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背徳と呼ばれた令嬢ジュディリスは、聖力と魔力を併せ持つ大聖女の器でした  作者: 麦色 ろっこ


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エピソード53 失ったもの、得たもの

 今朝から調子が悪い。熱があって、胃のむかつきから嘔吐が続き、眩暈や倦怠感まである。


 もちろんすぐに聖力で自分を癒そうと試みたけど、おかしなことに聖力を手のひらに集められない。


 身体中に漲っていた聖力が今は跡形もなく消えているように感じるのだ。

 聖力のマナの流れが雲を掴むように読めない。


 体調や気分の悪さよりも、何よりそれがわたしの胸を締め付けた。


 ——どうして急にこんなことが?


 ベッドに仰向けになったまま、天井をみつめていると、また視界がぼやけて揺れてきた。


「うっ…………う、っ……!」


 頭を締め付ける痛みとせりあがってきたものに、呻き声が溢れて、付き添ってくれていたマノンが椅子から立ち上がる。


「ジェマ! 大丈夫なの? さっき厩戸から声が聞こえたの。もう大聖女様が戻られたんだと思う。すぐに来て下さるから少しの我慢よ」

「うん、ありがとう……」


 そう話していると廊下を慌しく歩く音が聞こえ、誰かが扉をノックする。

 マノンが言った通り、お祖母様がわたしの部屋に来てくれたのだ。


「聞いたわ。調子が悪いんですって……?」

「……そうなの、眩暈もするし。それに……聖力が……わたしの内に聖力のマナが感じられないの」


「そんな……。なんてことなの!」


 お祖母様は眉を寄せてわたしの顔を見つめ、考えを巡らすと、側で見守っていたマノンに声をかけた。


「——あ、マノン。花の水を変えてきてくれないかしら?」

「わかりました。少し外に出てますのでゆっくりお話しして下さいね」


「……マノン、ありがとう」


 感謝の気持ちを込めて微笑むつもりが、口角が心もち上がっただけになった。


 それでも伝わったようで、マノンは優しく微笑んでくれた。

 花瓶を抱えて出ていくマノンの後ろ姿を見つめる。


 お祖母様はベッドに横たわるわたしの顔をじっと見つめる。


 曇ったその顔を見て、嫌な予感に手足の力が抜けた。


 額に手を押し当てた後も、お祖母様は黙ったままマナの気配を探るように手足を触って確認していく。


 問うような眼差しを向けると、お祖母様は目を伏せて頭を振った。


 胸にせりあがってくるような不安な気持ちに、目頭に熱が籠る。


「慈愛の光よ、痛みを取り去り、安らぎを与え給え——」


 お祖母様が両手でわたしの手を包み込み、目を閉じて祈りながら治癒の力を使ってくれた。


 ——やっぱり……。

 聖力のマナを体内に感じとることはできない。

 吐き気や倦怠感などの症状も、そのまま変わらない。


 お祖母様の聖力は感じとれたけれど、全く癒されたように感じないのは普通の病ではないから——だろうか?


「原因は——なんだと思う?」

「……それは、私にもわからないわ——」


「聖力がなくなるなんて……聞いたことはある?」

「ないわ……。一時的に枯渇してしまうことはあるけれど。使いすぎたわけでも、ないのよね?」


「うん。昨日は討伐も——なかったし、騎士団で……軽傷者を数人……治癒しただけ。夜眠る前には、体調も……なんともなかったの」

「そう……」


 わたしはつい、縋るような眼差しでお祖母様を見つめてしまったんだと思う。


「きっと……一時的なことよね?」


 お祖母様は一瞬困ったように目を伏せてから、笑みを浮かべた。


「……そうだといいわね……」


 やっぱりお祖母様も、こんな症例を知らなかった。

 聖力を取り戻せるかわからない——その事実がのしかかってくるようで、呆然とする。


 新しいわたしを形作ってくれていたのは聖力だ。

 それがあったからこそ、わたしは討伐に参加して皆に必要としてもらえた。

 誰かの役に立てると気づいて、そこに自分の価値を見出せたのだ。


 それなのに、それを失ってしまったら……。

 これからどうしたらいいのか。


「思い詰めるのはよくないわ、ジュディー。

聖力がなくなったとしても、私にとってもお祖父様にとっても、あなたは愛する孫。

大事に思う気持ちは変わらないわ」

「それは……ありがたく思うし、わかってるんだけど……」


 頭では理解しようと思っても、どうしても自分の価値がすり減ってしまったような気がしてしまって気持ちが滅入る。


「先のことをあれこれ悩むより、今は身体を大事にいたわって、ゆっくりお休みなさい」

「うん……」


 今のわたしはジュディーの姿に戻っている。

 ジェマではなく——。


 幸い魔力は残っているけど、ジェマの姿を保つには少なからず魔力を消耗する。


 マノンは察したように微笑んで、いつもと違う口調で言ってくれた。


「病身にこたえますよ。どっちの姿でも私にはジェマに見えますから、ありのままの姿でいいんですよ」

 

 お陰で今は、術を解いたジュディリスの姿でいられる。

 だけどそのことが、辛く歯痒いのに何もできなかったラヴォイエール邸にいた頃の自分を思い出させもした。


 その後すぐお祖父様も部屋に来てくれた。


 わたしが聖力を使えなくなっていることを知ると、少し憂いのこもった表情になったものの、そんな顔をすぐに隠して優しく声をかけてくれる。


「それは心配だし、ジュディーにとっては気がかりだろうが、その力がなくなったのなら——最初からなかったと思えばいい。誰もが手にしている力でもないんだからな」


 お祖父様のかけてくれる言葉はいつも優しい。

 それに無頓着なようでも色々と気を回してくれる。


「団員の見舞いは、断っておくからな」


 さりげなくそう言ってくれた。

 

 今のわたしはジェマではなく、ジュディーだから。

 皆、今この部屋にいるわたしを見たら驚いてしまうだろう……。


 事情を知るアレン団長とテオドール副団長は、面会を許されて顔を見せに来てくれた。


 でも、その時にはまた熱が上がってしまっていた。


「……聖力が……なくなったら……わたし、もう……一緒に……行けませんか?」


 たしかそんなことを訊ねた気がする。


「弱気なことを言うな」「……らしくないですよ」


 そんなことを言われた気がするけれど、頭が痛くて、その後の会話はあまり思い出せない。


 駄目だとは言われなかったと思う。だけど……このまま聖力が戻らなかったら、という不安が何度も胸をよぎった。

 そのせいか、一晩中悪夢にうなされ続けた。


「お前なんかもういらない」「役立たず」


 わたしを拒絶する、そんな言葉の幻聴に汗が止まらなくなった。


 せっかく皆に認めてもらえるようになったのに。

 わたしから聖力をとったら何が残るの?


 誰にも価値を認められない昔の自分に戻ってしまう……。


 翌日には貴族の間で評判の名医が診察に来てくれた。

 けれどやはり——原因はわからないと言われた。


 食事を摂っても嘔吐を繰り返すので、薬湯や砂糖や塩を混ぜた湯冷ましくらいしか口にできず、何日も寝込んだ。


 夜になると熱と悪夢に苦しめられた。


 こんな時にロイがいてくれたら、どんなに慰められるだろう? 

 そう考えると、寂しさが身に沁みる。


 お祖父様もお祖母様も、忙しいのに、しょっちゅう付き添いに来てくれる。


 ケンネル夫人もとっくに、わたしがラヴォイエール侯爵家にいた孫娘だと、気づいていたみたいだ。


 ジュディリスのわたしを見た時も、少し驚いただけだった。


「素顔のほうが可愛いわね」「透けるような金髪って憧れるわ」などと、気が引き立つように声をかけてくれるのが、ありがたい。


 身元を知る者は少ない方がいいと言って、率先して看病をしてくれる。


 皆が……こんなわたしに凄く優しくしてくれる。

 なんのお返しもできないのに。

 ただありがたい……。


 トルエンデ公爵家の皆は……ラヴォイエール邸の人達とは違う。


 わたしが聖力を失ったとしても、あんな悪夢のように態度を変えたりするわけない……。


 眠っていたわたしが、夜に目を覚ますと、付き添ってくれていたお祖母様が頬を濡らしているのが目に入った。


「ごめんね……お祖母様。心配かけて……」


 カサついた唇をなんとか湿らせて声をかけたら、お祖母様が慌てたように袖で涙を拭う。


「なにを言うの、この子は? こんな時くらい心配させてくれるのもお祖母様孝行というものよ」

「ふふっ……、これが孝行なの?」


 おかしくて訊ねたら、お祖母様は微笑んで頷いた。


「そうよ、あなたがもっと小さい時にも、病気で苦しんだことはあったでしょう? そんな時に私は側にいてあげることができなかった」


 お祖母様の声は掠れていて、少し聞き取りにくかった。


「それを申し訳なく思っていたのだけど、今は側にいてあげられるでしょう?」


 そういうことか……。

 お祖母様はお母様を看取ることもできなかったんだものね。


 お祖母様の苦しかった当時の気持ちを推し量ると、胸が重くなる。


「生きてくれているだけでいい。他にはなにもいらない。聖力も、魔力も。なにも……」


 お祖母様の気持ちが伝わってくる。そうだわ、わたしはお母様がいてくれるだけでよかった。


 誰かに必要とされるのに、能力なんていらないって、お母様があんなに教えてくれたのに。

 大事なことを、ずっと忘れていたのね。わたし。

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