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君の隣  作者: 結城
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3月14日

考えても考えても、どうすればいいかわからない。







はぁ・・・


カメラ目線ばっちりの愛らしい猫の写真を眺めつつ、ため息がもれる。

正確にいえば、眺めていたのはその横に並ぶ3月のカレンダーなのだが。

ずっと眺めていても今日の日付が変わるわけがないことはわかっているが、その行為を止める事が出来なかった。



「言わなきゃよかったな・・・」



時間は戻らないと理解しつつ、この1ヶ月、思うことはいつも一緒。

1ヶ月前からギクシャクしている幼馴染との関係を思い、また溜息がこぼれおちた。







ちょうど1ヶ月前、つまり2月14日。

いつからなんてわからない。気がつけば好きになっていた幼馴染の部屋に行った。


告白しようと思っていたわけではない。

そんなことをしたら、今の居心地のいい関係が壊れてしまうことはわかっていたから。

けど、何らかの形で自分の気持ちは表現したくてチョコレートは手作りにした。

料理なんてほとんどしたことがないのに、だ。


冗談めかしながら、『いつかできる彼氏のための練習』とでも言って渡すつもりだったそれ。

ただ食べてもらえるだけでよかったそれを、とんでもない告白とともに投げつけて逃げ帰ってきたことは、甘いチョコに溢れるバレンタインには相応しくない苦い思い出として刻まれている。


唖然とした高哉の顔を思い出して、また胸が痛くなる。

冷静沈着という言葉を体現したような高哉の普段はお目にかかれない表情は、思いもよらないことを言われたと物語っていた。


『ずっと一緒にいる私が高哉を好きなのだから、もしかしたら高哉も』なんていう願望は、所詮夢物語。

高哉は私のことを幼馴染としてしか見ていないし、これからも見てくれることはないだろう。

もしかしたら、もう幼馴染としても見てくれないかもしれない。

高哉に告白した女の子たちがこっぴどく振られていることは噂で聞いている。


幼馴染としてすら、高哉の隣に立つことができない。

そう宣告されるのが怖くて、この1ヶ月高哉を避け続けている。

決定的な言葉を聞かないように悪あがきしている自分に、また溜息が洩れる。



「はあ・・・」


「溜息をつくと幸せが逃げる」



背後から聞こえた声にぎょっとする。

いつも近くで聞いていた、けれど1ヶ月間ずっと聞けなかった声。



「そう言ってたのはお前じゃなかったか?」



テスト前に泣きつく度に、呆れたように溜息をつく高哉に言ったこと。

その言葉に更に溜息をつかれたことすら懐かしく感じる。

振り向けば、いつもと同じように呆れた顔した高哉がドアに寄りかかっているのだろう。


けど、その表情がいつもと違っていたら?冷たい目で見ていたら?

そう思うと振り向くことができない。



「・・・ノックぐらいしてよ」


「お前と一緒にするな。俺はちゃんとノックした。それに気がつかないくらい何を考えこんでた?」


「・・・っ」



見透かされている。

避けていたことくらい、高哉は気づいていただろう。

いつも纏わりついていた私が一切近寄らなかったんだから。

その上で、わざわざ私を訪ねてきて、この質問。

高哉の意思が感じ取れた。


誤魔化される気はない、と。



「俺が何をしに来たか、わかってるよな?」


「・・・・・・・・・」


「答えを持ってきた。1ヶ月前の」


「聞きたくない・・・!!」



淡々とした高哉の言葉に、耳を塞いで叫ぶ。

聞いたら終わってしまう。高哉の傍にいられなくなる。

その隣に他の誰かが立つのを黙って見ているなんて、絶対にいやだ。


零れそうな涙を堪える為にギュッと目をつぶっていると、コツンと頭に軽い衝撃を感じた。

頭に何かがのせられている?


いつの間に近くに来たのかとか、人の頭に何をのせたんだとか、ただでさえぐちゃぐちゃの頭の中が疑問で埋め尽くされる。

しばらく待っても退かされることのない頭上のそれに恐る恐る右手を伸ばしてみると、小さな正方形の箱が乗っているのだと理解できた。



「やる」



手が離れた右耳から高哉の声が飛び込んでくる。

端的に伝えられたその言葉にホワイトデーのお返しなのだろうと予想するが、意味がわからない。


今から振る相手に、なんでプレゼントなんて渡すのか。

幼馴染だから気を使ったのかもしれないが、そんなことをされたら余計に惨めになるだけだ。

きっと捨てることもできず、しばらくはそれを見る度に泣くだろう自分が容易に想像できて悲しくなってくる。



「・・・いらない」


「せめて開けてから決めたらどうだ?中身、朱音が欲しがってた物だから」



何が欲しいかなんてことを高哉に伝えたことがあっただろうか?

昔はあれが欲しいこれが欲しいと笑いながら会話をしていたけれど、高哉のことを意識しだしてからはそれもなくなった。

まるで高哉に強請っているように聞こえないかと心配になってしまったのだ。

だからここ1年、高哉とそういう話をしたことはない。


当時と比べて好みも変わっている今、高哉が何を買ってきたのか気になった私は頭の上に乗った箱をそっと下ろした。

ホワイトデー用のラッピングだからか、女の子に贈るには可愛げのない白い箱にブルーのリボンも、贈り主が高哉だと思うと、そのらしさに笑ってしまう。


ひいた途端はらりと解けたリボンを机の上に置き、箱のふたを持ち上げる。

白い箱の中に見えた透明感のある緑に呆然とする。



「なんで・・・?」


「なんでって、おまえの欲しかったものだろ?去年くらいまで赤系統の物ばっかり集めてたと思ったけど、最近少し落ち着いてきたな」



確かに、昔は女の子らしいものが好きだった。

もちろん今でも好きで、部屋にある小物は赤系統の方が圧倒的に多い。

けど、落ち着く色合いの物も好きになって、シャーペンとか本当に小さな小物に赤やピンク以外の色が増えてきた。


今、手の中にあるこの緑も友達と買い物に行ったときに見かけたもの。

けど、簡単に手が届く値段ではなかったから、お小遣いが溜まってから買おうと思っていた4つ葉のクローバーのネックレス。


葉っぱがガラスではなく緑水晶でできているためか、気軽に買える値段ではなかったはずのそれを見つけたのは3カ月ほど前。

もちろん、高哉に言ったつもりはないし、一緒に買いに出かけた友達と話したこともなかったはずなのに。



「・・・私、これが欲しいなんて言ってないのに」


「一緒に出かけるたびに、これを売ってた店のディスプレイ見てたろ。無意識だろうけど」



高哉と一緒の時に店の前で足を止めた覚えはないけれど、目で追ってしまってたのだろうか?

けど、この3カ月で一緒に出かけた回数なんて片手の数で足りるほど少ないのに?

それなのに、気が付いてくれたの?



「いつも見る場所が同じだったからな。これで間違いないだろうと思った」


「・・・よく、わかったね」


「当たり前だろ、何年一緒にいると思ってるんだ。お前の考えくらいわかる」



どこか得意げな響きに、後ろに立っている高哉を仰ぎ見た。

上がった口元に綻んだ目元、親しくなければわからないほど僅かな表情の変化だけれど、高哉の自信が見て取れた。


自分の予想が外れていなかったことに満足して綻んでいた目元が、すっと真剣な光を帯びる。

その変化すら親しくない人は分からないだろうに、ずっと高哉を見続けてきた私は、ついに最後通告を突きつけられるのかと悟ってしまう。



「・・・もちろん、この一ヶ月何を考えて俺から逃げていたのかもわかっているつもりだ。それを踏まえた上で、俺がそれを用意した意味、ちゃんとわかってるか?」


「・・・幼馴染だから?」


「半分正解、半分はずれ」


「半分・・・?」


「幼馴染だから冷たく振るのは申し訳ないと考えた、とか思ってるだろ。俺は自分に不必要だと思ったら幼馴染でも容赦なく断るよ。だから、半分ははずれ」



言っている意味が良く分からない。

高哉のように推理小説を好んでいれば別かもしれないが、漫画を読むことさえほとんどない私には高哉の言いたいことが理解ができない。



「けど、幼馴染じゃなければ、朱音は俺の横にいなかっただろうから、半分は正解なんだ」


「・・・よくわからないんだけど」


「この上なくしっかりと伝えているつもりだけどな」



怪訝な顔をしているだろう私に、高哉が笑って言う。


理解できていない私を面白く思っているのだろう。

私をからかう時の表情と似ているが、どこか違う気もする。

目がいたずらに輝いているのは同じなのに、普段は馬鹿にするように上がる口元が、今は微笑みの形を刻んでいる。

確実に何か違うのに、その何かの理由がわからない。



「まあ、朱音はそのままの方がいいか。察しがいい朱音なんて朱音じゃないな」


「なんか、馬鹿にされてる気がするんだけど・・・」


「褒めてるよ。冷たいとか言われる俺の横にいるんだから、少し抜けてるくらいが釣り合いが取れていいだろ」


「・・・・・・・・・は?」


「だから、お前はそのままでいいんだよ。またテスト前に俺の部屋に飛び込んで泣きついてこい。そんなことできるのはお前だけだろ」



ポカンとする私に、高哉がニッと笑う。


何がどうしてこうなったのかはよく分からないが、これからも高哉の横に立ち続けていいらしいことはわかった。

予想外の事態に混乱していた頭が状況を理解しだし、じわじわと喜びが広がる。


高哉が私と同じ気持ちなのかはわからないけれど、明日からも横に立っていいとわかったから。

口に出して言ってくれたということは、その場所は私の物だと高哉が認めてるということだと思うから。

その場所にいていいということは、少なくとも今は、誰かに奪われる可能性は低いんだと理解できたから。


高哉の言葉一つでこんなにも心が軽くなる。

自分でも単純だと思いつつ、口元が上がるのは止められない。


きっと、私の方が圧倒的に高哉のことを好きだろう。

私の好きと、高哉の好きは大きさどころか種類さえ違うかもしれない。

けど、それでもいい。私にとって、そんなことは大きな問題ではないんだから。


「そんなこと言って、実際に泣きついた時に鬱陶しがったって、離れてあげないんだからね!!」


一番近くにいれるなら、形なんて何だっていいんだから。

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