エピソード80 誓いと赤っ恥
この暗い谷底でひとりぼっちでいた心細さから、ソルカリスのせいで恐慌をきたしていた頭の中を切り替えようと深呼吸を繰り返した。
「戻ろう——」
クラウス卿はそう言うと、わたしをお姫様抱っこしてくれた。
これでやっと屋敷に帰れるのだ……。
クラウス卿はわたしを抱えたまま浮上していく。
眼下には、果てしなく積み重なって見えた岩壁の岩が、ごく小さい豆粒のように遠ざかっていくのが見えた。
そして、あっという間に傾斜の緩い、悪党達のいる地点まで戻ってきた。
降り立ったわたしの姿を見た彼らの表情は、強張り引き攣っているようだ。
そんなに怖がらなくても……。
それではまるで——ソルカリスに捕食されそうになった時のわたしみたい。
失礼な話だ。
わたしなんて、ソルカリスに比べたらかなりの平和主義者だし、清らかで穏やかな乙女なのに、と思う。
「そ、その人です! 恐ろしい——“じゃんじゃん暴力魔術師”は……」
「俺らが言った通りでしょう? 居場所を教えたんですから助けてくださいよ」
だれが暴力魔術師だ!
「あんた達、いたいけなわたしを取っ捕まえて、穢らわしいことをして売り飛ばそうとした癖に、なにが暴力魔術師よ。まだ反省が足りないみたいね?」
腕まくりしながらぎろりと睨む。
「ひぃ〜〜〜、すいません。もう言いませんから」
全員が口を揃えて言った。
「穢ら……売り飛ばそうと、した——だと?」
隣に立つクラウス卿の低い声が聞こえた。
彼の背後に焔が立ち上がる幻影が見えたのは気のせいだろうか?
一瞬、盗掘者達を包むような稲光が見え、雷鳴が聞こえたのも、焦げた臭いがするのも、彼らが瀕死の状態で痙攣して見えるのも、気のせい——かな……?
わたしが怪しんでいる隣で、クラウス卿が頭を掻きむしり、土を蹴っていると、ミュゲルが息を切らしながら、やってきた。
かなり取り乱した様子で、目は充血し、髪もボサボサだ。
「……ジェマ様、——ご無事でよかった! 見つけて下さって、本当に感謝します、クラウス卿」
他の団員達もわたしを捜索してくれていたみたいで、次々にあちこちから駆け寄ってくる。
「戦乙女、ご無事でよかったです」
「心配したんだぞ」
皆がわたしを心配してくれていたようだ。
申し訳なく思いながらも、ありがたい気持ちに胸が熱くなる。
「皆さん、ご心配をおかけして、本当にすみませんでした!」
深く頭を下げて謝った。
クラウス卿は不機嫌な様子でずっと黙り込んでいたけれど、盗掘者達を指し、部下の一人に顎をしゃくった。
「こいつらを連れていけ」
クラウス卿には約束を破ったことで叱られると思ったけれど、まだ今のところ言葉で何か言われたわけではない。
だけど悪党達のせいで、クラウス卿の機嫌がさらに悪くなったのは確かだ。
迷惑な話だ……。
まったく彼らは最後までろくなことをしない。
「ジェマ、屋敷までひとっ飛びしていくぞ」
クラウス卿がボソッと呟いた。
へっ……? 飛び?
「……屋敷まで? かなりの距離がありますよ?」
「大丈夫だ。途中で落としはしない」
「いえ、遠慮します。わたしは馬で帰るので」
嫌な予感しかしない。きっぱりと固辞した。
だというのに、クラウス卿は無理やりわたしの首根っこを掴むと、脇に挟み込んだ。
なんだ、これは……?
はたから見れば、まるで子供がやらかして、とっ捕まったようじゃない?
「何するんですか!? 離してください!」
必死に拒んでいるのに、怖い顔をしたクラウス卿にとっ捕まったまま浮遊させられた。
お姫様抱っことは大違いの、荷物のような扱いで——そのまま運ばれる。
嫌だ〜! やめて〜!
下から皆が見上げてる。恥ずかしい……。
戦乙女の威厳が……。
「こ、これは罰……ですか?」
ジタバタ暴れてもがくわたしを、軽々と脇に挟み込んだまま運んでいく——冷酷なクラウス卿の横顔を恨めしそうに見上げる。
「そう思ってくれていいぞ? 次からこんな真似を絶対にしないと誓うならな。誓わないなら、また別の罰を用意しよう」
「誓う! 誓いますから……離して」
「今、離してもいいのか?」
「…………」
くっそ〜!
下から団員達がこちらを指差しているのを、頭に血が上ったまま見下ろす。
今日の、この情けないわたしの姿を皆が早く忘れてくれますように——。
特級魔術の精神干渉魔術が使えたら、記憶を操作できるのにな。
現実逃避したまま、そんなとりとめのないことを考えていたら、あっという間に辺境伯邸の門が視界に入った。
門番達もこちらを指差しているのが視界に入った。
とほほ……。
クラウス卿め、よくもレディーにこんな赤っ恥をかかせてくれたわね。




