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4 南より来たる者

 1月19日。

 朝出発して、村に戻れたのは夕方近くだった。

「明日、早朝に出発する」

 ジェイはそれだけ言うと、踵を返した。向こうから恋人のエリリアが走り寄って来るのが見えた。「ジェイ、無事だったのね」「ああ、今のところは背中から襲われちゃいない」

 そんなことをする人間はいない、と、言えないのがレスタトにはもどかしかった。

 村にはロビィたちの隊商が到着していた。

「ああ、来たみたいだね…」

(あね)さん!」

 突然、ヴァイオラの前に若い男が立ちはだかった。

「姐さん! あっしも仲間に入れてくだせえ!」

「ロッツ君!?」

 ヴァイオラは驚いて目の前の男をまじまじと見つめた。フィルシムでストリートキッズをやっているはずの若者がそこにいた。

「どうしたの、一体!?」

「ストリートは卒業です! あっしも盗賊(シーフ)ギルドに登録して、これからはギルドマスターを目指します!」

 大きな声で叫ぶロッツをヴァイオラは慌てて制した。

(「盗賊ギルド」なんて大声で言うべきことじゃないだろ!)

「あ、あ、そう。でもなんでここに…?」

「姐さんたちのご一行は将来有望と聞きやした! ぜひあっしも加えてくだせえ!」

「だれに!?」

 ヴァイオラとレスタトは異口同音に聞き返した。

「あちらの御仁に」と、ロッツはツェーレンを指し示した。

(まったく…無責任に吹き込んでくれて……大丈夫かね)

 ヴァイオラの危惧をよそに、ロッツはすっかり参加する心づもりでいるようだった。

「やや、姐さん、こちらの方はどなたさんで?」

 彼はラクリマを指して言った。

「あ、姐さん!?」

 ラクリマはロッツとヴァイオラの顔を交互に見ながら、素っ頓狂な声をあげた。

「姐さんって、ヴァイオラさんのことですか?」

「どうしたんですかぁ」

 Gやセリフィアも寄ってきた。

「このひとが、ヴァイオラさんのことを『姐さん』って。ヴァイオラさん、『姐さん』だったんですね。もしかして私たちもそう呼んだほうがいいんですか?」

「絶っっ対に呼ばないで」

 ヴァイオラはドスの利いた声でラクリマたちに釘を差した。

「呼んだら赦さないよ」

「え、え、ええ…」

 ラクリマはヴァイオラの迫力に一歩あとずさった。そんなことには構わずロッツは続けた。

「皆さん、姐さんのお仲間で? お名前をお伺いしてよろしゅうござんすか?」

「あ、私はラクリマです」

「ラクリマさん…わかりやした。『お嬢』と呼ばせていただきやす!」

 ラクリマは目をくるくるさせてヴァイオラに言った。

「ヴァイオラさん、私、ちゃんとラクリマって言ったんですけど、『オジョウ』になっちゃいました。どうしましょう?」

「彼にはそう呼ばせておやり」

 ヴァイオラが適当に受け流す間にも、ロッツはGやセリフィアの名前を尋ねては新たな呼び名を与えていた。Gには、

「こちらは『姫』と呼ばせていただきやす!」 

 それからセリフィアを向いて、

「『師匠(せんせい)』! 僭越ながら、『師匠(せんせい)』と呼ばせていだたいてよろしゅうござんすか!」

 最後にレスタトを見て、

「こちらの御仁はなんとお呼びすれば…?」

「彼は『坊ちゃん』さ」

 間髪を入れず、ヴァイオラは言った。

「『坊ちゃん』でござんすね!」

 ロッツは素直にそれを呑み込んだ。それから、おもむろに仁義を切りだした。

「手前生国発します、フィルシムは貧民街の生まれ、ロッツ=エイランと申しますけちな野郎にござんす。どなたさんもご贔屓によろしゅうお願い申し上げます」

 向こうでツェーレンがにやにやしているのが見てとれた。もっとも、ツェーレンでなくとも衆目はみなこちらを向いているようだった。ロッツはよほど神経が太いのかそんなことは意に介さずに、べらべらと喋り続けた。

「そうだ、姐さん、もうひとり、いい奴をご紹介しますよ。ああ、アルトのアニキ、こっちでさ」

 そう言って彼が呼んだのは、小柄な若い魔術師だった。

「ご紹介いたしやす。こちら、フィルシムから一緒に来やしたアルトのアニキで」

「あ、アルトと申します。よろしくお願いします」

(………またコドモだよ)

 ヴァイオラは無言で新顔の魔術師を見つめた。どうみても13〜14歳にしか見えなかった。

「見ての通り、アニキは魔術師で」

「ロッツさん、あなたのほうがボクより年上なんですから、その『アニキ』は止してくださいよ」

「いやいや、アニキと呼ばせていただきやす」

「とにかく」このままでは収拾がつかなくなりそうだと思って、レスタトは言った。「一緒に食事しませんか。話はそこでしましょう」

 と、突然、後ろから女の声がした。

「呪われている…」

 一同がぎょっとして振り向くと、巡礼者風の女性が立っていた。

「ああ、あの方はヴィセロさんです。セロ村は呪われているから、自分が行かなければならないって、ずっと言ってるんです」

 アルトがそう説明した。

 ヴィセロは周囲の人間には全く注意を払わず、中空に目を彷徨わせたかと思うと、「呪われている。ここも。ああ、ここも……!」と言って指を突き出し、「森の女神」亭とトムの雑貨屋とを交互に指した。

「こんなに呪いが……こんなに進んでいるなんて……清めなければ……」

 ぶつぶつと呟きながら、周りには目もくれずに彼女は神殿のほうへ歩き出した。

「あ、あの……」

「やめておきな、ラッキー」

 ヴィセロに声をかけようとするラクリマを、ヴァイオラが制した。

「で、でも、あのひと、どこに泊まるんでしょう? 大丈夫なんでしょうか?」

「いざとなったら神殿に泊まるだろう。それより食事を済ませようよ」

 とにもかくにも食事時ということで、レスタトたちは「森の木こり」亭でアルトやロッツとともに食事を済ませてから「森の女神」亭に戻り、ヴァイオラとも話す段取りになった。


「森の木こり」亭で、アルトは自己紹介した。

「ボクはアルテッツァ・シリル・ノイマン=ステップワゴンといいます」

「アルテッツァ…なに?」

「アルトでいいです。長すぎますから」

「アルトさんはどうしてセロ村に来たんですか?」

 アルトはGに答えて言った。

「本当はボク、お師匠さまに『ショーテスへ行け』って言われてたんですけど…」

「お師匠さまって?」

「エクシヴ=ステップワゴンっていいます」

「それがどうしてこちらに?」

「なんかセロ村で『キミの力が必要なんだ』って言われちゃって…」

「だれに言われたんですか?」

「あの、とても小っちゃい、銀髪の魔術師さんです」

「…ゴードンさん!?」

 Gとラクリマは同時に叫んだ。

「ゴードンさんのお知り合いだったんですか!」

 ラクリマがそう言うのに、アルトは首を横に振った。

「いいえ、ボクはその…ゴードンさんっていうんですか? そのひとのことは知らないんです。ただ、セロ村でボクの力が必要とされているというので、こちらに伺ったのです」

 レスタトは半ば茫然としてアルトを見ていた。ゴードンがアルトに「セロ村へ行け」と言った……? それはつまり、レスタトたちにとって必要な人間を寄越した、ということなのだろうか。だが、ゴードンのことだ。あるいはただの気まぐれかもしれなかった。

 どちらとも判断がつかなかったが、せっかく魔術師に協力してもらえそうなのだ。レスタトはアルトにも仲間に加わってほしいと頼んだ。アルトは「僕でよければ」と二つ返事で承知した。

「アルトさんはどこのご出身なんですか?」

 ラクリマの質問に、アルトは「ラストンです」と答えた。途端にセリフィアの表情が変わって、「もしやこういう人間を知らないか」と、探している父親のことを尋ねた。残念ながら、と、アルトは答えた。

「ボクとお師匠さまがラストンを出たのは2年前なんです。そのあとのことは……」

「そうか…」

 無表情のまま、セリフィアは沈み込んだ。


 一方、「森の女神」亭では、久しぶりに会ったツェーレンとヴァイオラが、酒飲みの旧交を――というほど古い知己ではないが――温めていた。と、スチュアーがやってきて、「頼まれものだ」と、ヴァイオラに封書と皮袋とを手渡した。先だって彼に使いを頼んだ手紙への、フィルシム神殿からの返書に相違ない。

「ありがとう、非常に助かったよ」

 ヴァイオラは心からそう言ったが、スチュアーは「これも任務のうちだからな」と、諦めたような顔つきでさっさと自分のテーブルへ戻ってしまった。

 早速その場で封書を開けてみた。そこにはかなりまともな、ありがたいことに自分たちを支援してもらえそうな内容の返事が書かれていた。だが、親書を読み進めているうちに、

「おいおい、喋らなくなっちまったよ。せっかく会えたのにつまらねえなぁ〜」

と、ツェーレンが駄々をこね出したので、残りはあとで読むことにして、いただきものをしまいこんだ。それにしても……セリフィアの父親の消息が、こんなところで知れようとは思わなかった。彼にどう言うべきだろうか。

「こっちはいろいろあったみたいだな」

 ツェーレンの声でヴァイオラは意識を眼前に戻した。

「そうだね。いろいろあったよ」

 そう言って、彼らのいない間にセロ村で起きた事件の数々をかいつまんで話した。

「ふぅん…ここいらも物騒になってきたもんだ」

 ツェーレンは軽く酒を呷った。

「このところディテクトイビル〔悪を見破る〕がわりと効果あったかな」

 ヴァイオラがそう言うと、ツェーレンは顔だけスチュアーに向けて、「だってよ、スチュアー」と大声で言った。スチュアーは忌々しげに「ふん」と鼻を鳴らした。彼の実力ではまだ呪文が使えないのだ。

「そういえば、さっきの女性は? ツェーレン、あなたが連れてきたの?」

 ヴァイオラは思い出したように、ヴィセロのことについて尋ねた。

「ああ、途中で拾ったんだ。まさか女の子を一人でほっとくわけにも行かないだろ」

 ツェーレンはヴァイオラに向き直って言った。

「なんだか物騒な言葉を口にしてたけど…」

「ずっとさ。セロ村は呪われているだとか、巡礼に来ただとか言っててな。呪いを祓いに来たそうだぜ」

 扉のほうから賑やかな声が聞こえてきたかと思うと、「森の木こり」亭で食事を終えたメンバーが、セリフィアを除いて、食堂へ入ってきた。

「ヴァイオラさん」

「ああ、こっち」

 レスタトたちはバラバラと二人の周りにやってきて、席を取った。だが、来たばかりだというのにGは腰を浮かせて言った。

「私…やっぱり先に部屋へ戻ってていいですか?」

 ざわざわとした空気が居心地悪かったのだ。ちょうどあの日のことを思い出すから……。

「いいよ、休んでおいで」そう言ったあとで、ヴァイオラは思いついたように付け加えた。「そうだ、セイ君にあとで話があるって言っておいてくれるかな」

「寝てたらどうしましょう?」

「起こしていいよ」

「わかりました」

 Gはなぜか嬉々として酒場から出ていった。

「で? どうなったの?」ヴァイオラはレスタトとアルトに目を移した。「そちらの…お名前は何でしたっけ?」

「アルテッツァ・シリル・ノイマン=ステップワゴンといいます」

「………」

「アルトで結構です」

 彼のことは「ちび」と呼ぶことになりそうだ、と、ヴァイオラは心の中で思った。

「アルトも参加してくれるそうです」

 レスタトが言うのに続いてロッツが、

「で、姐さん、今は何の仕事をなさってるんで?」

「何も話してないんじゃないか…! 坊ちゃん、ちゃんと説明しなさいよ」

 レスタトは特に悪びれた様子もなく、今、請け負っていることをようやく説明しだした。それを聞きながらロッツがヴァイオラにこっそり耳打ちした。

「姐さん、姐さんがここのリーダーじゃあないんで?」

「代表者は、坊ちゃん」

 彼女はレスタトへ軽くあごをしゃくってみせた。ロッツは「わかりやした」と肯いた。

 レスタトの説明が一通り終わると、ロッツは「それじゃあっしはこちらの偉いさんに面を通して来まさ」と言って、身軽に酒場から出ていった。ツェットのところへ行くんだな、と、ヴァイオラは了解した。

「あの、ツェーレンさん?」

 ラクリマがツェーレンに話しかけた。

「今度フィルシムに戻るときに、修道院に手紙を届けてほしいんですけど……」

「ああ、いいよ。スチュアーに預けな」

 ツェーレンは易々と請け負った。ざわめきのせいでスチュアーの耳には届かなかったようだ。ラクリマは続けて言った。

「この間、ドルトンさんたちがいらしたときに、お願いするのを忘れちゃって……」

 するとツェーレンは大仰に手を振って言った。

「ドルトン? だめだめ、あいつらに渡したら、届くもんも届かなくなるぜ」

「そうなんですか!? た、確かにあの人たち、ちょっと怖かったですけど……」

「そーだろ、怖いだろぉー?」

「あんまり評判よろしくないようだね」

 ヴァイオラも話に入った。

「まぁ、な。あいつらはよくも悪くも『昔ながらの』商人だからな」

「つまり?」

「ごり押しが強いのさ。やり方が強引って言やぁいいか…」ツェーレンは酒のお代わりを頼みながら言った。「もっともこことの取引は向こうの方が古株なんだが」

「ふぅん…」

「あの……」

 ラクリマがやや遠慮がちに口を開いた。

「私、やっぱり神殿の様子を見てこようと思うんですけど……」

 ヴィセロのことを気にしているらしかった。レスタトが口を出した。

「もう夜ですから、ついていきますよ」

「いえ、そんな、すぐですから一人で大丈夫です」

「一人じゃだめですよ」

「でも……」

 二人のやり取りがうざったくなってきたヴァイオラは、アルトに向かって言った。

「君がついてってくれるかな」

「ボ、ボクですか? ええ、ボクでよければ」

 アルトはおどおどしながらも引き受けた。ラクリマがアルトと出て行ったのを見届けてから、レスタトは「やっぱり僕も行ってきます」と立ちあがって二人の後を追った。


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