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背徳と呼ばれた令嬢ジュディリスは、聖力と魔力を併せ持つ大聖女の器でした  作者: 麦色 ろっこ


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エピソード7 思いがけない贈り物

 司祭棟の小広間に面した中庭で、ロイがお祖父様と向かい合い、木剣を構えていた。


 わたしは少し離れたところからそれを見守る。


 張り詰めた空気を破るように、ロイが覇気を込めて宣言した。


「今日こそ一太刀浴びせてやる」


 ロイは低く構え、足元の砂を蹴る。木剣が風を切り、ひゅっと鋭い音が聞こえる。


 彼の身体はしなやかにひねられ、稲妻のような速さで斜め下から師匠の脇腹を狙った。


 が、熟練の剣士の動きには一片の迷いもない。軽く後ろへ体を傾けるだけで、ロイの刃は紙一重で空を切る。


「焦りは命取りになるぞ」


 お祖父様の木剣がゆるやかに払われた。


 瞬間、周囲の空気がびりっと震えた。剣気と魔力が混じり合い、まるで夏空に稲光が走ったかのように眩い。


 わたしは思わず息を呑んだ。

 剣を握った本気のお祖父様の姿に威圧される。


 けれどロイの瞳は萎縮するどころか楽しげだった。


 挑発に応じるように跳躍し、木剣に赤い光を纏わせる。刃が炎の道筋を先導するように弧を描いてきらめき、頭上から振り下ろされた。


「あっ……!」

 目を見開いたわたしの前で、お祖父様の肘が鋭く突き出される。


 胸を突かれたロイは倒れた。


「大丈夫——?」


 走り寄ろうとするわたしを横目に、お祖父様は厳しい顔つきのまま心配する様子もない。


「この程度は大丈夫だ」


 治癒の力を使おうと聖力をマナの流れに乗せていたけれど、お祖父様の言葉を聞いて、力を霧散させた。


 あまり頻繁に治癒の力を使うのも、ロイの集中力や緊迫感を削いでしまうのかもしれない。

 

 倒れていたロイは、深く息を吐くと、剣を握って立ち上がり、身体についた砂埃を払った。


 頬や手の甲に擦り傷ができているようだけれど、気にする素振りはなく、挑むようにお祖父様を見つめる。


「よし、では今度は魔術戦に切り替えるぞ」


 お祖父様がそう言って木剣を投げ捨てると、ロイも剣を置く。


「口から深く息を吐き、鼻から空気を吸い込む、そうだ……深い呼吸を続けていき、目を瞑って心を落ち着けろ」


 ロイが集中した頃を見計らうように、お祖父様が次の指示を出す。


「扱うマナが多いほど、制御するのが難しくなる。その制御方法を身につけるんだ。よく見ていろ」


 そう言って、お祖父様が両掌を向けた先の空間に光魔術で白く発光する球体を作り出した。


 その光球はどんどん周りの空気を吸収して大きくなっていく。この場の空間が震えるのが感じられる。


 この光球がもしも弾けたら、どれほどの威力があるか、そう考えると身体に緊張が走る。


「お祖父様……、これ以上は———」


 怯えから思わず声を出しかけたものの、次の瞬間から、光球は内包したマナを放出して縮小していき、みるみるうちに消失していった。


「凄いわ……、完全に掌握していたのね」


 次はロイの番だ。

 彼の手のひらからも水魔術で青く発光する球体が創り出された。


 それは渦を巻くように轟音とともに空気中のマナを吸い上げていき、一瞬で巨大な塊にまで膨れ上がる。

 空間が歪み、周りのマナが悲鳴をあげているようだ。


 本能的に感じる恐怖は先ほどのお祖父様の時の比ではない。


 お祖父様が片腕を振り上げて一瞬でロイを囲むように風の壁を築いた。長時間はもたない物理防御結界の代わりのようだ。


 この二人は規格外にも無詠唱で魔術を扱うので、魔術の判別が難しい。


 ロイは眉を寄せ、歯を食いしばっている。青い光球をなんとか抑制しようと苦心しているのに、上手くいかないようだ。


「体内のマナの流れを堰き止めようとするな。少しずつ、空気中に放出させるように意識を持っていけ」


 お祖父様の助言を聞いて、軽く頷いたロイはしばらくして、なにか悟ったような顔をした。

 同時に、青い球体が少しずつではあるけれど、縮み始めた。


 どうやらロイが制御に成功したようだ。


 ロイは凄いな……。果敢に挑戦して、武術や魔術をどんどん吸収し、高みを目指している。


 わたしもあんな風に魔術を使えたらいいのに……。


 聖女や聖職者は魔力を持たない。

 ——それが、この世界の常識だ。


 わたしのように、聖力があるのに少しとはいえ魔力まで持っているのは、かなり特異なことだ。


 それでもあんな風に、魔術を使って大切な人たちを守ることができたらいいのに……とつい考えてしまうのだ。


 お祖父様が創った光球は白、ロイの光球は青色を纏っていた。


 他に思い浮かぶ光の色は——黄色。

 雷魔術だ……。


 呪文は……なんだったっけ?


「サンダー……ボルト? サンダーボール? サンダー……」


 ぼそぼそと呟くと、手のひらから放電するような黄色味を帯びた光がチリチリと弾け出した。


 えっ……!?

 なに、これ——?

 もしかして雷魔術?


 呪文ははっきり思い出せないけれど、思わず興奮のままに叫んでいた。


「——雷球!!」


 その瞬間、少し前に感じたのよりも、強烈な痺れが手のひらから腕に伝わって、身体の芯からの熱い痺れに繋がっていく。


 こんなの……知らない。

 マナが……身体中のマナが凝縮されていく感じ——。


 手のひらから黄色く発光する球体が現れて、浮き上がる。


 驚愕のあまり、足が震え、咄嗟に声も出なくなる。


「……こ、これ——って、も、もしか……して——?」


 声が咽喉に張り付いて、囁きにしかならなかったのに、ロイが聴きとっていたようだ。


「ジュ……ジュディー! それは雷球じゃ——?」


 茫然としたロイが、こちらを見て固まっている。


 直後にお祖父様の鋭い声が飛んだ。


「ロイ! 黙れ、興奮させると……」


 興奮……? こ、興奮してしまうよ。そりゃあ……。わたしが雷球を……発動しちゃっているんだから。


 わたしの興奮が大きくなるにつれ、雷球がどんどん膨らんでいく……。

 えっ、どうしよう——。このままだと……。


「危ない、ジュディー。気持ちを鎮めるんだ」


 気を取り戻したようにハッとしたロイの顔が青ざめる。


「そ、……そ、そんなこと言ったって……。雷球、雷球だよ?」


 どうしたらいいの——?

 興奮が止まらない——。


「息を吐いて、ゆっくりと。マナを少しずつ身体の内から放出していくんだ……、ジュディー」


 お祖父様の落ち着いた声を聞き、必死で興奮を冷まして、息を吐く。


 身体中に充満している濃縮したマナの存在を感じる。それを少しずつ息に紛らすように外に、外に——吐いて、出して、吐いて、出して……。


 わたしにこんな魔力が発現したことを知ったら、あの父は、どんな顔をするだろう——?


 無価値な存在として、わたしを散々見下してきたあの人を、見返してやれるだろうか?


 その思いに呼応するように、胸の奥で何かが、黒く燃え上がった。


 その時、わたしの鬱屈した思いは吹き荒れるマナの渦となって、身体中から溢れ出し、目の前の光球は急激に膨張していく。


「物理防御結界!」


 お祖父様の詠唱に続き、ロイの朗々とした声が続く。


「魔術防御結界!」


 空に浮かんだ巨大な黄球は、一瞬縮んだように見えた後、弾けとんだ——。


 そこから放たれた雷撃を結界が障壁となって霧散させていく。


 それでも残存した粒子状の雷球が、わたしに襲いかかろうと舞い落ちる。


 それがわかっても、恐怖に凍りつき、動けない——。


 その時……走ってきたロイが覆うようにわたしの上にかぶさった。


 迷いも、計算もなかった。

 ただ、わたしを守るためだけの動きだった。


「——っ!」

「ロイ——」


 ロイが……。

 身体を張って守ってくれている、ロイの皮膚を雷球が焦がしていく。


 ——どれだけ痛いことか、それなのにロイは——強くわたしを抱え込んだまま、動かない。


 心配と申し訳なさで急速に身体が冷えていき、熱くなった頭も毒気が抜けたように冷めていく。


 その時、お祖母様の静謐な声が耳に入る。


「巡りて満つる……」


 振り向くと、お祖母様が胸に手を当て、静かに祈りを捧げている。


「十二の芒星よ、揺らぐことなき光の環となりて、我らを護り、癒やし給え」


 その声に呼応するように、地面に淡い光の筋が走り、十二の輝点が円を描く。


 やがて星形を結んだ光は立ちのぼり、ゆるやかに回転しながら半透明の幕となって、わたし達を包み込んだ。


 聖力による結界が張られると同時に、胸を締めつけていた恐怖が和らぎ、代わりに柔らかな温もりが広がっていく。


 残存した雷撃の粒子も光に溶け込むように

消えていった。


 患者を癒す仕事を終えたお祖母様が来てくれたのだ。

 助かった……。


 ロイはばたりとわたしの前に両膝をつき、痛みを逃がそうと浅い呼吸を繰り返した。


 彼の前に屈み込み、その額に片手を押し当てる。額に滲む汗が彼の献身を伝えている。


 わたしのせいでロイが傷ついた……。


 申し訳なさでいたたまれない思いを呑みこみながら、一刻も早く癒してあげたいとマナを注ぎ込む。

 

「慈愛の光よ、痛みを取り去り、安らぎを与え給え——」


 手のひらから淡い白光が溢れ、静かにロイの身体へと沁み込んでいく。


 つい先ほど、荒れ狂う感情のままに暴力的な魔術を発現させた、その同じ手のひらから、波長の違う静謐なマナが流れ出ていく。


 自分の身体ながら、それが不思議な気がする。


 ロイの手足の皮膚のあちこちが爛れていたけれど、それが徐々に癒されていく。


 盛り上がった桃色の皮膚になり、滑らかで赤味の引いた皮膚になった時、彼の苦痛を示していた呼吸や汗はすっかり平常時のものになっていた。


「……痛かったでしょう? ロイ、わたしのせいでごめんね」


 そう囁くと、ロイは頭を振った。


「これくらい平気さ。ジュディーが治してくれるってわかってたし」


「それでも、痛いものは痛いでしょう?」


 ロイは、申し訳なさに身を縮めそうになるわたしを気遣ってか、ことさら元気なところを示すように立ち上がって言った。


「それより、凄いじゃないか。ジュディーは聖力があるのに、魔術まで。あれほどの魔術を使える者は、帝国にもそんなにはいないと思うよ」


 そこにお祖父様が歩み寄ってきた。


「ロイ、さすが私の弟子だ。ジュディーを身を張って庇うなんて偉いぞ」


 お祖父様の褒め言葉に、照れたように頭をかくロイに改めて感謝を伝える。


「本当に……ありがとう」

「いや……、大したことじゃないよ」


「私の方が近ければ、私が守ってやれたんだが……」


 お祖父様は、ぼそりと少し悔しそうに呟いた。


「お祖父様、そんなことを言いながら——本当はロイがわたしを助けてくれるって、わかってたんじゃない? 落ち着いているもの」


 わたしがそう言うと、お祖父様はバレたか、という顔をしながら話した。


「はは……、まあ私の弟子は優秀で期待を裏切らないからな。ただジュディーの魔力には驚いた。さすがにあれは想定外だったよ」


 お祖母様も、ロイの傷が癒えているか、ざっと検分するように彼の身体を確認してから感想を洩らした。


「本当だわ、まさかあんな魔術が使えるほどの魔力を発現するなんて……、驚いたなんてものじゃなかったわ」


 魔力が発現したことは、喜ばしいことだ。

 けれど、これはちゃんと扱い方を学ばなければ危険だということも、今回のことを通じて理解した。


 それに——さっきは興奮のままに父を見返してやれる、なんて思ってしまったけれど……。


 もし、この力を父が知ったら——あの人は、わたしをどう扱うのだろう。


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