エピソード56 新生戦乙女
父とイリーナが禁術——もしくはそれに類するものを使った、という疑いが胸に燻っている。
ラヴォイエール邸の図書室か父の書斎に禁術に関する書物が隠されているかもしれない。
そう考えると、証拠を掴むためにラヴォイエール邸に潜入することも考えた。
だけど、もしも拘束されたら、もう屋敷の外に出ることは難しい。
お祖父様には危険だと反対されたし、わたしも現実的な考えではないような気がして諦めた。
新参の使用人として雇い入れられたとしても、容易に忍び込めるところで禁書が入手できるとも思えない。
今は不本意だけど、その件については棚上げだ。
これという証拠を手に入れるまでは……。
わたしが、戦闘にも行けず鬱々としている間も、当たり前だけどトルエンデ騎士団は変わらず魔獣の討伐戦に出ている。
その際の負傷者は戻ってきてからお祖母様の治癒を受けるという従来のやり方に戻った。
わたしは、本当にこのままここで待っているだけでいいのだろうか?
そんなことを考えながら、裏庭でレイピアを振るっていたら、猫が足元に擦り寄ってきた。
足を引き擦っていたので、抱き上げてみたら後ろ足を怪我している。
団員達に持たせるために、母のレシピで作った傷薬を常備しているので、それを傷口に塗って、包帯で巻いてやった。
猫はわたしの膝の上で毛繕いを始めた。
「わたしのお手製の薬はよく効くって評判なのよ! 今は聖力を込められないから効力は落ちているかもしれないけど」
そう話しかけて撫でていると、猫は丸まったまま寝ついてしまった。
気持ちよさそうに眠る姿を見て、母がよく口ずさんでいた歌が口から溢れ出した。
「光よ、降りそそげ。 傷を癒し、心を満たせ。 風よ、吹き渡れ。 木々を揺らし、希望で満たせ。 水よ、流れゆけ。 澱みを払い、求めを満たせ。 炎よ、照らし出せ。 闇を払え、母の祈りよ。 惜しみなく、この手に宿れ」
ロイと出会った時にもこの歌を歌っていたっけ。あれからとても長い時間が経ったような気がする……。
あれ——? 指先が温かい。
それに……うっすら白く輝いてる。
まるで聖力を使った後のように——。
まさか——。
確認しようと猫の包帯を外そうとすると、眠りを邪魔された猫は足元に飛び降りた。
寝起きの寒気に身を震わせてから、走り去っていく。
足を引き摺っては、いなかった——。
瞬時に期待する気持ちが胸に湧き上がる。
速る鼓動を必死に鎮めて、自分の内に聖力を集中させてみる。
——けれどやっぱり、いくら探してみても聖力は見当たらない。
聖力が戻ったかと思ったのに……。
気のせいだったのかしら?
猫が足を引き摺っていないように見えたのは、錯覚だったのかもしれない——。
だけど、聖力はわたしの中から完全に消え去ったわけじゃなくて、細い糸のようなもので、どこかにある聖力の水面と繋がっているのかもしれない。
だとしたら、お祖父様の魔力のように、何かのきっかけでいつか戻ってくるのかも。
それがいつになるかは分からない。
それまでの間、ここでおとなしく待つだけなんて嫌だ。
聖力がなくても、わたしには魔術を使うことはできるのだ。
聖女としてではなく、魔術騎士として討伐戦に出たい。
今のわたしは両方の力を併せ持っているわけじゃない。
だからこそ、この選択ができる。
今なら大聖堂から審問官が来たとしても、聖力を持たないわたしが聖女候補に取り立てられてしまうこともないだろう。
聖力の代わりに魔力を得たと、騎士団の皆にはそう伝えて、『戦乙女』として職場復帰を許してもらえるなら……。
また違う活躍ができるかもしれない。
そう考えると、なんだか勇気が湧いてきた。
そうと決まれば……。
いそいそと部屋に戻り、騎士服を身につけた。
かっちり釦を留め、背筋を伸ばす。
久しぶりの演習場だ。
キビキビと歩いていき、アレン団長と話していたお祖父様に声をかける。
「長い間、休みを頂きました。今日から戦線に復帰させて下さい!」
気をつけ——の姿勢で敬礼するわたしを見て、アレン団長は持っていたペンを落とし、お祖父様は口をあんぐり開けた。
「ふ、復帰だと……? 駄目だ! 危険だろ。今のお前は……」
アレン団長はとんでもないと首を振るので、お祖父様ににんまり微笑みかけてみる。
「聖力を……使えないんだぞ? 顔に傷でも作ったら、すぐに治せないから痕が残るかもしれないし、困るだろう?」
まあ聖力ですぐに癒せないならそうかもしれないな、とは思うけども。
「エレインだって、シリカ副団長だって女の子ですよ?」
「そ、それはそうだが……」
「わたしには魔術があります!」
「それは内緒じゃ……」
焦るお祖父様を遮って、宣言する。
「聖力を失った代わりにどうやら魔力を授かったようなんです。っていうことで、今日からただの魔術騎士ということで、よろしくお願いします」
「戦乙女が復帰するって?」「聖力はなくなったけど、魔力が芽生えたらしい」
団員達はわたし達の会話に聴き耳を立てていたみたいで、伝言ゲームのように話の内容が後ろに伝達されて、拡散されていく。
「てことで、これからは——『魔術師戦乙女』としてよろしくね!」
にっこり笑って、堂々と宣言した。
宣言してしまえば、お祖父様ももう反対できないだろうと思って、視線を向ける。
思った通り、肩をすくめて苦笑いをするお祖父様と目が合った。
騎士団員達から一斉に歓声があがり、口笛や拍手の音を聞いて、気持ちが昂った。
やっぱりわたしはここにいたい。
胸の奥が否応なく熱くなった。




