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背徳と呼ばれた令嬢ジュディリスは、聖力と魔力を併せ持つ大聖女の器でした  作者: 麦色 ろっこ


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エピソード72 鼻歌と手土産

 それにしても、聖力を全く使えなかった時には諦めるしかないと思っていた力を、かなり限定的ではあっても、歌うことで使うことができるようになったことは、わたしにとって大きなことだ。


 討伐戦で力を使い果たしてしまったかもしれないとも思ったけれど、今朝クラウス卿を治癒できたことで、時間の経過で回復できることを学んだ。


 まだわからないことだらけの力を頼りにしてはいけないと思うけど、いざという時に使えたら——助けられる命があるかもしれない。


 上機嫌なわたしは気がつくと鼻歌を歌っていた。

 そうだわ、鼻歌でも力が使えたり……なんてするだろうか?


 どこかに怪我人はいないかな?

 クラウス卿みたいに自惚れの強いタイプの人以外がいいな……。

 色目を使われていると勘違いしないような人……。


 キョロキョロ周りを見回すと、中庭をびっこを引きながら歩いている人がいた——。

 あの後ろ姿は、ミュゲルだ……。


 嬉しくなって駆け寄っていって、声をかける。

 

「おはよう! ミュゲル、怪我してるの?」


「ジェマ様、おはようございます。あはは……昨日、足の裏を少し怪我してしまって」


「どうして治癒してもらわなかったの?」


 ミュゲルは頭を掻きながら、眉尻を下げた。


「だって、大聖女様もお疲れでしたし、あのイリーナ様に借りを作るのも嫌でしたし。このくらい平気です」


 そう言うと、引き攣った顔でガッツポーズをしてみせた。


 しめしめ、こんなところにちょうどいい実験体がいたとは!


 わたしは思わず頬を緩めて、鼻歌を歌い出した……。


 ミュゲルはそんなわたしの顔を口を開けて見つめたまま固まったと思ったら、急に怒り出した。


「ジェマ様、見損ないました! 怪我人を見て鼻歌を歌うなんて……」


「えっ? いや、ごめん……。怪我が鼻歌でも治癒できるものなのかと思ってさ」


 鼻歌で治るとしても、このやり方ではわたしの人格が疑われる由々しき事態になりそう……。


 ミュゲルは「なんだ、そうだったんですね」と合点のいった顔をして、足裏に意識をやるように足先を振ると痛そうに顔を顰めた。


「う〜ん、治ってないみたいね……」


 その後、あの歌を歌ってみたらミュゲルの傷は治った。魔力はそんなに消耗した感じはしない。


 あの討伐中は大人数だったし、魔力まで回復させた。使う力に比例して魔力を消耗するのだろう。


「ジェマ様、ありがとうございました。きっとジェマ様はエリタス神に選ばれたかたなんですよ。

そのうち絶対に全ての力を取り戻せる時がくるはずです」


 ミュゲルが自信ありげに言ってくれるのを聞いて、微笑んだ。


「ありがとう。そうだといいな……」


 朝食はトマーレス邸の専用サロンに用意されていて、わたしが入室した時にはトマーレス家の面々とクラウス卿、シリカ副団長とテオ副団長が既に食事をとっていた。


 わたしはポーチドエッグとベーコン、ベイクドビーンズなどを皿に取り分けて椅子に座った。


 シリカ副団長は持ち前の健啖ぶりを発揮していて、「このバブル・アンド・シークはなかなかのものです。ジェマもお食べなさい」と言って、何度目かのお代わりに席を立った。


 テオ副団長は朝はいつも食欲がなく、濃厚なコーヒーを飲みながら、シリカ副団長のテーブルに重ねられる皿を見て、気持ち悪そうな表情を浮かべて肩を竦めた。


 そこにお祖父様とお祖母様が起き出してきた。


 食べ物を取り分けると、二人はわたしの隣に座った。


「ジェマは早いな。疲れはとれたのか?」


 お祖父様に訊かれて、頷く。


「はい、まあ……(また歌で治癒できるか試してみたくて)」


 最後は小声で呟くと、トルエンデ騎士団の面々がハッとした顔をした。


「それで、どうだったの?」


 お祖母様に聞かれて、満面の笑みを浮かべて頷いた。


「よかったわね……」


 お祖母様が微笑み、副団長達は頷いた。


「テオドール、昨夜お願いした件、よろしくね」


 お祖母様がそう言うと、テオ副団長は胸を軽く叩いてみせた。


 しばらくすると、皇子とイリーナが現れて、トマーレス子爵夫人の隣の席に座った。


 起き抜けとは思えないほど、装いを凝らしたイリーナの香水の臭いに、お祖父様が露骨に顔を顰めた。


 なごやかな会話が交わされる中、マルグレッタ嬢の甲高い声が聞こえた。


「クラウス卿、もう二日ほどでも、滞在していかれてはいかがですか?」


 彼女の誘いを聞きつけた父親の子爵の方は、食べ物を喉に詰まらせたようで、咳き込んでいた。


「いえ、せっかくですが辺境領を長く空けるわけにはいきませんから」


 クラウス卿は考える余地もないといった様子で即答した。


 イリーナはクスッと笑いを溢し、クラウス卿に話しかけた。


「辺境は大聖堂から離れていますけど、クラウス卿は魔力暴発はどうなさっていらっしゃるの?」


「養父のチェシアレン伯の義理の妹御がバロイエル伯爵夫人、ミリアム聖女様なのです。

帝都よりバロイエル伯爵領の方が近いので、そちらでお世話になっています」


「そうなのですね。それでもわざわざバロイエル領までお出向きになるのも大変でしょう?

お別れする前に私が魔力抑制してさしあげますわ」


 にこりと愛想良く申し出たイリーナに、感激で声を詰まらせたのか、一瞬の間を開けてからクラウス卿が答えた。


「……それは、ありがとうございます」


 皇子がわたしに向き直って話しかけてきた。


「ジェマ嬢、この後は何か……その、明日以降という意味だが……予定でもあるのか?」


「予定ですか? トルエンデの屋敷に戻って今まで通りの暮らしを続けるつもりですけど」


「……そうか。もし——皇宮に来ることがあれば……僕が案内しよう」


「——皇宮ですか? 行ったことはありませんし、この先も行く予定はありません」


「どうしてだ? 男爵家とはいえ貴族の令嬢なのだから、デビュタントとして一度は訪れるはずだろう?」


「……諸事情でデビュタントはしていなくて。この先も皇宮を訪れる用事ができるとは思えませんし」


「……そうなのか? もし財政的な事情なら——」


「いえ、本当に大丈夫なので……」


 まずい……。これ以上追求されて、身元を不審に思われたら——。


 胸がドクンと音を立て、胃がきりりと疼いた。


「ギルベアト様、他家の令嬢の身辺のことについてはあまり——お触れにならない方がよろしいかと」


 イリーナが口を挟んでくれて助かった。

 けど、その目は憎々しげにこちらを睨みつけていて、背筋が凍りついた。


「どうして触れない方がよいと?」


 皇子が少し眉を顰めてイリーナを見た。


「それは……既に家のご事情で嫁ぎ先が決まっていて、デビュタントの必要がないのかもしれませんし、そうでなくとも、そのように首を突っ込めば、彼女はあなたが自分に関心があると勘違いしかねません。

身の程を忘れさせるようなご発言は、罪と言う他ありませんもの」


「……ジェマ嬢とは、短い時間とはいえ共に命を懸けて戦ったのだ。浅からぬ縁のように思う。

少し立ち入った話をしたくらいで目くじらを立てるようなことを言うべきではないだろう」


 皇子に不快そうに言われて、イリーナは引き攣った笑みを浮かべた。


「ですぎたことを申しましたわ。申し訳ありません……」


 皇子には素直に侘びながらも、わたしのことを睨んでくるのはやめてほしい。


 なにはともあれ、話題はそれて助かったと思うべき……?


 クラウス卿はそんなわたし達のやり取りを、何も言わずに眺めていたけれど、マルグレッタ嬢に話しかけられて向き直っていた。





 トマーレス子爵領で過ごした冬の日から数ヶ月、寒さが和らいだ頃に、アレン団長から衝撃的な発表があった。


 なんとトルエンデ騎士団員が半分に分かれて、辺境派遣騎士団との共同練兵訓練のため、長期で辺境に派遣されるというのだ。


「えっ、そんなに長い間、帝都離れてたら、恋人に愛想尽かされちまいますってー!」

「お前、ここぞとばかりに見栄張るなよ!」


 などと、軽口を叩き合う団員もいれば、「子供が生まれたばかりなんです」「母さんの体調が悪いので」などと、個々人で事情を訴える者もいる。


「安心しろ、強制ではない。だが、こことは違う環境でより強くなれる機会だ。積極的に参加して損はないぞ」


 とアレン団長は言うけど、辺境伯領といえばクラウス卿の領地でしょう?


 正直、彼とは戦闘以外であんまりご一緒したくない——というのが本音だ。


「団長! わたし居残り希望です」

「駄目だ、お前は強制参加だ!」


「な、なんでですか〜? 強制ではないって言いましたよね?」

 ジト目で団長を見る。


「それは、まあ——、手土産、的な?」

「て……て——手土産!? わたし、手土産なんですか?」


 何をさせられるんだろう……?


「あれだ、ほら、辺境つったら、聖女がいねーだろ? 教会があるから聖職者はいるけどよ」


「ああ、そういうやつですか。よかった! 露出度の高い服とか着せられたら、どうしようかと思いましたよ——、はっはっは……」


 ふふん、わたしも荒くれ騎士団で揉まれて、こんな冗談を言えるようになりましたよ。


「おお、それはいいなぁ! たまには目の保養も必要だよなぁ」


 アレン団長め、そう切り返してくるとは! と思っていたら、「いいじゃないですか、それ」「戦乙女、よろしくです」と団員達はやんややんやの大盛り上がり。


「やですよ、嫌ですってば。絶対嫌です——!」


 最近、アレン団長に遊ばれてるような気がしてならない。いつか復讐する機会がきたら覚えてろ!


 とまあ、そんなわけで、泣く泣く恋しいお祖母様としばしの間、お別れをすることになってしまったのだ。

 お祖父様は練兵訓練の指導に来たりすることもあるかもしれないけど。


 それでも二人や仲の良い仲間達とのしばしの別れは寂しい……。


 ロイとの手紙だって、所在がバレないように細心の注意を払ってるお祖父様に「直々に届けて」なんて我儘も言えないし。


 見送りに出てきたお祖母様にも、ジュディリスとしてなら抱擁してもらいたいところだけど、ジェマとしてなので、毅然と「行ってきます」と言い切った。


 辺境に行くのが半分ずつなのは、出動要請があった時のためで、今回はテオ副団長の第一部隊とガルム副団長の第三部隊の半数だ。


 居残りガルム組はシリカ副団長の指揮下に入れると大喜びしていた。

 ひっひっ……愚か者達め、浮かれていられるのは今のうち。


 シリカ副団長の鍛錬は実はかなり過酷なんですよ。


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