エピソード54 思いがけないプレゼント
三週間ほど寝込み、鏡を見るたび自分でも驚くほど痩せてしまった。
それでも、あれほど続いていた嘔吐は、ようやく治まった。
この二、三日は、オートミール粥を少しずつ口にできるようになっている。
ノックの音がしたので、半身を起こした。
やつれた姿だけれど、せめてと髪を手櫛で整える。
「どうぞ」
「調子はどうだい、お姫様?」
部屋に入ってきたのはお祖父様だった。
嬉しくて顔が綻ぶ。
さっき、屋敷の下の階が騒めいていたので、もしかしたら帰ってきたのかもしれないと期待していたのだ。
お祖父様は、わたしが治るまでは「どこにも出かけない」と宣言していたのに、ここ二、三日は留守にしていた。
断れない魔獣討伐の依頼でもあって、出かけていたのなら仕方ないけど、明るいお祖父様の不在は寂しかった。
お祖父様は冬の冷たい外気の中で馬を走らせていたからか、鼻が赤くなっている。
「お帰りなさい、お祖父様……」
「寂しかっただろう? 遅くなって悪かった」
「大丈夫よ、熱が下がってうなされずに眠れるようになったから、惰眠を貪っていたの」
「やれやれ、寂しかったと言って喜ばせてくれたらいいのに」
お祖父様の軽口を聞くとほっとする。
「今朝はかなり食べれたの。だから力が湧いてきた気がする」
「それはよかった。嬉しい知らせだな」
「うん」
笑って答えると、お祖父様はわたしの手を両手で包む。
いつも温かい手なのに、今日は冷たい。
魔術で温めてあげよう——とマナに働きかける。
「本調子じゃないのに、魔術は使わないほうがいい」
そう言って、慌てて手を離すお祖父様の手を掴む。
「だいじょうぶ。肩慣らしみたいなものよ。寝込む前は聖力ばっかりで、魔術の感覚、鈍りそうだったから」
「ゆっくりでいいじゃないか。まずは身体を休めないと。お、そうそう。プレゼントがある」
お祖父様は、そのプレゼントでわたしを喜ばせる自信がよほどあるのか、今にも上がってしまう口角をなんとか堪えているみたい。
口の端がピクピクしていておかしい。
「プレゼントってなに?」
たとえつまらない物を渡されたとしても、凄く喜んでみせようと思いつつ、興味を示す。
「——実は——プレゼントというのはだな…………手紙だ」
「…………えっ、手紙?」
わたしに手紙って、誰の手紙だろう?
ジェマになっているわたしに手紙をくれる人なんて、トルエンデ公爵邸以外の人物で一体誰が———まさか……。
「もしかして、それって——ロイの?」
「うむ、これが、いちばん喜ぶと思ったんだが?」
ロイがどうしているのかずっと気になってた。
ロイの手紙……嬉しい。
浮き立つ気持ちでお祖父様に渡された手紙を受け取った。
「もちろん……嬉しいわ。ありがとう! ——でも手紙は駄目だって言ってたのに……?」
「厄介な連中にロイの居所がバレる危険は犯せなくてな。下手な使者は使えないし、奪われるかもしれない手紙に、滅多なことも書けない」
「厄介な連中って……ロイは誰かに狙われてるの?」
「うむ、まあ……家督争いみたいなもんだな」
「そうだったのね、家督……。でも元気だから手紙を書けたってことよね?」
「もちろんだとも。曲者に奪われないように、私が伝書鳩の役目をしてきた」
「お祖父様ご自身で足を運んでくれたのね。ありがとう……!」
「これくらいしか……私にできることはなかったからな」
病床のわたしのためにわざわざ……。
胸が温かくなる。
「この二日ほどお留守だったのは、討伐じゃなくて、わたしのためにロイの所まで行ってきてくれたのね?」
「まあ、そういうことだ。これを読んで少しでも元気になってくれたら、と思ってね」
お祖父様……。
「よかった! 心配していたの。ロイが無事で本当によかった」
「私はレティシアに会ってくるから、手紙は一人で読むといい」
お祖父様はそう言って、部屋を出ていった。
『愛するジュディー、元気ですか?
いや元気じゃないんだよな……。
本当ならすぐにでも飛んで行きたい。ずっと側に付き添っていたい。
それなのに、会いにも行けなくてごめん。
なにも事情を告げず、短い手紙だけを残していなくなって、本当にすまないと思ってる。
ジュディーを巻き込んで、危険に晒してしまうかもしれないから、今は話せないんだ。
だけど、冬に雪解けが訪れるように、家の問題もじきに片付くと思う。必ず迎えに行くから待っていてほしい。
追伸 君の声が聞きたい。
笑っている顔を見たい。
いつも君のことを想っている。ロイ』
手紙は間違いなくロイの筆跡だ。
ロイ、本当に無事なのね……よかった。
手紙の文字を指でなぞりながらそう思う。
だけど、危険に晒すかもって、そう言うロイは大丈夫なのだろうか……。
わたしを巻き込むことになっても、事情を話してほしかった。
一緒に困難を乗り越えたかったのに。
だけど手紙でほんの少しだけ、ロイの状況はわかった。
その状況から自分が蚊帳の外に置かれていることについては、複雑な気持ちだけれど、それだけでも今は良しとしなければいけない、と思うことにする。




