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背徳聖女は今日も魔獣を討つ。皇子妃にはなりません  作者: 麦色 ろっこ


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エピソード96 晩餐の夜、忍び寄る影

申し訳ありません。

投稿順を間違えたので、投稿し直しました。

エピソード95を後から投稿させて頂いてます。

 イリーナが去った後、晩餐の席には気まずい沈黙が落ちた。


 けれど、料理が次々と運ばれてきて、ホストのチェシアレン辺境伯の挨拶が終わると、皆がいつも通り歓談しながら料理に手をつけ始めた。


 そんな中でも、殿下は真っ先にまるで何事もなかったかのように食事を始めた。


 アスパラガスのソースを気に入っただの、鴨のピュレが絶品だと言っては、ワインを口にする。


「辺境の料理もなかなかのものだな。しかし、ここでこう言うのもなんだが、宮廷の料理は格別だ。

材料も料理人も一級だからな。ジェマにも……是非味わってみてもらいたい」


 殿下は上機嫌でそう語った。

 イリーナのことなど既に記憶から消し去ったようだ。


 確かにイリーナの行いにも性格にも難はあったけれど、婚約までした相手のことを、ここまで冷淡に扱う殿下に対しては、距離を感じた。


「……わたしには、宮廷に出向く機会なんてないと思います」


「そんなことはない。僕の客人として招待する」


「わたしには敷居が高すぎます」


「そうじゃないことは、お互いに——知っているだろう?」


 殿下は婚約者になるなら敷居は高くないと言いたいのか、侯爵家の令嬢にとっては敷居は高くないと言いたいのか——どちらにしても……胸に緊張がもたらされて、料理が喉を通らなくなる。


「わたしは今の生活が気に入ってるんです。変えたいとは思いません」


「皇妃になれば、戦場以外でも力を活かせるだろう」


 殿下のその言葉を聞いて、クラウス卿が音を立ててナイフを落とした。


「……わたしは、自分の居場所は自分で決めます」


「力・を持つ身で、それは——許されることではあるまい?」


 やっぱり殿下はわたしが拒むなら、聖女だという理由で皇妃に召し上げるつもりなのだ……。


 疑念が確信に変わり、身体が強張った。


「もちろん僕は君が——自分からそこにいたいと望むように、してみせる自信はあるし——」


 なおも言葉を続けようとする殿下を制するように、クラウス卿が口を挟んだ。


「殿下、あまりに自分本位に接していると、女性に嫌われるだけですよ」


 殿下はクラウス卿の口出しを聞いて、不快げに顔を顰めた。


「——ふん、知ったふうなことを。クラウス卿は女性には奥手なほうだとチェシアレン辺境伯に聞いたぞ?

僕に指南できるほど経験を積んでいるとは思えないが?」


「それでも、殿下ほど無神経じゃないだけましです」


 クラウス卿の、臣下としては随分無礼な言いように、殿下は鼻白んだ。


「……僕が無神経だと? どの口が言うんだ?」


 わたしはクラウス卿の肩を持つべく口を開いた。


「クラウス卿の口と、ついでにわたしの口もです」


 殿下はムッとしたように眉根を上げながらも、率直な言葉にそれほど怒ってはいないようだ。


「なっ……ジェマ、君は時々凄く失礼だぞ」


「存じてます。だけど殿下の婚約は解消されたのかもはっきりしない状態なのに、わたしを新たな次の相手として考えられるのは、無神経だし、時期尚早というものでは?」


「うっ……だが——それで手をこまねいていては……」


 殿下はチラッとクラウス卿を見やってから、不満気に口をつぐんだ。


 そうだ、こうして殿下が嫌がるような物言いや、振る舞いばかりしていれば、わたしは嫌われるだろう。


「殿下は無神経で鈍感です。なのではっきり言いますけど、わたしは疲れてるんです。食事に集中させて下さい」


 さすがの無神経な殿下もここまで言われたら、怒るだろう。しめしめ……。


 今後の見通しが立った気がして満足したものの、そんなわたしを隣で優しく見つめているクラウス卿にまで、キツい性格だ、と感じられたら嫌だな……と思った。


「ジェマ、部屋まで送ろう」


 いくぶん元気がなくなった殿下が言い出した時も、わたしはそっけなく断った。


「普通、食事が終わったら、男性同士はスキピー酒でも飲んでカードゲームに興じつつ、親交を深めるものです」


「別に必ずしもそうしなければ、と決まっているわけではないし、特に辺境は自由だと聞く……」


「ほら、辺境伯様も手ぐすね引いて待ってるご様子ですよ〜? わたしは部屋で女子会でもしてから寝るつもりです。じゃあ、お休みなさい」


 クラウス卿も何か言いたそうだったけど、殿下の手前だからか、「お休み」とだけ口にした。


 だけど席を立ったものの、ニノもヘンリエッタも同じテーブルを囲んだ団員達との話でまだ盛り上がっているようだ。


 今日は正直かなり疲れていて、食後の散歩をする気にもなれないし、女子会よりも眠気に誘われる。


 先に一人で部屋に戻ることにした。


 部屋に戻ると、不審者が入り込まないように、部屋の鍵をかけた。


 白いリネンのシュミーズ姿になり、ベッドに横たわると、枕元の燭台の火を消した。


 イリーナの怖ろしい目つきを思い出したけれど、今の魔力量では防御結界も張れない。


 もう少ししたら、晩餐が終わってニノ達も部屋に戻ってくるだろう。

 そうしたら防御結界を張ってくれるようにお願いしよう——そう思っていたのに、気付けばすっかり寝入ってしまっていた。


 後から思えば、聖力でも結界を張れたはずだった。

 ——だけど、その時は思い至らなかった。


 深い眠りに落ちていた——のに、誰かに身体をまさぐられた気がして目が覚めた……。


 違和感にハッと身体を強張らせると、手首に重く冷たい物が嵌められている。


 ——これは、手枷? 冷たい鉄が肌を締め付ける。

 ラヴォイエールの屋敷を抜け出る前夜、この手枷に拘束されて父に鞭打たれた……。あの——?


 恐怖に身体が金縛りになったかのように固まる。

 叫び声を上げようにも、口に布で猿轡を噛まされた。


 耳元で荒い息遣いが聞こえた。

 ——近い。

 だけど、顔は暗がりで見えない。


 太腿に重い身体がのしかかる。

 ——誰……?

 手足が震え、指先の感覚が遠のく。


「睡眠魔術のお陰で上手くいったな」

 低く押し殺した声。

 耳の奥で脈打つ鼓動が、やけに大きく響く。

 夜のしじまを裂くようだ。


 侵入者は他にもいるようで、潜めた声が聞こえる。


「早く殺せ! 人が来るぞ」

「ちょっとくらい待てよ」


 最後の声……。

 ——どこか聞き覚えのある声だ。


 わたしを殺そうとする人……。

 思い出すのはイリーナのあの憎悪の籠った目だ……。


 ここまで憎まれていたなんてこと——ある?

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