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背徳と呼ばれた令嬢ジュディリスは、聖力と魔力を併せ持つ大聖女の器でした  作者: 麦色 ろっこ


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エピソード46 人命が最優先

「す、すっげえ……。二人同時に治しちまうなんて!」

「胸も……足も……。完全に裂けてなかったか?」

「み、見間違いだろ……?」


 魔獣に立ち向かおうとしたものの歯がたたず、身を守るために隠れていたと見られるダナール兵が数名姿を現した。


 しまった……。

 治癒するところを目撃されたようだ。


 わたしの力は一応トルエンデ騎士団内部だけで共有されるべき情報とされていたので、彼らの会話が耳に入ってドキリとする。


 まずいかもしれない……こんなことが噂になれば、わたしが名乗っている聖務官という怪しげな呼称の存在を世間に知られ、怪しまれるかもしれない。


 だけど、それでも——人命が優先だ。


「他に負傷者はいませんか?」


 声をかけると、足を引き摺った兵士と血まみれの腕を抱えた兵士がよろよろと近寄ってきた。

 ミュゲルが彼らに肩を貸して、わたしの前に座らせた。


 怪訝な顔をした彼らは、わたしが持参した薬箱に目線をさまよわせ、手当てが行われるものと推測して、目の前に負傷箇所を曝け出した。


 命にかかわる怪我ではなさそうだけれど、まだ離れたところに複数の魔獣の魔力を感知している。


 早くそちらに向かわなければ、もっと負傷者が増えるかもしれない。


 手当てに割く時間よりも、治癒を施す時間の方が短くてすむと思うと、力を使わずにはいられない。


 ミュゲルが首を振って、やめるように訴えたけれど、間を置かず、再度同時に二人の患部に手を翳すと祈りながら聖力を注ぎ込んだ。


 二人は驚いたように目を見開いて、言葉もなく跡形のなくなった怪我を眺めている。


 早く行かないと……。


「危険だ、ジェマ様。ここで待ちましょう」


 ミュゲルはそう言うけど、できることがあるのに、安全な所で待ってなんかいられない。

 もどかしい……。


「せめて防御結界を張れる距離まで近づきたいの」


 そう話す間にも魔獣がいる方向で悲鳴が聞こえてきた。助けたい! 一人も死んでほしくない!

 そう思ったら、矢も盾もたまらず駆け出していく。


「ジェマ様、待ってください! 止まって」


 ミュゲルの静止の声を振り切って、息が切れるほど走る。


「ジェマ! 駄目じゃないか」

「こんなところまで、来ちゃいけない」


 岩場から支援魔術で仲間をサポートする団員を見つけ、隣の火魔術士との間に割り込む。


「ジェマ殿、ここは危ない」

「下がって」


 生まれて初めて……魔獣を目前にした。

 心臓がぎゅっと掴まれるような恐怖。

 衝撃で、声が喉に張り付く。


 それは絵で見たもの、想像していた魔獣という生物よりも、数段——醜悪で恐ろしい姿。


 そして人間の身の自分が矮小に感じるほどに、巨大な姿だった——。


 本能的な恐怖で足が竦む。

 逃げたい——という気持ちが湧き起こる。


 だけど同時に仲間を守りたいという気持ちもある。

 ここで逃げたら、なんのために今までわたしは——。


 どろどろと形を保たない、その魔獣の身体のあちこちに、十数個の“目”のようなものが浮かび、だらしなく開いた口から垂れる唾液が、地表をじゅう、と溶かしている。


 臭気と圧迫感に、息が詰まる。

 あの唾液が降りかかればどうなるか、という悪夢のような想像に身体が強張る。


 だけど、わたしは逃げられない。逃げるためにここまで来たんじゃない。

 皆を助けるために来たんだ。


 握りしめた拳に力が籠った。


 目の前では、騎士団員が五人がかりで剣で魔獣に斬りかかっていく。


 だけど、ぬらぬらとした魔獣の身体はゼリーのように剣を飲み込んでしまう。


 氷魔術で固めてしまう、というのはどうだろうか? そう考えたものの、今のわたしは魔術を使えないことになってる。


 思案しているうちにも、その魔獣は周囲の空気を吸い込んでいき、それに伴って巨大化していく。


「いけない! 火を吐かれるぞ」


 火が……? それなら、早く結界を張らないと!


 気が焦る。

 いけない……落ち着かないと。

 集中……しないと。

 さあ——。


「巡りて満つる十二の芒星よ、揺らぐことなき光の環となりて、我らを護り、癒したまえ」


 十二の輝点が円を描き、星形を結んだ光は立ちのぼり、ゆるやかに回転しながら、大きく、さらに大きくなりながら半透明の幕となって、目に入る団員達全員を包み込む。


 ——ま、間に合った……?


 胸の奥が、じくりと痛んだ。

 聖力が、想像以上に持っていかれている。


 魔獣は限界まで膨らんだところで、今度は内に溜め込んだものを全て吐き出すようにして、火炎を吐いてきた。


 その火は結界で跳ね返って消えていく。

 魔獣は跳ね返った火に当たっても、ダメージを受ける様子はないようだ。


 火……効かない。

 なら、冷やす? 凍らせる……?


 今ここで、氷魔術を使ってみるべき……?


 わたしのその思考や迷いを切り捨てるように、別の魔術騎士が駆けつけて、氷魔術を展開した。


 形状を留めなかったゼリー魔獣が凍りつく。


 一人が剣で斬り込んでいったけれど、氷漬けになった魔獣は硬度を増していて、刃物では大きな傷を与えられないようだ。


 魔術が使えたら——使いたいのに、という衝動を危ういところで堪えていると、新たな助っ人が現れた。


 あれは……!?

 ——ガルム副団長……?


 か、顔が別人だ——と思ってしまうくらい、その顔つきは……怖い! 


 だけど、不思議と安心している自分がいた。


 普段、針のように細いガルム副団長の目がギラギラと大きく刮目していて、別人にしか見えないけれど。


 ガルム副団長は走ってきて、いきなり高く跳躍すると、氷漬けになった魔獣を思い切り左上から袈裟斬りにした。


 さらに斬り上げ、斬り下ろし、横薙ぎ、逆袈裟――縦横無尽に振り下ろされる刃が、氷を砕き、肉を裂き、細片へと変えていく。


 あっ、魔石だけ弾き飛ばされてきた……、っとキャッチ——成功。


 魔石は貴重な資源になるので、取りこぼして帰るのはなしだ。


 それにしても、あそこまで細切れにしなくてもいいような……。


 あの魔獣ってゼリー状だったから、ああしないと氷が溶けた時に、くっついたりして再生してしまうのだろうか?


 でも魔石も取り出したし、再生はないはず……。


 そんな腑に落ちないわたしの疑問をよそに、ガルム副団長の魔獣に向ける殺意は半端なかった。しまいには何発も雷撃を落として、細切れがサラサラになるまで粉砕し、風魔術で方々にばら撒いていた。


 ガルム副団長って、魔獣を前にすると豹変する人だったのね……。


 そ、そうだ! 他の魔獣は……?

 魔獣の魔力感知を試行する。


 ——もう他には魔獣の魔力は感じられないようだ。 ほっと安堵の溜め息が口から溢れた。


 討伐が終わっても、わたしの果たすべき務めはまだある。


 結界の重ねがけだ。


 通常は聖職者達や聖女が後日行うものだけれど、結界を修復するなら早い方がいい。また魔獣が侵入してくる可能性もあるのだから。


 従軍してきたわたしがいるのだ、ここで力を尽くすことは当然のことだと思う。


 結界の綻びを探すべく、聖力で周囲の淀みの流れを辿っていく。あった……あそこだ!


 胸に置いた手を額に当て、胸の前で合掌する。


「遍く大地を照らす、十二の芒星よ、眩く尊き光の繭となりて、我らを護り、安寧を保ちたまうことを」


 両手の指の先から綻びに向かって青く清浄な光が立ち上り、綻びを幾重にも分厚く塞いでから、周囲の上空を覆っていく。


「……う……嘘だろ……? 俺の里で、教区の聖職者達が結界を修復するのを見たことがあるけどよ。十人がかりで何時間もかかってたぜ」


「僕は聖女様お一人で修復されているのを見たことありますけど……、あんな大きな光じゃなくて、もっとか細い光で一時間はかかってましたよ?」


「いや、ありえん。幻覚……いや、夢だ……よな?」


 …………むしろ夢だと思っていてもらいたいくらい。というのが正直な本音だ。


 後日、この“聖務官”という立場で、やったことを言い繕えるだろうか?


 居場所をなくすようなことには、なりませんように……。



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