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背徳と呼ばれた令嬢ジュディリスは、聖力と魔力を併せ持つ大聖女の器でした  作者: 麦色 ろっこ


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エピソード49 介入の思惑と苛立ち

 トルエンデ騎士団は結界内に馬をおいてきたけれど、背後に現れた一団は全員馬に騎乗している。


 騎馬での移動は早いけれど、戦闘時に馬が枷になることを思えば、彼らの目的が魔獣討伐でないことは、おのずと察せられた。


 ——あれは……。

 よく見ると、彼らの装甲の下から覗く兵服に見覚えがある。


 まさか……という考えに鳥肌が立ち、胸が凍りついた。

 魔獣に向けるものよりも大きい、胸を刺すような不安に足が竦む。


 団員達は相手を図りかねて戸惑いの声をあげた。


「何者だ……こんなところに足を踏み入れるなど軍の関係者か? しかしそんな通達はないが……」


「討伐中に無用な警戒心を抱かせるのは妨害行為だ」


 警戒心から半数の団員達は魔獣に背を向け、騎馬の一団に武器を構える。


「待て! そこにいるのはトルエンデ騎士団の面々だろう。私はラヴォイエール侯爵だ」


 やっぱり——。


 私兵達の後ろの方から大声で名乗るその声は、間違いなく父ゲオルクのものだ。


 わたしの正体に気付かれて、ここまで捕えるために来たのだろうか、という不安な気持ちが緊張感を否応なしに高めていく。


 連れ戻されてしまったら——という暗澹とした想像が胸を締め付けるようだ。


 けれど、お祖父様は不穏な空気を醸し出し、苛立ちを隠さない声で返した。


「こんなところに、何用だ? 前方に魔獣と対峙している時に後方から迫り、声をかけるとは! 敵対するつもりでなければどんな意図がある?」


「ま、待て……待って下さい! 敵対などするつもりはありませんよ」

「なら不用意に声をかけるな!」


「わざわざこんなところまで来たのには理由があるのです」

「なんだ? 興味はないが言ってみろ」


 お祖父様は喧嘩腰の姿勢のままだ。


 最初に感じた不安な感情が少し和らいだ。

 そうだ、今の私にはお祖父様も仲間もいる。

 それに姿もジュディリスではなく、聖務官ジェマなのだ。


「トルエンデ騎士団には『戦乙女』とやらがいると、最近耳にしました。是非一度、顔を拝んでみたいのです」

「なんのためにだ?」


「私が探している娘ではないかと思いまして」

「ほう、こちらには確かに戦乙女と呼ばれる娘はいるが、そちらが探す者ではない」


「では確かめさせてもらいます」

「断る!」


「なぜですか?」

「会わせる義理がないだろう? こちらは長い間、孫娘に一目会うことも叶わなかったのだ」


「ぐっ……ぬ、それは……」

「お帰り願おう」


「このまま引き下がり、おめおめと帰ることはできん。何度公爵邸に行っても門前払いじゃないですか!」

「こちらの邪魔をする気なら、一戦交えるか?」


「それは……。では討伐が終わって戦乙女とやらの務めが終わるまでここで待たせてもらいます」


 祖父の舌打ちが聞こえた。

 こんなところで見張られていたら、落ち着いて闘うことができない。


 やっぱり……わたしが顔を見せるしかないわ。

 逃げ続けるために聖務官になったんじゃない。守るためだもの。


「行きます」

「行かなくていい」


 お祖父様はそう言うけれど、父のしつこい性質はよく理解している。


「大丈夫です。今のわたしはジェマなのですから」


 そう言うと、返事を待たずにラヴォイエール私兵団の前に出ていく。

 足が震えるのを堪えるため地面を踏み締めるように歩いた。


 ラヴォイエールの私兵達の前に堂々と立つ。

 彼らは騎乗のまま、不躾にこちらを見下ろしていて、好奇の視線を向けてくる。


「わたしが『戦乙女』です」


 ああ、この不本意な呼び名を自分で名乗る日がくるとは……と思いながら言い放った。


 すると兵達の後ろのほうから、父が馬で歩み寄ってきた。一人ではなくイリーナを後ろに横乗りさせていた。


 父は馬が可哀想に感じるくらい重装甲だ。

 この危険地帯にあっても、自分は動かず、私兵達に身を挺して守らせるという意志の表れのように感じる。


 反対にイリーナは華美で軽やかなドレスを纏っている。


 一応羽や宝石で装飾された胸当てだけはつけているけど、場違いさを助長しているようにすら見える。


「ほう、そなたが戦乙女か……」


 父はじろじろとわたしの頭から足先まで値踏みでもするような視線を這わしてくる。

 

「噂通りの赤毛か……。しかし鬘の可能性もある……。顔だって、どこぞの誰かの魔術で変えているかもしれない。歳の頃も同じくらいに見えるし」


 不躾さは相変わらずだ。


「念の為に娘に確かめさせる」

「お断りします。何の権利があってそんなことを仰るのですか?」


 そう言い返したものの父は鼻で一蹴するように言った。


「ふん、たかが男爵令嬢だと言う者が無礼な口を。確認するまでは、引き上げれないな。忙しい私がわざわざ——こんな魔獣の巣窟にまで足を運んだんだからな」


 こちらが早く帰ってほしいと考えているのを見透かしているからか、一方的にそう言い放つ。


 父が顎をしゃくると兵が二人、馬から降りた。

 そしてイリーナに恭しく手を貸して、馬から降りるのを手伝う。


 近くで見ると、一人はイリーナお気に入りのフットマンだった。


「こんな汚らわしいところに、男達を大勢引き連れて……。戦乙女を語っているだなんて、娼婦の間違いじゃないの? 少なくとも淑女からはほど遠いのは確かね。そんな大きな顔をしていないで穢らわしい身を恥じなさいよ」


 言いたいことを言うと、周りの空気が臭くて堪らないというように、手巾で鼻を覆う。


 イリーナの侮蔑の言葉が聞こえたこちらの団員達がにわかに殺気立つ。


「戦乙女に対してなんと無礼な」

「小娘の分際で」


 ガルム卿とミュゲルがわたしを守るように両脇に来た。


「ジェマ殿、あの頭が沸いている娘には即座にお帰り頂きましょうか? それとも愛剣スライスチョッパーの錆にしましょうか? 基本この剣の錆にするのは魔獣どもだけと定めているのですが」


「ガ、ガルム卿、お気持ちだけ頂きますから……」


「ジェマ様にあのような暴言を……。許せません、謝罪して下さい」

「ミュゲル……」


「なあに? 本当のことでしょう。あらあなた……どこか見覚えのある顔だけど……」


 ぎくりと身を強張らせたミュゲルが後退りする。

 ラヴォイエール邸で働いていた者がここにいると知られない方がいいと思ったのだろう。


 イリーナはミュゲルが怖気付いたと見て、さらに勢いづいた。


「騎士団といっても、そちらは……平民が多いんでしょう? そんなむさ苦しい男達に持ち上げられて……勘違いした娼婦、というところでしょう」


 わたしのことはともかく、仲間を貶されて、怒りが湧き起こる。


「この女……戦乙女の力も知らないくせに」

「とっとと帰れ」

「やはり、この剣の錆に……」


 つかみかかっていきそうな団員達とガルム卿を見て、かえって怒りが引いて冷静になれた。


 なんとか皆を押し留めようと、言葉を重ねる。


「わたしは大丈夫だから、相手にしなくていいわ」


「でも、あの女、ジェマのことを娼婦だなんて……」


「自分の価値観が絶対だと信じている人に、何を言っても意味なんてないわ」


 これ以上長引かせても、団員達の苛立ちは増すばかりで、指揮が下がる一方だ。


 早いとこ済ませる方がいいと判断して、イリーナの方へ歩み寄っていく。


「ふん、やっと来たのね! 髪を確認するから跪きなさい」

「わたしはあなたに雇われてるわけじゃないのよ。跪かなければならない理由はないわ」


「なんて横柄なの? それが侯爵令嬢に対する態度?」

「気に入らないなら、このまま帰れば?」


 わたしがいかにも面倒そうに溜め息を吐くと、イリーナの眦は吊り上がり、眉間に皺が寄った。


「なんですって? 道端の雑草ごときが偉そうに」

「偉そうなのはどっちよ?」


 後ろで様子を見ていた父が苛立たしげに溜め息を吐いた。


「イリーナ、令嬢たるもの——無駄に騒ぎを大きくするものではない。

下賤の者には、寛大に“見せて”おけばいい」


「……そうですね、お父様。わかりました」


 イリーナは父に微笑みかけると、わたしに向き直った。


「ふん、まあいいわ。今回は無礼を大目に見てあげる。こんなところ早く帰りたいもの」

 


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