第三話 彼女の名前は……
「さて、君が天使であることは認めよう。力を見せてもらった以上疑いようはないからね。」
僕は厳かに神託を告げるかのように言う。
まぁ、そんな気分に近いのかもしれない。
なにせ、目の前にいるのは天使なんだし。
て、関係ないか。
と、それはさておき、まだ、いろいろと聞かないといけないことがある。
たとえば、
「どうして、天使である君が、ここにいるんだい?」
これとか。
だって、普通に考えてみれば分かる。
天使とか悪魔と神様とかなんていう存在は、科学の時代である現代では全く信じられていない。
この僕だってそうだ。
そんな超越的な存在がいるなんて全く思いもしなかった。
一度も見たことがないのだ、そう思うのが当然だと思うし、誰もがそうだと思う。
というか、本当にそんなものを見たことがある人のほうが絶対的に少ないし、まれだと思う。
だけど、その存在が目の前にいるのだ。
どうして、いるのか、不思議に思わないわけがない。
まぁ、そんな存在にどうして、パパ呼ばわりされなきゃいけないのかも不思議だけど。
それは、まぁ、ぼちぼち聞いていけばいいだろう……
「もちろん、パパに会うため。ママもそういってたし」
うんうん、そうなのかぁ。
て、違う!!
なんだ、そりゃあ!!
一瞬ぼけて、うなづいてしまったじゃないか!!
パパに会うためだとぉ!!
それはもしかしなくても僕とでも言うつもりかい!!
ていうか、それ以前に、
「ママって誰!?」
それが一番重要だ。
だけど、少女は、きょとんとした顔をすると、
「ママはママだよ?私を生んでくれた人」
さも、当然かのように答える。
けれど、僕としては、結果として逆にさらに混乱する羽目に。
と言うか、これはいったいどうなってるんだ!!
少女には母親がいて―当たり前―、んで、その母親が父親に会いに、しかも僕に会いに行けとは!!
いや、待て。
そうだ、僕がまだパパとやらと決まったわけじゃない。
というか、そんなわけがない。
そんなわけがないんだけど。
もう、僕にはなにがなにやらだよ!!
頭が混乱している。
冷静な思考が戻ってくれば、そんなふうに思える。
少女が僕の顔を見ながら、きょとんとしているのを見ていると、ようやくそう思えたのだ。
そもそも、僕には子供はいない。
その理由としては、悲しいことだけど、僕は今までかつて恋人というものがいなかったのだ。
もちろん、遊びで、て言うことだってなかった。
だから、子供なんてものが生まれる可能性なんてまったくない。
それに、当然のこととして、僕に天使の知り合いなんて者はいない。
たぶん、両親だってそうだと思う。
よって、やっぱり、僕が少女のパパであることも、少女の母親とも面識がないことになる。
だから、きっと勘違いしてるんだと思う。
そして、僕はそれをどうにかしてあげなくてはいけない。
あまりの事に思考がめちゃくちゃになって、わけのわからない考えをしてしまったけど、もう大丈夫だ。
もう大丈夫なんだから、彼女をどうにかしてあげなくてはいけないそして、それによって導かれる答えは。
「君のお母さんのところに戻った方がいいと思うよ」
これだった。
というか、そもそもこれしかありようがない。
どうして、少女がこんなところにいるのかは大体わかった。
父親を探しにきたんだろう。
そして、その父親は人間で、何かの理由で、引き離されたんだけど、それでも会いたくて、ここに来た。
だけど、少女はその父親と僕を間違えた。
そういうことなんだと思う。
だから、一回帰って、またその母親からしっかりと特徴を聞いてくるべきなんだと思う。
「戻って、もう一度、お父さんの特徴を聞き直してきたほうがいいよ」
その旨を伝えたんだけど、少女はまたきょとんとした顔をすると、
「私を一番初めに拾ってくれた人がパパなのよ。て、ママが言ってたよ」
また、爆弾発言を落としてくれた。いったい少女はいくつの爆弾発言をすれば気が済むのだろう。
少女の言葉は、弾道ミサイル発言連発の一言に尽きる。
ぜんぜん一言じゃないって?
そんなこと言い返す気力すらないよ。
というか、少女の言葉をそのままのみこむとすると、彼女はつまり……
捨て子、ということになる。
いや、この場合、捨て天使か?
て、そんなことはこの際どうでもいい。
本当にどうでもいいのかは、怪しいけどどうでもいいということにする。
それに、いちいち気にしてても、話が進まない。
だから、ここはさっさと話を進ませておくべきだと思う。
「つまり、君は、お母さんに一人で暮らせ、といわれたの?」
彼女の発言を自分なりに咀嚼した言い方で返す。
「ううん。パパと一緒に暮らせって」
けれど、少女は、まるで僕の間違いをたしなめるように、言いかえる。
とはいっても、僕からしてみれば、そうとしか思えないのだから仕方ない。
「でも、君を拾った人がパパになる、って言われたんだよね?」
だから、結局、一つ一つ言い聞かせていくようにもって行くしかない。
まぁ、この変な状況から抜け出すためなら、その努力だって惜しまない。
少女も、素直な性格らしく、正直にうなづいてくれる。
まぁ、さっき言ってたことなので、どうって事ではないけど
けれど、これで、まぁ、うまく言い聞かせることはできると思う。
あとは……
「あっ!!」
少女に自分の状況を教えてあげるだけ……
そう思って、また話を切り出そうとしたところで、少女が何かを思い出したような大声を上げた。
びっくりした僕まで、一緒に一瞬声を上げそうになったけど、それは何とか抑える。
というか、いったい、なんだろう。
そう思って、彼女のほうへと向いた矢先、目の前に何かを出された。
「ママがパパに見せなさいって言ってた紙」
少女の言ったことを踏まえた上で、よく見ると、それが何かかかれた紙だということがわかる。
僕はそれを受け取ると、見てみる。
すると、そこには……
またまた、僕を混乱させることばかり書いてあった。
『この手紙を見ている方はきっと今の状況をうまく理解できていないと思います』
『それは当然だと思います』
『いきなり、現れた子供に、父親扱いされるわけですから』
『私もそれについては本当に申し訳ないと思います』
『けれど、諸事情により、この子を手放さなくてはならなくなったのです』
『私だって、このこと一緒にいたい』
『そう思います』
『けれど、状況がそれを許してくれないのです』
『この子を手放さないといけないんです』
『だから、お願いです』
『この子の面倒を見てやってください』
『この子には父親がいません』
『だから、拾ってくれた貴方がこの子の父親になってあげてください』
『自分勝手なことばかりを言ってると思います』
『何を言うか、と思うかもしれません』
『けれど、お願いします』
『きっと、今の問題が解決したら、この子のところへと戻ってきます』
『だから、どうぞ、お願いします』
『ちなみに、この子の名前も貴方が決めてください』
『貴方が呼びやすいように』
『ただ、差し出がましいかもしれませんが、できるだけこの子に会った、かわいい名前をお願いします』
『それでは、これで失礼します』
それが、少女から渡された手紙だった。
内容は何と言うか、まさしく他人の事情を考えない自分勝手なものだ。
というか、父親になってやってくださいって拾った人が女の人だったら、どうするつもりなんだろう??
なんか、もう突っ込みどころは満載だ。
満載だけど、突っ込む気力がない。
それに、彼女をここで見捨てることは出来なくなってしまったことも事実だ。
別に、僕には関係ないことなんだから、なかったことにして、警察なり何なりに預けたっていいと思う。
だけど、その結果として、この少女のみに待つのは不遇の処置だと思う。
当然だ、この少女が天使だということがわかれば、何をするだろうか?
きっと、残酷なことしかしないだろう。
実験ばかりの生活しかないと思う。
それがわかっていて、放り出すことなんて僕には出来ない。
そこまで冷酷にはなりきれない。
だから、そんな僕には、少女を受け入れるしか方法はない。
まぁ、お金に関しては困っていないのが、せめてもの救いだけど。
さて、半ばなし崩し的に、僕が彼女のことを引き取ることになったけど、まずどうすれば良いだろう。
やることなら、いっぱいある。
たくさんありすぎて、いやになるほどだ。
だけど、だからといってほうっておくわけにも行かない。
まずは、何をすれば良いだろう??
やっぱり、彼女の服だろうか……
とそこまで考えて、ふと気がついた。
というか、彼女の母親に一番にいわれていたこと上がった。
そう、彼女に名前をつけることだ。
それに、よく考えてみれば、僕は彼女のことを少女としか呼んでいなかった。
これじゃ、ちょっと失礼だろう。
というわけで、まずは、名前をつけることにしよう。
けど、やっぱり、名前をつけるなら、彼女にぴったりな名前にしたい。
僕は、彼女のじっと見る。
けれど、全くいい名前が浮かんでこない。
今までこんな経験をしたことがないから当然なのかもしれないけど、だからといってこのままじゃちょっとやりにくい。
これから、何度も呼ぶことになる名前なんだから、適当なことは許されない。
けれど、そう思うと、今度はせっかく浮かんできた名前も、いまいちしっくり来なくて、却下してしまう。
このままじゃ、決まらずじまいだ。
僕は、彼女をもう一度しっかりと見る。
やっぱり、一番最初に目がいくのは淡い銀髪だと思う。
まっさらな雪原みたいだ……
ん??
雪原??
「あ!!」
いい名前を思いついた!!
それがうれしくて、気がついたら、大声を上げてしまった。
すぐそばに居る彼女のほうを見てみれば、びっくりした顔をして僕の事をじっと見ている。
だけど、僕はそんなことが気にならないぐらい、ハイだった。
だって、名前が決まったんだもの。
そう、彼女の名前は……
まっさらな雪原のような髪をした彼女の名前は……
「今日から君は雪華だよ!!」
雪華。
雪の華がちりばめられたようなまっさらな雪原。
そんな彼女は髪をしてるから。
雪華は……
「せつか??」
当の雪華は、一瞬分かっていないような顔をしたけど、すぐに思い出すと。
「私の名前がせつか??」
小首を傾げながら、確かめるように聞き返す。
「うん。雪華。華麗な雪とかいて、雪華。わかる??」
それが、僕が行った事が伝わったらしく、それがうれしくて、僕はそういって、尋ね返す。
せっかくつけたんだから、彼女にも分かって欲しかった。
けれど、それは飛んだ杞憂で、一瞬考えたそぶりを見せたけど、すぐにまた僕のほうに向きなおすと
「うん!!」
そういって、にっこりと笑い、
「私の名前は雪華」
かみ締めるようにして、口ずさみ始めた。
そして、僕はそれがなぜか、とてもほほえましく思えた。
もしかすると、ようやく全部受け止められたのかもしれない。
雪華という存在を。