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5 彼我に事情あり

 ヴァイオラはそのあとも暫く酒を楽しんだが、ツェーレンが「明日は出かけるのか。なら深酒はよそう」と気を利かせてくれたので、ほどよいところで部屋に戻った。女性用の区画に入ると、Gはもう寝床についていた。ヴァイオラは窓際にあるチェストに腰掛け、酒の匂いを飛ばすために窓を開け放った。それから、男性用のスペースで鎧の手入れに余念がないセリフィアに声をかけた。

「セイ君」

 セリフィアは手を止め、顔を上げた。

「実はお父さんの消息が少しわかったんだ」

 言うなり、彼はカッと目を見開き、「どこです。どこにいるんです」と迫るように言葉を吐いた。それでも、徹底して酒の匂いが苦手なのだろう、こちらへは1センチとて寄ろうとしなかった。換気のために窓を開けていなければ、話をする前に間仕切りのカーテンを閉められていたかもしれないな、と、ヴァイオラは思った。

 ヴァイオラは親書からわかったことを説明した。曰く、彼――ルギア=ドレイクはフィルシムで、こことは別の場所でハイブコアの殲滅を果たしたらしいこと。それが昨年の8月のことで、今はどこにいるかはわからないこと。

 予期していた通り、セリフィアは荷物をまとめ出したようだった。ヴァイオラは彼の背中に語りかけた。

「セイ君、もしも親父さんの情報を知りたいなら、調べてみるけどどうする? こういう伝手(つて)から、調べられるかもしれないんだけど」

 セリフィアは手を止めた。ちょっと考えるようにしてから、真っ直ぐにヴァイオラを見た。

「今、いる場所を知りたいんです。お願いします」

「じゃあ、私に任せてくれるんだね」

 セリフィアは無言だった。だが、荷物をまとめる作業には戻らず、今度は剣に手を伸ばして、武器の手入れを始めた。すぐに出て行くのはやめたようだ。

 一段落ついたところで、ヴァイオラは先ほどの親書をもう一度読み返した。





親 書


親愛なるヨカナン・トルゥ=ヴァイオラ殿


 この度のセロ村での探索行、大儀である。そなたより受け取った信頼性の高い情報は、我々フィルシム神殿にとって大変有意義なものであった。早速、王宮を動かし、ハイブコアの探査と掃討、ならびに今回の事件を背後から操っているユートピア教の殲滅に全力を傾けることを約束する。

 今後の捜査の役に立てるよう、以前の事件について概要を伝える。

 458年8月に起こったフィルシム内でのハイブ騒ぎは、街の中であったにもかかわらず発見が遅れ、ハイブを送り出していた大元のコアはかなりの規模になっていた。これは、初期にコアに対して駆け出しの冒険者が送り込まれ、コアの強化がはかられていたこと、コア自体がうち捨てられた迷宮内にあり、発見、殲滅に時間がかかったことがその理由として挙げられる。

 結局この事件は、ラストンから流れてきたルギア=ドレイクと名乗る大魔術師をはじめとする実力者たちの急造パーティによって殲滅することができた。

 しかし、この事件で我々が掴むことができたのは、犯人が冒険者を雇い得る組織力と資金力を持ち、かつ、打ち捨てられた迷宮を探索、復元できるだけの技術力と能力を持っている組織であろうということまでであった。ラストンの陰謀説、ガラナークの陰謀説、カノカンナの陰謀説、又は自国内のテロ活動など、諸説あったが決定的な証拠は出てこなかった。

 今回その背後関係がわかったことが、最も重要なことである。そして同時に脅威でもある。ユートピア教を名乗る者たちの台頭は、憂慮すべき事態である。昨今の情勢は、邪教徒が勢力を伸ばすには絶好の機会と言えよう。さりながら、正直なところ、ここまでの組織力を持っているとは思いも寄らぬことだった。

 我々は全力をもって邪教徒を排除しなければならない。当然人間にとって脅威となるハイブも、である。このような事件は、フィルシムの周辺の村々でも起こっていることと推察される。至急、その調査に乗り出そうと思う。

 既にハイブコアがあることがわかっているセロ村については、前例に倣い、早々に名のある冒険者を捜し、討伐に向かわせるよう手配する。それまで、そなたたちには、少々荷が重いかも知れぬが、ハイブコアの所在の調査、ならびに周辺のハイブの討伐を行ってもらいたい。また、村人に被害が出ないように注意してもらいたい。

 以下にあげるものは、今回の調査及びもしもの時に使用して欲しい。そなたの仲間又はセロ村の重要人物が被害に遭ったとき、完全なハイブブルードになる前なら治すことができる。

 諸君らの健闘と安全を祈っている。


フィルシム神殿大司祭代理 レグレタヴル=ロウニリス


 

同封物

 ガーネット(金貨百枚相当)十個

 巻物(スクロール)「キュアディジーズ〔病気を癒す〕」一巻





 最後まで読み通したあとで、ヴァイオラは皮袋の中身を確かめた。正当な評価を得て、気分がよかった。窓の外に目をやった。今夜も、雲もなく明るい月夜だった。


 神殿の中からは何やら喋り声が聞こえてきていた。ヴィセロだろう、と、3人とも思った。一人分の声しか聞こえてこなかったからだ。ラクリマとレスタトは階段を上り、身廊へ入っていった。アルトは中に入るのを遠慮して、拝廊で足を止めた。

 思ったとおり、身廊の先にはヴィセロがいた。祈りともうめきとも聞き分けのつかない言葉を口から吐きつづけている。と、闖入者(ちんにゅうしゃ)に気づき、バッと振り向いた。

「呪われている」

 ヴィセロはつかつかと二人に近づき、左手の指を突き出した。

「あなたがたは呪われている!! おお、大いなる禍の源より感化されてしまったのか…!! 清めなければ!」

「!!」

 ヴィセロはいきなり右手の聖水を二人に浴びせかけた。

(彼女がだれであろうと、これはやりすぎだ!)

と、レスタトは思った。ラクリマはちょっと悲しそうな顔をしたが、普段どおりにヴィセロに話しかけた。

「あなたはここで何をなさっているんですか?」

「この村は呪われている! 呪いを清めなければ!」

「どうして呪われているってわかったんですか?」

「ご神託です! 神が仰せになったからです! 私には神の声が聞こえるのです! ああ、聞こえる…神よ、あなたのお声が聞こえます…!!」

 ヴィセロの様子を見ながら、レスタトは嫌ぁな気分にとらわれた。「神の声が聞こえる」人間は、皆、他人からはこのように見えるのだろうか?

「私はセロ村を浄化するためにやってきたのです!」

 ヴィセロは燃えるようなまなざしで言ってのけた。

「どうやって浄化するんですか?」

 ラクリマは重ねて尋ねた。別に疑っているわけではない、本当にその術があるなら手伝えないかと思ったのだ。だが、ヴィセロは彼女を睨みつけ、

「邪魔です。出て行きなさい。あなたがたは…あなたがたこそが呪いの元凶! さぁ、出ていきなさい!」

 ぐいぐいと二人を押し出した。二人は抗う術もなく、そのまま外へ押し出された。

 バタン、と、音を立てて扉が閉められた。レスタトは胸にわだかまる思いを消せなかった。これはいったい何だ。仮にも神に仕える者同士、あんな無礼な態度を取られる謂れはない。そう考えたところで思い当たった。彼女は、聖職者ではなかった。確かに、聖章を首に提げていたけれど、祈りの言葉は普通の話し言葉で祈祷用のものではなかったし、文句もでたらめだった。彼女は本当にただの巡礼者なのだ。神の声が聞こえると自称しているだけの。

「…行きましょうか」

 ラクリマが踵を返した。レスタトとアルトも無言で神殿を出た。宿までの道すがら、彼らはぽつぽつと喋りながら歩いた。

「アルトさん、ラストンを出たあとはどこにいらしたんですか?」

「フィルシムに」

「あら、私もフィルシムなんですよ」

 ラクリマが嬉しそうに言うと、アルトは少し申し訳なさそうに言った。

「いえ、ラストンを出たのは2年前なんですけど、ボクとお師匠さまがフィルシムに落ち着いたのは、ここ半年くらいのことなんです」

「そうですか……そのお師匠さまは今もフィルシムにいらっしゃるんですか?」

「お師匠さまは亡くなりました」

「まぁ……」

 しまった、と、レスタトは思ったが、遅かった。ラクリマはぼろぼろ泣き出してしまった。

「え? ええっ? あ、あのラクリマさん?」

 アルトがおろおろするので、余計に涙が止まらないようだった。

(二人とも、やるなら宿屋に戻ってからにしてくれ…!!)

 心の中でそう叫んだ瞬間、ポン、と、肩を叩かれた。レスタトがそーっと振り向くと、そこには鬼のような顔をしたレイビルが立っていた。

「お前らに常識ってもんを期待するのが間違いなのかもしれないが、今は『夜』なんだ。わかるか? この村の人間は寝る時間なんだよ。今度うるさくしやがったら、ただじゃおかないからな」

 脅すように言い捨てて、レイビルは去っていった。

(なんで毎回僕ばかり怒られるんだ…!!)

 レスタトは心中、罵りの声をあげた。



 1月20日。

 朝から忙しかった。

 ラクリマはキャスリーンのところへ薬草を買いに行った。

「ダグさんたちが皆さん怪我されていると、私では手当てしきれないですから」

「お前さんたちも大変だねぇ…」

 キャスリーンは珍しくねぎらいの言葉をかけながら、薬の壜を取り出した。ラクリマは傷薬を9包と、疲労に効く強壮剤6服を買い求めた。

「ありがとう、お婆さん」ラクリマは向こうではしゃぐリールとカーレンを見やり、またキャスリーンに目を戻した。「楽しそうですね、リールさんもカーレン君も。お婆さんも楽しいでしょう、賑やかで?」

「何が楽しいもんかね。手がかかって大変じゃよ」

「お婆さん、お顔が笑ってますよ」

 キャスリーンは、よしとくれよ、と、手を振ったが怒っている様子はなかった。ラクリマはふっと床に視線を落とした。

「ダグさんたちが無事でいらっしゃればいいんですけど……」

「ダグだけじゃない、あんたらも無事で戻るんだよ」

 キャスリーンはラクリマの目をじっと見た。

「気をつけて行くんだよ。生きて、無事で戻るのが一番大切なんだからね」

「はい。お婆さんたちも体に気をつけて」

 ラクリマはキャスリーンに暇を告げた。キャスリーンの言葉があとでどんな意味を持つことになるか、このときはわからなかった。

 宿に戻ると彼女はスチュアーに修道院への手紙を届けてほしいと頼んだ。スチュアーは少し嫌そうな顔をしたが、「これもお役目か」と引き受けてくれた。それを見ていたレスタトも、思い出したようにガラナーク宛の書簡を預けた。フィルシムから先は別の人間に委託しなければならないため、その費用として金貨百枚も支払った。

 だいたい準備が整ったところへ、ジェイがやってきた。

「…人数が増えているな」

 彼がぶすっと言ったので、アルトとロッツは慌てて、簡潔に自己紹介した。

 ジェイに少し遅れて、ベルモートもやってきた。ひいひいと、大きな荷物を担いでいた。携帯用の食糧のようだ。

「皆さんに今日は別の依頼をします。戻ってこない猟師たちを探しに行ってください」

 ベルモートはさらに付け加えた。「昨日のことは不問に付すそうです。これは食糧です」

「……実は二人増えたんですが」

 レスタトが言うと、ベルモートはひえぇと情けない声をあげた。館に走って帰ったかと思うと、猛烈なスピードで追加の食糧と契約書とを持って戻ってきた。アルトとロッツは契約書にサインして、食糧を自分の荷に詰め込んだ。

「もう行くぞ」

 ジェイがいらいらと歩き出した。レスタトたちは後を追った。

 夕刻、野営地にたどりついた。ロッツがその場を調べ、「使ってから2日くらい経ってやすね」と言った。今度は当たりのようだ。だが、2日間の遅れは厳しかった。一同はひたすら彼らの無事を願いながら、夜直をこなし、朝を迎えた。


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