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3 桐一葉

 1月18日。

 この日の朝、バーナードたちが出発した。ヴァイオラが「どのくらいいなくなるの」とジャロスに尋ねたところ、「カーレンをキャスリーン婆さんに預けてあるから、そう長くはならないだろう」とのことだった。ブリジッタは村長の娘なのに、実家には預けられず赤の他人に子どもを預けねばならないとは苦労の人生だな、と、ヴァイオラは思った。

 バーナードは出がけにセリフィアにちらっと視線を向けたようだった。

 今日もレスタトたちは夜間警備とのことで、午前中は皆が睡眠を取った。

 昼になってレスタトは起きだし、再び川原へ向かった。その途中、正門でベルモートと猟師の一人が言い争っているのに気づき、近寄っていって尋ねた。

「どうしたんですか」

 レスタトの声に猟師が振り返った。顔には幾ばくか焦燥の色が見えた。

「若い奴らが3人、どうしても猟をやるといって、森に入っていってしまったんだ」

 レスタトは目を剥いた。こんな危険なときに、なんて無茶な…!

「一応、ダグさんがついては行ったが…」

 レスタトの背中に悪寒が走った。思わず聞き返していた。

「ダグさんが!?」

「そうなんだ」その猟師は困ったように言ってから、ベルモートのほうに向き直り、「だからなんとかしてくれよ! もともとあんたがこの人たちを夜警なんかに回したのが原因だろう!」

「でもそんな、今から森へ行って、仕事中の猟師を見つけろだなんて、無理ですよ!!」

 ベルモートは悲鳴に似た声をあげた。

「そこをなんとかしろよ! あんた、次の村長だろうが!」

「そんなことを言われても…! あ、あの、ちょっと村長に聞いてきますので……」

「いい加減に自分で決めたらどうなんだっ! そんなで村長が務まると思うなよ!」

 猟師の罵声を背に、ベルモートはそそくさとその場を去った。

「行き先はわからないんですか?」

 ベルモートを見送ってから、レスタトは尋ねた。

「あ、ああ。俺たちは自分の猟場を他人に教えないからな……たぶん、ダグさんの猟場に行ったんだとは思うが、それがどこにあるかは俺には……」

「ジェイ=リードならわかりますか?」

 ジェイ=リードはダグ=リードの息子だ。セリフィアに殴り倒された経緯があり、レスタトたちとはお世辞にもいい仲とは言えないが、この際、背に腹は代えられなかった。猟師はちょっと考えるようにして答えた。

「わかるかもしれないが…さっきも言ったけど、俺たちは滅多に他人に猟場を教えたりはしないんだ。生活がかかっているからな。ジェイが知ってても、果たして教えてくれるかどうか……」

 そこへ早々とベルモートが戻ってきた。

「あ、あの、ダグさんがいるなら大丈夫でしょうから」そこまで言ってレスタトのほうを向き、「今日は予定通り夜警をしてくださいとのことです」

「冗談じゃねえよ!! いくらダグさんがついてるからって…!!」

 猟師に責め立てられるベルモートを置いて、レスタトは宿に向かった。何とかしなければ。ダグ=リードは良き理解者だ。彼に死なれたくない――。レスタトはヴァイオラと鉢合わせした。ヴァイオラはツェット爺さんに会いに行こうと、宿を出てきたところだった。

「どうかしたの?」

 浮かない顔の青年に、ヴァイオラは尋ねた。レスタトは若い猟師が森に入ってしまったこと、ダグがそれについていってしまったことを手短に話した。ヴァイオラの顔も曇った。

「ダグさんに死なれては困ります」

 無神経な物言いだったが、この際それは咎めずにヴァイオラはレスタトに確認した。

「坊ちゃんはどうしたいんだい? 彼らを追う術があるなら、今日の警備をふってでも追いかけたいと?」

「ええ」

 レスタトは即答した。

「ジェイ=リードに聞くしかないか……」

 そう言って、ヴァイオラはふいっと宿の一階へ入っていき、ガギーソンに話しかけた。

「エリリアさんの家ってどこかな?」

「ああ、彼女の家ならこの裏手ですよ」

 ガギーソンはジェイ=リードの恋人、エリリアの家の場所を教えてくれた。ヴァイオラとしては、いきなりジェイ=リードと角つきあわせるのは避けたかった。それで恋人を通じて話を持っていこうと考えたのだ。表に出てレスタトに「まずエリリアさんの家から行こう」と声をかけ、歩き出した。

「エリリアさんって、だれですか?」

 レスタトはジェイ=リードの恋人のことを覚えていなかった。仕方なくヴァイオラが説明すると、ようやく思い当たったようだった。

 そうこうするうちに彼女の家に着き、ノックの音に母親らしき人が出てきた。

「はい…?」

 いきなりよそ者が現れて、警戒している様子がありありと見て取れた。だがそんなことに怯んでいる暇はない。ヴァイオラはできるだけ丁寧に尋ねた。

「エリリアさんはいらっしゃいますか?」

「エリリアなら出かけましたけど……ジェイさんと」

 エリリアを通してからジェイに、という図式はもろくも崩れ去った。

「どこへ行かれたんですか?」

「ジェイさんと一緒だからそう遠くじゃないと思いますけど……」

 不信も顕わな目で、エリリアの母親は答えた。

「お願いです。知っていたら教えてください。ダグ=リードさんが危ないんです」

 ダグの名前は効果があった。母親は、二人は川沿いのどこかにいるだろうと教えてくれた。

 レスタトとヴァイオラは、教えてもらったとおり川沿いを探した。小一時間ほどして、運良く二人を見つけることができた。ジェイは「ちっ」という顔をした。逢瀬の邪魔をされて、実に不機嫌そうだ。だが、それには構わず、レスタトはジェイに近づいていった。

「ジェイさんですね。実は若い猟師のひとたちが3人、森へ入っていってしまったんです。それを心配してダグさんもついていってしまって――」

「なんだって!?」

「僕たちもダグさんが心配なんです。これから追いかけたいが、行き先がわからない。それであなたに道案内を頼みたいんです。どうしても必要なんです」

 ジェイは忌々しげに舌打ちして、若い猟師の名を挙げてみせた。

「どうせウィルとリックとモリスだろう。あいつら……くそっ! 親父もなんだってあいつらなんかに……!」

「お願いします。一刻を争うんです」

「あなたに道案内を頼むのが、一番確実で手っ取り早いんだ。お願いできませんか」

「だが親父の猟場といっても一つじゃないんだ。どこに行ったかなんて俺にだってわかるか!」

 吐き捨てるように言うジェイに、レスタトは尋ねた。

「ここから一番近い猟場は?」

「……!」

 それは妥当な考え方だった。時間も押している、早く行って早く戻りたいと彼らは思っているはずだ。ジェイは答えた。

「ここから行って帰って一日程度のところに一つある」

「まずそこへ案内してもらえませんか」

 背後からエリリアが心配そうに「ジェイ…」と名を呼んだ。ジェイは苦虫を噛み潰したような顔で答えた。

「わかった、道案内しよう。こんな連中の手助けをするのは癪だが、親父が心配だ。すぐ用意するから待て」

「では宿に戻ってこっちも準備しているから」

 帰ろうとする二人を留めるように、ジェイは捨て台詞を吐いた。

「親父に何かあったら……貴様らを赦さないからな」



「俺は行かない」

 セリフィアはきっぱりと言った。レスタトは眉をひそめた。

 もちろん、先ほどジェイが吐いた逆恨み的捨て台詞は伏せてあった。しかしそれでもセリフィアはジェイと行動するのが気にくわない様子だった。

「ダグさんの命がかかってるんだぞ、セリフィア」

「俺は」セリフィアはゆっくりと、頑なに言い張った。「行かない」

 レスタトは目の前の男を殴りたい衝動に駆られた。だがここでそんなことをしても何もならない。もうすぐジェイが準備を整えてこっちにやってくるだろう。残りわずかな時間で、なんとしてもセリフィアを説得しなければならなかった。レスタトは焦った。

「セリフィア、頼む。一緒に来てくれ」

「………」

 やれやれ、と、ヴァイオラが腰を上げようとしたそのとき、Gの明るい声がした。

「でも、セリフィアさん、村の外ですよ? チャンスがあるかもしれないじゃないですか」

 何のチャンスだ、と、レスタトはGを怒鳴り返そうかと思ったが、

「よし、行こう」

と、セリフィアがあっさり承諾したので、もう何を言う気力も失せてしまった。ただ、セリフィアが背後からジェイを襲わないように、自分が目を光らせているしかないと、諦めに似た境地で思った。

 そんな彼の悩みも知らないセリフィアは、Gを眺めていた。今までと見る目が変わっていた。「行かない」というのは、実はへそを曲げていただけだったから、彼女の台詞ですっかり気が晴れた。面白いやつだと思いつつ、そのGについて部屋を出た。

 表に出てすぐ、支度をしたジェイが現れた。

 同時に、どこから聞きつけたのか、ベルモートも現れた。困ったように、

「ど、どこへ行かれるんですか。今夜の警備は…?」

「ダグさんが心配だから、探しに行ってきます」

 レスタトがそう言うと慌てて、

「そ、そんな、困ります。村長の言うとおりにしていただかないと――」

「ベルモート、ちょっと来い」

 何を思ったか、セリフィアが彼の首根っこをむんずと掴んで、隅の方へ引き寄せた。

「いいから行かせろ。村人を守ってこその村長だろうが。村人一人守れずにどうするっていうんだ?」

 凄味を効かせて、セリフィアはベルモートを威しつけた。ベルモートは震え上がった。だが、それでも首を縦に振ることはしなかった。それは自分の意見を()げないためではなく、何事も決断できないためではあったが。「で、でも……」

「おい、もう時間がないんだ」

 いらいらとジェイが口を挟んだ。

「それじゃ行きますから。僕たちの処分は、帰ってから受けます」

 レスタトはきっぱりと言って、一人ぐずるベルモートを背に、一同を出発させた。

 だが、ジェイの先導で到着した野営地にはだれもいなかった。火を使ったあともない。

「ちくしょう…!」

 ジェイが小声で悪態をつくのが聞こえた。Gは彼に「まぁ、気を落とさないで」と慰めの言葉をかけたが、ジェイはじろりと睨み返しただけだった。それでもGは怯まず、言った。「明日、またがんばりましょうよ」

「今日はここで夜営だな……」

 レスタトは皆に夜営の指示を出した。それからジェイの方を向いて、

「一番近い猟場がここなんですよね? それじゃあ、一番獲物の捕れる猟場は?」

 ジェイはぐるりと(こうべ)を巡らし、レスタトの目を射るように見た。少しの間、黙っていたが、やがて口を開いた。

「その猟場なら、ここから横に移動するのは無理だ。一度村に戻らなければ」

 それきり喋ろうとしなかった。

 一同は暗い思いを抱いたまま、一晩を過ごした。


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