迷宮を目指し、その途上で襲ってきたセフィロムを倒したのだという話だった。
「で、無事に帰ってこられたわけだ」
「ええ、迷宮も、なんとかいうひとたちの協力で踏破できて……いろいろ大変だったみたいなんですけど、それでも帰ってきたんです」
ラクリマはサラたちの苦境を思ってか、うっすらと涙を浮かべながら話を終えた。ヴァイオラは考え込んだ。巻物のことを思いながら、
(『夢見石』………まさか、あれか?)
「ヴァイオラさん? どうしたんですか?」
ラクリマが声をかけてきたのに、ヴァイオラは「ん? うん、ちょっとね」とだけ答えた。
「そういえばハイブって、最近シルヴァってひとが召喚したんだろ? なんでサーランド時代にもいたんだろうな」
セリフィアは疑問を口にした。するとカインが、
「素人考えだが。『ハイブの召喚』というのがもし『異世界』より呼び出すものだったなら、呼び出す『こちら側』の時間軸はあまり関係ないのではないかと思う。平たく言えば、このショートランドの過去未来にハイブがばらまかれているという考え方もあるってことだ。とはいえ、本流は『現在』で、他は支流だろう。でないと困る。……どのみち、実際にどうやってハイブが召喚されたかわからない以上は、説明のつかない問題だが」
Gは話を聞きながら、いつものように特に気に留めていないように振る舞った。が、その実、彼女は丹田に力を集中していた。彼女の「母さん」──シルヴァの名前が話題にのぼったからだ。
「あの…」
ラクリマがやや遠慮がちに口を挟んだ。
「サーランド時代のセロ村のハイブは、セフィロムが原因じゃないかってサラは言ってました。ちゃんと聞いた訳じゃないからわからないけど、何か危ない研究をしてたみたいだって。その実験かなにかに失敗したんじゃないかって」
あり得べき話だった。いつの世も、自らの力だけを恃む魔術師はロクなことをしない。
夜も深まってきたので、話はそこで終わりになった。




