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4 新しき隣人

 1月9日。

 ベルモートがまたやってきて、昨晩のバブーン退治の報奨金を一人14gpと5spずつ支払った。

「今日は休みですよね?」

 レスタトがそう尋ねると、彼は申し訳なさそうな顔でおどおどと答えた。

「それがその、予定が詰まってまして……猟師たちも早く出発したいと言ってますので、今日から出発してほしいんです」

「……休日に働く手当は?」

「あの、これから呪文を覚えるのに一時間くらいいただいてもいいですか?」

 ヴァイオラとラクリマから交互に訊かれて、ベルモートは額に汗を浮かべた。そして昨日と同じように「ちょっと待っててください」と言って去ってしまった。

 ラクリマたちが呪文を記憶していると、ベルモートが戻ってきた。

「休日手当ですが、現金で支給ではなく、あとで休日を増やすことで帳尻を合わせますので」

 一同は、まぁ仕方ないか、と、出発した。


 道中、レスタトがセリフィアとジェイ=リードの話をしているのを、同行していたダグ=リードが聞きつけ、「すまないなぁ」と謝った。

「あいつは母親を小さいころになくしていてな。俺が一人で育てたから、甘やかしすぎたかも知れない。わがままな乱暴者に育っちまって……」ダグは少し寂しそうに話した。

「まぁ、恋人もいるし、家庭を持てばもっといい方向に変わってくれるんじゃないかと思うんだが……」

 話を聞きながら皆は、(でもあの喧嘩は一方的にセリフィアが悪かったよな…)と思った。当のセリフィアは特に何も言わなかった。だから、まさかこんなことを考えているとは、だれも思わなかった。

(……あやしい。俺を欺いているのかもしれない。安心してはいけない。まあ、いざとなったら息子ごと……)

 そのとき、セリフィアは何かの気配を感じた。何者かに監視されているようだ。だが気配がするだけで方角も何もわからず、相手の姿を確かめることはできなかった。



 1月10日。

 日中、一同はキャンプ地で留守番するよう言い渡された。呼び子を渡され、「何かあったらこれで知らせろ」と指示を受けた。

 留守番は何事もなく過ぎた。

 夕刻、6人の猟師たちがそれぞれ獲物を手に帰ってきた。やはりダグはリーダーを務めるだけあって、一番値の張りそうな獲物を抱えていた。ラクリマは猟師たちのうちの一人が怪我をしていることに気づいた。何も考えずに、治療してやった。



 1月11日。

 セロ村へ帰る途中、レスタトがいきなり「何か来る!」と叫んだ。「こっちに向かってる。避けろ!」と言うので、皆で訝しみながら避けると、冬イナゴの大群が通り過ぎていった。

「すごい、どうしてわかったんですか?」

 だがそんな声は耳に入ってこなかった。レスタトは同時に、6人のうち3人の猟師たちが異常な殺気を発していたのに気づいたのだ。そのうちの1人は、確か昨日ラクリマが怪我を治していた人間だった。あのとき……もしかしたら怪我に何か手がかりが……ラクリマが気づいていればもっと早くに知れたかもしれないものを、と、彼は歯噛みした。とはいうものの、彼女に「疑え」というのが無理な話かもしれないし、今さら仕方ないと諦め、歩きながらこっそりセリフィアに相談した。セリフィアは、自分の怪物に関する知識から「ドッペルゲンガーかもしれない」とレスタトに教えた。

「どうする? このまま村へ帰るわけにはいかないぞ」

 セロ村は目前に迫っていた。

「だが、今の隊列を何とかしないと……ちょうどラクリマが囲まれてしまっている」

 上手い具合に、ダグが後ろから「どうかしたか?」と尋ねてきたので、レスタトは休憩を申し入れた。ダグは「ああ、金属鎧はキツイからな」と素直に応じてくれた。

 休憩を利用してレスタトとセリフィアはG、ヴァイオラ、ラクリマに、猟師のうち3人がモンスターにすり替わっている可能性があることを告げた。ヴァイオラは物陰に一旦潜んでから、ディテクトマジック〔魔法を見破る〕、ディテクトイビル〔悪を見破る〕と、プロテクションフロムイビル〔悪からの防御〕の呪文を、彼らに悟られないように唱えた。

 ディテクトイビルの効果はばっちりだった。レスタトが言った3人はまさに光り輝いて見えた。ヴァイオラは指を3本立ててレスタトに合図した。それとほぼ同時に、ダグ=リードがレスタトに目配せしてきた。彼もあとの3人がどこかおかしいことに気づいたらしかった。レスタトはダグのそばに寄った。彼を庇う位置に移動しながら「ドッペルゲンガーです」と告げた、そのとき、3人の猟師――いや、3体のドッペルゲンガーたちが襲いかかってきた。

 ドッペルゲンガーたちの攻撃は激しかったが、セリフィアが10フィートソードで2体を続けざまになぎ倒し、あとは共同攻撃で1体を沈めた。おかげでセリフィアの戦士としての面目は大いに上がった。また、猟師たちの一同への信頼は一気に高まった。

「あんたたちがいてくれなかったらと思うと、ぞっとするよ」

 ダグ=リードは至極素直に感想を述べた。


 夕方、人数は減ってしまったが、無事にセロ村に帰り着いた。

 気づくと、厩にまた幌馬車が停まっていた。小さいカートだった。

 セリフィアはダグとともに、警備隊の詰め所でドッペルゲンガー3体を倒した申請をした。グリニードがやってきて、「明日、報奨金120gpを持っていくが、休日だから宿でいいか」と打ち合わせた。

 その後、新しいカートについて尋ねたところ、バーナード=ロジャスという戦士の6人組の冒険者が来ていて、彼らの持ち物だと教えてくれた。子供を一人連れており、「森の女神」亭に投宿しているそうなので、宿に帰ればいやでも顔を付きあわせるだろう。

「そういえば」と、グリニードは親切に続けた。「昨日も確か5人組の冒険者が来ていた。彼らは今朝出ていったがな」

 辺鄙な土地の割には客人が多いな、と、一同は改めてここが冒険者の村であることを思い返した。


「森の女神」亭に戻ると、一階には確かに新たな客人がいた。

 リーダーと目される20代半ばから後半の戦士風の男は、一瞬、セリフィアをカッと見たようだった。彼がこの一団のリーダーで、名をバーナード=ロジャスといった。

 美形の男が二人、バーナードのそばに座っていた。彼らも20代半ばくらいのようだ。他には、30代くらいの抜け目のなさそうな男と、20代前半であろう魔術師風の男、それに20代半ばの魔術師風の女性がいた。この女性は子供を連れており、宿の主人ガギーソンとも親しげに喋っているところから、セロ村の出のように見受けられた。

 実際、その見立ては正しかった。背後で「バタン!」と扉が開いたかと思うと、ベルモートが入ってくるなり叫んだ。

「姉ちゃん! 帰ってきたならどうして知らせてくれないんだ!!」

 どうやらその女魔術師は、冒険者と駆け落ちしてしまったという、セロ村村長の次女のようだった。彼女――ブリジッタは答えた。

「だってあたしは勘当された身だもの。顔なんか出せないわよ」

「そんなこと……!」

「そうそう、息子を紹介するわ。カーレン、あなたの叔父さんよ。挨拶なさい」

 カーレンと呼ばれた5歳くらいの男の子は、きちんとしつけられているらしく、行儀よくベルモートに挨拶した。

 ブリジッタとベルモートはしばらく喋っていたが、それによれば彼女はバーナードについて出ていってから子供を産んだ。魔術師の素養があったので、子供を育てながら学院に通い、今は仲間の魔術師レイを先生として学びながら、一緒に冒険の旅をしているという。

「息子が大きくなってまた冒険に出ることになったの。ここにはしばらく滞在する予定よ」


 ヴァイオラを除く4人は、夕食を食べに「森の木こり」亭へ向かった。

 出口へ向かって通り過ぎようとしたところ、セリフィアがバーナードに呼び止められた。

「さっきの剣は見世物か?」

 どうやら物干し竿、もとい10フィートソードのことを言っているらしかった。別段からかう風でもなく、ごく真面目な口調だった。

「使っていないわけじゃない」と、セリフィアが答えると、なおも質問を浴びせてきた。

「どこで習った?」

「ショーテスのほうで」

「ショーテスといったら、マリス=エイスト卿だな?」

 セリフィアは肯いた。

「10フィートソードを使えるのはショートランドに4人しかいないからな」

 バーナードが語るのを聞きながらセリフィアは思った。

(うむ…? 何か特別な反応を示すな……何か知っているんだろうか……。知り合いに使い手でもいるのか…?)

 もう少し話を聞きたいような気もした。が、仲間に促されて、とりあえずその場を離れた。


 ヴァイオラは酒を楽しみたかったため――それだけでなくこちらも情報源として確保したかったため、「森の木こり」亭へは行かず、「女神」亭で一人で夕食を食べていた。

 カウンターに座っていると、バーナードのところの一人がやってきて話しかけてきた。「隣に座ってもいいですか」

 ヴァイオラが許可すると、彼――美形コンビの片割れで、金髪の見事な戦士風の優男は「私と彼女に一番高い酒を」と注文した。グラスを差し出し、ヴァイオラに乾杯を求めた。

「君と俺の出会いに乾杯」

 それから「レディは今、フリーかな?」とストレートに尋ねてきた。ヴァイオラがフリーだと答えると、あからさまにくどき出した。

「君の心に俺の名が刻まれるように」

 その彼の名は、ジャロス=ガートマイザーというのだった。ヴァイオラの見立てではフィルシム人のようだった。

「レディのお名前は?」「ヴァイオラ」「ヴァイオラ……菫ですね。紫スミレの花言葉は『愛』か。まさに君にふさわしい……本名ですか? いえ、こういうときに偽名を使われる方が多いのでね」「私は今、そう名乗っています」

 ウェットな会話を楽しみながら、ヴァイオラは彼のグループについて聞き出した。

 リーダーのバーナード=ロジャスは両手剣使いの戦士。

 ジャロス、つまり彼自身も戦士で、戦いでは遊撃手を務める。

 美形コンビの片割れは僧侶でスコルといい、非常に中性的な顔立ちの、少し冷たい感じのする美青年だ。ジャロスとスコルはバーナードを信頼して、ずいぶん以前から彼とともに回っているという話だった。

 他に情報収集役の盗賊(シーフ)、ウィーリー。彼は、このパーティを「勝ち組だ」と思ってついてきているらしい。

 魔術師のレイのことはジャロスもよくわからないようだった。ひどく世間知らずでお坊ちゃんなところがある。

 そして女魔術師のブリジッタはバーナードの奥さんということだった。彼らは実力的にやや劣るブリジッタのことも全然邪魔にしておらず、息子のカーレンも「そこにいて当然」というように接していた。ずいぶん信頼のある仲間同士だ、と、ヴァイオラは思った。

 それから、「どうしてこの村へ?」と尋ねると、「今回は里帰りだ」とジャロスは答えた。彼らはどうやら三階の部屋に泊まっているようだ。少ししてスコルが上へ上がるといい、ブリジッタとカーレンもいっしょに部屋へ上がっていった。

 そうこうするうちに「木こり」亭で夕食をとった面々が戻ってきた。

「ヴァイオラさん、先に上へ行ってますね」とラクリマに声をかけられたのをきっかけに、ヴァイオラも部屋へ戻ると言い、ジャロスにお休みの挨拶をした。階段をあがるヴァイオラを、ジャロスはずっと目で追っていた。


 部屋へ戻って「ちょっと話があるんだけど」とヴァイオラが口を開いた。

「明日もらうドッペルゲンガー分の報奨金だけど、亡くなった3人の遺族で分けてもらったらどうかと思うんだ」

 ヴァイオラはさらに続けた。この村に長居するだろうことが明らかである以上、村の人たちと良い関係を作っていかなければならない。まずはこれをそのよすがとしてはどうか、と。

 もとより、異論はなかった。Gは「割り切れるし、いいと思います」と風変わりな返事をした。レスタトも「異存ありません」ときっぱり答えた。唯一、セリフィアが少しだけ残念そうだった。来るべき剣の修行のために彼は貯蓄をしなければならないらしい。が、異議を挟むことはしなかった。

 そのあとでヴァイオラは、先ほどジャロスから聞き出した情報を皆に伝えた。



 1月12日。

 朝から、3人の猟師たちの葬儀が執り行われた。

 喪服など用意していなかった一同は、冒険者ということで平服で容赦してもらうか、宿屋で借りるかして場を繕った。もっとも、レスタトやラクリマはいつもの僧服で問題なく通った。ヴァイオラは普段羽織っているサーコートを裏返した。途端にそれは神官服に早変わりしたので、彼女もやはり衣裳を借りる必要がなかった。

 葬儀にはブリジッタも顔を出した。妙な話だが、葬儀が彼女の夫のお披露目の場となってしまった。遠くにヘルモークがいるのもわかった。喪服を着て、葬儀の中心をずっと観察していたが、決して寄ってこようとはしなかった。

 神官スピットはそつなく儀式を運んでいた。他に神殿の仕事もあまりなさそうなこの村で、冠婚葬祭だけが彼の出番なのだ。だが、儀式が一通り終わると、葬儀の輪の中心はスピットからキャスリーン婆さんに移ってしまった。よそ者はいつまでたってもよそ者のようだ。

 やがて男たちが棺を担いで墓場へ向かいだした。他の者たちは皆、棺のあとに続いた。

 川を渡ってこない人間も何人かいるようだった。主には「よそ者」と目される人びとで、ツェット、グリニード、「木こり」亭の主人アルバーンがそうだった。高齢を理由として、村長アズベクト=ローンウェルもその場に残っていた。高齢といえばキャスリーン婆さんのほうがよほど高齢であるはずだが……。

「女神」亭の主人であるガギーソンは、ヘレンとマルガリータに付き添ってついてきた。彼女たちとリールは泣き女として参加していた。泣き女といえば、頼まれもしないのにラクリマは最初から最後まで泣き通しだった。

「よく他人のことでそんなに泣けますね…」とレスタトが些か呆れたように言うと、彼女は「こんなに悲しみが満ちているのに、どうして皆さんは泣かずにいられるんですか?」と聞き返してきた。その間も涙が止まることはなかった。


 葬儀を終えてパラパラと人々が解散するころ、セリフィアはガギーソンを捕まえた。ヴァイオラに「訊いてみたら?」と勧められてやっと重い腰を上げ、重い口を開いた。「聞きたいことがある」

「今日でなければだめですか?」と渋るガギーソンに「すぐ済む」と断って、彼がずっと聞きたかったことを尋ね出した。

「5年前に、殺人事件があっただろう」

 途端にガギーソンは嫌そうな顔をした。痛くもない腹を探られるのはごめんだと言いたげな表情だった。それには構わず、セリフィアは続けた。

「そのとき、ルギアという魔術師がいたと思うんだが……」

「ああ、いらしたかもしれませんね。そういえばいらっしゃいました」

「その男の消息を知らないか?」

「存じません」

「あとから村に来たことは?」

「あのあとは一度もいらっしゃいませんでした」

 聞き取り調査は空振りに終わってしまった。

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