序奏
ショートランド暦459年。
ショートランドは未曾有の危機に瀕していた。「ハイブ」という姿で降臨したその厄災は、未だ解決の糸口もなく、人々を苦しめていた。一年前の4月1日、すなわち「破滅の日」にこの異界の怪物が召喚されて以来、その災禍は留まることを知らず拡大し続けていた。
ハイブとはある種の生物である。巨大な昆虫のような姿をした彼らは人間を主食とする。さらには、人間に寄生し増殖するという厄介至極な生態を持った、人類にとって恐るべき外敵、忌むべきモンスターである。いったいだれが何の目的で彼らを召喚したのか。すでに犯人として、ガラナーク王国前国王の姉であるシルヴァ=ノースブラドが処刑されたが、それも真実かどうか定かではなかった。
ハイブの害は、もちろん「餌」となり「寄生」されるという直接的なものであったが、現在では間接的な被害も抜き差しならぬ状況に陥っていた。すなわち、第一にラストン、リーティキレス等の大穀倉地帯が壊滅し、食糧危機になりつつあること、第二にラストン経由の陸路が全く機能しなくなり、流通ならびに商業の力が麻痺してしまったことの二点である。
食糧その他の価格の高騰、失業、治安の悪化、それらによる人心の荒廃、王国の威信の失墜、そして邪教の台頭――さまざまな弊害がまるで嵐のように吹き荒れた。もはや世界の行く末は閉ざされたかに思われた。
11月のある日、ガラナークの大神殿で一人のうら若い神官が大司教に拝謁していた。少年は、自らが受けた神託に従い、フィルシムへ出発するよう命を受けた。
彼の名はグィンレスターシアード=アンプール。神聖ガラナーク王国ライニス地方領主ルルレイン=アンプールの次男で、まだ15歳になったばかりだった。金髪に明るい緑の瞳をした紅顔の美少年は、神職での栄達を望み、この大神殿で修行に励んでいた。生家が女系相続であったため、母親の関心はすべて一人娘に向けられ、彼の上を素通りしていた。そんな「家」に、彼は見切りをつけた。
――このまま家にいてもだれからも顧みられずに終わるだけだ。この優秀な僕が――! そんなことが許されていいはずがない!
そして「神託」を授かった。当然だと思った。これが自分に与えられた答。自分が生まれてきた意味。自分は神に選ばれた人間であり、他の者とは「別格」なのだ。
だが、現実はそうやさしくはなかった。「神託」――神の声を聞く者は、神聖王国ガラナークにあってすら稀だった。他の人間には確かめようもなく、そのため、真であると信じてもらえないことのほうが多いのだということ、それどころか一種の白眼視に会うことを、少年はあとから知った。だが、それがわかっていても、グィンレスターシアードは声を大にして告げただろう。彼の意志は「神の代行者」たらんとすることに集約されていたからだ。
それに対してガラナーク大神殿は、彼を信じたわけではないものの、万一に備えて保険をかけるべく微々たる支度金を渡し、単身フィルシムへ送り出そうとしたのだった。容易に透けて見えるその思惑に、グィンレスターシアードは内心憤慨した。だが、彼は昂然とその使命を受けた。
――いいでしょう。この僕が正しいことを、僕自身の手で証明して差し上げましょう。そのときになっても後悔されないことだ。
彼には揺るぎない自信と自負があった。
――自分は女神エオリスより直接「神託」を授かったのだ。世俗の権力やしがらみに汲々としているだけのあなたがたとは違う。
そして彼はアンプールの名を捨てた。自らを名も実も「神の代行者」とするべく、一介の神官として「レスタト=エンドーヴァー」を名乗り、大志を胸に出立の手はずを整えた。ちょうど寄宿先の台所で食糧を漁っていた幼なじみ――もとい腐れ縁の魔術師ゴードンを道連れに引き込んだ。二人は隊商に加わり、11月末には経由地サーランドに到着した。
レスタトと同じ隊商に、途中からセリフィアという、茶色い目と髪をした若い戦士が参加してきた。非常に無口な青年で、行き先がフィルシムであること以外、何も語らなかった。職でも探しに行くのかと思われていたが、その実、青年はある明確な目的を持っていた。
セリフィア=ドレイクは魔法大国ラストン王国の下級官吏ルギア=ドレイクの次男だった。彼は家族で唯一魔法が使えず、それを最大のコンプレックスとしていた。魔法至上主義のラストンではそういう人間は軽視される。二十年以上前に前国王が廃止するまで、この国では魔法を使えない人間はすべて「奴隷」だったのだ。制度はなくなったものの、そのおかげで蔑まれ、それが理由での喧嘩は数え切れなかった。勝つのはいつも彼で、相手の親に謝りにいくのは彼の母親だった。
一年前、ガラナーク王国領ショーテスの領主夫人ミーア=エイストと出会った。それが転機だった。ミーア=エイストは、ショーテスで剣の修行をしたくないかと声を掛けてきた。彼は申し出に飛びついた。なぜ自分を誘ってくれたのか、彼女の真意はわからなかったが、戦士になりたいと思っていた彼には渡りに船だった。セリフィアは領主マリス=エイストを師匠として、ショートランドでわずかしか使い手のいない10フィートソード――全長3メートルすなわち10フィートにもなる長大な剣――を使う技を身につけた。
だが、恵まれた環境で修行していたさなか、「破滅の日」が訪れた。ハイブによってラストンが壊滅したことを知った彼の胸は張り裂けんばかりだった。ラストンには弟ラルキアと母エリオルが残っていた。彼をいつも庇い、決して責めずに守ってくれたやさしい母親が。
彼はハイブを憎んだ。
修行を終え、彼は父親を捜すことにした。父ルギアは4年前から行方不明で、それを捜しに行った兄アーベルも音信不通だ。手がかりもなく、まずは父親がよく話題にしたフィルシムの北方の村から手を着けようと、隊商に潜り込んだのだった。よく話に出たということは思い入れがあるということで、それなら再び訪れているかもしれないと考えたのだ。
彼の今の関心は、父親の行方と、ハイブにしかなかった。だから、同じ隊商に自分より若いくらいの神官や魔術師がいることなど、道中は全く気に留めていなかった。
同じころ、フィルシムの北西の街、クダヒでは、ある女性神官が神官長に呼ばれ、ガラナーク大神殿大司教フィッツ・G=トゥルシーズからの親書を見せられていた。内容は、御神託に従ってフィルシム王国内セロ村を調査するにあたり、協力者を募るというものだ。
「ぜひ君に行って欲しいのだよ」
黒髪に菫色の瞳をした美貌の神官は、(厄介払いだな)と感じつつもその命を受けざるを得なかった。
彼女は正式名をヨカナン・トルゥ=ヴァイオラ(ヨカナンの三番目の子ヴァイオラ)といい、中級官吏ヨカナン・ニーム=エスタートン卿の三女だった。母親は家付きの一人娘で、父親は婿養子だ。ヴァイオラを含む四人の娘たちと母とは、みな花の名を持っていた。
「エスタートン」を名乗れるのは当主とその奥方、それに跡継のみという貴族らしい慣例を踏襲する下級貴族だが、最近とみに落ちぶれており、両親は4人の娘たちをいかに良い家柄と縁組みさせ、「玉の輿」に乗らせるかにしか興味がなかった。真心より体裁を、個性より類型を「幸せ」と、子どもらに教えようとした。
ヴァイオラはこの考え方についていけず、小さいころからひたすら抵抗した。彼女の味方は遠縁のカジャ・マール=ラガットおじさんだけだった。だが唯一の心の支えだった彼は、あるときふらりと旅に出てしまい、その不在中に両親はこの問題児を矯正施設、すなわち良家の子女専用の修道院に押し込めた。それで彼女が素直に矯正されるわけもなかったのだが。
矯正施設を出るためだけに神官になったものの、今度はクダヒ神殿の極度の拝金主義についていけずに、彼女は裏町の愚連隊と意気投合して彼らのところに入り浸った。ヴァイオラにとっては裏町のほうがよっぽど居心地よかったのだ。お勤めはさぼるは、お布施は横流しするは、神殿内で彼女の悪い噂は絶えず、今や完璧に冷や飯食いと見なされていた。
とうとう追い出される時が来たわけだった。それにしたって支度金が10gp〔金貨十枚〕とは安すぎるだろう、と、心の中で不平を述べながらも、ヴァイオラは手際よく隊商へ潜り込み、一銭も使わずにフィルシムへ向かった。昔、カジャおじさんにもらった菫青石の襟飾りと、裏町仲間のキーロゥから贈られた細身のダガーを身につけて。
なお、クダヒを発つ前に裏町愚連隊のリーダーであるトールを訪ね、情報を得つつ、フィルシムにおけるその手の人物への紹介状をもらうのを忘れなかった。
同様に11月末、フィルシムのパシエンス修道院で若い娘が院長に呼ばれた。やはり親書を見せられセロ村へ行くよう頼まれた。サラという先輩の僧侶が身重の今、他にこの役を任せられる者はいなかった。娘はひどく怖がったが、院長を困らせたくないと、命を受けた。
彼女――ラクリマは孤児だった。12年前にここで保護され、ここで育った。自分の名前も何も覚えていなかったが、そのことは特に気にせず、親を恋しがることもなかった。それとは関係なくよく泣く子だったので「涙ちゃん」と呼ばれ、それがそのまま名前になった。
彼女は神学校に通わなかった。が、神学には興味を示し、院長から訓えを受けるうちに、どういうわけか見様見真似で呪文を扱えるようになった。本人は無意識だが世間的に奇異なことなので、僧侶として未登録のまま、サラの冒険者パスを書き換えたものを渡された。
ラクリマは、使者が「青龍」亭に現れるだろうことを院長から告げられ、12月5日ごろから毎日「青龍」亭に通った。6日めの無駄足を踏むかと思えた12月10日、「青龍」亭に若い戦士セリフィアが現れた。少ししてレスタトとゴードンのコンビが、そのすぐあとに女性神官ヴァイオラが、「青龍」亭の戸をくぐった。
レスタトはセリフィアの顔を覚えていたので話しかけてみた。無口でとっつきにくいことは、レスタトには障害にならなかった。セリフィアが大剣を背負っていることから、きっと強い戦士に違いないと期待していた。ちょうど同じセロ村へ向かうところだと知って、レスタトはここぞとばかり同道を頼み込み、承諾を得た。
一方、ヴァイオラは服装でラクリマを同業者と判別して話しかけ、彼女が自分と同じ「協力者」であることを知った。直後に二人はレスタトが「親書」にあったガラナークからの神官だと知ることになったが、二人ともまさかこんな年若い少年が協力相手だとは思わず、驚きを隠せなかった。そのレスタトは、「近づきに」と、全員で夕食をとる手配をした。
彼は言った。
「神の啓示を受け、セロ村へ行かなければならない。ぜひ協力してほしい」
啓示の内容については、「ショートランドを救う手だてがセロ村にある」としか言わなかった。ヴァイオラはこの説明に不服だったが、とりあえず「その道の人間から情報を得るには先立つものが必要だ」と説き、レスタトから金貨百枚を譲り受けて中座した。彼女は紹介状を携え、この辺りでストリートキッズを仕切る青年、ロッツに会いに行った。
残りの面々はセロ村までの道程を検討し、セリフィアの伝手を頼って、ロビィ=カスタノフという商人に隊商への同行を頼みに行った。報酬はないが了承は無事に得られた。4人はヴァイオラと合流し、ラクリマの案内でパシエンス修道院に泊まった。
12月12日。
セロ村へ向けて出発した。隊商には荷馬車2台と、ロビィも含めて8名の人間がいた。これにレスタトら5名が加わり、総勢13名は粛々と街道を進んだ。
護衛のリーダーはツェーレン=バートンといい、30歳くらいの女好きの男だった。クダヒの神殿から派遣されているスチュアー=アーロンドという神官もいたが、やる気のない、ひたすら任期明けを待っているタイプで、他のだれともなれ合おうとしなかった。
初日の夜営ではヴァイオラがツェーレンと一緒になり、酒を酌み交わした。彼はヴァイオラを口説くも、あっさりかわされてしまった。翌日の夜はツェーレンは時間帯をわざわざ変えて、ラクリマを口説いてみた。が、ラクリマは彼の意図するところがわからず、会話は平行線をたどった。「お前さん、もう少し世慣れたほうがいいよ」とツェーレンも匙を投げた。
途中、モンスターの襲撃に出会うこともなく日々は経過した。
9日目の12月20日。早朝、雪が降り出した。
まだ昼にならないころ、前方に雪を被った人間大の何かがあるのを見つけ、レスタトとラクリマは確かめに走った。実際、それは人間で、怪我をした若い戦士風の娘だった。
ヴァイオラは後方で、そっとディテクトイビル〔悪を見破る〕とディテクトマジック〔魔法を見破る〕を唱えた。ディテクトイビルには何も反応しなかった。ディテクトマジックではまずツェーレンの剣が光って見えた。もう一つ、ラクリマの聖章が遠目に光った。ただの鉄の聖章に見えたが、魔法がかりの品らしい。
目の前に横たわる娘は全身血だらけで、服の背は布地がないくらい破けていた。レスタトは彼女の腕や肩に噛み傷のような痕があること、また、背に翼をもいだような赤い痕があることに気づいた。だが、その場では詳しく調べないまま、マントを上からかけてやった。
(ぃやだ……触らないで……)
朦朧とした意識のなかで、娘は生理的嫌悪を覚えていた。次の瞬間、ふっと身体が楽になった。彼女には知りようがなかったが、レスタトが治癒呪文をかけたのだ。娘はゆるゆると瞳を開いた。赤い、赤い目だった。よく見れば肌は抜けるように白く、髪の毛も雪と同じ色だ。娘はアルビノだった。
その紅の瞳にまず映ったのは、心配そうに覗き込むラクリマの金緑色の瞳と、オレンジに似た金赤のふわふわした髪だった。
「だいじょうぶですか?」
ラクリマの気遣う声を聞いて、娘はほっとした表情を浮かべた。それから、「ハイブは!?」と不思議そうに周りを見回した。どういうことかとレスタトに尋ねられ、彼女は「ここじゃないかもしれないが、さっきまで私のそばにはハイブがいたんです」と答えた。そして続けた、なぜ自分がこんな場所にいるのかわからない、と。
娘はガラナークの神殿の、白金製聖章を首に提げていた。名前を尋ねると「G」と名乗った。「省略じゃなくて、本名なんです」と恥ずかしそうに付け加えた。
「G……? 『さん』づけで呼ぶと、爺さんみたいだ」と、だれかが呟いたその横で、ヴァイオラは明るく彼女に言った。「じゃあジーさんと呼ぶね。君はヴァーさんと呼びなさい。そうしたら爺さん、婆さんみたいにお揃いだ」
ともあれ、隊商はGを加え、彼女の不穏当な発言に触発されて、セロ村へ急いだ。歩きながら、ヴァイオラはラクリマに「その聖章、魔法の品なんだね」とさりげなく水を向けた。が、ラクリマ本人はまるで知らず、却って驚いていた。魔法がかりであることを知らないとは、迂闊な話だ。聖章は先輩にあたる僧侶からもらったのだと、彼女は語った。
夕刻、無事にセロ村に到着した。門の警備兵にハイブが現れていないかどうか尋ね、ハイブのハの字もないという返事を得て一様に安心した。代わりに、Gの証言が何であったのか、狐につままれたような感覚を味わわなければならなかったが。
レスタトはGを連れて雑貨屋へ行った。彼女の服はボロボロだったし、装備も何もなかったからだ。支度金で鎧や剣、衣服を調える合間に交わした言葉から、彼女が一風変わった娘であることはわかったが、その素姓は知れなかった。
だが、レスタトはGにも協力者となってほしいと思っていた。なぜなら、彼女が名誉あるプラチナ製聖章を提げていたからだ。白金の聖章は、大司祭並の権威ある人物か、そうした権威とよほど近しい者でなければ手に入るはずのない貴重品である。そのような品を持つ以上はよほどの実力を備えた戦士に違いないと見込んだのだ。
宿は「森の女神」亭に取った。5年前にここで起きた殺人の話を聞いていたラクリマは嫌がったが、なぜかセリフィアが強く希望したので二階の6人部屋へ泊まることになった。ラクリマは宿に入るなり何か感じたものの、他の雑踏に紛れてうっかり忘れてしまった。それでも何がしか怖がる彼女に、夕食の席でヴァイオラは飴を差し出した。
「ラッキーも小ちゃいのに大変だねぇ」
ラクリマは飴をもらいつつ「私、小ちゃくありません」と反論した。「うんうん、偉いねぇ」と適当にあしらうヴァイオラに向かって、彼女は主張した。
「私、これでも17歳です!」
「年上っ!?」
レスタトの仰天した声が宿に響いた。童顔ゆえ、自分より年下だと思い込んでいたのだ。だがこんな「見立て違い」は序の口だった。
「森の女神」亭には先客がいた。
向こうのテーブルには冒険者風の二人組が座っていた。どうやら兄弟らしく、兄が神官、弟が戦士のようだった。「仲間はどこへ行ったんだ? カートがなくなってしまった」といった会話を小耳に挟んだ一同は、セロ村へ入る少し前にあった妙なことを思い出した。セロ村から出てきた轍の跡が、森の方向へ曲がって入っていっていたのだ。ちょうど荷馬車のような跡だった。レスタトはまた、雑貨屋のトム親父から、昨日の朝、5人組の冒険者がカートを引いて出ていった話を聞いていた。
黒ローブの男もいた。カウンターで上等な食事を二、三、口にしただけでとりつくしまもなく二階へ上がってしまった。それだけなのに、妙な存在感があった。ウェイトレスのマルガリータはこの客を「長逗留しているお客さんだけど、暗くて気味が悪いわ」と評した。
黒ローブの男が残したご飯を食べ漁るゴードンを除いて、食事を終えた一同のところに、冒険者兄弟がやってきた。兄はエイデン=ディライト、弟はクリフト=ディライトと名乗り、カートの探索を頼んできた。彼らは5人の冒険者たちを雇っていたが、どうやらその5人にカートを盗まれたらしい。積荷の布教用品がないと布教活動ができないという。
レスタトは少し悩んだが、どのみち村全体をこれから調べるのだから、周囲を調査しておくのは得策かも知れないと考え、依頼を引き受けた。まずは金貨120枚の前金を得た。
但し、兄弟は一緒には来てくれないという。不安そうな一同に、宿の主人ガギーソンが「獣人のヘルモークさんが森の案内役をやっていますよ」と教えてくれた。
ディライト兄弟が去ったあとで、Gは少しだけ身の上話をした。彼女はショートランド暦457年にリーティキレスで起こった大虐殺、いわゆる「血の収穫祭」で「母さん」に拾われた。それ以前の記憶はないらしい。以後、ガラナークの「母さん」のもとで過ごしたが、その「母さん」はハイブのせいで死んでしまったということだった。ラクリマは話を聞いて涙を流した。それを見て、Gは彼女を好きになった。
一方のレスタトは同情するどころではなかった。話の中で、彼女が自分たち同様、まだ実戦経験もない駆け出しの戦士だとわかったからだ。
(まさか、そんな駆け出しの人間が、名誉ある白金聖章を持っているなんて……!?)
頭の中が真っ白になった。しばらくは放心状態で、吹けば灰になって飛び散りそうだった。
再起不能のレスタトを脇に、一同はもう少し話を聞いて回ろうと、二手に分かれた。
セリフィアはまだ立ち直れずにいるレスタトとともに宿屋に残り、宿の主人ガギーソンに話を聞いた。カートを持ち出したとみられる5人組についてガギーソンは、
「戦士二人、うち一人は女性で、あとは女魔術師一人、僧侶一人、盗賊が一人でした。10代後半から20代くらいでしょうか。ごく普通の、駆け出しの冒険者だったと思いますけど」
彼らは一昨日の昼過ぎに来て、昨日の朝早くに出ていったらしい。一方のディライト兄弟は一昨日から神殿に行っており、先ほど帰ってきたとの話だった。
ヴァイオラとラクリマ、G、それからゴードンの4人は宿屋の外を回った。まず神殿へ行き、ここの責任者である神官スピットに会った。ラクリマは先輩の僧侶サラからの紹介状を渡し、スピットの知己を得た。そのあとでディライト兄弟について尋ねたが、兄のエイデンが一昨日の夕方に挨拶に訪れたきりで、それ以後は会っていないらしかった。
また、村で変わったことはないか尋ねたが、一年前に獣人たちが仲違いをして出ていってしまった以外、事件らしい事件はないとのことだった。
4人は次に獣人ヘルモークの家を訪れた。ヘルモークは、見た目30〜40代の、恰幅のいい男だった。
彼は虎族の獣人だった。ゴードンは、Gが先ほどの身の上話で「白い虎に助けられた」と言っていたのを思い出し、ヘルモークに「この人を助けたことはあるか?」と尋ねた。が、「さあな」というつれない返事しか返ってこなかった。
「この辺りは初めてなので、森の案内をお願いできませんか」という依頼に対して、彼は「見せるものを見せてくれればやってもいい」と、一風変わった条件を出してきた。
「『君たち』を見せてくれればいい。僕は道案内はするけど、道案内以外の助力を求められたらその時点で去るから」
一応は引き受けてもらえたらしい。明日また会うことを約束して、4人は彼の家を辞した。
ヴァイオラはその後、一人で盗賊ギルドへ行った。が、だれも出てこなかったため、諦めて宿に帰った。食堂で再集合した6人は、得てきた情報を交換しあった。そのまま明日に備えて寝るはずだったが、心安らかに眠りにつけたのはヴァイオラとゴードンだけだった。