第二話 出来た娘は天使?
いきなりのパパ発言に驚いた僕は思わず腰を抜かしてしまった。
というか、いきなりパパと呼ばれて驚かないやつなんていないはずだ。
しかも、まったく見覚えもないのに、だ。
そもそも年齢が合わなさ過ぎる。
僕はまだ高校二年生なのだ。
どう考えても、目の前にいる少女のパパになんてなれるはずなんてない。
だというのに、目の前にいる少女は、舌っ足らずな声で、パパと呼びながら、しがみついている。
もうほとんどお手上げ状態だ。
わけの分からないことで頭が混乱している僕には、もうどうにもできそうにもない。
でも、だからと言ってこのまま放っておいていいとも思えない。
仕方ない、家につれて帰るしかない。
幸い僕は一人暮らしだから、家族にとやかく言われることはない。
それに、家に帰れば、一応僕の服があるはずだから、それに着替えさせればいい。
そう決めると、しがみついている少女を振りほどいて、立ち上がる。
けれど、
「やぁ!!」
まるで、だだをこねる子供のように、僕の足にしがみついて離そうとはしない。
まさしく、彼女の言葉を借りるつもりじゃないが、自分の父親にしがみつく子供のようだ。
しかし、困ってしまった。
これでは、服を取りにいくどころか、まともに動くことすらできない。
けれど、このままここにいても風邪を引くだけだ。
それだけは、どうしても避けたい。
明日も休みだから、どうって事はないのだが、やはり、せっかくの休みを棒に振るのは痛い。
それに、この少女のことだってある。
もし、どこかのご令嬢だったら、後が怖くて下手なことはできない。
そんな事が思えるほど、彼女の姿形は、一般人とは違う。
まぁ、今の彼女の様子も一般人とは全然違うが。
それは、いいとして、もし本当にご令嬢だったりして、慰謝料を払うように言われても、出せるわけがない。
だから、どうしてもここは、彼女を説得するしかない。
まぁ、なぜかは知らないけど、パパと僕のことを呼んでいるんだ。言う事ぐらいは聞いてくれるだろう。
「えっと、離してくれないかな?」
「やだ」
即答だった。
しかも、僕の目論見に反して、彼女は言うことは聞いてくれなかった。
けれど、だからと言ってめげるわけにはいかない。
僕の未来がかかっているんだ。
ちょっと大げさな気もするけど、そんな事はそこらへんに放っておいて、
「お願いだから、離してくれないかな?動けないんだ」
「やだもん」
もう一度、お願いしてみたけれど、また同じ反応だった。
でも、だからと言って、それでも諦めるわけにはいかない。
根気よく続けていけば、きっとこの少女もわかってくれるはずだ。
「でも、いつまでもここにいても寒いでしょ?服を取ってきて―――」
「絶対やだもん」
そう思って、何度も説得を試みたが、結局少女は、うんと言って頷く事はなかった。
どんなに説得を試みても、少女は頷こうとしないので、結局僕は、おぶって、家まで帰ることにした。
おかげで、周りから痛いほどの視線を浴びることになった。
そのときの僕の顔を見れば、きっとりんごのような真っ赤な顔をしていたと思う。
それぐらい恥ずかしかった。
しばらくの間は、あの道は使えない。
というか、多分もう使えないと思う。
それぐらい強烈な奇異の目で見られていたのだ。
まあ、それは、もう過ぎたことなので、置いておくとして、重要なのは少女のほうだ。
一応、僕の服を着させて、ホットミルクを飲ませているので、たぶん風邪を引くことはないと思う。
けれど、根本的な問題が解決していない。
彼女が何者なのか、と言う事だ。
まず、瞳と髪の色からして、日本人でないことぐらいは分かる。
もしかすると、単にカラコンと、染めてるだけなのかもしれないけど、そうでもないみたいだ。
瞳のほうはさすがに簡単に見分けをつけることはできそうにもないけど、髪なら大丈夫だ。
部屋に連れ帰ってから、しばらく観察をしてみたけど、染めているようには思えない。
あくまでもしっとりとその姿になじんでいて、妙な違和感を感じさせない。
それに、根元のほうを見ても、しっかりと銀色なのだから、まず間違いなく地毛なんだと思う。
けれど、彼女の話している言葉は日本語だ。
しかも、かなり流暢な。
だから、在日外国人になるんだろうけど、ここら辺にそんな人がいると言う噂は全く聞いたことがない。
比較的、外国人が増えてきた現代でも、やはり、外国人が近くに住めば、ある程度の噂が出る。
しかも、比較的年の近い少女がいるのだから、絶対何らかの噂が飛び交っていてもおかしくない。
なのに、噂なんて聞いたことなんて一度もない。
それに、いまだに、彼女は僕の事を見ると、パパと呼ぶ。
どうして、そんなふうに呼ぶのか、そう聞いても、パパだから、としか答えない。
全く要所を得ない。
「パパ、どうしたの??」
そんなことを悶々と考えていると、司会に不意にその悩みのためが現れた。
「いや、なんでもないよ」
さすがに、君のせいでこうして悩んでいるんだよ。
なんてことは言えない。
さすがに、名前も知らない子に、堂々と言うのは無理だろう。
て、そう言えば!!
少女に名前を聞いてなかった!!
まず、こんな状況になったら、いの一番に聞かないといけないことだ。
どうやら、あまりにも気が動転しすぎて、頭がうまく回っていないみたいだ。
「それより、君の名前を教えてくれる?」
僕は、内心で反省しつつ、忘れないうちに聞いておく。
また、気が動転しすぎて、聞き忘れたら、たまったものじゃない。
そう思って聞いたんだけど。
そう思って聞いたのに。
「名前??そんなものないよ??」
少女の言葉で、さらに問題が紛糾することになってしまった。
一瞬僕は彼女の言っていることを理解できなかった。
それぐらい突拍子のないことだったからだ。
名前がない。
まず、そんなことはありえない。
この世界に、人間として生まれてきたら、まず間違いなく、名前をつけられる。
なのに、名前がない。
そんなことあるはずがない。
「もしかして、記憶がないの?」
だから、そうじゃないのかと思って聞きなおしたのだけれども
「記憶?」
彼女は、いったん考え込むと
「あるよ」
なんでもないように、答える。
余計に頭がこんがらがってくる。
記憶があるのに、名前はない。
まったく意味がわからない。
でも、逆に光明がさしたのかもしれない。
記憶があるなら、自分の家も覚えているかもしれない。
僕は意を決すると
「んじゃあ、名前はいいから、君の家は?」
そうたずねた。
面倒ごとに巻き込まれるのはごめんだからだ。
だけど、彼女はもう一度思案するような顔をすると
「ここだよ」
なんでもないように、そう答えた。
「ここがパパのおうちなら、私のおうちもここ」
けれど、それこそとんでもないことだ。
ここが僕のうちだから、少女のうち!!
そんなことがありえるはずがない。
もう、何度思ったことだろうが、僕はこの少女を見たことはない。
それこそ、今までかつて一度としても、だ。
まだ、生き別れの兄弟だ、て言われたほうが納得いく。
まぁ、姿かたちは似てないところでは済まされないけど、まだ諦めぐらいはつく。
なのに、これじゃあ、どう処理すればいいか、まったくわからない。
まったく、誰か、僕を助けてくれ。
そういいたいぐらいだ。
しかし、困った。
まったく話が進んでいない。
というか、これでは、さっきよりももっと、状況が悪化してしまってる。
思わず、誰か助けを呼びたくなるぐらいだ。
まぁ、こんな状況を誰かに見せるわけにも行かないが。
まず間違いなく、その場で僕は変態扱いになることは間違いないだろう。
同年代の少女に自分のことをパパと呼ばせているんだから、当然だろう。
真偽のほうは別として。
さて、本当にどうしたものか。
このままでは、どうにもならない。
かといって、打開策があるかと聞かれても困る。
まったく思い浮かばないのだから仕方がない。
こんなめちゃくちゃな状況に置かれたことなんて初めてなんだから。
そう、両親が……
いや、そんなことは今考えることではない。
大事なのは目の前にいる少女のことだ。
僕は、一度思いっきり息を吐き出すと。
「君はどこから来たの?」
そうたずねることにした。
少女には記憶がある。
ならば、ここに来る以前にいたところに連れて行けばいい。
そうすれば、どうにかなるはずだ。
「君はどこから、来たの?」
僕は先ほどした質問を繰り返す。
少女は癖なのだろうか、また、一度思案気な顔をすると、
「公園」
元気よくそう答えた。
けれど、それは僕が望んでいたものとは違う。
まぁ、間違えではないけれど。
「じゃなくて、公園の前はどこから来たか、って事」
だから、ある程度予測もできていたので、いちいちへこむこともなく、さらに質問で返す。
そして、また少女は、思案気な顔をする。
あごに手をそえ、うつむく。
今更ながら、その姿はどこか、自分よりもっとはるかに遠いときを過ごしてきた人のようにも見える。
見た目は僕よりも幼いのに、その姿だけは、僕よりもずっと年上に見える。
そんな少女が元の年相応そうな顔に戻る。
「天界」
その顔をぼんやりと見入っていたため、一瞬何がなんだか、わからなかった。
僕も少女の癖と同じように一回思案気な顔を作ると
「てんかい?」
そのまま、少女の言葉を聞き返した。
やっぱり、いくら咀嚼してみてもわからない。
だから、聞きなおしたのだ。
彼女のほうはなぜそんなことを聞かれたのかわからない様子だったけど、僕が不思議そうな顔をしているのに気づくと
「うん。天界。天使とか神様がいる天界」
少しだけ付け加えた答えをくれた。
けれど、その答えは
「天界!!!!!」
僕をさらに混乱させるだけだった。
いきなり出てきた、爆弾発言に僕は正直さらに混乱していた。
けれど、それでも何とか普通の思考回路を保つことはできた。
正常な思考を奪われずにすんだ。
「んじゃあ、君は天使だ、というんだね?」
そういって、彼女に尋ねる。
「うん。わたしは、天使だよ。」
彼女のほうも当然のことのように答える。
けれど、その答えを聞いて、僕は安心した。
おそらく、彼女はちょっと精神を病んでいるんだろう。
そういうことだ。
いままで、かなりおかしい発言を聞いてきたが、これでようやく納得がいく。
いきなり見ず知らずの人を見て、パパと呼び、名前はないといい、家は僕の家と言う。
そして、挙句の果てには、自分は天使だという。
それは、まさしく、精神を病んでいる証拠だ。
少女のことをかわいそうだと思った。
それが、同情だとは気づかずに。
「そっかぁ。んじゃあ、まずは、警察に行ってみよう?」
そう言って彼女に提案する。
もしかすると、捜索願が出ているかもしれない。
こんな少女を周りがほうって置けるはずがないのだ。
そう思って、彼女の腕をつかんだとき、不思議な現象がおきた。
自分の体が浮き出したのだ。
いや、彼女の体も浮いている。
「え?えぇ??えぇぇぇ???」
僕はわけもわからず、ただ、疑問符を浮かべるしかできない。
そんな中で、彼女は言った。
「これが証拠」
無邪気そうに、本当に無邪気そうに、そういった。
あたかも、その姿は、まるで、自分の特技を誇るようにしてみせる、子供のそれに近かった。
そして、それと同時に僕は認めなくちゃいけなくなった。
少女が本当に天使であることを。
だって、少女は、浮いている。
僕も浮いている。
あたかも奇術師ように。
そう、種も仕掛けもない。
まさしく、人知を超えたものにしか使えない奇術を、だ。