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7 待ち伏せ

 2月19日、早朝。

 エステラ嬢の隊商とともに、一同はセロ村へ向けて出発した。

 だが、ロッツがいなかった。昨晩、夜営中にふらりといなくなってしまったのだ。「やることがある。すぐ追いつくから心配しないで」といった内容の書き置きが残されていた。皆、一様に不安に駆られたが、何をすることもできず、仕方ないので予定通りに出発した。

 エステラ嬢の隊商には、ヴァイオラが聞いてきたとおり、ミットルジュ爺さんという腰の曲がったお爺さんがいた。フルネームをシャルバイン=ミットルジュといい、長らくセロ村行きの隊商を務めていた。老いたりとはいえ、手綱さばきに迷いがない、頼りになりそうなお爺さんだ。

 他には丁稚くらいの若い商人が2人いた。エステラ嬢は彼らをそれぞれ「ソラルバート」「シュヴァレス」と呼んでいた。それにギルドがつけた護衛の戦士が一人、サリデン=エルロスキーと名乗った。中年の駆け出し戦士で、一同の強さにすっかり頼ろうとしていた。


 出発してすぐ、ネズミの大群に遭遇したものの、特に被害はなかった。

 隊商はそのまま平和に進むかに見えたが、やがて街道の真ん中に人影のあるのが認められた。

 エドウィナ=スースリーゼだった。革の鎧に身を固め、小剣を脇に差したその出で立ちは盗賊か暗殺者のようだった。エドウィナは一同が声の届く範囲に入ると、口を開いた。

「この間はどうも」

「エドウィナ? こんなところで何を?」

 Gやセリフィア、カインらが身構える中で、ラクリマはエドウィナに声をかけた。

「あなたたちを待っていたの。言ったでしょ、後悔させてあげるって」

「…お兄さんは今…?」

「兄は本当に無実だったの」

 エドウィナはきっぱりと言い切った。

「…なるほど。お兄さんじゃなくて、お前さんのほうがユートピア教だったわけだ」

 ヴァイオラは咄嗟に理解した。

「そうよ。兄は無実。何も知らないのに拷問で死んだわ。あなたたちが助けてくれなかったから……可哀想な兄さん」

「俺たちを恨むのはお門違いだ」

「ええ、そうね。兄が死んだのは、兄が弱かったからですものね」

 エドウィナは昂然と顎をあげ、セリフィアに言い放った。

「そんな……そんな言い方を…」

 エドウィナはラクリマを嘲るように見て言った。

「だってそうでしょ? あんたたちだってそう思ってるんでしょ? だから『自分たちのせいじゃない』って言うんでしょ? ……でもそんなこと、もうどうでもいいわ。あんたたちにも死んでもらうんだから。今、ここで」

 言いざま、剣を抜いた。

 同時に戦士たちも皆、抜刀した。

「待ってください。エドウィナ、どうして私たちを殺すんですか」

「決まってるじゃない。あんたたちが邪魔だからよ」

「邪魔な割に、フィルシムではやることが手ぬるかったじゃないか。手加減してたわけじゃないだろう?」

 嫌味たっぷりに言うカインに、エドウィナは憎悪の目を向けた。

「ええ、手加減してやったのよ。そうでなきゃお前たちなんか…」

「手加減だと!? お前のせいで借金まみれだ! 一万gp返せっ!!」

 セリフィアの罵言を無視してエドウィナは言った。

「どうして手加減したかわかる? 兄のために泣いてくれるひとが、何かしてくれるひとがいるかもと思ったからよ。それは間違いだったみたいだけど」

 エドウィナは言いながらちらりとラクリマを見た。さらに続けて、

「感謝してほしいわね。あそこを襲うのはやめたんだから。私の中のやさしさが邪魔をしたの。でも……やっぱり襲っておけばよかったかしら」

「それはパシエンスのことか」

 セリフィアに応えてエドウィナは「他にあって?」と聞き返した。ラクリマの頬を涙が伝った。彼女は震える声で訊いた。

「…セルレリアさんを殺したのもあなたですか」

「そうよ」

「エドウィナ、もうやめてください。もうこれ以上罪を重ねないで」

 「罪って何? 人を殺すこと?」少女はあざ笑うように言った。「人じゃなければいいの? あんたたちだって、さんざん他の動物を殺してるじゃないの。どこが違うのよ」

「食べるために殺して何が悪い」

 Gが割って入った。

「食べるためだったらいいの?」

「当たり前だろう」

 エドウィナはGの返答を聞いて甲高い笑い声をあげた。

「語るに落ちたわね。でもいいわ、言ってあげる。食べるため、なんて断る必要はないのよ。愚民はみな力ある支配者を望んで自分から支配される。それは弱い者の生き死にを強い者が支配するからよ。だから強い者に殺されたって文句は言えないの、だって自分が弱いのが悪いんだもの!」

「それは違います!」

「どう違うっていうの?」

 エドウィナは相変わらず嘲るように、だがややイライラとした様子で言った。

「どんな命も尊いもの、どんな命にも『殺されていい』はずのものなんてありません」

「でも殺してるじゃないの。それもたくさん。いいのよ、力が強ければ殺しても。そして私は力を手に入れたわ」

「その力で何ができたんですか。それで本当に満足なんですか。結局……結局、お兄さんは救えなかったじゃないですか」

「兄は弱かったから死んだ、それだけよ。彼も力を手に入れようとしていたわ。私とは違うやり方で。だから手引きしてあげたんだけど……まさか本当に惚れるなんて、馬鹿みたい。シャロリナもかわいそうに。あんなことになっちゃって。ともかく、兄が死んだのは自業自得よ、恋に目が眩んで力を手放したんですもの」

「そして、ここでお前が死ぬのも自業自得というわけだ」

 憎悪を滾らせながら、カインは言葉を吐いた。

「そう簡単に殺せるかしら?」

「8体だ。彼女の他に7体いるよ」

 ヴァイオラは皆に聴こえるくらいの声でそう告げた。彼女は皆がエドウィナと会話している隙に、エドウィナに気取られぬようにディテクトイビル〔悪を見破る〕の呪文を唱えていた。エドウィナの前方に6体の反応──何も見えないところを見ると土中に隠れているのだろう、とするとアンデッドかもしれない──があり、それから右手前方の木陰あたりに1体の反応があった。

 ヴァイオラがそれらの場所についてもざっと語ると、エドウィナは思い切り嫌な顔をした。

「やっぱりやる気なんじゃない。きれいごとばかり言って」

「違います!」

 ラクリマは先ほどからいい言葉が見つからずに困っていた。どう言えばいいのだろう。どう言ったらわかってもらえるんだろう。

「死んでもらうわ」

 エドウィナは再びそう言った。彼女の前方の土が盛り上がり、人間をそのまま身長60センチくらいにまで縮めたような姿のアンデッドモンスター──不死の怪物どもが6体現れた。トピだった。浅黒い革のような膚に無数の皺を刻んだ彼らは、アンデッドにあるまじき俊敏な動きで一斉に頭上へ跳躍したかと思うと、伸びた爪で攻撃してきた。



「リューヴィル!」

 カインは驚愕して叫んだ。斜め前方の木陰から現れた生けるゾンビは、かつてのリーダー、リューヴィルだった。

「どうしてお前が…!」

「人材を有効活用させてもらっただけよ」

 遠めにエドウィナの、ひとを小馬鹿にしたような声が聞こえた。

 リューヴィルはカインに打ちかかってきた。カインは決心した。

(お前は俺が、この手で葬ってやる)

「なんだ、こいつは」

 向こうでセリフィアが叫ぶのが聞こえた。彼の目の前に、使い手のいない両手剣が現れ、彼を攻撃し始めたのだ。アルトは両手剣を見て、咄嗟に判断した。

(魔術師の高位呪文にあるソード〔魔剣〕と同じような状態だ…)

「こいつはどうすればいいんだ!」

 攻撃してもダメージがいっていないように思えて、セリフィアは再び叫んだ。刹那、彼の手にあった両手剣が、魔法の両手剣の攻撃を受けてぱっきりと折れた。

「操っている人間を倒したほうが早いです!」

 アルトはそう叫んでから、セリフィアを援護するためにウェブ〔蜘蛛の糸〕の呪文を唱えた。魔法の両手剣はウェブに絡め取られ、地に落ちた。わずか10秒しかその動きを留めてはおけなかったが、その隙にセリフィアは武器を持ち替えることができた。

 ヴァイオラは地道にターンアンデッドをかけ、これまでに4体のトピを追い払っていた。残り2体については戦士たちが葬ったので、自分は戦線を離脱して、エステラたちの馬車のところまで戻った。馬車を引く馬たちは戦闘に怯えきっており、ミットルジュ爺さんが動かそうとしても容易に動かない状況だった。ヴァイオラは自ら馬のくつわを取って、馬車を転回させ、もっと安全な場所に移動させた。

 Gはカインの援護に回っていた。リューヴィルは殊のほか強かった。だが二人から同時に攻撃を受けて、ようやく倒れた。Gはそのままエドウィナを攻撃しているセリフィアの援護に向かった。

「ちくしょう…!」

 エドウィナがそう呟いたと同時に、セリフィアの大剣が彼女の胸を貫いた。エドウィナはそのまま地に頽れた。

「エドウィナ……」

 ラクリマは倒れた少女のそばに足を運んだ。跪き、その様子を診た。まだ息はあった。

「俺に止めを刺させてくれ」

 背後からカインの声がした。憎しみに彩られた声だった。「ああ、構わん」と、それにセリフィアが答えたようだった。

「待て。ラクリマさんが今、見ている」

 Gはカインを止めた。

 ラクリマは考えを巡らせた。ここで治療を施せば、エドウィナは意識を取り戻すだろう。だが、いずれ殺される……自分にはそれを止められない。死の痛みをどうして二度も彼女に与えられよう。ラクリマはこのまま彼女を死なせることにした。

(ごめんなさい、エドウィナ。さっき、泣いてないで言えばよかった。パシエンスを襲わないでくださってありがとう。あなたのやさしさに感謝します…)

 口の中で聖句を唱え、俯きがちに「送ってあげてください」と言った。

 カインはエドウィナを見下ろした。

「お前の言ったとおり、俺たちは勝った。お前は負けた。強き者が弱き者を殺すのは当然なんだろう。なら、これも当然の報いだ!!」

 彼は長刀を振り上げ、容赦なく少女の肢体に叩きつけた。二撃、三撃と、打ち付けて止まなかった。

(これがリューヴィルの分、これはアルトーマスの分、これは…)

「やっ、やめてください、もうやめて!」

 慌ててラクリマが制そうとしたそのとき、エドウィナの頭部が爆発した。Gもセリフィアも咄嗟に身をかわし、さほどのダメージを受けなかった。カインとラクリマは場所が幸いして、こちらも大きく巻き込まれずに済んだ。

 ラクリマは呆然としてエドウィナの遺体のそばに座り込んだ。この爆発の様子は、前にも見たことがあった。同じブラスティングボタンだろう、ディライト兄弟の弟の死因がそうだった。少女の顔はすべて吹っ飛び、身元も何もわからぬ無惨なありさまだった。

(ひどい……)

 彼女は俯いた。両の目から涙がこぼれ落ちるのを止められなかった。

「終わったの?」

 向こうからヴァイオラとアルトがやってきた。ヴァイオラはディテクトマジック〔魔法を見破る〕を唱えて辺りを見回した。先ほどまでセリフィアを襲っていた両手剣と、エドウィナの指にはまっているリングが反応した。

(……ん?)

 ラクリマの聖章が魔法がかりだということは知っていたが、そのほかに新たに見る指輪も輝きを発していた。

「ラッキー、それ、どうしたの」

 ヴァイオラはラクリマに尋ねたが、ラクリマはただ泣くばかりで今は答えられる状態ではないようだった。やれやれ、と、ヴァイオラは肩をすくめた。

「この指輪は魔法がかりみたいだね」

 ヴァイオラはそう言ってエドウィナのリングをはずすと、アルトに手渡した。

「鑑定はできないのか?」

 カインがアルトのそばに寄ってきてたずねた。

「ボクではちょっと……まぁ、エドウィナさんが身につけていたことを考えれば、そう恐ろしいものでもないと思うんですけど」

 カインは何を考えたか、「それを貸してくれ」とアルトからリングを受け取った。そしていきなり自分の指にはめた。

「何してるんだ、馬鹿か、お前」

 Gが呆れて言うそばで、カインはリングの持つ能力を感じ取っていた。それはスペルストアリング、すなわち呪文を格納する魔法の指輪で、非常に高いレベルの僧侶呪文ダークネス〔暗闇〕とサイレンス〔沈黙〕、それから同じくきわめて高位の魔術師呪文でディスペルマジック〔魔法を破る〕が蓄えられていた。もうひとつ、魔術師呪文のソードがあるようだが、これは空になっていた。先ほどエドウィナが使ったからだろう。

 カインはそれだけ仲間に報告して、指輪を外そうとした。だがそれは二度と外れなかった。


(こいつ、坊ちゃんより馬鹿かも…)

 ヴァイオラも呆れ返った。手っ取り早く強さを手に入れようとしたのかもしれないが、なんと迂闊な。これでその指輪がユートピア教の幹部とリンクしていたらどうするんだ。こっちの場所から何から筒抜けになる可能性だってあるというのに。

 カインはさすがに少し青ざめていた。だが取り立てて対策の立てようもなく、指輪の話は一旦そこで終わった。魔法の両手剣はいつの間にか消えていた。

 カインがリューヴィルの墓を、ヴァイオラがエドウィナの墓標を作っているところへ、ようやっとミットルジュ爺さんが隊商の馬車を回してきた。

「皆さん、お強いですね」

 エステラ嬢は素直にそう言って、安堵の息を漏らした。

 その横でアルトは傷を負ったセリフィアに手を触れた。「大丈夫ですか、セリフィアさん」途端にセリフィアは身体が軽くなったように思った。傷の痛みが止まっていた。なんだろう。ヴァイオラやラクリマに治癒されたときと同じような感覚……だが今、自分に触れたのは、魔術師のアルトだ。

 奇妙には思ったが、セリフィアはそれ以上深く考えなかった。そのアルトはといえば、すでにセリフィアを離れてヴァイオラのそばに寄っていた。自分には確かに魔導の奥義が使える。そのことを確認できて彼は、これで今までよりずっとみんなの役に立てる、と、喜びを感じていた。

 夜、ヴァイオラは皆に気づかれぬよう、コミュニケーションスクロールを取り出し、今日の出来事を簡潔に報告した。

《エドウィナ直接指令で待ち伏せ、退治済》

 しばらくして開くと、ロウニリスからの返事が、これまた簡潔に書かれていた。

《了解》

 晩は何事もなく過ぎた。

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