エピソード57 わたしはそんなに美味しくありませんよ
冬の寒気を舐めてたわ。
火魔術で身体を温めていなかったら、今ごろ凍え死んでいたかもしれない。
足元の氷の下には、湖を越えた魔窟へ続く水路があるらしい。
そこから鮫のような魔獣が氷を割って出現したという報告を受け、討伐に来た。
そして、観察すること一時間。
時々、氷を割って飛び出してくる鮫魔獣の姿を確認した。
背びれにも胸びれにも至る所にギザギザの歯が生え並んだ口が開いている。
それだけでも十分不気味なのに、体の表面は毒々しい色で爛れたようになっているので、毒に気をつけなければいけないのかもしれない。
この湖面に立てるのは自殺志願者だけだろう。
いつ氷に穴が開くか、鮫魔獣が飛び出してくるか分からない恐怖の中、そんなことができる酔狂な者はうちの騎士団にはいない。
テオドール副団長に相談してみる。
「雷魔術で鮫を一匹ずつ討伐しまくります?」
「水面下に潜む彼らが水上に跳ね上がる瞬間を狙い撃つには、浮遊魔術が使える者もそれなりの数が必要になります」
「では、逆に氷魔術で水面をさらにギャンギャンに凍らせてしまうのはいかがでしょう?」
「彼らも氷を頭でカチ割りにくくはなると思いますが、氷の下で生き延びて気長に氷が溶けるのを待つかもしれませんね」
「じゃあ、どうするのが正解ですか?」
「湖の中に何体いるのか分かりますか?」
「魔力を探知するに、十二体ほどですね」
「彼らは一箇所に集まっていないですよね」
「そうですね。撃ち倒しやすいように一箇所に集まってほしいところですね」
「まったくです」
「そしてまとめて姿を現してくれると、助かりますね」
「僕もそう思いますよ。方法がなくはありません」
「本当ですか!? どうすればいいですか?」
「美味しそうな餌で釣るのがいちばんです」
「美味しそうな餌? 大きな魚とかですか? まずは釣りから始めますか?」
「先ほどから、彼等の生態を観察しようと、視線や動きを見ていたのですが」
「なにか分かりました?」
「彼ら、あなたのことが非常にタイプみたいです」
「タイプ? 申し訳ないですが、わたしの好みは人間ですよ」
「そうでしょうね。けれども餌としては有用ですよね」
「わたしが美味しそうに見える餌ってことですか……? まさかこの湖水に飛び込めとか言わないですよね? そんな残酷なこと……。ねえ?」
「安心して下さい。総帥の目が黒いうちに、あなたをそんな目に合わせた日には、僕の頭も身体とおさらばするでしょうから」
いや、想像してしまうからやめてほしい。
「どうすればいいんでしょう?」
テオ副団長のアイデアなんて、聞いてみるんじゃなかった……。
結局彼の指示に従い、わたしは今——とぼとぼと湖面を歩き回っている。
離れたところから、テオ変態副団長(格下げ決定)率いる団員達が、いつでも攻撃を仕掛けられるよう構えてはいる。
じわじわと鮫の団体さんが、わたしに向かって近づいてくる気配を感じる恐怖に顔が引き攣り、手足が震える。
怖い……。
デーレン、デーレン……デーデッデッデッ。
心臓の鼓動が、まるで戦太鼓みたいに鳴り響く。
そして、氷がひび割れ、大きな水音と共に、鮫魔獣が跳ね上がる姿が視界に迫った。
こちらに飛びかかってくる魔獣の口は大きく開かれ、唾液を撒き散らしている。
わたしに向けられた食欲が凄まじい……。
「——来たっ! 来ました! らっ、雷撃————!」
先手必勝! 食べられる前に黒焦げにしてやる!
餌にされる恐怖に理性のタカが外れ、続け様に何度も雷撃魔術を発動する。
「雷撃! 雷撃! じゃんじゃん雷撃———!」
もう止まらなかった。
餌にされる恐怖が、理性を丸ごと吹き飛ばしていた。
あ——。気がつけば、最初にわたしを喰らおうとした食欲魔獣はとっくに……黒焦げになって絶命していた。
わたし——今もしかして、ガルム副団長みたいになってた?
わらわらとやってきた団員達も次々と戦闘モードで他の鮫魔獣に飛びかかっていく。
「毒に気をつけてね!」
「お——!」
打ち合わせ通り、わたしは浮遊魔術で浮かび上がって上空から戦況を見守ることにする。
「いっけー、いけいけ! 黒焦げだ!」
転んで鮫に食べられそうだった団員を救うべく浮遊させた。
「姉御! ——助かったっす」
誰が姉御だ。『戦乙女』の称号の方がましかもしれない。
苦戦していそうなところに加勢するつもりで、見守っていると、離れたところからこちらに向かってくる騎士団らしき一団がいた。
まさか、またしつこいラヴォイエール兵じゃないでしょうね?
彼らの正体を確認しようと、一直線に猛スピードで飛行していく。
彼らの数や騎士服の色が確認できる距離まで来ると、上空で停止した。
ギロリと殺気を放って睨むわたしを、向こうの騎士達が一斉に指差した。
「こちらはトルエンデ騎士団です。魔獣との交戦中ですが、そちらはどなたの傘下の兵ですか?」
吹き付ける氷風の中、彼らの剣が抜かれる音がした——。




