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4 身の代金

 2月8日。

 朝早くから鐘の音が近くで鳴り響き、みな叩き起こされた。夜のうちに無断で人間が増えたことへのお咎めも注意もなく、朝食も足りるようだったので一同はほっとして席についた。もっとも、早朝、朝課の前にラクリマが院長に事の次第を説明して許しを得ていたこと、食事の用意にも手を加えていたことなどは知りようがなかった。

 早い朝食が終わり、簡単な清掃が済んだところへ、サラが顔を出した。

「ラクリマ、もう出かける?」

「あ、ハイ、お願いします」

 例の依頼も、ラクリマは朝一番で済ませてあった。旧友の息子のこととあって、サラは二つ返事で引き受けた。

 一同はサラを同道して詰め所へ向かった。

「お? おまえら、こんなところで何してるんだ?」

 詰め所には、先日エドウィナという少女を追っていた警備隊隊長、ルブトン=フレージュがいた。事情をざっと説明しているところに、ヴァイオラも仮眠室から出てきた。

「ふ…ん。それで死人に喋らせようってか? ま、うまくいくといいがな」

 ユートピア教絡みの可能性があるなら俺も立ち合わせてもらおう、と、ルブトンはあとからついてきた。

 ヴァイオラは歩きながらサラに話しかけた。

「ご足労をかけてすみません。死体など本当はお見せすべきじゃないんでしょうが…」

 彼女が身重であることを慮っての言葉だった。サラは軽く笑って、答えた

「大丈夫ですよ。私ももとは冒険者でしたし、皆さんが思うより悲惨なものも目にしてきましたから」

 一同が遺体置き場に着くと前後して、セリフィアも現れた。彼は縄を打たれたままの姿で、サラに深々と頭をさげた。

 遺体が室内の中央に引き出されてきた。サラは「何を訊けばいいですか」と一同に尋ねてから、スピークウィズザデッドの呪文を唱えた。足下を冷気が這い上がったかと思うや、目の前の死体からゆらりと陽炎めいた何かが立ち現れた。光や大気や塵が凝ったようなそれは、注視すればセルレリアに見えるものの、輪郭を掴むことがどうしてもできないのだった。

 サラは一つ目の質問を語った。

「セルレリアさん、いらっしゃいますね。あなたが殺されたときの状況を教えてください。あなたは犯人を見ましたか?」

 ──……言われた部屋へ行ったら、真っ暗でした。中へ入って手さぐりで灯りをつけようとしたら、物音がして、振り返った瞬間に…斬られて……肩がすごく痛かった。だれだったか、相手は見えませんでした。暗くて何もわからなかった…ええ、輪郭も何も……ただ、肩が痛かった。

 セリフィアの顔が曇った。これでは無実を晴らしようがない。

 続けて二つ目の質問が放たれた。

「どういう依頼を受けてあの部屋へ行ったのですか? 大部屋で妙だと思わなかったのですか?」

 ──「一つ目の仕事がなくなった」と元締めに言ったら、次の仕事をすぐに渡されました。それで指定された部屋へ行っただけです。相手がだれとは言われませんでした。それもよくあることですし、大部屋というのも……他の方が出払って中はひとり、ということもよくあることですから……妙だとは思いませんでした。

 最後の質問になった。

「これからあなたを殺した犯人を挙げるために、元締めに会うかもしれません。何かいい取引材料はありますか? 弱味とか、あるいは特別な符牒とか…」

 ──元締めとはビジネスライクにつきあっていたので、弱味とか個人的なことは知りません。ただ、彼に会うときはこうしていました……

 セルレリアの霊は、差配と会うための場所や手順を語ったあとで気配を絶った。

「……結局わかりませんでしたね」

「わざわざお呼びたてして申し訳ありませんでした」

「いえ、こちらこそお役に立てなくて……残念です」

 ヴァイオラとサラがそんなやりとりを交わしている脇で、セリフィアは青い顔をして突っ立っていた。父親が魔術師だっただけに、通常、呪文がどれだけの高価格で取引されるかを彼も知っていた。

(彼女に9千gp相当の呪文を、無駄に使わせてしまった…)

 後悔してもしきれなかった。そして自分は虜囚のままだ。

「すみません、サラさん…」

 セリフィアは力なく謝った。

「謝ることはありませんよ。あなたも元気を出して」

 そう返されたものの、とても元気を出せそうになかった。彼は項垂れて地下の獄に戻っていった。




 いつまでも詰め所にいてもしょうがないので、サラと別れて、一同は宿へ帰った。

 ロッツが戻っていた。ボロボロになって「青龍」亭で待っていた。はちみつの販路を開拓しようとしてやばいところに足を突っ込み、そのまま話をこじらせてしまったらしい。ユートピア教絡みではなかったのは不幸中の幸いだった。ラクリマは治癒の呪文で彼の傷と疲労とを治してやった。

 ヴァイオラには手紙が届いていた。先日、クダヒの神殿宛に出した「給料寄越せ」に対する返事だ。開けてみると「帰ってこい」。言外に「金にならないから」という含みが感じられた。

(当然といえば当然か……いや、これも案外、妨害のひとつなのかもしれないな)

 ユートピア教が各個撃破を狙って動いていることは確実だ。

「どなたからのお手紙ですか?」

 ラクリマが訊いてきたのでヴァイオラは、

「クダヒから。帰ってこいってさ」

と、羊皮紙をひらひらさせた。

「ええっ! ヴァイオラさん、帰っちゃうんですか!?」

 ラクリマの情けない声に、他のメンバーも振り向いた。

 帰れるわけないでしょ、あんたたちを置いて……特にそこの。ヴァイオラはGを見ながら、「帰るつもりはないよ」ときっぱり告げた。

 それから思いついたように、

「今日は行くところがあるから、道場をお休みするって言っておいて。あと、セイ君のお師匠さんにもお休みのことを伝えておいてあげてね」

と、言った。皆はわかったと口々に言い、道場へ図書館へと出かけていった。




 ヴァイオラはフィルシムの神殿本部へ出かけた。セリフィアの件を早急に何とかする必要があった。手を打ってもらえるかどうかは怪しかったが、フィルシムで頼れる伝手が他になかった。

 ロウニリス司祭は、昼休みに会ってくれた。

「ひとり捕まったようだな」

 会うなり、そう言われた。さすがにその辺りの情報は掴んでいるらしい。

「見事にはめられました」

 ヴァイオラは素直に述べた。続いて自分にも帰還命令がきたことを報告しようと思ったが、それより早く、先方が「神殿からも帰還命令が来たらしいな。こちらに写しがある」と、先ほどの手紙の写しを見せたので、繰り返すのを止めた。

「実はもう一件あります」

「ほう?」

「昨晩、貧民街で殺人がありましたが、それも私たちがらみです。もうちょっとで2人目がお縄になるところでした」

「言われてみれば小さな殺人の報告があった気もするな。そなたたちと関わっておらなんだようなので、特に気に留めなかったが。……そうか」

 ロウニリスは考え込むふうを見せた。

「そうか……そなたたちの実力を見て、搦め手から来たか……」

 ヴァイオラは黙っていた。

「……わしもやばいな」

 ロウニリスがポツリと、本音を洩らした。ヴァイオラは笑った。

「帰還命令ですが、従うつもりはありません」と、ヴァイオラはロウニリス司祭に向かって言った。相手は「当然だろう」と言いたげな顔をした。「ついては、個人的な事情で恐縮なのですが、私を大司祭様付きに任じていただけませんか。そうすればクダヒの神殿も何も言えないでしょう」

「非常に個人的な事情から、それはできん」

 ロウニリス司祭は、間髪をいれずに拒んだ。ヴァイオラはちょっと意外な気がした。

「というのは、そなたとこれ以上関わりを持っていると、わしの周りがきな臭くなるからだ。自分の身の安全のために、そなたを引き受けるわけにはいかん」

(お説ごもっとも。でも、それならどうする気なのだろう? あなたはこの件から手を引くような人間じゃないと思っていたけど…?)

 ヴァイオラの考えを読んだわけではないだろうが、ロウニリス司祭は引出しから何やらいくつかのものを取り出した。

「そなたにこれを貸し出そう」

 そう言って彼が差し出したのは、一巻の巻物だった。

「コミュニケーションスクロールだ。今後はこれで連絡を取る。その代わり、表向き、二度とここに来ないでほしい」

 ヴァイオラは巻物を受け取った。なかなか太っ腹な大司祭様だこと。

 コミュニケーションスクロールとは、二巻で一組の魔法のアイテムで、一方のスクロールにメッセージを書くと、そのメッセージがただちにもう一方のスクロール上に現れるというものだ。一日に三百字程度まで書き込むことが可能で、それ以外には使用上の制約もない。非常に便利かつ安全な通信手段であり、希少な宝物であることは疑いがなかった。

「片割れはもちろんわしが持っている。こちらから書きこむこともあろうから、ときどき確認するようにしてくれ。ああ、『贈与』ではない、『貸与』だからな。きちんとあとで返してくれ」

 ロウニリスは念を押してから、次にざらざらと音のする小袋と、もう一つ重くて不安定な袋とを渡して寄越した。

「開けてみるがいい」

「よろしいのですか?」

 ヴァイオラは袋の中身を確かめた。

 小袋の方は、予想に違わず宝石類だった。一千gp相当のオパールが3つに、百gp相当のガーネットが20個、都合5千gp相当になる。

 もうひとつの袋には、ポーションが7瓶入っていた。そのうちの一つを取り出して眺めていると、

「それはバグリペラントポーションと言って、最近、ハイブに対抗できることがわかった薬だ。強力な虫除けだと思ってくれればいい。もしものときに使うがいい」

 ヴァイオラが礼を述べると、ロウニリス司祭は「それらはわしの私財から捻出しておる。神殿の金に手をつけるわけにいかないのでな」と言い足し、そのあとでぼそりと呟いた。

「これであの人にも恩返しになるかな……」

 ヴァイオラは次の言葉を待った。彼が口にした「あのひと」とは、もしかして……。

 ヴァイオラの視線に気づいて、ロウニリス司祭はひとつ咳払いをした。

「カジャ・マールによろしく」

 彼のこの台詞を聞いて、ああ、だからか、と、ヴァイオラは重々得心がいった。カジャ・マール=ラガットは彼女の母方の親戚だ。何をして生計を立てているかは不明だが、ラガット家の現当主で、金に困るようなことはないらしい。昔から家族とそりが合わないヴァイオラの、唯一の味方だった。彼女は彼のことを「カジャおじさん」、「カジャマルおじさん」と呼んでつきまとい、いろいろとかわいがってもらった。だがその彼が8年前に旅に出て以来、ヴァイオラは彼とは会ってもいなければやり取りもできずにいた。一体、どこで見ていてくれたものか。

「私も最近は会っていませんが」

 ヴァイオラがそう返すと、ロウニリス司祭は別段驚いたふうもなく、

「わしも会っておらん。いきなり手紙がきて『よろしく頼む』とだけ書いてあった」

と、説明した。ああ、カジャおじさんらしいね。大司祭様とどういうつながりがあるかは知らないけれど、おかげで私たちは助かった。

「…これで釈放させるか」

 ヴァイオラの独り言を聞きつけて、ロウニリスは肯いた。

「それが手っ取り早いだろう。フィルシムでは力がすべてだ。その力とは、剣の力のこともあり、金の力のこともある。もっと別なかたちを取ることもあるが、何であれ己の手にした力で事を為すがよかろう。ではそろそろお別れだ」

 ヴァイオラが品々をしまいこんだのを見届け、ロウニリス司祭は私室の扉を乱暴に開け放った。

「だれか! だれかおらぬか! こいつを叩き出せ!」

(ははあ、いわゆるひとつの猿芝居ってやつだな)

 ヴァイオラはすぐさま応じた。

「何故ですか、大司祭様!」

「ええい、五月蝿いわ!」

「大司祭様!!」

 ヴァイオラは寄ってきた衛兵たちに腕を取られた。

「この女を二度とここへ通すな!!」

「誤解でございます! お願いです、もう一度、もう一度だけお話を…!!」

「ならぬ!! それ、さっさと連れてゆかぬか!!」

「大司祭様…!!」

 ロウニリスはバンと音をたてて、拒絶するように扉を閉めた。

(バッチリです司祭様、本当に本気に聞こえますよ)

 ヴァイオラは心中笑いを堪えながら、衛兵たちに引っ立てられていった。

 一旦放り出されるかたちになって、このままセリフィアのところへ行こうかとも思ったが、時間があるので神殿附属の図書館に入った。セロ村付近でハイブコアが形成されたらしい迷宮について、記録を調べた。

 その迷宮はサーランド時代の魔術師の研究所だった。既に踏査済みで、めぼしいものは何もないはずと記されていた。他にわかったのは、対モンスターの研究をしていたということぐらいだ。地図はついておらず、別に盗賊ギルドで調達する必要があった。だが、今のフィルシムの盗賊ギルドで、この関連の資料を公然と請求するのは憚られるものがある。

(…ちびの調査も待ってみるか)

 ヴァイオラは神殿を出た。ちょうどいい按配に夕方近かったので、詰め所に行って一千gpを支払い、セリフィアを釈放してもらった。




「セリフィアさん!」

「どうやって戻ってこられたんですか!?」

「よかった」

 セリフィアは仲間のあたたかい歓迎を受けた。他のみんなと同じように、ラクリマもヴァイオラが手を回したのだろうと思ったので、

「ヴァイオラさん、どうやって釈放してもらったんですか?」

「お金を払ったの」

「えっ! だ、だって、一千gpって言いませんでした? そのお金、どうやって……?」

「身売りしてね」

「みっ、身売り…!?」

 青ざめるラクリマを「まあ、いろいろとね」となだめながら、身売りという表現もあながち的はずれじゃない、と、ヴァイオラは思った。ロウニリス司祭はこれでユートピア教関連の密偵を得たに等しいのだから。今後、ヴァイオラが流す情報料を、前もって提供してもらったというだけだ。

「どうしたんですか、この手!」

 Gの声がして、ヴァイオラは再びそちらに目をやった。

 セリフィアの両手は傷まみれだった。

「…壁でも撲っていたのか」

 カインの言葉に、セリフィアは図星を指されたようだった。アルトが「どうしてそんなことを…!」と言うと、彼は言い訳するように答えた。

「どうにも理不尽に堪えられなくてな…」

「わかります、その気持ち」

 Gは相づちをうった。セリフィアと目を合わせてにこにこと笑った。だがカインは首を横に振った。

「戦士たるもの、それくらい耐えなければだめだ。いざってときに剣が持てなかったらどうするんだ」

「………」

「俺たちが他のみんなを守らなければ、だれが守るんだ」

 言いながら、カイン自身、痛みを感じていた。俺が、あいつらを守らなければいけなかったのに。だからこそ忘れるものか。俺は、強い戦士になる。

「……そうだな。俺が悪かった。もうしないよ」

 セリフィアは小さい声で、だが、みんなに聞こえるように言った。目は正面からカインを見ていた。

「話がまとまったところで相談なんだけど」

 ヴァイオラの声に、皆、バラバラと彼女の周りに集まってきた。

「このまま夜の仕事を続けるのは危ないかもしれない。それと、カイン、君がひとりでねぐらに帰るのもそろそろ危ないね」

 カインは無言でうなずいた。

「ラッキーも、パシエンスに帰っちゃうとバラバラになっちゃうでしょ。まとまったほうがいいかもしれない」

「修道院自体、危ないかもしれないですしね」

 Gの補足に、ラクリマは「どういうことですか」と聞き返した。

「私たちがあんまり出入りすると、襲われる可能性があるってことですよ」

 ラクリマは青ざめた。

「でも…それならもう遅いんじゃ……」

「だからせめて拠点に見えないようにしたほうがいいんじゃないでしょうか」と、じっと話を聞いていたアルトが口を挟んだ。「そうですよね、ヴァイオラさん?」

 ヴァイオラはうなずいた。Gがあとを継いだ。

「じゃあ、ラクリマさんもカインさんも一緒にこっちに泊まりましょうよ」

「俺はそれで構いません。お世話になります」

「……わかりました」

 フィルシムにいながら手伝いもミサもこなせないのは心残りだったが、ラクリマも宿泊の件については承諾した。アルトが「あとで8人部屋に変えてもらいましょう」と言った。

「仕事のことだが…」セリフィアが口を切った。「城門の警備はやめることにするよ。こんな事態になってまで、やる必要はないからな。」彼はすっぱりと、だがやや未練のあるような口振りで笑いながら言った。

「……私も…『赤竜』亭はやめて、こっちで歌うことにします」Gはそう言ったすぐあとに「失敗したら恥ずかしいなぁ」と顔を赤らめた。

「ラッキーはどうする?」

「私は……できれば続けたいです」

 ヴァイオラは、おや、と思ってラクリマを見た。

「親切な方に、後足で砂をかけるようなことはできません」

「でも、親切な顔して、実はユートピア教の関係者とかって可能性はないんですか?」

「それはありません」

 ラクリマはGに答えた。その答え方があまりにきっぱりしていたので、ヴァイオラは再び、おや、と思った。

「トーラファンさんは院長様の古いお友だちだそうですから、大丈夫です」

 ラクリマは微笑んだ。それを聞いて、ヴァイオラもGも、目が点になってしまった。

「…どこで聞いたの、そんなこと」

「今朝、院長様とお話ししたときにお聞きしました」

 これはカインも初耳だった。最初に抱いた疑念もすっかり払って、ラクリマは相手を信用しきっているように見えた。

「それに行きも帰りもカインさんが送ってくださるから、大丈夫です」

「……カイン、君、いったい何の仕事してるわけ?」

 気になったヴァイオラはカインにも尋ねた。

「俺はラクリマさんがいる間、館の警護をして、その前後に彼女を送っているだけです」

「それが仕事?」

「そうです」

「………」

 ラクリマ以外の全員が、これは変だと感じた。

「私を、というわけじゃないですよ。『臨時雇いが働いている間』って仰ってましたから」

「……で、他に臨時雇いがいるの?」

 ラクリマとカインは顔を見合わせた。

「いないみたいです、今のところ」

「それって変ですよ!」

 たまらずにGが叫んだ。

「どうしてですか?」

「どうしてって……どう考えたって怪しいじゃないですか!」

 Gは皆の気持ちを代弁した。

「でも」と、ラクリマは言った。「悪い人じゃありませんよ」

「ああ、いいよ、じゃあ行っておいで」

 ヴァイオラはひらひらと手を振った。

(そこまで言うなら、自分の面倒は自分で見てもらおう)

 話はそれで終わるかと思ったが、セリフィアが別なことで蒸し返した。

「カイン、その警護だが、俺も加われないだろうか?」

「多分、無理だと思う。そもそも必要あるかどうかも怪しいんだ。…が……雇い主に紹介するだけならしてもいい」

 カインはセリフィアの勢いに圧されてそう言った。勢いに圧されて、ではあったが、セリフィアにも一緒に往復してもらえればそれは心強いとも考えていた。

 部屋を替えてもらったあとで、3人はトーラファンの屋敷に出かけた。




「ちびちゃ~ん、ちょっとおいで~」

 ヴァイオラはいつものように読書しているアルトに声をかけた。結局あとの人間は出払ってしまったので、宿の部屋は再び彼女とアルトと二人きりになっていた。

 いつもは「ちび、ちび」と呼び捨てられていたのが「ちびちゃん」とちゃん付けになった不思議にも気づかず、アルトは本を畳んで素直にヴァイオラのそばに寄った。

「君にこれからいいことを教えてあげよう」

 そう言って、ヴァイオラはアルトに手わざを教え始めた。

(ヴァイオラさんが直々に教えてくださるんだから、ちゃんと覚えなきゃ)

 なぜ曲芸師のような手さばきを身につけなければならないかも、嫌だったら断ればいいといったことも一切考えず、アルトは一所懸命に習った。が、結果は芳しくなかった。

(魔術師だからもっと手先が器用かと思ってたけど……)ヴァイオラは思った。(まぁ、初日だから仕方ないか。これから10日も仕込めばモノになるでしょ)

 そう思った矢先、アルトがまた練習用のダガーをとり落としたのが目に入った。

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