エピソード61 同じ卓にて
エフロアール伯爵邸に着いた時には、外は完全に暗闇に包まれていた。
もし人数的に受け入れが難しいと言われたら、トルエンデの屋敷まで夜通し馬を走らせなければいけないかと心配した。
快く受け入れてもらえるとのことで、ひと安心だ。
わたし達が今いるのは小サロンで、伯爵とその家族、幹部クラスの面々だけで晩餐を囲んでいる。
他の多くの団員達も大サロンなどで食事を摂っているはずだ。
「エフロアール伯爵様、大人数で押しかけることになって、申し訳ないです」
テオ副団長がそう謝罪した。
「いえ、大したもてなしもできませんが、せめてもの感謝の気持ちです。
それにしても、これほど迅速に駆けつけて下さるとは考えていませんでした。
湖の魔獣のせいで領民に被害が出て、どうなることかと思いましたが、一安心です」
エフロアール伯爵はそう言って、安堵の笑みを浮かべた。
ただ、どことなく気がかりがあるようにも見える。どういうことだろう?
「トルエンデ騎士団のモットーは迅速に動くことですから。また何かあればお知らせ下さい。
にしても、水路の結界についてはなるべく早く補強された方がよろしいでしょう」
テオ副団長の言葉にも「そうですね」と頷きながら、心ここにあらずといった顔だ。
すると伯爵は歯切れの悪い口調で話を切り出した。
「それで……今回は領民の危機、と焦って軍部と騎士団の両方に早馬を飛ばしてしまい、まことに申し訳ありませんでした。どちらかの方々に無駄足を踏ませたのではないかと、心配しておりまして……」
伯爵は暑くもないのに、手巾で額の汗をぬぐいながら、しきりに皇子の顔色を窺っている。
言い回しといい、言い淀む様子といい……。
もしかしてこれは、無駄足を踏んだ(出番がなかった)方への礼金について、相談をしたい——ということではないだろうか?
皇子個人は魔獣を見事に討伐したけれど、彼が率いてきた帝国精鋭騎士団員達は討伐にはなんら功績を残す機会がなかった。
「気にすることはない、仕方のないことだ。我が帝国精鋭騎士団員達に、そのようなことで腹を立てる狭量な者はいない」
その皇子の返事からは、伯爵の話の意図に気付く様子はなく、無表情のまま食事を続ける。
伯爵はそんな皇子にうまく意図を伝えることができるだろうか、と心配になった。
お節介かもしれないと思いつつ、わたしが話の糸口でも見つける手伝いができたらと思って口を開いた。
「第一皇子殿下、この度はわたし達が先に魔獣討伐の手柄を横取りするような形になってしまって、申し訳ありません」
皇子は食事の手を止めて、わたしを見た。
「いや、別になんとも思っていない」
「殿下はお一人で難なく魔獣を討伐されますから、鍛錬にもならなかったのではないですか?」
「まあな……」
「他の帝国精鋭騎士団員の皆さんにいたっては、全くの無駄足になってしまいましたね」
「僕も少しは手を貸したが、彼らが騎馬で駆けつけるまでに、魔獣を殲滅してしまったトルエンデ騎士団の手際がよかったからな」
皇子の褒め言葉をテオ副団長が「恐れ入ります」と受け取った。
さて……ここから上手く話を持っていかないと。
「今回みたいに、領地に魔獣が現れると、領主は基本帝国軍部に連絡をすることになってますよね? そこから適切な騎士団を派遣することになっているので、時間がかかります」
「そうだな、騎士団の選択や連絡に時間がかかる」
「ですが、領主は魔獣被害の拡大を防ぐためにも、一刻も早い派兵を望みます」
伯爵が息を詰めるようにして、会話の成り行きを気にしているようだ。
皇子は頷いた。
「そうだろうな」
「今回のように、領主が複数の騎士団に遣いを送って、いち早く到着した方が魔獣を討伐する、ということが時々ありますよね」
「確かに時々そういうことが起こる」
「その場合、どちらにも同じ礼金が必要なら、領主は一つの騎士団にしか早馬を出さなくなり、結果討伐が遅れてしまうと思うんです」
「…………なるほど。ジェマ殿がなにを言いたいのか分かった。ただ、こちらも、ここまで来た兵の労力に見合う報酬を要求する権利はあると思うが」
「そうでしょうね。でも戦闘をしないぶん、負担は減るはずです。もしその報酬に相談の余地でもあれば、領主は今後も領民を守るための防衛費を保——」
「みなまで言わずともわかる。考えてみよう」
皇子は特に気分を害したような素振りはなく、安心した。
伯爵がわたしに向かって頭を下げたのを見て、首を振る。
「さしでがましいことを言って、すみません」
皇子は鷹揚に答えた。
「いや——。ジェマ殿はいつも他領のことまでそのように気にかけるのか?」
「いえ、報酬の二重払いについては以前から気にかかっていたのです。軍部の中枢でご相談頂けると、領主の方々も領民も助かるでしょうね」
「そうだな、討議してみよう。関所などに連絡を担う者を配置するのもいいかもしれないな……」
皇子は人の意見を聞き入れるタイプではなさそうだと思っていたけど、違ったようだ。
その時、皇子の隣で食事をとっていたイリーナが溜息を吐いてから、口を挟んだ。
「ギルベアト様、食事中に難しいお話なんて、楽しくないですわよね? 料理の味がしなくなります。ジェマ嬢、弁えて下さらない?」
「申し訳ありません、殿下。イリーナ聖女候補様も」
謝ると、イリーナは気が晴れたような顔で皇子に向き直った。
「ギルベアト様、先日聖力で治癒した方から、素敵なドレスを頂きましたの。次の夜会にはそのドレスを着ていきますので楽しみにしていて下さい」
イリーナは皇子と二人の世界に浸りたいようなので、エフロアール伯爵に話しかけることにした。
「このサーモンは、すごく脂がのっていますね。こんなに美味しいサーモンは生まれて初めて食べました。あの湖で獲れるのですか?」
エフロアール伯爵は「そうなんですよ。美味しいでしょう?」と嬉しそうだ。
「ジェマ殿のお口に合ったようで、よかった。釣りの経験はおありですか?」
「いえ、興味はあるんですけど一度も機会がなくて」
「よかったら今度サーモンを釣りに行きませんか?」
「まあ、いいんですか? 素敵なお誘いありがとうございます」
「僕もサーモン釣りには興味がある。時間を見つけてみよう」
皇子が割り込んできたので、わたしも伯爵も、驚いて会話が一瞬途切れた。皇子も釣りに来るの?
「おお、皇子殿下も釣りにご興味が? では是非参りましょう」
「うむ」
「まあっ、釣りなんて日焼けしてしまいますわ」
「イリーナ嬢、日焼けが気になるなら釣りは控えた方がいい」
イリーナは拗ねるように頬を膨らませた。
「ギルベアト様は私と離れていても平気なのですか? 私は寂しくて泣いてしまいそうなのに。一緒に来て屋敷で待つことにします」
釣りは楽しそうだけど、この二人と一緒は遠慮したい……。
「ところで……テオドール卿、明日ここを発つ前に手合わせを願えるか?」
皇子がテオ副団長に再戦を申し出た。
やっぱりロイが扮したテオ副団長との魔術戦を忘れていなかったようだ。
テオ副団長が一拍置いてから返答する。
「分かりました」
それにしても、第一皇子ほど無表情に黙々と食事する人って初めて見るわ。食べ物を口に運んで咀嚼するだけの、まるで流れ作業を見てるみたい。
口に合わないのかと伯爵が心配している。ついまたお節介をやいてしまう。
「皇子殿下は魚がお嫌いですか?」
「いや、そんなことはない」
「じゃあ、もう少し美味しそうに食べてみては?」
「皇族は食べ物の好き嫌いを他者に悟られるなと教えられる。別に魚が嫌いなわけでも不味いわけでもない」
「嫌いじゃないと言いましたよね? てことは好きなんですね」
「悟られないために表情に出さないようにしている」
「融通がきかないと言われませんか? あ、皇族に対して、そんなことを言う人はいないですよね。
でも食べ物は美味しそうに食べた方が、より美味しいですよ。好き嫌いを悟られないようにしないといけないなら、嫌いな物を食べる時も、美味しそうに食べる方がよくないですか?」
「どうだろう……それはそれで、苦痛のように思えるがな。
だが君の考えかたは面白いな。それに、話し方や雰囲気、魔術も——どこか見知ったもののような……。
気のせいだろうか……?」
ギクリと胸が音を立てた。
——まさか、魔術競技祭の時のことを……覚えていたりするだろうか?
「本当に美味しいですよね、このサーモン。鮫達を退治しなかったら、食べられなくなっていたかも。そう思うと、いい仕事できたな、って思いませんか? テオドール副団長」
テオ副団長に話を振ることにした。




