第十話
「失礼します」
ドアを開けると同時にそう言う。
ここには何回か来たことがあるけど、いつまで経ってもなれない。
まぁ、慣れるほうが変か。
職員室なんてものは、僕たち学生にしてみれば鬼門のひとつだ。
と、それはいいとして、僕に用事とはなんだろうか。
呼び出しのときの声は、担任だった。
何か厄介ごとでも押し付けようと言う気だろうか??
あの先生ならやりかねない。
僕は、まずは担任の姿を探す。
けれど、それは容易に完遂できた。
いつもどおり、自分の席に座っていた。
僕は、細い通り道を通りながら、先生のところまで行く。
どうでもいいけど、どうして職員室と言うところは、ごちゃごちゃとしてるんだろうか。
もう少し、綺麗に整頓できないものか。
これなら、僕の家の方が断然綺麗だ。・
まぁ、人はあんまり居ないし、しっかりと掃除してるから当然なんだけれど。
なんとか、物山を通り抜け、先生のところに着く。
見た目はなかなか若くて、どちらかと言うと、しっかりとしたかっこいい大人、っていう感じの男性教師。
まぁ、中身は、どちらかと言うと、ちゃらんぽらんな感じがする。
変なところで、抜けていると言うか、適当というか、そんな感じの人だ。
だからといって、悪い人じゃない。
僕は意外と好きだ。
「先生、僕に用事って」
まぁ、だからといって、長話をしたい相手でもないので、さっさと話を切り出す。
いや、切り出そうとして、できなかった。
見てはいけないものを見たからだ。
むしろ、こんなところにいちゃけない人だ。
まぁ、話の流れからすれば、もう分かるだろう。
「なんで、雪華が、ここにいるのさ」
そう、なんでかしらないけど、担任の隣の席に、雪華がちょこんと座っていたのだ。
僕は、状況がうまく把握できず、呆然としていた。
どうして、こんなところに、雪華が居るのか全く予想ができない。
いや、まぁ、僕に会いにきた、て言うのだろうけど、一番なんだろうけど、だからといって。
「んじゃあ、やっぱりこの子は、お前の知り合いの子、でいいんだな??」
余裕を取り戻すために、必死になって状況整理をしようとしてたら、担任が声を上げた。
どうやら、順番を間違えたみたいだ。
「ええ、そうです」
まず間違いなく雪華だ。
銀色の髪と琥珀色の瞳を見間違えるわけがない。
それに、僕の事を見る目が、あれだ。
やっと会えた。
もう、会えて嬉しくてうれしくて仕方ない。
そんな感じの顔をしている。
と言うかむしろ、今にも抱きついてきそうだ。
「で、この子とお前の関係は何なんだ??」
ただ、しないのは、たぶん人がいるから。
一応、買い物に行くときにそう言い聞かせておいたから、良かった。
て、それはいいとして、まずは担任の質問に答えておかないと。
はっきり言って、かなり胡散臭い目で見られている。
もしかして・・・
「この子は、なんかお前の事をパパと呼んでるみたいだが」
がはっ
予想通りの言葉が返ってきた。
どうやら、堂々と言ってくれたらしい。
僕が雪華の『パパ』だと。
「先生、ちょっと来てください」
僕は覚悟を決めると、立ち上がり、少し離れたところまで行き、担任を呼ぶ。
担任は意味が分からず、首をかしげている。
雪華は、雪華で、僕の事をにやにや嬉しそうな顔をして見ている。
その顔が何だから腹立たしい。
おもいっきり、頭をぐしゃぐしゃにしてやりたくなった。
けれど、それは今度に持ち越しだ。
「理由のほうを教えます」
今は、それよりも担任に状況報告の方が大事だ。
とは言っても、もちろん大嘘だけど。
担任は再度首を傾げたが、僕のそばまで来た。
「んじゃあ、説明しますね。ちょっとややこしいですけど」
そして、僕は、いったん前置きをしてから始める。
「この子は、雪華って言うんですが、雪華は、母方のいとこなんです。うちの母さんのお兄さんの娘さんで、国際結婚らしくてハーフなんです。それで、雪華は以前まで、両親についていって、いろんなところに行ってたらしいんですけど、旅の途中で事故にあって、記憶喪失になったんですよ。医師の診断では、安静にしていれば、しばらくしたら戻るって言われているんです。だけど、おじさんたちと一緒にいるといろんなところに行くし、しかも少々危険が伴うみたいなんです。だから、一緒には行けないみたいで、今は、僕のところで預かっているんです。僕のところ以外、どこも無理そうだったみないなんで。それで、今預かっているんですけど、記憶喪失のせいかどうか分からないんですけど、僕の事を父親と勘違いしているみたいなんです。それで、『パパ』って呼ばれてるんです。だいたい、こんな感じなんですけど、分かってくれました?」
最後に担任に確認するように言う。
もう、ほとんどとめずに、畳み掛けるように言った。
一つ一つ説明するような言い方じゃ、たぶん納得させられない。
むしろ、こんな状況なんて、納得させられるわけがない。
だから、矢継ぎ早に言ったんだ。
案の定担任は、必死になって、僕が言った事を噛み砕こうとしていた。
たぶん、これなら、大丈夫そうだ。
「つまり、簡単に言うと、行く当てもないから、お前の家で預かって面倒を見ている子が居て、その子は、記憶喪失。これでいいんだな??」
なんとか、咀嚼し終わったようで、確認するように、僕に尋ね返す。
それに、僕は頷いて答える。
どうにかなった。
そう思う。
現に担任は、少々懐疑的ではあるけど、何も言おうとはしない。
ここは、最後の一押しだろう。
「それより、ちょっと雪華を借りてもかまいませんか??いろいろ聞きたい事があるんで」
さっさと話を終わらせるに越した事はない。
「え?あ、あぁ、分かった」
担任は一瞬驚いたようだが、そんなのは気にしない。
確認が取れたのだから、さっさと進めておいたほうが断然いい。
「んじゃあ、ちょっと席をはずさせてもらいますね。ちょっと、雪華こっちにきて」
一応、担任に頭を下げると、雪華を手招きしながら、印刷室に入る。
職員室で人がいないところ。
その条件を満たしたのがここしかなかったからだ。
まぁ、大抵は、朝か放課後にやってしまうので、この時間帯に使う人はあまり居ない。
それこそ、テスト前とか、月初じゃないと、たいてい無人だ。
そこに、雪華を連れて行く。
あんまり言いたくはないけど、時には必要だ。
まぁ、理由がなんとなく分かるので、強く言うわけにも行かないけど、それでも言わないわけにはいかない。
怒るときは怒らないと、だめだろう。
「雪華、どうして」
約束を破ったのか。
理由は分かっていたけど、手順として聞いて見る。
いや、みようとした。
けれど、本当はもっと早く気がつけばよかった。
誰にも邪魔されたくないから、二人きりになれる場所に来た。
だけど、それがそもそもの間違いなのだ。
なぜなら、雪華が今まで行儀良くしていたのは・・・
「パパ♪」
人前だったからだ、と言う事だ。
たこみたいにべったりと引っ付いていたのをなんとか引き剥がすと、目の前にしっかりと立たせる。
ていうか、たぶんきっと見られたと思う。
誰かといわれれば、言わなくても分かるだろう。
職員室にいる先生たちだ。
いくら、人がいない場所と入っても、その周囲には人がいる。
ちょっと立ち寄っただけでも、しっかりと視界に入るはずだ。
僕は、溜息をつくと、
「なんで、来たんだよ」
ほとんど投げやりにそうたずねる。
というか、最初はそれなりにしつけようと思ったけど、今はそんな気力もない。
もしかして、わざとやってるんじゃないだろうか。
そんなふうにも思えてくる。
「だって、寂しかったんだもん」
そう言うと、膨れっ面をするとそっぽを向く。
なんだか、その顔がかわいらしいんだけど、
「でも、家で待ってる、って約束したよね??」
「うぅ・・・」
それで許すほど、僕も甘くはない。
『パパ』として、しつけをしないとね。
「いい?ここは、雪華が来ちゃいけないところなんだよ??パパがお仕事するところなんだからね??」
「でも、寂しかったんだもん!!」
そう思っていったのだけど、半ば以上予想通りな展開になってきた。
やっぱり、半泣きになってきてる。
もう、今にも泣き出しそうな顔をしている。
「パパがいないから、寂しくて、怖かったんだもん」
というか、言い出したら、感極まったのか泣き出した。
あぁ、周りから、すごい視線を集めてるような気がする。
なんだか、雪華と暮らし始めて、コレばっかりのような気がするよ、本当に。
僕はいったん溜息をつくと、頭を撫でてやる。
「ほら、分かったから、泣かないで、ね?」
まずは、落ち着かせないといけない。
そのとき、極力人目に当たらないように気をつける。
さらに余計な誤解を受けたらたまったものじゃない。
僕は、そこら辺にあった椅子に雪華を座らせると、自分も座る。
本当なら、こんなことをしている場合じゃないんだけど、この状況で怒る事はさすがにできない。
やっぱり、雪華の涙には相当弱いみたいだ。
まぁ、男なんてものは、大抵女の子の涙に弱いのかもしれないけど。
と、それはいいとして、しばらく頭を撫でていると、雪華もようやく落ち着いたらしく、涙が止まりだした。
でも、たぶん、ここで、もう一度同じような事を言えば、泣き出すことはまず間違いないだろう。
だからといって、正直言って、毎回毎回来られても困る。
それに、担任をごまかせたとしても、今日一日ぐらいだ。
これが、何度も何度も続けば、さすがに無理だろう。
なら、どうすればいい。
置いていけば、雪華は寂しくなって、学校に来てしまう。
だけど、だからといって、学校休めば、まず間違いなく、ついていけなくなる。
うわぁ~!!
もう、全然思い浮かばない!?
僕も雪華もしんどくならなくてすむ方法、なんかないのか!?
誰か、教えてくれ!!
だからといって、時間が待ってくれるわけじゃない。
実際、休み時間もほとんど残っていない。
僕は必死になって、頭を回転させる。
もう、なんだか、オーバーロード気味のような気がするけど、そんなことを気にしている暇もない。
て言うか、もうオーバーロードのことなんて知った事じゃない。
いち早く、この状況を打破する事の方が先決だ。
脳裏をいろんな案が浮かんでは却下され、消えていく。
まずい。
このままじゃ、全然解決しそうにない。
というか、気がついたら、いつのまにか、また雪華が僕の身体にべばりついてる。
なんだか、頭が痛くなってくる。
もう、どうして、こう雪華は甘えたがるかなぁ。
確かに、僕は唯一の家族だけど、だからといって、これはない。
僕だって、いろいろと我慢した覚えがある。
というか、今思えば、まともに遊んだ覚えはない。
母さんは、毎日家事に仕事に大忙しだったし、父さんなんかは、全然帰って来なかったし。
まぁ、仕事だから当然だけど。
ていうか、仕事じゃなくて、浮気だったら、大変だ。
絶対に母さんに殺されてる。
て、そんな事を考えてる場合じゃない!!
あぁ、もう、どうして、こう現実逃避ばっかりするかなぁ。
もう、自分の小さな頃の話はお終い。
時間の無駄だし、それになんの役にも立ちそうにない。
特に、父さんなんか、一緒にいた記憶ないし。
というか、むしろ、電話だけだったし。
ん??
電話??
あ!?
その手があったか!?