エピソード58 湖岸の再会
眼下で剣を抜いた連中を警戒心いっぱいで睨みつけていたわたしに、聞き覚えのある声が語りかけてきた。
「女だてらに聞きしに勝る勇ましさだな!」
声の主の姿が距離があるせいでよく見えない。
「誰何しているんだから、まずは名乗りなさいよ。こちらはトルエンデ騎士団だと言ったでしょう?」
そう咎めると、所属不明の一団から不満の声が一斉に上がる。
「上空から見下ろして無礼な……」
「女だてらに、なんという傲岸な言いようだ」
「こちらの非礼に文句をつける前に、正体を明かして下さい。敵対しにきたのですか? それとも共闘に?」
最初に語りかけてきた聞き覚えのある声が答えた。
「敵対するつもりはない」
「では、どちら様の麾下の兵でしょう? 何用ですか?」
「こちらは帝国の第一皇子ギルベアト・アストル・フォン・ランズベリーエである。
エフロアール領主の依頼で帝国精鋭騎士団から派遣された第一部隊だ」
まさかこんなところに第一皇子が来るなんて……。
魔術競技祭の時の彼の印象を思い出して、緊張感が胸を満たしたけれど、討伐に派遣された軍ならこちらに敵対することはないだろう。
「討伐中につき、上空からのご挨拶で失礼します。
わたしはジェマ・フォン・シオンヌと申します。
トルエンデ騎士団は既に魔獣と交戦中につき、ご挨拶はご容赦願います」
「挨拶は不要だ。連携が取れないのは残念だが、こちらはこちらで動かせてもらう」
「承知しました。お怪我されませんように」
今は悠長に会話を交わしている時間はない。
戦況を見守るため、急いでトルエンデ騎士団員達のいるところまで飛ぶ。
そのわたしの背後に大きな魔力を感じて振り返れば、ギルベアト皇子が浮遊してついてきていた。
「魔獣は何体いた?」
「十五体でした」
「残り八体。七体を殺ったところのようだな」
魔獣の気配から早くも数を把握したようだ。
ギルベアト皇子が鮫魔獣相手にどう闘うのか見てみたくなった。
けれど、形勢不利と判断したのか鮫魔獣達は団員達に背を向けて湖の奥に引き上げようとしていた。
またわたしが餌役をやらないといけないのだろうか?
降下していくわたしを追って皇子も降下する。
鮫達がわたしの気配を察知したように、こちらを見て、目をぎらつかせる。戦意も食欲と共に復活したようだ。
よほど美味しそうに見えるのだろうか?
けれど、わたしに向かってきた鮫を一頭、皇子が氷剣を操り一瞬で十文字に斬る。
ロイを傷つけたあの時の剣……。
威力が前より格段に上がっている。
テオ副団長が雷撃を二回連続で落としてまた別の一頭を倒した。
シリカ副団長は浮遊魔術で浮かんでから、竜巻魔術を鮫に落とす。動きは止まったけど、鮫の巨体は渦に巻き込むには重すぎる。
「重力魔術、軽くなれ!」
「なんだ、そのでたらめな詠唱は」
ギルベアト皇子が横から呆れたように言う。
人の魔術にケチをつけないでほしいわ。
呪文を思い出せないんだからしょうがないでしょう?
手のひらを対象に向けて翳すと、鮫が青く発光して、ふわりと持ち上がり、竜巻に巻き込まれて、宙を何回転も振り回され始める。
要は効果があればいいのよ。効果が。
「他のも皆、じゃんじゃん軽くなあれ!」
「じゃんじゃん? 他のも皆?」
ギルベアト皇子って復唱が好きみたいね。
今まで刃が通らず、苦戦していた団員達の剣や槍が軽くなった鮫にめり込み、濁った血が鮫から噴き出す。
ついでに皆の防御力、攻撃力、スピードを支援魔術であげてしまおう!
聖力の加護とほぼ一緒の効果だけどね。
「じゃんじゃん、強くなれ! じゃんじゃん、速くなれ!」
これもこんなに大人数に魔術をかけるのは規格外らしい。
ロイや皇子のような、体術ありの近接戦闘モードは苦手だけど、遠隔魔術は得意だ。
エレインの詠唱が風に乗って聞こえてきた。
彼女はもう何発もの雷撃を落としているようだけど、鮫魔獣は倒れていない。
魔力が足りないようだ。
「まとめて、魔力強化!」
「…………」
もはや諦めたように復唱をやめた皇子に一瞬向けた視線を戻した先では、エレインが雷撃で重傷を負わせた鮫魔獣を別の団員が斬り倒していた。
残りはあと三体……。
そう考えていた時、帝国精鋭騎士団の部隊とは違う、少数の一団が一体の鮫魔獣を攻撃しているのが目に入った。
「今度はどこの一団なの……?」
彼らは攻撃魔術を連発しているものの、威力が足りないようで、あっという間に一人が鮫魔獣の大きな口に噛み殺された。
恐ろしい叫び声のあと、他の者達も怯えて逃げ去ろうとしているけど、逃げ遅れた一人が足を喰いちぎられた。
助けようとそちらに向かって飛んでいき、鮫魔獣に向かって雷撃を落としたけれど、湖に潜ってかわされた。
そして狙いをわたしに変えて飛びかかってきたけれど、わたしがまた雷撃で迎え撃つ前に、ギルベアト皇子が特大級の雷撃をお見舞いした。
鮫魔獣の断末魔の叫び声が響き渡り、焼け焦げたその体は湖岸に転がった。
その時、鳥肌が立つような、聞いた瞬間に不幸な過去に囚われそうな耳障りな声が聞こえてきて、胸が締め付けられた。
「殿下——! 私、殿下の御身が心配でこんなところまで追いかけてまいりましたの」
やはり声の主はイリーナだった。
見れば足を噛みちぎられて呻いている兵は、ラヴォイエールの騎士服を身に纏っていた。
「それなのに、この下賎な魔獣めが私を狙って飛びかかってきたのです。危ないところをお助け下さってありがとうございます。さすがですわ!」
あ——なんだろう、この状況……。
空気が、一瞬で凍りついた気がした。




