5 さらに新しき隣人
1月13日。
朝から木こりと同行し、森の奥へ分け入った。特に何もなく、夜営も無事に終わった。
1月14日。
一日を終え、夜のひととき、夕食をとりながらのんびり過ごそうというころ、森の奥から5人組の冒険者たちが現れた。火影につられてやってきたようだった。
そういえば、と、全員思い出した。グリニードが、入れ違いで5人組の冒険者達が森へ入っていったと話していた。彼らがその冒険者に違いない。戦士と女戦士、女魔術師と盗賊、それに僧侶の5人組だった。
リーダーらしき戦士はサムスンと名乗り、「一緒に夜営させてくれ」と申し出てきた。
皆、木こりたちに気兼ねして即答できずにいたが、そんなことは気にせずラクリマは「一緒に夜営したほうがいいですよね」と受け入れの姿勢を示してしまった。
サムスンは「ありがたい。話のわかる嬢ちゃんじゃないか」と、ラクリマの手を握った。突然、背後にいた女戦士がぶんむくれ、「色目なんか使ってんじゃないよ!」と怒りつつ、ラクリマとサムスンの間に割って入った。ラクリマが目をぱちくりさせていると、
「そんなことよりこっちは腹が減ってんだ。なんだ、食い物があるじゃないか。いただくよ」
ラクリマはちょっと慌てて「いけません。先にお祈りを…」と止めようとしたが、
「うるさいっ! お祈りなんかしたって量が増えるわけじゃないだろ!」
と、邪険に振り払われた。大粒の涙が二つの眸に浮かんだ。その後ろでGとセリフィアが殺気立った。気の早いGはすでに柄に手をかけていた。女戦士はそんなことを気にも留めず、「まずいねぇ」などと言いながら食事をがっついた。
「ここは村の外だよな」と、セリフィアが口にした。本気か嘘かわからなかったが、レスタトは一応、間に立って仲裁しようとした。彼はサムスンに向かって言った。
「どういうつもりなんですか。一緒に過ごしたいのならもう少し弁えていただけませんか」
サムスンは困ったように、
「いや、まぁ、固いことを言うなよ。あいつにはあとで言っておくからさ」そう言って、女戦士に「お前ももうちょっと控えろよ」と声をかけた。女戦士は再びぶんむくれ、プイと顔をそらした。サムスンは念を押すようにレスタトに言った。
「一緒に夜営していいだろ?」
レスタトは木こりたちを振り返って、彼らにどうするか尋ねた。木こりたちもこの闖入者たちをあまり快く思っていないようだった。「そりゃあ、あんたらがいいと思うんだったらいいけどね。でもなぁ、食べ物を『まずい』って言われて、なおかつ食い荒らされるのはあんまり気持ちよくはないなぁ……」
だが、結局、渋々ながらも彼らと一緒に過ごすことを諒解してくれた。
サムスンのことが好きなのだろう、さっきから嫉妬剥き出しで突っかかる女戦士は、リャーシャというらしかった。もう一人の女性は魔術師でアーリーといった。物静かな、静かすぎるきらいのある美少女で、まるでお人形のようだった。盗賊は、本名ではないのかもしれない、スリーウィルと呼ばれていた。目つきの悪い男だ。彼が一同の持ち物を舐めるように見ているのに、ヴァイオラは気がついた。嫌な感じだと思いながら、最後に僧侶に目を向けた。
僧侶の顔を見て、ヴァイオラは何かしら思うところがあった。知っている…? どこかで会った顔だ。どうやら向こうも気づいたらしかった。彼は――確かガネーヴォ=ヴォンシャといったか――ヴァイオラをじっと見、ハッと気づいて口を滑らした。
「ヨカナン・トルゥ=ヴァイオラ?」
それは彼女の正式な名前であったが、だいたい目上の人間に畏まって呼ばれるときに使われるようなもので、そうでない人間は普通は口にしないものだった。
(わざわざその名で呼ぶな、ボケっ!)
ヴァイオラは心中で彼を非難した。いずれにせよ、しらばっくれてやり過ごそうという当初のもくろみは潰えてしまった。ようやく思い出したふりをして、彼女はこう呼んだ。
「ああ、ガヴォか!?」
そうだ、彼はガヴォと呼ばれていた。二人はクダヒの神学校で同期だったのだ。もともと人数の少ない場所柄ゆえ、同期の顔くらいは全員思い出せるが、彼女にとっては全くつきあいのない人物だった。それでも、だれかから彼は生まれがあまりよくないという話を聞いたことを覚えていた。ヴァイオラは徐々に思い出していった。彼は、そこそこ何でもできるが、特出して得手なことも、逆に特出して不得手なこともない、ごく平凡な人間だった。成績はいつも中の上。問題になるようなことは何ひとつ起こさない。そんな薄い印象しかなかった。
「こんなところで会うとは奇遇ですね」
ガヴォはちょっと決まり悪そうに、だが、同朋との再会を喜んで話しかけてきた。「ああ、本当に」適当に相槌をうって、ヴァイオラは彼らがここで何をしているのか尋ねた。
「それは……」と、ガヴォが説明しようとすると、サムスンが割って入った。
「お前ら、山よりでかい木を知らないか?」
そう言って彼はある巻物を取り出して見せた。謎めいた文章が並び、「SL88/8/8 エイトナイトカーニバル」と締めくくられていた。
ショートランド暦88年といえば、サーランド時代といわれる魔法全盛期にあたる。サーランド時代の支配階級、すなわち当時の魔法使いたちはいろいろな遊びを考え出し、そのひとつにこの「エイトナイトカーニバル」というのがあったらしい。「エイトナイトカーニバル」とは、要するに88年8月8日の8並びを楽しんで遊ぼうという趣旨のものだが、今の世では通用しない価値観に基づいていた。
内容は、ある一人の魔術師が迷宮を作り、その中にさまざまの景品を隠す。他の魔術師たちはそれらの景品を目指して、迷宮を探索する。もっとも、恐ろしい恵みの森や罠だらけの迷宮を踏破せねばならないわけだから、エリートである魔術師本人がそのような危険を冒すはずもなく、それぞれ自分の奴隷をレースに参加させて楽しんだ。今でいえば冒険者に相当するだろうか、能力奴隷を中心としたチームを作って投入するのだ。もちろん、映像の魔法で実況中継を行い、自分たちは安全な場所から観戦して楽しむ。だれそれのチームが脱落しただの、どこそこのチームが優勝しそうだだの、奴隷たちが生死をかけて探索に挑む間、無情にも賭けとお喋りに興じるわけである。
この巻物はどうやら、その迷宮について記されたもののようだった。果たしてその迷宮がすっかり踏破されてしまったのか、あるいは結局手つかずで残っているのか、それは全く調べようがない。ともあれ、サムスンは言った。
「だから俺は山より大きい木を探しているんだ。頭がいいだろ?」
一同は何と答えてよいやら、返答に窮した。確かに、古文書中に「木が山よりも大きくなった」という語句はあるが、こういう場合は比喩と考えるのが普通だろう。
ふと見ると、スリーウィルと呼ばれた盗賊やガヴォもちょっと困ったような顔をしていた。だがサムスンはそんなことに全く気づかず――この鈍感さが彼の仲間内の統制のなさを助長しているのではないかと思われるのだが――「だからもしも山よりでかい木があったら教えてくれよ。ま、情報料くらい払うからさ」と、さらに念を押した。
食事も終わった。サムスンは些か強引に、「1直目はリャーシャとスリーウィル、3直目はアーリーとガヴォがやれ」と、夜直の順番を決めていた。レスタトはそれを聞いて、こちらは1直目が自分とヴァイオラ、2直目がセリフィア、3直目がGとラクリマだから、まぁまぁの組み合わせかなと胸をなで下ろした。
が、険のある声が響いて、静かな物思いもうち破られてしまった。見ると、リャーシャがGの胸を鷲掴みにしていた。
「ちょっとぐらい顔がいいからって、いい気になるんじゃないよ。ここはどうだい、男を喜ばせたこともないくせに」
Gは、ただリャーシャを睨んでいた。言い返す言葉を探しているのかもしれなかった。
レスタトはまたしても嫌々ながら間に入らなければならなかった。「喧嘩したいならここで過ごすのはやめていただきましょうか」と言うと、サムスンはすねたように「そんな突っかかるなよ」と返してきた。「こっちも悪いがあんたらもあいつを挑発するようなことは言わないでくれ」
何も言ってもいなければやってもいない、ただ向こうから喧嘩を吹っかけられているばかりなのに、なぜこちらが責められるのか。口にはしなかったが、一同の不平はさすがにサムスンにも通じたらしく、彼は不機嫌にリャーシャを怒鳴った。
「お前もいい加減にしろ! もう寝ろ! 勝手なことばかりしやがって」
リャーシャはふてくされて寝てしまった。
さすがに見かねた木こりたちが、自分らが一同とサムスンたちとの間で寝ようと申し出てくれた。レスタトはこのありがたい申し出を受け、木こりたちに心から感謝した。
「……ところでリャーシャって、1直目じゃなかったっけ」
「あっ……! わかったよ、俺がやるよ! やりゃいいんだろ、畜生め!」
サムスンは情けない声を出した。その横で、ガヴォはスリーウィルに対して釘を差した。
「スリーウィル、要らない騒ぎは起こさないでくださいね」
スリーウィルは舌打ちした。夜のうちにレスタトや木こりたちの懐を狙う心づもりだったのだろう。釘を差されたのはありがたかった。だがそれでも、ヴァイオラは「あの盗賊はやばい。たぶん私らを狙ってるから、気をつけて」と、セリフィアに注意を促すのを怠らなかった。セリフィアは黙ってうなずいた。
翌日、1月15日は曇りだった。
夜営は何事もなく終わり、一同は朝食の後でめいめいの道へと別れた。レスタトたちは木こりと一緒にセロ村へ向かい、サムスンたちはさらに森の奥へと進むようだった。ガヴォとヴァイオラはお互いに挨拶を交わして別れた。
別れる前に、Gはサムスンに忠告した。「この辺りにハイブの巣ができたようですから、十分気をつけてください」これに対するサムスンの返答は一同を仰天させた。
「ハイブ? なんだ、それ?」
このご時世にまさかハイブを知らない冒険者がいようとは……!
「ハイブって何だ、アーリー?」
サムスンに聞かれて、アーリーはごく一般的にハイブについて説明した。だが、全部聞く前にリャーシャが乱暴にそれを遮ってしまった。
「どうだっていいよ、そんなこと。とにかく出てきたらやっつけちまえばいいんだろ!」
どこまでも惜しみなく悋気を振る舞ってくれるリャーシャに、周りの人間はため息をついた。
「とにかく」Gは少し焦ったように繰り返した。「ハイブは人間に寄生するので、気をつけてください」
その忠告もリャーシャに台無しにされた。
「いいだろ、もう。小難しいことばっか聞いたって仕方ないじゃないか。行くよ」
サムスンたちが去ったのを認めてから、珍しくセリフィアがぽつりと呟いた。
「いけすかない連中だった」