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2 好意さまざま

 2月6日。

「いくらだって?」

「5gp」

 セリフィアはいつものように無表情に答えた。

 朝、起きるなりはちみつの話を思い出して、朝食に降りる前にみんなに話をしたところだった。

「ロッツ君、はちみつの買取価格って、今、いくらなの?」

 ロッツはヴァイオラに「買取の相場はだいたい売値の3割前後でさ」と答えた。「はちみつはもともと一瓶で5gpでやしょう。今は倍に跳ね上がってますから、市価10gpくらいとして、買取価格は3gp前後じゃないですかね。」

「単位当たり10gpだとサラさんも言っていた」

 セリフィアが思い出しながら言っているところに、「おはようございます」とラクリマが入ってきた。

「ラッキー、サラさんにはちみつの話をしたの?」

 ヴァイオラはラクリマに尋ねた。

「はい。いけなかったですか?」

「いや、いけなかないけど、サラさんから、はちみつを買い取りたいって申し入れがあったんだけど」

「あ、知ってます。お金に困ってるって言ったら、いくらかだったら相場より高く買ってくれるって言ってました」

 セリフィアは「えっ」と驚いてラクリマを振り向いた。

 ヴァイオラは別に驚かなかった。たぶんそうだろうと、アタリはつけてあった。買うことが目的ではなくて、援助が目的なのだ。「買いたい」というかたちで話を持ってきたのは、こちらが遠慮しないで済むようにだろう。そういうことならありがたく援助をいただくか…。

 それでも、一応ラクリマに質問した。

「はちみつはよく使うの?」

「そんなしょっちゅうじゃないですけど、常備してますよ。風邪薬代わりに使うこともありますし、うまく物を食べられないお年寄りや病人の方にさしあげたりしてます」ラクリマもセリフィアの遠慮に気づいたようで、あわてて付け足した。「あの、お金の話は別として、サラが言うんだったら、必要なのはきっと本当のことです」

「…わかった」

 セリフィアは独り言をいうように返事した。修道院で受けた好意が、何から何までありがたく感じられた。だが、受けるばかりだ。自分は彼らのために何ができるだろう?

「じゃ、この話、受けていいね」

 ヴァイオラの確認にセリフィアもアルトも肯いた。ラクリマが、修道院で引き取れるのは総額100gpまでだと言い足したので、それとは別に普通の販路も開拓することにした。販路の開拓はロッツが担当することになった。



 夜、アルバイト組が出ていったあとでヴァイオラは、アルトを呼んだ。何の話かと思ってアルトがそばに寄ると、ヴァイオラは、

「今日の訓練に出てなかったね」

 単刀直入、アルトが道場にいなかった理由を尋ねた。アルトは答えた。

「もっと、自分は自分の勉強をしなきゃいけないと思ったんです」

 ヴァイオラは束の間、彼の顔を眺めていたが、息を吐いてこう言った。

「魔術師の勉強だね?」アルトはコクコクと肯いて見せた。「じゃあついでにこの間頼んだこと、調べておいて。図書館に通うんでしょ?」

 ヴァイオラが言っているのは、ハイブコアとなった二つの迷宮と、エイトナイトカーニバルの迷宮についての調査のことだった。

 アルトも、図書館へは自分の勉強をしに行っているわけだから、そう暇があるわけでもないのだが、

「わかりました。迷宮のことでしたね? 時間を見て調べておきます」

と、返事した。それからいつものように読書を始めた。

 ヴァイオラはこの機に手紙を一通書き上げた。フィルシム神殿のロウニリス大司祭代理に宛てたもので、内容は二つ。まず、活動資金を援助してほしい旨をしたためた。そもそもはガラナークが持ち込んだ案件であるから、後日向こうに請求してもらえばいいだろう。次に、情報をやりとりできるなんらかの手段を無心した。現時点で情報がユートピア教に洩れているのは明らかで、それを回避できる直通回路のようなものがほしかった。

 手紙は、明日、暇をみて神殿まで届けに行くつもりだった。ロウニリス司祭本人には会えないだろうが、この間の書記官に取り次いでもらえばいいだろう。



 セリフィアは今晩は城門の警備に立った。他に4人の、見るからに「駆け出し」の冒険者がいた。戦士3人、盗賊1人と、バランスが妙に悪い。4人のうち、リーダーにあたる若者は、自らをグルバディ=パースと名乗り、さんざん話しかけてきた。彼らには僧侶と魔術師のあと二人の仲間がいるのだが、前の冒険で負傷し、現在療養中なのだという。残った戦士たちは、暇を潰すのにこうした短期の仕事をこなしているらしかった。

 グルバディは、よっぽどセリフィアに好意を持ったのか、ずっと纏わりついていた。「すごいですね、その剣! ちょっと振ってみてください!」という彼のリクエストに応えて10フィートソードで素振りをしてみせたところ、ますます気に入られたようだった。

「明日もぜひ一緒に警備させてください!」

 熱心にそう言ってくるのを、セリフィアは「明日のことはわからない」と受け流した。グルバディはさらに「どこにお泊りですか?」「お名前は?」と立て続けに質問してきた。宿のことは教えなかったが、名前は教えてしまった。そのあとは「セリフィアさん、セリフィアさん」と五月蝿いくらい名前を呼ばれた。「女みたい」とは言われなかったので、あえて気に留めないことにした。出自を尋ねられて「一介の役人の子供だ」と返したところ、「役人=騎士」という思考回路らしく、「やっぱり騎士の家の出なんだ! すごいすごい!」としきりに感心された。

(いくらなんでも大げさじゃないか…?)

 肝心の警備のほうは何も出ず、至極平和裏に終わった。ほとんど疲れずに済んでよかったといえばよかったが、当然、基本給の5spしかもらえなかった。



 ラクリマとカインは揃って魔術師の館を訪れた。

 二人を出迎えたのは生きて動くクリスタルのスタチューだった。彼女はフィーファリカと名乗り、「こちらへ」と館の中へ案内した。「ご主人様と私しかいないので散らかっていますが…」との言葉どおり、館内はよく散らかっていた。もともと広いホールだったはずの場所では、そこかしこに木像、石像、宝石の像や泥の塊が散乱し、まさに物置と化していた。

 ホールを通過して案内された一室は応接室で、ここだけがよく片付けられていた。むしろ、応接室にしては物がなさすぎるきらいがあった。立派なソファとテーブルしかない。

 その立派なソファに座って待っていると、すらりとした長身細身の老人が現れた。髪はごましおまだらより若干白髪に近い程度、歩き方は矍鑠としており、魔術師にしては体格がいいな、と、カインは思った。若いころはそれなりにもてただろう、ダンディーな雰囲気を身にまとっている。

 トーラファン=ファインドール老魔術師は、簡単に挨拶を述べたあと、まずカインを向いて言った。

「臨時にひとを雇っている間、館の夜間の警護と、その娘の送り迎えを頼みたい」

 カインは老人の真意を測りかねた。臨時手伝いを雇って、そのパートタイマーのために警護と送迎まで雇うというのは、どう割り引いても常識的な話ではなかった。おかしい。何が目的なんだ。

 カインの疑念には気づかぬふりをして、トーラファンはラクリマのほうを向いた。

「ラクリマさんだね」

 彼はラクリマを頭の天辺から足のつま先まで観察し、一言、「合格だ」と言った。

「好きなときに好きなだけ働いてくれればいい」

 さすがにラクリマも不思議そうな顔をした。が、カインの猜疑心はそんな段階を通り越して爆発しそうだった。何が「合格」なんだ。こんなうまい条件で、護衛までつけて彼女を働かせる理由はいったいなんだ。

 ……「彼女を」? 妙な話だが、最初からラクリマがここに来ることがわかっていたかのようだとカインは怪しんだ。だが、よしんば彼女本人がお目当てだとしても、金を払って警護をつけるくらいなのだから、害を与えるつもりはないらしい。そう思い直して、彼は暫く静観することにした。その間にもラクリマとトーラファンの話は進んでいた。だいたい説明が終わったらしく、トーラファンがこう締めくくるのが聞こえた。

「何か質問があるかね?」

 カインは「入ってはいけない場所などありますか」と尋ね、入ってはいけない場所はないが、裏庭や鍵のかかった部屋は、命が惜しければ入らないほうがいいと忠告を受けた。

(なるほど、魔術師らしい物言いだ)

 先ほどは体格を見て魔術師らしくないように判じたが、こうして言葉を交わしてみるとまさに魔術師そのものだった。その日は夜の10時ごろまで館で過ごし、それぞれの家へ帰った。





 2月7日。

 ヴァイオラ宛てに、ガラナーク大神殿から親書が届いた。親書にはあたりさわりのないことしか書かれていなかった。




   親 書


親愛なる同志 ヨカナン・トルゥ=ヴァイオラ殿


 この度の報告ご苦労であった。

 今後の支援に関してだが、フィルシム国内のことであり、政治的な意味合いでもガラナーク神殿が積極的な関与をすることは大変難しい状況となっている。

 しかし、ハイブは女神エオリスに認められていない、全世界共通の敵であり、このショートランドから駆逐しなければならない存在である。

 同志が、貴国内のセロ村にあるハイブコアを駆逐し、世界平和に貢献することを期待する。

 同志の未来に女神エオリスの祝福があらんことを。


ガラナーク大神殿 大司教 フィッツ・G=トゥルシーズ


 同志の質問事項に対する返答を以下に記す。

 解釈についてだが、神託の解釈は大変難しいものであり、ガラナーク神殿は神託を受けた本人に解釈を委任してあった。




北の大地、深い森の中、前方には雪を被った山脈

見上げれば、降り始める、白き雪

翼をもがれた天使が、大空を飛ぶことを忘れ大地に横たわる


雪はすべてを覆い隠す

深き森の北の端、魔導師たちの夢の跡

いにしえより旅人たちで賑わう村

深きところ、浅きところで人々の生業に寄生する

静かに、徐々に、しかし、確実に


心に光を持ちし者たち

かの地で、真実を見つけるだろう

それが、正しき『道』?

それともまがいものの『道』?

それらを見る『眼』はきっとそなたたちの中にある





「こ…の、役立たず…っ!!」

 読み終わって、ヴァイオラは思わず罵りの声をあげていた。アルトが吃驚してこちらを見た。「なんでもないよ」と言ったその声も少々うわずっていた。続く罵りは全部胸の中で吐いた。

(要は全部「自分でやれ」ってことじゃないか。この未曾有の危機に傍観を決め込むなんてどういう無神経だ……ええい、この役立たずっ!!)

 憤懣を溜め込んだまま道場へ行き、いつもより精出して訓練を終えた。

 道場を出て、城外で稽古をつけてもらっているセリフィアと合流しに向かったところ、向こうから男女の諍う声が聞こえてきた。

 なんとその片割れはセリフィアだった。もう片割れは、だれがどう見ても「その道のおねえさん」とわかる格好の、それもどちらかといえば高級そうな街の女だった。

「とにかく帰ってくれ」

 セリフィアが邪険に扱うのを聞いて、ヴァイオラは眉をひそめた。そんな物言いじゃだめだよ、セイ君。ああ、これだからお子さまは……。

 案の定、相手のおねえさんは激怒なさっていた。

「だからどうして嫌なのか、ちゃんとした理由を言いなさいよ! それとも私がこういう女だから、バカにしてるの!?」

 つと、カインが進み出た。

「どうなさいました」

 彼は街のおねえさんから事情を簡単に聞いた。それによれば、どなたか奇特な方がセリフィアを男にしてやろうと一肌脱いでくださったらしく、セリフィア本人には覚えがないながら、おねえさんのところに彼の夜の相手をするよう指令が下ったらしかった。

「ちゃんと朝までお金はいただいてあるの。これ以上払う必要はないんだし、気兼ねなく楽しめばいいじゃないの。それがどう? さっきから『帰れ』の一点張りなんだから!!」

 彼女はいたくプライドを傷つけられた様子でまくし立てた。

「お話はよくわかりました。だれか親切な方が彼に好意を贈ってくれたのでしょうが、あいにく今はその気になれないようです。申し訳ありませんが、今日のところはお引き取り願えませんか」

 セリフィアよりはこうしたやりとりにずっと慣れているらしく、カインは丁寧に詫びて断りを述べた。

 が、もはやそれくらいで彼女の気は収まらなかった。

「私もプロですからね、金がもらえりゃいいってものじゃないのよ! ちゃんと仕事しなければ気が済まないわ!!」

(お~、さすがプロ、あっぱれあっぱれ)

と、ヴァイオラが心で拍手していたところ、「お仕事なさりたいんですか?」とラクリマが場にそぐわない質問を出してきた。

 彼女はラクリマの問いかけに、あっけにとられたようだった。ちょっとの間、ラクリマを見、セリフィアを見、カインを見たあと、一同の中で一番話がわかりそうなヴァイオラに目顔で問いかけてきた。

『彼、もしかして彼女ラクリマと恋仲なの? それともカインと?』

 ヴァイオラはすかさずカインを目で示し、「困ったものだ」というように首を振ってみせた。もちろんそのような事実はなかったが、諦めていただくには一番手っ取り早かった。

「…何よ。そうならそうと最初から言えばいいじゃない!」カインを向いて、「だから庇ったのね!? フン! 馬鹿みたい!」

 さすがに彼女も諦めたようだった。怒りを収め切れぬまま、踵を返して去っていった。

「みんな、ちょっと先に戻ってて」

 そう言ってヴァイオラはひとりで彼女のあとを追い、追いついて「失礼」とまじまじと彼女を観察した。この手の人種に詳しいヴァイオラは、確かにこの女性が高級な層に属する娼婦であることを見抜き、

「ずい分、高いランクの方とお見受けしましたが」

と、挨拶代わりに述べた。

「そうよ」

 彼女は憮然として答えた。

「それなのにあなたの仲間ときたら…! あの朴念仁!」

「仰るとおりです。申し訳ない。ぶっちゃけた話、彼はまだコドモなんですよ。あなたのような佳い方を相手にするには早すぎます」

 彼女はちょっと驚いたような表情をして、

「体はもう十分大人だと思うけど?」

「ええ、まあ、体は……」ヴァイオラはわざと言葉を濁した。「体は大人でも、心がコドモですし……しかも今、ちょっと男色家に誑かされてましてね…」

「まあ……」

 一転、彼女は気の毒そうな顔をした。

「だから待っててもらえませんか。準備が整ったら、必ずあなたを指名させますから」

「わかったわ」

 彼女はゆっくり頷いた。ようやく怒りが収まったようだ。

「彼が指名してくれるなら、お安くするから。何だったら一晩10でもいい」

 それはとんでもなく破格だ、よかったねセイ君と思いながら、ヴァイオラは彼女の名前と、どうすればツナギを取れるのか尋ねた。彼女はセルレリア=ルーラフィアと名乗り──名前までお似合いじゃない、セイ君──予約を入れたければ「青龍」亭で頼めばいいと教えてくれた。

「ありがとう。あなたのおかげで少し心が晴れたわ」

 妖艶な笑みを浮かべて、セルレリアは去っていった。やれやれ、と、ヴァイオラは肩を落とし、結局少し離れた場所で待っていた仲間のところへ戻った。

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