エピソード62 凌ぎ攻める
冬のこの地方の朝は、刺すように寒い。テオ副団長は皇子との競い合いの前に身体を温めたいと、走り込んでいた。
もちろん、今回は正式な試合ではなくても、個人対個人の実力を競う勝負なので、当人以外の支援魔術や魔道具も使えないという前提だ。
わたしにできることは……まず試合場となる、この開けた場所を整えることだ。
防御結界を張り、補助魔術でそれを耐久性のある強固なものにする。
それと足下の地面を、地魔術と火魔術の組み合わせで温めておくくらいだった。こうしておけば、対戦する二人も見守る観衆も底冷えしないだろう。
「テオドール副団長、頑張って下さいね」
「……ああ」
テオ副団長の口数がいつもより少ない。
皇子相手に対戦するのだから、緊張しているのかもしれない。
もちろん、この勝負、団員達も精鋭騎士団もそれぞれの代表を全力で応援する構えだ。
どちらの団員の顔つきも、負けられないという気迫に満ちている。
朝に弱いイリーナも皇子の勇姿をひと目みようと思ったのか、欠伸をしながらも起きてきている。
「ギルベアト様、お力を示して下さいね! 勝利の女神の私がついていますわ」
試合がエフロアール伯爵の「では始め」のひと言で始まる。
テオ副団長が浮遊魔術で浮き上がったと思ったら、皇子が強風を横殴りに叩きつけてきたので、一瞬バランスを崩して墜落しそうになったものの、衝撃に耐えながら氷壁を作って防ぐ。
テオ副団長は頭脳派騎士とはいえ、普段からそれなりに体幹も鍛えている。
ロイが使っていたように、テオ副団長も無詠唱魔術を使えてよかった。使えなかったら、その時点で怪しまれたはずだ。
テオ副団長と皇子の二人は、同じタイミングで動きを止めた。
見る人によっては、ただ沈黙して睨み合っているように思うかもしれない。
けれど、魔力を纏うマナの流れを見るに、なんらかの魔術を展開しているはず。
おそらく自身の能力値を支援魔術であげて、防御結界を張っていたりするのだろう。
ほんの三呼吸ほどの間に、二人ともそれをやり遂げた。
恐ろしく早い。きっと日頃から戦闘で魔術を使い慣れているからだろう。
テオ副団長の顔つきが一段と真剣なものになった。 地魔術と水魔術を組み合わせたのか、固かった地面が一気にぬかるみに変わった。
すぐさま飛躍して逃れようとした皇子の足が帯状になった泥で絡め取られた。
「なんてことをするのよ! 皇子に汚らわしい泥を被せるなんて——」
イリーナが喚き、精鋭騎士団の方からも怒号が飛ぶ。
「皇子になんて術を使うんだ」「不敬だぞ」
その声は当然ながら皇子の応援勢からのものだ。
けれど、わたしも彼らに迎合するかのように叫んだ。
「そうよ、なんてことするの! せっかく温めておいた地面が台無しじゃないの」
元が泥とは思えないほど硬くなったそれは、みしみしと骨を砕くかのように皇子の両脚を締め付けるが、皇子は火を纏わせた手刀で、それを焼き切り落とした。
「やるな! あの時とはどこか違う魔力。気配にも違和感を覚えるが、……これはこれで面白い」
言い終わらないうちに、皇子は手のひらから上空に浮かぶテオ副団長に向かって勢いよく火焔放射を向けた。
あわや燃やされると思った寸前、テオ副団長は氷壁を発動して防いだ。
そして、それを予想していたように、皇子は一瞬のうちに跳躍して後方に回り、雷撃を連打した。
今のは防御結界でも防ぎきれないわ……。
ハラハラしながら、テオ副団長の無事を祈る。
「副団長……!」
ダメージを喰らって急降下する副団長を見ていられず、両手で目を覆ってしまった。
手を外した時には、地面に膝をつく副団長の姿が見えた。
なんとか無事なようだけど……。
吐いている息が荒い。
「副団長負けないで下さい」「まだやれますよね?」
皆からの声援を聞いて、ふらつきながら立ち上がった副団長は、なんとか薄い笑みを浮かべて「……まだやります」と呟いた。
反対に皇子側の応援陣は活気付いた。
「きゃあっ、ギルベアト様、素敵です」「皇子殿下、さすがです」
副団長はそんな皇子側の観衆を睥睨するように、深く息を吸って精神を集中すると、ぬかるんで凸凹した地面を一瞬で地ならしした。
そして反射魔術を展開しながら、魔術陣を剣で地面に刻んでいく。
皇子は分身術を展開して、一人の筈が二十人になる。いや、そう見えると言うべきか。
マナの流れで本物がどれか確かめようにも、認識阻害と同系統の錯覚魔術を併用されていて、認識できない。
二十人の皇子は魔術陣が完成されるのを取り囲んでいるのに、妨げる様子もなく興味深そうに見守っている。
余裕を感じさせるその態度に、見ているわたしは苛立ちを覚える。
戦闘の最中に時間を要する魔術陣を、味方からの防御もなしに、描いているテオ副団長を見て、その意図を疑った。
だけど、知略に富んだテオ副団長のことだ。
こういう皇子の余裕と、好奇心を計算に入れたのかもしれない。
なんの魔術陣を……?
…………捕縛術だわ!
上空から枠だけ視覚化した二十もの檻が降ってきて、それぞれが全ての皇子を捕える。
これは……!
檻は音もなく激しく揺れ動き、中の空間に歪みが起きる。何度も揺らされる内に、一人、二人と檻に囚われた皇子の姿がかき消えていく。
それらは実体を伴ってはいないものだろう。
皇子が一人だけ最後に残った時、檻全体が感電したようにパチパチ、チリチリ……と蒼く発光し、彼が痛みを堪えるように肩を掴む。
「きゃあっ、ギルベアト様! 大丈夫ですか? やめなさいよ、野蛮人」
「殿下! 大丈夫ですか?」
精鋭騎士団の動揺と心配の声と対照的に、トルエンデ騎士団は活気付く。
「さすがです、無敵副団長」「決まりだな」などと褒めそやす言葉が続く。
が、その時、皇子は魔力の出力を上げて、檻の空間を膨張させる作戦に出たようで、檻が形を変え、歪になり……、ついには折れて崩壊してしまった。
皇子は肩を回して、健在ぶりを誇示して見せた。精鋭騎士団からは皇子を讃える声が溢れる。
「こんなに気分が高揚したのはあの時以来だ。だが、そろそろ魔力が尽きてきたようだな……」
そう言って、皇子が両手を高く掲げると、空に銀色に光るカーテンが出現し、カーテンの裾から雷光が奔る。
副団長は反射魔術を展開したけど、魔力がほぼ尽きて、薄く脆い膜のようなものだった。
その膜を突き抜けた雷光に、容赦なく胸を撃たれて、地面にうつ伏せに倒れ込んだ。
「副団長! 大丈夫ですか?」「ご無事で?」などと団員達が叫び、わたしも「死なないで下さい」と涙ぐみながら駆け寄った。
意識はあったものの、立ち上がれる状態ではなかった副団長の敗北は決まり、悔しさに涙を飲む者もいた。
精鋭騎士団員達の間からも「凄まじい闘いぶりだった」「よく頑張った」と魔術の技量や闘いぶりを褒める声が上がる。
「でも、本当によく頑張ったわよ。テオドール副団長、いつもと別人のように素敵だった……」
「……別人とは余計です」
褒めたのに、いちいち揚げ足を取るところを見ると、精神的には、見た目ほどまいっていないようだ。
「副団長、かっこよかったです」「俺、惚れました」「どこまでもついていきます」団員達が口々に声をかける。
それにしても、あの皇子を相手にかなり善戦したと思う。実際皇子は魔術競技祭の時と比べものにならないほど、腕を上げていた。
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下書きでは完結しているお話ですが、投稿しながら少しずつ読み返し、改稿を行っています。
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