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6 フィルシムの夜

「あの、皆さん、よかったらパシエンスへいらっしゃいませんか? おもてなしはできませんけど、寝る場所だけだったら…」

 ラクリマがそう申し出てくれたので、すでに夜でもあり、一同は彼女の所属するパシエンス修道院へ転がり込むことにした。

 Gの予想に反して、カインもくっついてきた。ラクリマがカインも誘ったからだ。

(あんなやつ、誘わなきゃいいのに…)

 Gは心の中で声を大にして言ってみた。本当は実際に声に出して言いたかったが、それだとラクリマに嫌がられそうな気がして、めずらしく遠慮したのだ。

 パシエンス修道院に着いてすぐ、一同は院長に目通りした。目通りというよりは簡単な挨拶といったほうがいいかもしれない。宿を借りたい旨を伝えると、院長は快諾した。それから、ラクリマを向いて「あとで私の部屋に来なさい」と命じた。彼も彼女の精神の危うさに気づいたらしかった。

 修道院の大部屋に通されて、一同はようやく一息つくことができた。すでに夕食の時間は終わっていたので、めいめい、手持ちの保存食を食べて食事を済ませた。

「…カインさんは?」

 ラクリマが尋ねた。カインは川に流されたために手持ちの食糧がなかった。だがだれも彼を気に懸けようとしなかった。というよりむしろ、彼とこれ以上関わりたくないようだった。

 カインは特に何も無心しなかったが、やはりひもじそうなのを見て、ラクリマは厨房で残り物を見繕い、火を入れ直して彼のところへ持っていった。

「ありがとう」

 だがそう言われてもまともに顔を見ることはできなかった。ただ、俯きがちに「どうぞ、一晩ゆっくり休んでください」と言うのが精一杯だった。

 すると何を思ったかセリフィアが、

「明日には出ていけということか?」

と、余計な一言を口にした。

「おお〜、セリフィアが喋るようになった!」

 Gとヴァイオラは手を叩いて喜んだ。ラクリマは慌ててカインに、「一晩と言わず、いくらでも体を休めていってください」と弁解するように言った。

「それじゃ…私はこれで…お休みなさい。…さよなら」

 ラクリマが、おそらく院長の部屋へ行くのだろう、部屋を去るその背中を見ながら、これでよかったのだとヴァイオラは思った。今は「正面向いて戦え」などというべき時期ではない。カインという拾いものをしたせいで、話は余計にややこしくなりそうだし……。

 そういえばカインはこれからどうするのだろう? フィルシムへ着いたらカインとはお別れだと思っていたのに、何故だかこちらについてくる。それはどうもラクリマにも原因があるらしい。彼女が、彼の知っている(あるいは「知っていた」)だれかに似ているんじゃないか、というのが、ヴァイオラの推測だった。あれだけ目で追っているのだから。

 だが、カインよりもラクリマよりも、ヴァイオラには気に懸けなければならないことがあった。夜間ではあったが、彼女はフィルシムの神殿本部へ出かけていった。

 ヴァイオラが出かけたあとで、カインはアルトに尋ねた。「私の顔か何かが、皆さんに嫌われているようだが…」

 アルトは悩んだ。実はレスタトのことを話そうとして、「どうせ去っていく人間なんだから、変なことを教えないほうがいい」とヴァイオラに釘を刺されていたのだ。だが、このまま黙っていることは彼にはできなかった。とうとう彼はレスタトのことを喋ってしまった。カインにそっくりの神官が仲間にいたこと。その神官が命を投げ出し奇跡を呼んで、自分たちを生還させてくれたこと。だから…カインを見ると彼を思い出して、他のみんなも変な気がするのだろうということ。

 Gはそれを聞いていたが、口は挟まなかった。ただ、あとでヴァイオラさんに報告しようと、眠い目を一所懸命開けてヴァイオラの帰りを待った。


 ヴァイオラはフィルシム大神殿で、取次係に「火急の用件で、ロウニリス大司祭にお会いしたい」と告げ、以前もらった親書を身分証明の代わりに提出した。書簡のおかげで門前払いを食わされることもなく、彼女は立派な客間に通された。

 「ロウニリス大司祭」というが、正確には大司祭は彼ではなかった。前国王の息子にあたるクィンサス=リーヴェンが現フィルシムの大司祭である。ただ、クィンサスは自分の流儀に則り、政治はおろか実務にも一切手を出さないため、代理としてロウニリスが神殿を切り回している。実質的に大司祭の役回りを務める彼を、周囲はもはや「代理」も略し、「大司祭」と呼んで憚らなかった。ヴァイオラも便宜上、それに倣ったに過ぎなかった。

 待つこと1時間、その大司祭(代理)、つまりロウニリス本人が現れた。まさか本人が会ってくれるとは。ヴァイオラは、今さらながら一連のハイブ騒動の重大さを知った気がした。

 ロウニリス司祭に促されて、ヴァイオラは、まず、二つのハイブコアについて報告した。セロ村近辺で自分たちが確認したコアと、今朝方カインたちが遭遇したコアについて。セロ村のほうはともかく、カインの遭遇したフィルシム近郊のコアについては彼も寝耳に水のようだった。

「そちらのコアについては、ただちに騎士団を差し向け殲滅させよう。ところで…セロ村方面には10日ほど前に、実力者を送ったはずなのだが…?」

「そのことですが…」

 ヴァイオラは次に、セロ村へ来る途中であった「襲撃跡」について報告しようとした。「彼らはどうも消滅させられたようです。行く途中で襲撃に遭って…」

 ヴァイオラがそう言うなり、ロウニリス司祭の顔色が変わった。彼は「場所を変えよう」と小さく言って、ヴァイオラを私室へ誘った。

「ここなら盗聴される心配はない。魔法もかけて調べてある。さて、先ほどの報告をゆっくり聞かせてもらおうか」

 ヴァイオラは、街道で見つけた「襲撃跡」の報告を詳しく語った。ロウニリス司祭はそれを黙ってじっと聞いていたが、報告が終わると一言、

「それは情報が漏れていたとしか思えない」

と、溜息と共に漏らした。ヴァイオラも同感だった。神殿内にユートピア教の内通者がいることは確実だ。さらに…

「さらに、それらのハイブコアへ冒険者たちを行かせるような情報を、こちらの盗賊ギルドが公に流しているようです」

 ヴァイオラはもうひとつ、エイトナイトカーニバルの古文書についても話した。彼女の話に、ロウニリス司祭は何やら考え込んだ。ややあって、彼は口を開いた。

「新しいコアのほうは、こちらで早急に潰そう。だがギルドの斡旋というのが気になる。もう少し詳しく調べる必要があるだろう。その、ハイブコアから生還した青年に話を聞きたいのだが」

「明日にでもこちらに伺わせましょう。それで、フィルシム神殿においては、今後どのようになさるおつもりですか?」

 ヴァイオラの問いかけに、ロウニリス司祭は目を細めた。

「それはどういう意味かね?」

「正直申し上げて、私にはもはや荷が勝ちすぎると思うのです。セロ村には戻りますが、私たちだけであちらのハイブコアを処理できるとはとても思えません」

 ロウニリス司祭は気の毒そうな目を向けて答えた。

 「こちらも何とかしたいのは山々だが、何しろ人材難でな。そなたも知っておるだろうが、例のディバハの一件で、有能な輩がみな向こうへ出払ってしまった。そのうえ…」ロウニリス司祭はさらに顔を暗くして、ヴァイオラに机上の羊皮紙を差し出した。「そのうえ、このようなことまで起こっているのだ」

 羊皮紙は、ショーテスが独立宣言をしたことの報告だった。




   ショーテス独立宣言


 ショートランド歴460年1月15日夕刻。ガラナーク王国領ショーテスの領主マリス=エイストは、突如独立を宣言。ショーテス王国を復国させた。

 事の真相を確認するためにガラナーク王国は、サーランドに駐屯する青色騎士団を中心とする王国軍を派遣したが、ショーテス王国との領土の境に、魔法による謎の『カーテン』がしかれているため、内部の様子はわからなかった。

 ガラナーク王国軍の精鋭斥候部隊が侵入を試みるも、未だ行方不明。この『カーテン』は、431年のショーテス侵攻時に見られたモノときわめて類似しており、ガラナーク王国は、当時の教訓(三国初の連合軍一万人の軍勢が一瞬のうちに失われた)をもとに『カーテン』の究明と除去に全力を注いでいる。




「実は、これはまだごく一部でしか知られていないことだが、四大精霊王が最近戻ってきたらしい」

 いきなり何の話かと、ヴァイオラが訝っていると、

「そのうちの地の王と水の王は主を決めた。水の王はカノカンナの領主に、地の王はショーテスの領主についたらしい。それで彼らもこんな暴挙に出たのだろう」

 目眩のするような話だった。

「そうすると、残りをめぐって…」

「残りの風の王、火の王との契約をめぐって、他の勢力がまたぞろ手を出すことになろう」

「風の王はどこに?」

「南東の、王家の谷にいると言われる。火の王の領土は北東の竜王山だ。我々には直接は関わってこないかもしれないが、不安要素としては十分だ」

 これはもう自分の手に負えることではない、と、ヴァイオラは思った。まさに荷が勝ちすぎる。そしてどこもかしこもなんと人材に欠けていることか。

「世界はそのような状況にある。なかなかセロ村にひとを割けないのもわかってもらえると思うが」

「……とりあえず、消滅したガラナーク神官レスタトの書簡をお預けします。ガラナーク大神殿に宛てて、月の魔力の異常について問い合わせたものと、もう一通は彼の実家に宛てて書かれたものです。彼の幼なじみの師匠にあたる人物が、魔力を引き出す実験をしていたようだったということで、それについて問い合わせているはずです」

 ヴァイオラはレスタトの遺筆をロウニリス司祭に手渡した。

「そうか。かたじけない。ではこれは最特急便で届けよう」

 ロウニリス司祭はそう言って、ヴァイオラの目の前で使い魔を呼ぶと、それに書簡を託した。書簡は日をおかずに届けられるだろう。

 その様子を見ながら、実にセロ村は陸の孤島だ、と、ヴァイオラは再確認した。派遣される者もなく、情報の伝達も遅く不十分だ。そんな場所で、自分たちにどれほどのことができるだろうか。

 ロウニリス司祭と、明日の再訪を約束して、ヴァイオラはパシエンス修道院に帰った。ちょうどロッツが盗賊ギルドから戻ったところで、今しがた彼女がロウニリス司祭から聞いたのと全く同じ情報を持ってきた。

「ヴァイオラさ〜ん」

 ヴァイオラが振り向くと、今にもまぶたがふさがりそうな顔をしてGが立っていた。「アルトさんがカインさんにレスタトさんのことを喋ってましたぁ」と、Gは告げ口めいた報告をした。その報告のためだけに起きていたらしい。ヴァイオラが「わかった」と頷くと、安心して寝床に入ってしまった。

(ちびが教えてしまったか…)

 アルトがどんな話をしたかはわからないが、それを聞かされたカインが少し哀れに思えた。

 だが、そんなことはおくびにも出さず、ヴァイオラはカインに、「明日、ハイブコアの報告をするためにフィルシム神殿の大司祭代理に会ってほしい」とまたしても事務的に頼んだ。カインは快諾した。

 一同は疲労困憊して、泥のように眠った。

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