2月14日
あいつはいつも、嵐のようにやってくる。
「高哉ー!!」
昨日、学校帰りに買ったミステリー小説。
好きな作家がようやく出したその新刊から目を離さず、俺は乱入者の呼び声に答えた。
「何?朱音」
「・・・客人に目もむけないって、どうなの?」
「俺には人を招いた記憶はないから」
目をむけなくても誰が入ってきたのかくらいわかる。
壊れるんじゃないかというくらい大きな音をたて、俺の部屋の扉を開けるのはこの幼馴染くらいだ。
そう思いつつ、次のページを捲った。
「かわいい幼馴染にこの仕打ち・・・」
「・・・・・・・・・」
「無視しないで突っ込んでよ!虚しいでしょ!!」
白と黒の世界に鮮やかなオレンジがが飛び込んできた。
本を取り上げられたらしく、視線を上にあげれば、よく知る顔が睨んでくる。
どうやら読書を続けることは不可能らしい。
「で?」
「でって?」
「何か用事があるんだろ?何?」
どうせ数学の宿題が出来ないとか、そんなことだろう。
理数系が壊滅的に苦手な朱音はいつも泣きついてくる。
「・・・用事がなきゃ来ちゃだめなの?」
「は・・・?」
「だから、用事がなきゃダメなの?」
自然と溜息が漏れてしまう。
昔から単純明快な思考回路だったはずなのに、最近はこういうことが増えてきた。
何がしたいのか、さっぱりわからない。
「来るだけならダメとは言わない。ただ、理由がないのに人の邪魔をするのは感心しない」
読んでいたのはミステリー小説。しかもちょうど謎解き部分。
自身が構築した仮説と答え合わせをしていたところを止められるのは、気分が悪い。
黙り込んだ朱音の手から本を取り戻し、その世界にもう一度浸ろうと試みる。
放っておけばそのうち帰るだろう。
「・・・なんだもん」
小さくつぶやかれた言葉。
いつもうるさい朱音の声が聞き取れないことなんて滅多にない。
言いたいことがあるなら言えばいいのに。
何かを押し隠すような表情も、声音も、気に入らない。
昔のように遠慮なく何でも言えばいいのに。
せっかく取り戻した世界に浸ることもできず、イライラする。
「言いたいことがあるなら言ってくれないか?ずっとそこにいられると気が散る」
苛立ちを隠しもせず、もう一度オレンジに目を向けた。
いつものように真っ赤になって怒る顔を予想していたのに、そこにあったのは、唇を引き結んだ何かを堪える顔。
見たことのないその顔に、俺は唖然とした。
「・・・・今日はバレンタインだから一緒にいたいって思ったんだもん!!」
泣くのを我慢するように睨みつけ、一息に言いきった朱音の言葉が理解できない。
「高哉がなんとも思ってないことなんて知ってるよ!それでも、今日は一緒にいたいって思ったの!」
何を言っているのかは分かる。
だけど、理解ができない。
何も言わない俺にしびれを切らしたのか、朱音はさらに唇を噛みしめた。
「・・・もういい!高哉の馬鹿!!!」
手に持っていたピンクの紙袋を投げつけて、飛び出していく。
来たときとも騒がしければ、帰る時も変わらず騒がしい。
「いや、そうじゃないだろ・・・」
騒がしさなんて今はどうでもいい。考えるべきは朱音の言動と行動だ。
投げつけられた紙袋を覗きこめば、不格好な包みが顔を見せた。
どうやら自分でラッピングしたらしい。
左右非対称なリボンを解くと、甘い香りがふわりと広がる。
「不器用なくせに、手作りか」
ラッピング同様、不格好なトリュフ。
それを一粒摘み、口に投げ入れる。
「甘すぎ・・・」
チョコレート特有の甘みにコーヒーがほしくなる。
そう思いつつ、俺はもう一粒手に取り、口に運んだ。
「まいったな・・・」
思わずため息が漏れる。
もちろん、思うのは目の前のチョコレートの甘さではなく、投げつけてきた朱音のこと。
いつも俺の後をついてきて。
いつも俺の部屋に入り浸って。
いつも俺に喧嘩腰で絡んできて。
いつまでも変わらないと思っていたのに、あの顔は反則だろ。
「どうするかな・・・」
口に出しつつも、頭はもう答えを見つけている。
目に鮮やかなあのオレンジが、新しく買ったであろうワンピースだってことは気がついていた。
それがわかるくらい、朱音のことを把握している俺がいることに気がついてしまった。
そんな俺が見たことがなかった朱音の表情。
あんな顔をもするのかと驚くと同時に、胸に広がった苦い思い。
まだ見たことがない朱音がいることに対する焦り。
朱音を把握しきれていない自分に対する苛立ち。
朱音に対する独占欲に気がついてしまった。
「朱音に気づかされるなんて癪なんだけどな」
頭に入ってこない世界を閉じ、天井を仰ぎ見る。
朱音の全てを把握したいと思う俺は、間違いなく独占欲が強い。
俺自身でさえ始めて知ったのだから、朱音はそんな俺を知らないだろう。
けど、自覚させたのは朱音だ。
今頃部屋に閉じこもって、自分の行動に慌てているであろう朱音を思いながら、俺はこれからのことを考えて笑みを深めた。
「明日からが楽しみだ」
自覚させた責任は取ってもらう。