第一話 銀糸の髪と琥珀色の瞳の少女
夕闇の中、雨がしとしと降る。
たいして開けているわけでもない街の通りを僕はのんびりと歩いていた。
はっきりいって、僕は歩くのが遅い。
運動神経が悪いわけではないのだけど、なぜかため息をつきたくなるほど遅い。
友達と一緒に帰っているときなんか、小走りしないと置いていかれてしまう。
それぐらい絶望的な歩く遅さなのだ。
けれど今日、それが災いした。
出かける時はさほど曇っていなかったので、傘を持たずに行ったんだけど、帰るころになって急に振り出したのだ。
おかげで近くにあるコンビニに走りこみ、傘を買う羽目になってしまった。
手痛い出費だ。
おまけに、なんだかさらに雲行きが怪しくなってきたみたいで、雷鳴まで轟き始めた。
僕ははっきり言って、怖がりだ。
雷とか幽霊とかそういうのが大の苦手な弱虫だ。
さすがに、表向きには平気そうな顔をしているんだけど、内心ではいつもびくついている。
と言うわけで、雷鳴を聞いた僕の足が速くなるのは自然な事で、ほとんど小走りになっている。
そして、ちょうど家のすぐ傍にある公園の前を通りかかったころ、不意に雨が止んだ。
先ほどまで聞えていた雷鳴もいつの間にかに止まっていた。
どうやら、通り過ぎたらしい。
そう思って、ほっと一安心した矢先
ずど~ん。
突然、轟音が鳴り響くと、目の前が真っ白になった。
一瞬、自分の体に雷が落ちてきたんじゃないかと思ったけど、体に異常はない。
じゃあ、いったいどこら辺に落ちたんだろうか、そんな疑問が浮かんでくる。
確かに、僕は怖がりだ。
けれど、それ以上に、好奇心旺盛だ。
つまり、怖いくせに幽霊屋敷とかそういったものに行きたがるタイプと言うわけだ。
そして、そんな僕だから、ついつい好奇心に誘われて、落ちた場所を探し始めてしまう。
しばらく、探してみて、すぐに公園から煙が出ているのに気がつく。
僕はそれに気がつくと同時に走っていた。
家のすぐ傍の公園だ、昔から来ているので、だいたいの場所の予想はつく。
おそらく、公園の脇にある小さな茂みのはずだ。
僕は、そこを目指して走る。
歩いていた時とは違って、そのスピードは普通の人よりも早い。
だから、目的地へとあっという間についてしまう。
そして、そこで見つけたのは……
なんと、素っ裸の少女だった。
年の頃はおそらく、14,5歳ぐらいだと思う。
つまり、お年頃の少女が公園の茂みの中で素っ裸になって倒れているのだ。
いったい、何がどうなっているんだろう。
わけが分からない、というかお手上げ上抱いた。
けれど、さすがにこのまま放っておくわけには行かない。
このまま放っておくと、肺炎を起こしかねない。
と言うか、生きているのかどうかも怪しいが。
まあ、外傷の方は見当たらない。
て、僕はいったい何をしてるんだ。
いくら素っ裸だで倒れているからって、無遠慮に見るのは失礼だ。
僕は急いで自分の着ている上着を脱ぐと、彼女にかぶせる。
そのためには、近づかないといけなかったのだが、近づけば近づくほど、動悸が早くなっているのが分かった。
と言うか、年頃の男の子にこんなシチュエーションは拷問以外なんでもない。
僕は必死に暴走してしまいそうな理性を押さえつけると、そっと彼女を抱き上げる。
いつまでもこんな所にいさせるわけにも行かない。
まあ、この少女を起こせばいいだけのことなのかもしれないけど、ちょっとやそっとでは起きそうにない。
それに、もし、こんなところで起きられて、悲鳴を上げられでもしたら、その瞬間に僕は性犯罪者だ。
さすがに、それだけは勘弁して欲しい。
それを考えると自分の家に連れて行くのが、たぶん無難だと思う。
彼女を抱き上げた僕は、極力自分の腕に感じる感触を無視して、視線も彼女のほうにだけはむかわせないようにした。
向けば、絶対に釘付けになってしまう。
それほど、彼女の肢体は艶やかだった。
まるで月光のように淡く輝き、流れるように波打つ銀糸の髪。
白磁器のように白くきめ細やかな肌。
そして、熟れ切っていない少女特有のなだらかな双丘。
かすかに薫る甘やかな香り。
はっきり言って、今まで見たことないほど綺麗な少女だ。
そんな、少女が今僕の腕の中にいるのだ、視線が釘付けになるのは当然だし、もし理性の壁が崩れたとしても、同じ男だったら、みんな頷いてくれるはずだ。
だけど、だからといって、素直にそれをするのもはばかれる。
と言うか、やっぱり、するならお互いの了承を得ないと嫌だ。
そういう僕を友達はかわいいと言うが、僕にしてみれば、当然のこと。
やっぱり、女の子だって、無理やりって言うのはいやだと思うし。
と言うわけで、半ば無理やり、意識を公園へと移し、歩き始める。
その度に彼女の体がぐらつき、バランスが崩れそうになる。
俗に言うお姫様抱っこて言うのは、実は男側にしてみると、すごく辛い。
しっかりとバランスが取れれば、比較的楽だけど、うまく取れないと、すごく重く感じてしまう。
たとえ、それがすごく軽い人でもだ。
しかも、今、僕の腕の中にいる彼女は気を失っている。
つまり、体が完全と弛緩してしまっているため、さらに重い。
バランスだって、自分で取るしかない。
よって、酔っ払いのようにヨチヨチと千鳥足に成るのは当然のことで、なかなか進まない。
しかも、ここは茂みの中、舗装されている道ではないので、石とかがあって、躓いてしまう。
それでも、僕は必死になって、こけないように歩いていたが、もともと非力な僕には長時間抱きかかえる事など無理で、茂みの中であっけなくこけてしまう。
せめてもの救いは、彼女を放り投げたりしなかった事だけど、それが逆に災いしたらしく、彼女の上にのしかかるようにして、倒れてしまった。
それに気がついた時には、頬が厚くなった。
自分でも顔が真っ赤になっていることが分かる。
僕は慌てて、彼女の上からどこうと思って、転がるようにして、彼女の脇に腰を落とそうとする。
けれど、うまくいかない。
まるで何かが僕の服を引っ張っているように感じる。
いや、たぶん本当に引っ張っているんだろう、極力彼女のことを視界に入れないようにして、自分の服を見てみると小さな手がしっかりと僕の服を掴んでいる。
ん?
小さな手?
一瞬のタイムラグのあと、それの意味する事に気がついた僕は、恐る恐る彼女の顔を見た。
彼女は気がついていた。
どうやら、先ほどのショックのせいなんだろうけど、気がついた彼女がじっと僕を見ている。
もちろん、僕も彼女の事を見ているんだから、目があう。
彼女の眼は綺麗な琥珀色をしていた。
まるで糖蜜酒のようだ。
と、思わず馬鹿な考えが浮かんでくる。
というか、そんなことよりも、まず説明する事が大事だ。
なんだか、さっきよりもさらに状況が悪化しているような気がしないでもないけど、しないわけにもいかない。
僕は覚悟をきめて、説明しようと口を開く。
けれど、それよりも彼女のほうが早かった。
「パパ~」
舌っ足らずな声で、甘えるようにそう言うと、僕に抱きついてくる。
いきなり悲鳴を上げなかったことに、まず一安心する。
どうやら、性犯罪者にならなくてすみそうだ。
けれど、それと同時に気がつく。
彼女の言ったことの事の重要さに。
と言うか、
「パパ――!?」
パパって、なんだよ。