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背徳と呼ばれた令嬢ジュディリスは、聖力と魔力を併せ持つ大聖女の器でした  作者: 麦色 ろっこ


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エピソード69 力の価値

 その日は時間も遅いので、トマーレス邸で一泊することになった。


「いやぁ、まさか我が領地にネームド魔獣が潜んでいたとは。今日になって話を聞き及んだ時には腰が抜けるかと思いましたよ。

しかし名高い騎士様がたのお陰で枕を高くして寝ることができます」


 トマーレス子爵が笑いながら機嫌良く話す。


 お祖父様はそれを複雑な表情で聞きながら、ほぐすように肩を回し、横目で睨んだ。


「ほう……知らなかったと?」


「もちろんですとも。しかも、まさかゴブリンがそれほど大量にいたなんて夢にも思いませんでした」


「あれだけの数を、全く知らなかったと——?」


 皇子も確認するように訊ねる。


「ええ、領民が数名、いや数十名……木の実を収穫するために山に入ったまま帰ってこないと聞いて、すっかり焦ってしまいましてね。大事な領民を守るのは領主の務めでしょう?」


 皇子はすかさず切り返した。


「被害者が数名か数十名かも怪しいのか? 子爵は早とちりの性質なのか?」


「いえ……そういうわけではないのですが。とにかく慌てていたもので。報告は早いに越したことはないでしょう?」


「被害者の名簿を見せてもらおう。それと被害者家族に対する補償についても確認させてもらう」


「そ、それは……」


 後ろ暗いところがあるのか、子爵は答えを言い淀んだ。

 そして、周囲に視線を巡らしてデキャンタを持った使用人を見つけると顎で合図をした。


 ワインをどんどん注がせて皇子を酔わせようとしているのかもしれない。


 そんなことで誤魔化せるとは思わないけど。

 

 そんな子爵を見て、今度はクラウス卿が口を開いた。


「魔獣出没についての第一報は早いに越したことはありませんよ。討伐隊の準備は早く整うに越したことはないですから」


「おお、やはりクラウス卿はわかって下さるのですね」


 味方を得たかのように、トマーレス子爵は大きく頷いた。


「ただ、状況の把握に努めることも領主の義務ではありませんか? 一報の後も新たな情報を何も得られなかったと仰るんですよね?」


「もちろん配下の者を調査に向かわせましたが、ゴブリンの群れの奥にまで入り込んで、実態を探れるほどの魔術の使い手など——我が領内にはいないもので……確かなことは何もわからずじまいで」


「以前から魔獣に対する備えを怠っていたということですか?」


「い……いや、そういうことではなく……」


 また雲行きが悪くなり、トマーレス子爵は目を逸らして俯いた。


 敵の規模を探知するだけなら、優れた魔術騎士が私兵にいなくても、近隣から人員を招くだけで事足りる。


「本当に領民のためと言うなら、どれだけの人員や備えが必要か少しでも正確な把握に努めるべきでしょう?

やみくもに早く救援を、と急かすのは問題を引き起こすとは思いませんか?」


「それは……そうかもしれませんが」


 トマーレス子爵が強張った顔になったけど、クラウス卿の詰問は終わる気配もない。


「必要な人員も揃わないままに突入すればどうなるか、わかりますよね?」


「…………」


 結局、何も言い返せなくなったトマーレス子爵は晩餐に同席していた夫人と娘に助けを求めるような視線を送った。


 この席に着いた時点では、討伐依頼の件での処罰を免れよう、とりなしてもらいたい——というトマーレス子爵の考えが透けて見えていた。


 けれど、その目論見は成功しなかったようだ。


 これ以上自分の過ちを追求されないように、話題を変えてほしいという子爵の意図汲み取ったのか、子爵令嬢のマルグレッタ嬢は口を開いた。


「難しい話は置いておいても、お父様の仰るように、クラウス卿はまだお若いのにネームドをお一人で倒されるなんて、本当に素敵ですわ。

常々お噂をお聞きして憧れていましたの。わたくしにも魔術を教えて頂きたいですわ」


 マルグレッタ嬢は少し垂れ目のぱっちりした瞳と豊満な身体つきが魅力的な容姿をしていた。


 彼女は入室してきた時からずっとクラウス卿にチラチラと視線を向けている。


「すみません、日々討伐に忙しくしているもので」


 取りつく島もないといったクラウス卿の返答を聞いて、子爵夫人が口を出す。


「でも、お忙しくても将来のご夫人を探すためには、出会いは必要でしょう?

舞踏会などにはなるべくご参加された方がよいのではありませんか?」


「いや、そういった場は苦手で——」


「まあ、そうなんですの? でもご婚約者はいらっしゃらないんでしょう?」


 夫人の瞳がきらりと燭台の灯りを映したように光った。


「焦る必要はないと考えていますので」


「それはそうですわよね。クラウス卿のように素敵な殿方なら、令嬢がたが放っておきませんわよね?」


「そんなことはありませんが……」


「そうだわ。我が娘も婚約はまだなんですの。親の口から申すのもなんですが、このマルグレッタは器量良しで評判なんです」


「はあ……」


 クラウス卿の気のない返事に構うことなく夫人は続けた。


「クラウス卿、わざわざ出会いを求めて苦手な舞踏会などに参加されるまでもありませんでしたわ。

ここで我が娘に出逢ったのも、エリタス神の思し召しかもしれません」


 母親の言葉を受けて、すかさずマルグレッタ令嬢も言葉を挟んだ。


「クラウス卿、わたくし達、ご縁があるかもしれませんわね。よかったら庭園をご案内させて下さい」


「——いえ、あいにく今日は疲れてしまって。休息が必要なようです」


「まあ、それでは大聖女様に治癒をお願いしましょう。今はまだ小サロンの方で聖女候補様とお二人で騎士達の治癒に当たられていますけど……」


「結構です。このくらい、じっとしていれば治りますから」


 クラウス卿はこのまま夫人やマルグレッタ嬢の圧に押し切られるようには見えない。


 だけど、少し困惑しているようだ。


 話題を変えるのがトマーレス親子の目的だったにしても、代わりに持ち出したのが婚約の話とは……。


 戦闘後の疲労も癒えていないクラウス卿には向かない話だ。


 クラウス卿には命を救ってもらった恩もある。

 マルグレッタ嬢を連れ出してあげたら、その話題から解放されるだろうし、少しでも恩返しになるかもと考えた。


「わたし、ちょっと庭に出てみたいです。マルグレッタ嬢、よければ案内して頂けませんか?」


 だけど、マルグレッタ嬢に睨まれてしまった。


「……どうしてわたくしが? 

ごめんなさい。わたくしにはトマーレス家当主の娘として、大事なお客様をおもてなしするという、お役目がありますの」


 わたしは大事なお客様ではないお客……ということのようだ。


 まあ、しかたがない。クラウス卿も自分でなんとかするでしょう。


「では、ちょっとわたし、外の空気を吸ってきます」


 私がそう言い置いて席を立った瞬間、皇子も声を上げた。


「僕も一緒に行こう」


 皇子と二人……で?

 複雑な表情を浮かべてしまったかもしれない。

 なんの話をしたらいいんだろう——?

 

「それなら私も……」


 クラウス卿までがそう言って立ち上がると、すかさずマルグレッタ嬢もそれに続いた。


「お疲れがとれたんですの? では今度こそわたくしがご案内しますわ」


 いったい、これはどういう状況だろうか……?


 しかたなく四人で庭に出たものの、屋敷に入りきれなかった団員達があちこちに天幕を張って寛いでいて、そもそも一人になれる所はなかったようだ。


 歩き始めると、方々から声をかけられる。


「戦乙女、あの歌、凄かったっすね!」

「また歌って下さい」

「聖力で治癒するより、凄かったですね」


「はは……、また機会があればね」と笑って誤魔化した。


 一緒に闘って、トルエンデ騎士団員達と精鋭騎士団員達の壁が取り払われたのか、同じお皿を囲んで一緒に飲んでいるみたいだ。


 辺境派遣騎士団の萌葱色の騎士服の一団も料理を楽しみつつ穏やかに語らっているようだ。


「たしかに、あの歌の効果は凄まじかった。あのような現象は聞いたこともない。あれは聖力だったのか?」


 皇子にじっと探るように見つめられて、どう答えたものかと悩んだ。


「わたしにもわかりません。聖力が使えなくなってからは、魔力しか使っていませんでしたから」


「聖力の代わりに、魔力を……?」


 後ろからクラウス卿が問いかけてきた。


「……そうなんです。聖力の代わりに魔術が使えるようになったんです」


 クラウス卿は、口を開きかけては閉じるを繰り返す。なにか言いたくても言えないことでもあるかのように。


「歌というのは——?」


「幼い頃、母がよく歌ってくれた歌なんです。皆を癒してあげたいと思いながら歌ったら、なんと皆が元気になって、魔力もかなり回復したんです」


「それは凄い……やはり君は規格外な人なんだな」


「でももう一度同じことができるのかは、分かりません。残された聖力の最後の残り火みたいなものだったのかも?」


 そうだとしたら、かなり悲しいけど——と思いながら笑ってみせる。


「最後の——? 君はなんで笑っていられるんだ? 他人のためにその力を使い切ってしまったかもしれないのに……」


 皇子が不思議そうな顔をして訊ねる。


「もう同じことができないかも、と思ったら悲しいですよ? 

もう皆を助けられないのは——悔しいです。

でも後悔はしません。皆を助けられたんですから」


 皇子にはわたしの思考が理解できないみたいで、戸惑いを浮かべた眼差しで、じっとわたしを見つめる。


「その力を持っていれば、周りは自分に価値を見出し、跪いてくれる。ひいては欲しいものが全て手に入る、などとは考えないのか?」


「えっ? 皇子殿下はそんな力を持っているからといって、周りにチヤホヤなんてされたいんですか? 

——絶対嫌ですよ、そんなの」


 皇子の考え方はわたしには受け入れ難いものだ。

 逆に考えれば、わたしの考えは皇子には想定外ということのようだ。


「わたし自身じゃなくて、わたしの力が目当てで一緒にいてくれる人がいたとして、なにが嬉しいんですか?」


 皇子はわたしの言葉を聞いて目を見開いた。

 なにかに衝撃を受けたように固まっている。

 そんなに、わたしの考えかたは前衛的だったのだろうか?


「わたしは人を助けられる力が欲しいんであって、人にチヤホヤされる力が欲しいわけじゃないですよ? 力を使い切ったとしても、それで助かる人がいたのなら、後悔なんてするわけないじゃないですか」


 絶句したままの皇子は、冷徹な表情が抜け落ちた、人間らしい顔をしていた。

 その顔は年齢相応で、少し親しみが湧く。

 自然に笑みが溢れた。


 その隣でクラウス卿は急に黙り込み、なぜか不穏な空気を纏っていた。


 隣で滔々と喋り続けるマルグレッタ嬢に対して思うところがあったのかもしれない。


 クラウス卿はなにかを言いかけて、結局なにも言わなかった。

その視線だけが、やけに重く感じられた。

 


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