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10 冬来たりなば

 2月3日。

 早朝、Gは宿の屋根に登り、歌を歌った。歌ってみて直感した。ここではだめかもしれない。あまりにも声の通りが悪い。フィルシムにいる間は歌っても無理らしいとわかって、彼女はがっかりした。

 屋根から降りて、「そうだ、ラクリマさんに見せに行こう」といきなり思いついた。昨日の晩に作った「ヴァーさん新聞」を手に、宿から出た。

(あれ、でもひとりで出かけちゃいけないんだっけ…)

 そう思ったとき、朝靄の中で、向こうから駆けてくる人影に気づいた。人影はだんだん大きくなり、やがてそれがラクリマだと知れた。

「ラクリマさぁん」

 Gが叫ぶと、向こうも気づいたようだった。

「Gさん!」

 ラクリマも彼女の名を呼び、息を弾ませて駆け寄ってきた。

「よかった。今、これを見せに行こうと思ってたんですよ〜」Gは「ヴァーさん新聞」をラクリマに渡し、胸を張って言い足した。「面白いから、絶対、喜んでもらえると思って」

 ラクリマはGから渡された紙面を読んだ。Gが自分を喜ばそうと一所懸命書いた想いが伝わって、胸が嬉しさでいっぱいになった。

「ありがとう、Gさん」

 そう言って、Gを抱きしめた。Gは(やっぱり喜んでもらえた)と、自分も喜んだ。

「ヴァイオラさんたちは…?」

「そろそろ起きてると思いますよ〜。部屋に行きます?」

 ラクリマは肯いた。二人は「青龍」亭に入り、階段を上って部屋に入った。

「あ、ラクリマさん、おはようございます」

「おはようございます」

 アルトやセリフィアに挨拶しながら、ラクリマはヴァイオラの前に進んだ。

 「あ、あの…」震える両手をしっかり握り合わせ、「私…私…あの、もし…もし、許してもらえるなら…もう一度みなさんと一緒に行かせてください…っ…」

 さすがに最後まで顔を上げていられなかったが、何とか言うだけは最後まではっきり言い切った。

 ヴァイオラはふっと微笑い、「おかえり」と彼女の頭を優しく叩いた。

 ラクリマが顔を上げると、ヴァイオラの背後にきょとんとした顔のGが目に入った。ラクリマが自分たちから離れるなどとは思ってもいなかった顔つきだった。

「ラクリマ、朝食も一緒に食べるか?」

 セリフィアが尋ねたので、「いえ、私はもう修道院でいただいてきました」と答えると、アルトが「修道院は朝が早いんですねぇ」と感心したように話しかけてきた。だれも、自分が別れて去るとは思っていなかったようだ。ラクリマは気が抜けた。と、同時に、深い安堵を覚えた。

 修道院で何があったか知らないが、確かに、ラクリマは心の平安を取り戻したように見えた。そういえば院長が自室に呼んでいたから、彼が年の功でよく諭したのかもしれない。しかしいくら年の功でも、一日二日でここまで引っ張り上げるとはなかなか力のあるひとのようだと感心しつつ、ヴァイオラは、骨張った体つきで、穏やかな表情を崩さなかった修道院院長を思い出していた。


 一同が階下の食堂へ行こうと扉を開けると、そこにはカインが立っていた。

「お話があります」

 カインは丁寧に願い出た。

「…中に入る?」

 ヴァイオラに促され、全員、カインとともにもう一度部屋に入り直した。

「話とは?」

「俺は仲間の仇を討ちたい。見ればあなた方はハイブと縁が深い様子。俺を仲間に加えてもらえないだろうか」

 カインは真っ直ぐ切り込むように、そう言った。

「みんな、どう?」

 ヴァイオラはまわりに尋ねた。彼女自身は、カインを拒絶するつもりはなかった。坊ちゃんと同じ顔というのはネックだけれど、彼自身の境遇には同情すべきものがある。それに、彼は「坊ちゃんではない」のだから。

 ヴァイオラのその考えを読んでか、Gは「私は構わないですけど」と言った。カインは、きっと彼女に反対されるだろうと踏んでいたので、拍子抜けした。

「俺もかまわない」

「ボクは賛成です」

 皆の視線がラクリマを向いた。ヴァイオラは尋ねた。

「ラッキーはどうしたい?」

 ラクリマは両手を絡めたり解いたりしながら「…私は、別に…」と歯切れ悪く答えた。

「『別に』じゃわからないよ」ヴァイオラは続けた。「パーティは『和』が大事なんだ。ラッキーが耐えられないなら、断るから」

「私…私…反対じゃありません」

 消極的発言だな、と、ヴァイオラは逡巡した。やはり今はまずいか…。そう思ったとき、カインが「イヤならイヤだと言ってください」と発言した。

「私っ…イヤなんかじゃありません!」

 ラクリマは小さい悲鳴のような声で叫んだ。

「……自分で頑張れるね?」

 ヴァイオラはラクリマに三度尋ねた。

「はい……」

 ラクリマはよくわからないまま、肯いた。これでカインの参入が決定した。


「戦闘訓練のことなんだけど」

 ヴァイオラが朝食のテーブルで口を切った。

「多少の借金はしてでも、できるだけ全員やった方がいい」

 それを聞いたGは、一昨日出してみせた宝飾品をテーブルの上に並べ、「遣ってください」と申し出た。

「これっていくらぐらいなんだ?」

 セリフィアがだれにともなく尋ねた。ヴァイオラがアルトの方を向くと、アルトは小さく首を振って「すみません、ボクじゃわかりません」と申し訳なさそうに言った。

「あの……」

 食事はしないが水だけもらって「ヴァーさん新聞」を読み直していたラクリマが声をあげた。

「ここに書いてある方に鑑定をお願いすることはできないんでしょうか? 貴族の方なら、宝石のこととかご存じないですか?」

(ガウアーに頼む? でも結局鑑定料を取られるんじゃ……)

 そこへ折良くガウアーの一行が降りてきた。ヴァイオラが決断するよりも早く、Gが彼らのところへ小走りに寄って、

「あの! これ、鑑定していただけませんかっ!」

と、頼み込んだ。

 ガウアーは少し吃驚した顔をしたが、「おう、テラル、見てやってくれ」と魔術師に声をかけた。

「ええ、いいですよ……って、鑑定料はどうするんです?」

 テラルが尋ねるのに、ガウアーは太っ腹に答えた。

「俺の友だちだ。無料でやってくれ」

 ヴァイオラはガウアーに感謝した。Gはいつだったか、ヴァイオラとお喋りしていたときに聞いた言葉を思い出していた。「『持つべきものは友』だよ」本当にヴァイオラさんは正しいと、目の前の光景を見て実感した。

 テラルの鑑定によれば、宝飾品は全部で一千五百gp相当だった。ヴァイオラたちはそれを3等分してもらった。

(これで3人分の費用か…)

 ヴァイオラはそれをGの他に、アルトとラクリマの訓練費用に充てることを決めた。自分とロッツの分は、何とか捻出しよう。ロウニリス司祭の親書に入っていたガーネットがいくつか残っているし、あとは僧侶呪文の売買という荒技がある。荒技というのは、呪文の売買は基本的に神殿を通すべきとされており、個人的に奇跡を執り行って直接その謝礼をもらうとなると、闇取引にならざるを得ないからだ。

(それにしても…なんとか金策しないと、出ていくばかりだね)

 ガウアーたちは今日の午前中に出立するということだった。お互い別れの挨拶を済ませてから、ヴァイオラたちはマスタリーの道場へ向かった。セリフィアとは入り口で別れた。彼は毎日、正門のすぐ外で訓練を受けていたからだ。


 道場で、昼の休憩時に一同は思わぬ人物に出会った。ジェイ=リードだった。

「ジェイさん! 無事だったんですね、よかった!!」

 ラクリマは駆け寄り、彼の手を取って喜んだ。が、ジェイは無表情に見下ろすだけだった。

「みんな心配してたんですよ〜」

 Gもそばへ寄ってそう言ったが、ジェイは舌打ちして、「なんだ。お前らか」としか言わなかった。

「ジェイ、どうした?」

 向こうから声がかかり、見れば盗賊風の、蛇のような目をした男が立っていた。「そいつらは?」

 ジェイは忌々しげに「例の、冒険者ですよ。こいつらのせいで村はめちゃめちゃになったんだ」と恨み言を述べた。それを聞きながらヴァイオラは、セリフィアがこの場にいなくてよかったかも、と、思った。蛇蝎(だかつ)のような男は聞かれもしないのにGたちに向かって喋った。

「お前らがジェイの言ってた疫病神か。ずい分かわいい疫病神じゃねえか。だが人間、カオじゃねえからな」それからジェイを見て、「俺たちはこいつが気に入りでな、こいつをどんどん鍛えてやるつもりだ。まぁ、覚悟しとくんだな」と、物騒な物言いで締めくくった。

 そこへロッツがやってきた。「姐さん…」と、声をかけようとしたところを、蛇蝎に遮られた。

「よお、ロッツじゃねえか。お前も道場に通える身分になったのか? ずいぶんと出世したもんだなぁ、おい?」

 男の言葉には悪意が感じられた。ロッツは一瞬嫌な顔をしたが、それを覆い隠して答えた。

「おかげさまで。ファーカーの兄貴もご健勝のようで何よりです」

 どうやらロッツの兄貴分に当たるらしく、ロッツはまるで頭が上がらないようだった。二、三、言葉を交わしたあとで、ファーカーとジェイは去っていった。ロッツは彼らが十分離れたのを見て、「悪党連ですよ」と小声で呟いた。「いい噂を聞いたことがありません。どんな汚いことでもやる連中です」

 それを聞いて、ラクリマとGはそれぞれジェイの身を案じた。ヴァイオラは(鉄砲玉として育てられてるんじゃないだろうね)と疑問を抱いたが、ジェイにそこまで世話を焼く義理はないので考えるのをやめた。

「姐さん、ちょっと…」

 ロッツに手招きされて、ヴァイオラは端に寄った。

「ちょいと抜け出してギルドへ行ったんですが、ご依頼の情報が手に入りやした。といってもこのくらいしかわかりませんでしたが…」

 ロッツはヴァイオラに紙片を渡した。それには、彼女が「調べてほしい」と頼んであった、セロ村に関する情報が記されていた。

 情報によれば、セロ村の発祥の詳しいところはわかっていなかった。一番有力な説として、サーランド王国中期にセフィロム=ハッシマーという女性のサーランド貴族が、自分の奴隷とともに移り住んできたのが始まりとされている。

 この女性が、何故、当時辺境だったこの地に移り住んできたのか、はっきりしたことはわからないが、おそらく、あまり人には言えない研究をするためだったろう。だがこの僻地は、住みつくには過酷な地だったため、ほどなく貴族たちは村を捨てて出ていってしまった。残された奴隷たちは能力奴隷を中心にまとまり、現在の村のかたちを作っていったと思われる。

 現在の領主は、代々領主を務めているローンウェル家の嫡子。彼を除いて彼の兄弟はすべて冒険者になって命を落としている。かなりの晩婚でしかも政略結婚の意味合いが強かった。彼の妻は、10年前、38歳で病死。以後、後妻は娶っていない。冒険者嫌いなのはつとに有名。理由は兄弟の件だけではないようだが、詳細は不明。

 ヴァイオラはそれを頭にたたき込んだ。ロッツは彼女が紙片から目を離すのを待って、「他にもこんなことがわかりやした」と、続けた。

 ガウアー組は割といい評判を得ているらしい。「トールの兄貴の目は確かでさね」自分の目で見ても大丈夫だろうと思っていたが、ロッツの言葉に、ヴァイオラは心から安堵した。

 バーナードについては、彼が家と村を捨てたのは、父との確執が原因だという話だが、なぜ父親が彼に10フィートソードを継がせなかったのか、その原因は不明だという話だった。

 セロ村に派遣される予定で、全滅させられたラルヴァン一派には、有望視される人材が含まれていたという。それを潰せるということは、相手もかなりの手練れらしい。ラルヴァンたちの実力は、騎士となるレベルの一歩手前程度だった。

 エリオットは調べるまでもなくガラナークの出身だが、同じ一党のアルバンは、父親がショーテスの前領主だった。その父親は悪さをして領主をクビになっている。アルバンは名誉挽回を目指しているようだ。僧侶のダルヴァッシュはガラナークの、高名な神官の家系の出らしい。

「あとは坊ちゃん…いや、カインさんのお仲間ですが…」ロッツは慌てて言い直し、カインのことを報告した。

「リューヴィルという商人の息子がリーダーだったようでやす。このリーダーが、商人の家の出ながら、貧民街の奴らとよくつるんで遊んでいたようで」

 そう言ってロッツはちらとヴァイオラを見た。ヴァイオラは軽く視線を受け流した。

「そうそう、坊ちゃん…カインさんが以前洩らした『ジェラ』というのは仲間内の僧侶でさね。アルトーマスという戦士の妹さんで、このアルトーマスには貴族のご落胤という噂がありやす。それとその『ジェラ』……」ロッツは少し口を濁した。「ジェラルディンってんですが、どうもこれがお嬢にクリソツだったようで……」

 ロッツはラクリマを「お嬢」と呼んで言った。やはりそうかと、ヴァイオラは思った。予想はしていたが……

「お互い、互いの顔に死人を見るわけか……ぞっとしないね」

 ヴァイオラの言葉にロッツもうなずいた。

 さて、カインはともかくラクリマがどこまで耐えられるか……。だが今は信じよう。目の前にある、やるべきことから片づけて行くことだ。ひとつひとつ積み重ねていこう。そして最後に己が力と責任で、コトを成せるようにならなければ…。

 場内で師匠が自分を呼ぶ声がしたので、ヴァイオラは考えを中断した。すぐさま傍らに置いた得物を手に取り、彼の元へ急いだ。午後の訓練がどこでも始まったようだった。

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