玖:約束
私の言葉を受けたロウと緑羽が愕然とし、止めようとしてきたが、私はそれを遮った。
「私は大丈夫! 一旦退いて! 必ず戻るから!」
玄黎は、私を置いて行けと言った。ずっとここにいろとは言っていない。
今はとにかく、ロウたちを鬼ヶ島から撤退させて、それからもう一度対策を練るべきだろう。
「聞き分けがいいな……そういうことだ。お前たちは去れ」
玄黎は軽く右手を振るう。
と、岩山の上の方の一部が崩れて、ロウと緑羽目掛けて岩が転がり落ちてきた。
「っ! 一旦退くぞ! 月子! 必ず迎えに来るからな!」
ロウはそう叫ぶと、緑羽を促して去っていった。
「……何故、私を置いて行けだなんて言ったの?」
私が改めて玄黎を見上げると、彼は不思議そうな顔をした。
「ああ? 俺はお前に惚れたって言っただろ。惚れた女の仲間を殺すのは俺だって本意じゃねえ」
「ほ、惚れた?」
美しい、敵対したくない、先程はそう言っていたが、その気持ちについて名言はしていなかった。
唐突に告白され、流石に驚く。
顔が火を吹いたように熱くなるのがわかった。
よく考えたら、前世も含め今の世界でも、まともに告白されたのは始めてだった。
「ああ。だがアイツらもお前に惚れてんのがすぐにわかった。だから引き離した」
「ええ? そんなこと……」
ロウはそれっぽいことを出会った当初から言っていたが、どこまで本気なのかはわからなかった。緑羽にいたっては彼から恋愛的な意味で好意的な感情を向けられていると思ったことは一度もない。
否定しようとして、彼の目を見て言葉を呑み込んだ。
彼が嘘や冗談を言っている様子ではなかったから。
代わりに話題を逸らすことにする。
「……私がここを出ると言ったらどうするの?」
「お前が俺を嫌いだと言うなら仕方ねぇ。惚れた女に無理強いするようなことはしねぇよ」
意外と話がわかるらしく、ほっと安堵する。
「ただ、俺のことを何も知らねぇのに嫌われんのは納得できねぇ」
「じゃあ、どうしろって言うの?」
「まずは十日、ここにいろ」
「十日でいいの?」
「ああ。十日の間に、俺がお前を惚れさせる」
「惚れなかったら?」
「そん時は帰っていいぞ」
随分あっさりと認めるんだな。いや、絶対に惚れさせられるという自信の表れか。
「その時に私の仲間に手を出したりしない?」
「ああ、そのお仲間がここに攻めてこねぇ限りはな」
それはかなり好条件ではないか。
とりあえず十日を過ごして玄黎の求愛を蹴り、ロウたちの元に戻って、対策を練り直せばいい。
もし、どうしても鬼退治ができないという判断になるなら、致し方ないが帝の手が及ばないところへ逃げればいい。
それなら誰も傷付かずに済むのではないか。皆故郷には帰れなくなるが、処刑されるよりはマシだろう。
よし、その作戦でいこう、そう決めた直後、玄黎の腕が私の腰に回された。
「っ! な、なに……?」
「ああ? 手っ取り早くお互いを知るには体を重ねるのが早ぇだろうが」
さも当然と言わんばかりの玄黎に、私は慌ててその胸を押しのけ、首を横に振った。
「だ、ダメよ! 人間の世界じゃ体を重ねるのは祝言の後って決まりが……!」
それは半分嘘だ。
確か平安時代には男が女の寝所に忍び込んで夜這いするという、女からしてみれば恐ろしい文化が存在していたはず。
既成事実から婚姻に持ち込もうとするのは、前世の世界ともあまり変わらないかもしれない。
しかし今はとにかく、玄黎からの欲求を退けるのが先決だ。
「それに! 自分のことを知れって言うなら、まずは言葉を交わすべきでしょうっ!」
「ふぅん? 人間は随分と回りくどいことをするんだな……まぁ、お前が人間かどうかはさておき、人間として育ったと言うのならその文化は尊重しよう」
玄黎は意外とすんなり受け入れてくれた。
見かけによらず、優しさも持ち合わせているようだ。
しかし、情に絆されてはいけない。
彼ら鬼が人間を襲っていること、玄黎がその頭領であることは変えられない事実なのだ。
彼らが約束を守ってくれる保証など、どこにもない。
しかし、何故か彼の黄金の双眸を見ていると、彼のすべてを信用してしまいそうになる。
「……よし、じゃあ、まずは座って」
私は手ごろな岩に腰掛け、彼にも隣に座るよう促した。
彼はすんなり私の隣に腰を降ろし、視線を遠くへ向ける。
「……で、俺に何を聞きたいってんだ?」
「何故鬼は人間を襲うの?」
「そもそも、月子は鬼が何なのか、知ってんのか?」
質問に質問で返されて、私は口を噤んだ。
鬼とは、妖の中でも高位の存在で、強靭な肉体と妖力を有していると、緑羽が話していた。
見た目は人間とそっくりだが、私たちとは異なる色鮮やかな頭髪と、総じて黄金の瞳と角を有している、とも。
「鬼は妖で、強い妖力をもっていて……ええと……」
「まぁ、人間はそう思ってんだろうな。実際は、俺たちは元人間だ」
「……え?」
鬼が元人間とは、一体どういうことだ。
緑羽は、そんなこと一言も言っていなかった。
「俺たちは皆、罪を犯して堕とされた存在だ」
「堕とされた?」
一体誰に、そう尋ねようとして、私がこの世界にやって来る直前に聞いた声を思い出した。
神、か。
「ああ。人間だった頃の記憶はほとんど残ってねぇけどな」
「……人間を襲うのは何故?」
もう一度問い直すと、玄黎は小さく嘆息した。
「俺たちの食糧は、人間の恐れや不安といった負の感情だ。感情を喰らうために人里に降りると、人間は俺たちを追い払うために襲い掛かって来る。俺たちは身を守るために戦っているだけだ」
「え……じゃあ……」
「人間に危害を加えるつもりは元よりねぇ。ただ俺たちを怖がってさえくれれば、な」
彼の言っていることが本当なら、鬼とは何て悲しい生き物なんだろう。
「……俺のことを話すのもいいが、俺からも質問していいか?」
「どうぞ」
「お前、今好きな男はいるのか?」
「いないけど」
それどころではない。私はすぐにでも、月へ帰りたいのだから。
そんな私の思惑など知らない玄黎は、私の答えを聞いてほっとした様子で頬を緩めた。
「……私も、多分何か罪を犯して堕とされたんだと思うわ」
「そうなのか?」
意外そうに眉を上げる玄黎。私は小さく頷いた。
「私は竹から生まれたの。お爺さんが竹を取ろうとした時に、私が出て来た……それから、そのお爺さん夫妻に育てられた……私はこれまで、陰陽術とか霊力妖力について全然知らなかったけど、緑羽……仲間から教えてもらって、ここまで来たの」
私は、帝に求婚されて、断るために旅に出たこと、その先でロウたちと出逢い、成り行きで鬼退治に行くことになったこと、全てを簡単に話した。
話を聞いた玄黎は、忌々し気に眉を寄せ、掃き捨てるように呟いた。
「……帝、か……やっぱり殺した方が月子のためのようだな」
「そんなことをしたら、貴方もただじゃ済まないわよ」
「心配してくれんのか? 嬉しいねぇ」
玄黎は茶化すように笑うと、彼は再び私を見た。
「心配なんかされたことねぇが、お前に心配されるのは悪い気がしねぇな」
にかっと笑う玄黎に、胸の奥が高鳴った。
ちょっと待て自分。鬼の頭領にときめくなんて絶対ダメでしょう。
私は即刻この世界から出て、元の世界に戻りたいのに。
そう言い聞かせても、逸る鼓動はなかなか静まらなかった。
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