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8 パシエンスのサラ

 ちょうどロッツが盗賊ギルドから戻ってきていた。カインとGはもとより、セリフィアもヴァイオラたちより先に戻っていた。

 ヴァイオラはロッツに、カインの仲間だったファラという女盗賊を知っているか、尋ねた。

「ファラですか。ファラはストリートの人間ですが…あっしとは敵対していたグループの奴でしてね」そう答えてから、ロッツは訝しげにカインを見やった。「じゃあ、坊ちゃん…いえ、カインさんもここの出身で? でも…これだけの美男子をあっしが覚えていないなんて……」

「顔の話はするな」

 カインが冷たく言い放つそばで、Gは思った。(やっぱりこいつ、アヤシイ…。犯罪人じゃないのか?)

 ヴァイオラは、ファラがギルドのどこの支部から話を受けたか、調査してほしいとロッツに頼んだ。

「けど、そろそろ危ないから、調べるときは気をつけて」

「ええ…。姐さん、その『危ない』って件でやんすが、いつまでここにいるおつもりで?」

 そのことはヴァイオラも考えていた。この修道院に厄介になるのは楽だし経済的で有り難いのだが、ここに居続けると、万が一、ユートピア教の魔の手が自分たちに伸びてきたときに、心ならずも巻き込んでしまうことになる。

「そうだね。『青龍』亭に移動しよう」

「わかりやした。じゃああっしはもうひとっ走り行ってきまさ。あとで直接『青龍』亭へ行きやすから」

「ああ、とにかく気をつけて、ね」

 ロッツは一旦部屋から出ていこうとしたが、戻ってきてヴァイオラに「忘れるところでした」と紙切れを渡した。

師匠せんせいのご家族の消息についてまた少しわかりやした。師匠せんせいにお伝えする役は姐さんにお任せします」

 ロッツの背中を見送ったあと、ヴァイオラは手渡された紙片を見た。細かい字がびっしりと書かれている。内容は次のようだった。

 セリフィアの父であるルギア=ドレイクは、フィルシムでのハイブコア殲滅の依頼をこなした後、一人でどこかへ旅立ってしまった。その理由として、当時の冒険者仲間と仲違いをしたのではないかといわれているが、よりハイブを多く倒せる場所に移ったのでは、ともいわれている。

 その後の足取りについては、現在ラストン王国主体の『第三次ハイブ討伐隊』メンバーにその名を見ることができるが、ラストン王国崩壊後、詳しい行方は不明である。

 なお、ルギアの長子アーベル=ドレイクも一年ほど前にフィルシムを訪れている。当時、貧民街を中心に話題となっていた『ユートピア教団』の足取りをつかむ依頼を受け、仲間とともに行方不明となった。現在の教団の台頭を見るにこの依頼は失敗したものと思われる。

「………」

 ヴァイオラは少し逡巡したあとで、セリフィアをそばに呼んだ。浮かぬ顔で「お父さんと、お兄さんのことが書いてある」と紙片を渡し、セリフィアがそれを読むのを見守った。セリフィアはやや青ざめて、しばらく紙片から目を離せずにいたが、やがて顔を上げて小さく「ありがとうございました」と、紙片を返して寄越した。無表情ながら、さすがに辛そうだった。

「みんな、ちょっと集まって」

 ヴァイオラのかけ声で、セリフィア以外も集まってきた。カインは少し離れたところから耳をそばだてた。

 ヴァイオラはそこで、ショーテスの独立宣言のこと、魔力のカーテンのこと、それからラルヴァン=ボールドウィンのパーティのことを皆に話した。

「そういうわけで、ユートピア教も本気で妨害してきている。何があるかわからないから、十分に気をつけること。フィルシムでは絶対にひとりで行動しないで、必ず二人以上で行動して。それから…」ヴァイオラは息を継いだ。「このまま修道院にいるとここのひとたちが危ない目にあうかもしれないから、これから『青龍』亭に移動します」

「は〜い」

 唯々諾々と移動の準備を始めた仲間を見て、ヴァイオラはこれでいいのか危ぶんだ。もうちょっと自分の頭で考えるようになってもらわないと……

 その物思いは、レスタト…いや、カインの声で中断された。

「私も『青龍』亭へ同行して構わないだろうか? 仇討ちをしたい。君たちのそばに居たほうが、仇の情報を得られそうだから…」

 ヴァイオラは承諾した。向こうでGが不満そうな顔になるのがわかった。


 最後にラクリマに挨拶しようと、ヴァイオラは修道院の中を探して歩いた。本堂にはだれもいなかった。食堂は、ちょうど夕食の用意をしているらしく、数人の女性が立ち働いていた。が、その中にもラクリマはいなかった。

 女性の一人を捕まえて、ラクリマがどこにいるか尋ねた。彼女は首を傾げていたが、「こちらへ」とヴァイオラを居住区の部屋の一つへ案内した。

「サラさん、失礼します」

 その女性はそういって部屋へ入り、部屋の主と少し喋ったあとすぐに出てきて、ヴァイオラに一礼するなりその場を去ってしまった。(えっ)と思って、一瞬、彼女の背中を目で追ってしまったヴァイオラに、部屋の中から「どうぞお入りください」と声がかかった。声のほうを振り向くと、開いた扉に部屋の主らしきひとが立っていた。その人物は男のように髪を短く切り揃えており、背丈と肩幅から一見美丈夫のように見えたが、僧服の上から見て取れるように、身重の、女性のようだった。

(もしかしてこれがラッキーの姉貴分…?)

 ヴァイオラは以前、ラクリマに聞いていたサラという神官の話を思い出しながら、部屋の中に入り、勧められるままに椅子に腰掛けた。前回、パシエンスに泊まったときは彼女には会っておらず、今が初めてだった。部屋の主──サラは、自分の名前を名乗ってからヴァイオラに告げた。

「ラクリマに会いたいそうですね。申し訳ありませんがあの子は今朝からお篭もり中で、未だ戻らないようです。私でよければ代わりに話を伺いましょう」

 ヴァイオラは昨日今日と世話になった礼を言い、自分たちはこれから「青龍」亭に移動するので挨拶したかったのだと述べた。サラはラクリマにその旨を伝えることを確約してから、束の間、ヴァイオラをじっと見ていたが、

「あなたがヴァイオラさん?」

と、単刀直入に聞いてきた。ヴァイオラは肯き、

「ラ…クリマから、サラさんの噂はかねがね聞いております」

 いつものように「ラッキー」と言いかけ、慌てて言いなおした。

「ラクリマがあなたにはずいぶんとお世話になったようですね。ありがとうございます」

 サラはヴァイオラに頭を下げた。うわべだけでなく、心からそう思って言っているらしかった。それから「セロ村はどうでしたか?」と気さくに尋ねた。

「そういえばラ…クリマが言ってましたが、サラさんは以前セロ村へ行かれたことがあるとか?」

「サラで結構ですよ。ええ、セロ村へは何度か行きました。半年ほど前まで私も冒険者でしたから」そう答えたあとで彼女は、それでもここ2年くらいは足を踏み入れていないから、村の状況は知らないのだと付け足した。

「懐かしい名前です」

 サラは噛み締めるように言った。どうも「懐かしくてたまらない」とか「もう一度行きたい」といった風情ではなかった。あまり良い印象を持っていないのかもしれないな、と、ヴァイオラは思った。それもセロ村相手では無理からぬことのように思える。

「そういえば、ルギアという魔術師をご存知ではありませんか?」

「ルギア? ええ、もちろん知っていますが。どうしてあなたがその名前を?」サラは次いで言った。「ルギアとはセロ村の事件のときに一緒だったのです」

 やっぱり、と、ヴァイオラは思った。セリフィアの父、ルギア=ドレイクがセロ村を訪れた時期と、ラクリマに聞いていたサラの大きな冒険(それもセロ村がらみで)の時期とが一致するようなので、もしやその二人は知己ではないかと以前から疑っていたのだ。

 ルギアの息子を知っているのだと告げると、サラはとても喜んで言った。

「ルギアにも、ラグナーにもリッキィにも、あのときの仲間には、私はいくら感謝してもし足りない。彼らがいなければ、今ここにこうしていなかったでしょうから」

 今度こそ、本当に懐かしむような表情を彼女は浮かべた。

「それもセロ村であったことなんですか?」

「ええ、セロ村であった…と、言っていいでしょうね。いやな事件でした。おかげであの村にはあまりいい印象がありません」

 必要以上の感情を交えずに語るサラを見ながら、ヴァイオラは納得した。そういえば、と、サラは話の向きを変えた。

「リールもまだ村にいると、ラクリマの手紙に書いてありましたが…」

 結局ラクリマ本人によって届けられることになった書簡を、サラは昨晩のうちに読んでいた。リールというのは、セロ村にいる頭の弱い娘、いわば「神のいとし子」だ。現在はキャスリーンが養っている。「ええ、います」と答えるヴァイオラを見ながら、サラは何かしら迷っているようだったが、やがて口を開いた。

「それで、『森の女神』亭は相変わらずウェイトレスを置いているのですか?」

「ええ、そうです…」と、答えながらヴァイオラは何か閃くものを感じた。言葉に何か含みがある…もしかしてこのひとは知っているんだろうか?

「失礼ですがご存知なんですか、あのことを?」

「あなたがそう答えるということは、あそこではまだやっているのですね」

 サラは苦い笑みをこぼした。二人が話しているのは「森の女神」亭での隠れ売春のことだった。

「確かにやっていますが、今いるウェイトレスは二人ともその役を承知の上で働いていますから、大丈夫でしょう」

「ウェイトレス二人とも…? ではもしやリールは役目を解かれたのですね」

 この台詞はヴァイオラにはショックだった。裏町を出入りしていたヴァイオラにとって、弱者がそういう役回りになることは当然承知のことだった。それでも、頭ではわかっていても、心の動揺は抑えきれなかった。ヴァイオラはリールを好きだった。美しく、無垢な神の愛し子……そのリールが以前、そんなことを?

 ヴァイオラを見据えて、サラは続けた。

「リールは村公認の娼婦でした」

 ヴァイオラは声が出なかった。サラはそのまま淡々と語った。

「5年前、私が最初に訪れたときはそうでした。そのあとはよく知りません。先ほど言ったいやな事件が『女神』亭とも関係あって、お互い、何とはなしに遠ざかっていたものですから」

 ヴァイオラはやっと気を落ち着けた。これは…この話はラクリマには言えまい。サラは私を選んで伝えてきているのだ。ありがたいような迷惑なような、判じがたい気分だった。リールは今はその役目を解かれているようであること、日々幸せそうであることを伝えると、サラはほっとしたような表情になった。

 彼女はそのあと、ジールという娘について何か知らないかと尋ねてきた。セロ村での知己らしいが、村を出奔してしまったらしかった。

「そのひとのご両親は?」

「身寄りはいないはずです。お父さんは猟師でしたが、もう亡くなってましたし、お母さんは……彼女の母親はずっと病気で、数年前に亡くなりました。そのときに彼女も村を出ていってしまったようです」

 そう語るサラの瞳にはやや翳が落ちたようだった。

「戻ったら聞いてみましょう」

「いいえ、キャスリーンも知らなかったのだから、おそらく聞いてもわからないでしょう。ただ、もし何かの折に耳に挟むようなことがあれば、ぜひ私に教えてください」

 ヴァイオラは承諾した。セロ村に戻ったら、ガギーソンあたりに聞いてみようと思いながら、部屋を辞した。


「ラッキーはお篭もり中だそうだ。代わりにサラさんに挨拶してきたから、そろそろ出ようか」

「サラ…? サラって、サラさんですか? ここに?」

 ヴァイオラがそう言うと、すぐさまセリフィアが反応した。予測どおりだ。父親のルギアから、セリフィアもサラのことを聞き知っているらしい。

「俺も挨拶してきます」

 セリフィアは部屋の場所を聞くなり出ていった。「あ、ボ、ボクもご挨拶を」と、アルトがそのあとを追いかけた。

 二人は教えてもらった部屋のドアをノックし、快く招き入れられた。

「お世話になってありがとうございました」

「こちらこそ、ラクリマによくしていただいて感謝しています」

 一通り挨拶をやりとりしたあとで、セリフィアは「サラさんのことは親父から聞いてます」と口にした。「俺はセリフィア=ドレイク、親父はルギア=ドレイクです。」

「あなたがルギアの息子さん?」

 サラの顔に嬉しい驚きが表れた。それから二人はルギアのことなど、とりとめなく喋った。

 どうもこれはしばらく終わりそうにないと見て、アルトは「じゃ、じゃあ、ボクはちょっとお先に失礼します」と部屋を出た。

 アルトが戻ったとき、ヴァイオラはGと四大精霊についての話をしているところだった。

「……は……が倒して……結局全滅していたのに、復活したんですね…」

 Gがそう言って俯いたところで、アルトはヴァイオラたちに声をかけ、セリフィアのほうは話が弾んでいるから少し時間がかかりそうだと報告した。セリフィアが雑談していると聞いて、ヴァイオラもGも少なからず驚いた。

「セリフィアさんが雑談してるんですか!?」

「そりゃ目出度い」

などと喜ぶ彼らを見て、向こうでカインが首を傾げたようだった。


 サラの部屋ではその雑談がまだ続いていた。

「ルギアが今何をしているかは聞いていますか?」

 彼女に尋ねられて、セリフィアはちょっと辛そうに「最近知りました。ずっと探してここまできたのに、まさかラストンへ戻っているなんて…」と吐露した。

「サラさんは親父のことで何かご存じありませんか?」

「そうですか……残念ながら私も半年以上、彼には会っていないのです」

 サラはちょっと考えるようにして、再び口を開いた。

「ルギアのことなら、私よりもラグナーが詳しいでしょう。あいにく今日はまだ戻っていませんが…。でも、どうか元気を出して。私たちがあなたとここで出会えたのも神の御計らいに違いありません。ルギアにもきっとそのうちに会えますよ。それまでは彼の…彼とあなたのご家族の無事を祈りましょう」

 ラグナーという名前を耳にして、セリフィアは懐かしく思った。彼は父ルギアの冒険仲間で、家にも訪ねてきたことがあった。数年前にサラと結婚した話も聞いていたし、よく知った相手だった。何より、セリフィアが冒険者になったのは彼の影響によるものだった。

「あっ、長いことお邪魔してすみません」

「いいえ、久しぶりに友人のことをお喋りできて、私もとても楽しかった。ありがとう」

 サラはそう言って、立ち上がるセリフィアに微笑んだ。

「またいつでもいらしてください。歓迎しますよ」

 セリフィアは幸せな気分で部屋を出た。心が少し軽くなった気がした。知らず、自分も何かこの修道院のためになることができないだろうかという想いが生まれていた。


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