エピソード41 アッテンホールトでのデートと予感
アッテンホールトのメイン通りは、両脇に煉瓦や石造りの、左右対称の建物が立ち並び、その間に数々の店舗がテントを張ってマーケット地帯を形成していた。
石造りの建物にはコーヒーハウスや服飾店、パン屋など、上階に居住空間を備えた様々な店舗がある。
まずは食べ物の匂いに釣られて、マーケットに沿って歩いてみることにする。
もちろん新鮮な野菜や果物、多種類のチーズ、日用品を取り扱う店もあるけど、ところどころに実に香ばしい匂いを漂わせる店が点在している。
「あ、スコッチエッグだわ! おじ様、これって熱々?」
「熱々の揚げたてだよ! うちのは挽肉の中に野菜がたっぷり入ってて、トマトソースにつけて食べるのがおすすめだよ」
「じゃあ、二つくれる?」
ロイが買ってくれたスコッチエッグは熱々で、紙に包まれていた。
「これってどこで食べたらいいの?」
「歩きながら食べるんだよ。ほら、周りを見て」
たしかに皆、色々な食べ物を歩きながら食べている。
スコッチエッグはとても美味しそうだけど、大きな口を開けて食べないと、口の周りを汚しそう。
でも大口をロイに見られるのは恥ずかしいので、俯いて顔を隠して齧り付く。
「う〜〜んっ、美味しいっ」
中の卵は半熟でとろりとしていて、肉汁とトマトソースが口の中で合わさって、凄く美味しい。
あ、肉汁が口の端から垂れちゃう……と慌てて拭う。
「たしかに。中の野菜がシャキシャキして美味しいね」
ロイも大口で美味しそうに食べている。
彼の口の周りが汚れてないのを見て、わたしもハーブソルトにすればよかったと思った。
食べ終わったら、ロイが顔を覗き込んできた。
「なあに?」
「ソースが付いてる。こっちを向いて」
ロイが口元を手巾で拭いてくれた。
やっぱり口元が汚れていたみたい。恥ずかしい……と思ったけど、わたしを見つめる眼差しが甘くて、胸がキュンとする。
「ありがとう……」
まだまだ食べ物を食べれる気がしてたけど、もう胸がいっぱいになったような気さえする。
その後もパイ生地にアーモンドクリームを挟んだガレットとミルクティーもお腹に収めたけどね。
そして、若者が数人並んでいるテントを見つけて、覗いてみると、カード占いをしていた。
「ねえ、わたし達も占ってみない?」
「占いかぁ、やったことないけど面白そうだね」
順番がきて、占い師のお婆さんの机の前の椅子に二人で腰を下ろす。
「こんにちは! 二人の未来を占ってもらえますか?」
「どれ、まずは手を見せてくれるかい?」
「カード占いではないんですか?」
ロイが訊ねる。
「私の占いは手相とカード、両方で占うのさ」
「へえ〜! なんだか二倍当たりそうね」
わたしの手相を見ると、お婆さんはかなり驚いたような顔を見せ、皺だらけの手で撫でるようにカードを混ぜた後で、好きなカードを四枚選び取らせた。
「お嬢さんは、稀有な能力をお持ちだね」
言い当てられてギクリとした。
「そ、そうかもしれません……」
「幼い頃から常に憎しみに取り囲まれていたね。今はようやく抜け出たところ。気をお付け! その力を欲する者がいる。それこそ喉から手が出るほどにね」
「はい……」
「暗闇が訪れたとしても、違う道をお行きなさい」
「暗闇って……?」
訊ねたけど、お婆さんは無言で首を何度も振って答えてくれるつもりはないようだ。
ロイもわたしと同じように手のひらをお婆さんに見せた。お婆さんは今度は戸惑ったような顔をした。
カードを選び取らせた後で、話しだす。
「これから先、とても辛い経験をするだろう。一人遠くへ行くことになる。しかし、そうさね……諦めなければ道が開けることもあるかもしれない」
「辛い経験って……?」
黙り込んだロイに代わって、わたしが訊ねてみたけど、お婆さんはまた無言で首を振る。
「試練はどうすることもできない」
そう呟いたお婆さんは、繰り返し訊いても頑として口を開いてはくれなかった。
占いが終わり、メイン通りから一本隣に入った川沿いのベンチに座った。
ロイは少し元気がない。
視線が川面を彷徨っている。
「占いを気にしてるの? きっと大丈夫だよ。ああいうのは良いことだけを信じて、悪いことは信じなければいいって亡くなった母が言ってたわ」
「そうだよね。一人で遠くへなんて、行かない。君と離れるなんて考えたくもない……」
「そうよ。わたしだって、あなたと離れるなんて嫌だからね、絶対」
励ましと誓いの気持ちを込めてロイの手を握りしめる。
「ありがとう、ジュディー……好きだよ」
「わたしもロイが好き」
もしも本当にロイと会えなくなったら、どれほど辛く寂しいだろう。
想像しただけで、胸が切なさに押しつぶされそうな気がして、涙が盛り上がる。
目尻に溜まった涙を見て、ロイが指で拭ってくれて額に唇を押し当てる。
唇を押し当てられた額がじんわりと温かい。目を瞑って顔を上向かせると唇にロイの吐息がかかって、温かい唇が重なった……。胸がトクンと高鳴る。
まるで世界から全ての音が消えて、ロイとわたしだけが残されたような錯覚に陥る。
唇が離れた時、目を開くとロイの長い睫毛越しに翠色の瞳と目が合い、魅せられたように唇が震え、喉が干上がるように感じた。
ロイの眼差しが眩しくて、胸が痛いくらいなのに離れたくない。この気持ちを言葉で表すのが難しくて、肩に頭をのせるようにもたれかかる。
ロイはそんなわたしの背中を温かい手のひらで何度も撫で下ろした。
どれくらいそうしていたのか、気がつくと日が翳っていた。
「そうだ、渡したいものがあるの」
そう言って、服の中に身につけていた二つのペンダントを手に取る。一つは以前誕生日にロイがくれたもので。
「それは……あの時の?」
「そう。あなたから貰ったこのペンダント、肌身離さずつけているの。
この前、街に出かけた時にこれと似た十二芒星のペンダントを見つけて、プレゼントしたくて」
そう言いながら、ロイの首にペンダントをかける。
「お揃いみたいでいいでしょう?」
「本当だね。嬉しいよ……、ありがとう」
ロイのはにかみながら喜ぶ顔を嬉しく思う。
彼からあらゆる心配が吹き飛んで、今みたいな幸せそうな顔をしていてくれますように……。
ペンダントには昨夜、加護の祈りをたっぷり注ぎ込んでおいた。




