エピソード40 浮き立つ朝
今日は、ロイとの初めてのデートの日だ。
平民に見えるよう、マノンに手伝ってもらって身支度をした。
毛織の煉瓦色のボディスとスカートの上からクリーム色のオーバースカートを着て、麻の生成りのスカーフで首元を覆う。
木綿の長靴下を脹脛の上で、紐で結び、黒の飾り気のない平靴を穿く。
頭には麦わら帽子を被り、鏡の前でどの角度が可愛く見えるかも試してみる。
トルエンデ公爵邸まで迎えに来てくれたロイは、白いシャツに紺色の麻のチュニックを重ね、落ち着いた色のブレーに深靴というシンプルな姿で、とても素敵だった。
わたしの格好も気に入ってくれたらしく、絶賛してくれた。
「可愛い……。似合ってるよ」
「あなたこそ素敵! 今日は一日エスコートよろしくお願いします」
こんなやり取りでお互い赤くなったのだった。
アッテンホールトの街の近くまではロイが乗ってきた、家紋のない馬車に乗り込む。
御者は護衛を兼ねてミュゲルに交代した。
「今から向かうアッテンホールトの街は、帝都の外れに近いところにあるせいか、貴族は殆ど立ち入らないけど、山岳地方や南海に面した村々からの交易品が持ち込まれて、マーケットは活気づいてるらしいよ」
「へえ、すごく楽しみだわ」
ロイと二人隣り合って座ったので、馬車が揺れてお互いの肩がぶつかった時、最初は弾かれたように飛び退いて、頬を染めた。
でも段々と慣れてきて、馬車が曲がり角でロイの方に傾いた時には、お尻がロイのほうに滑って、ぴったりとくっついても、離れずそのまま寄り添っていた。
触れた太腿や肩が熱をもったように、ジンジンして、心臓がバクバクした。
どうして、ただ座っているだけなのに、こんなに落ち着かないんだろう。
お互いに気持ちを打ち明け合う前、祖父母と一緒の時にはこんな風に意識したことはなかったのに……。
「あのさ、母に好きな子ができたって話したら、是非会ってみたいって言うんだ」
わたしのことをお母様に話してくれたのね。
ロイがわたしのことを真剣に考えてくれていることが伝わって嬉しい。
「本当? 嬉しいわ! わたしもお会いしたい」
「うん、紹介するよ。ちょっと複雑な家だから驚かせるかもしれないけど……」
「そうしたらその時にはロイの本当の髪色もわかるのかしら?」
「はは……髪色か、うん。そういえば魔術競技会で認識阻害魔術で僕が姿を変えていた時、どういうところで僕だって気付いたの?」
「ふふ……やっぱり身のこなしとか、話しかたとか。それにぼやっとした印象に残らない顔っていうのも、最初からなんだか違和感があったわ。決定的だったのは顔に触った時だったけどね」
「そうか……。外見さえ変えれば皆を騙せると思っていたけど、まだまだだな。ジュディーのお陰で改善点が見つかったよ」
「わたしの方が化けるのが上手いんじゃない?」
そう言ったら、確認するように手を顔に優しく滑らせてくる。
「うん、印象に残る魅力的な顔立ちだね。ジュディーほどじゃないけど、ジェマも可愛い」
「ば、馬鹿……。また顔が火照っちゃうじゃないの」
そう言って少し離れたら、ロイのほうがぴたりとくっついてきて、手を握りしめる。
「僕だって、顔が熱いよ。ほら触って」
わたしの手を自分の頬に押し当てる。本当だわ、熱くて赤い……。
それに馬車窓から光が差し込んで、綺麗な目が真剣な光を宿して輝いてる。
この熱い空気感にドギマギしていたら、御者席のほうからミュゲルの声が聞こえてきた。
「そろそろ着きますよ」
「……まったく、間が悪いよね」
ロイはぽりぽりとこめかみを掻き、わたしはロイから離れて座り直した。
いや、これ以上ないほどバッチリなタイミングで助かったわ!
馬車から降りるとロイがミュゲルにキッパリした口調で言った。
「ミュゲル、今日はジュディーの護衛は僕に任せてくれていいよ」
「さすがに空気が読めない僕でもわかってますよ。お二人で楽しんできて下さい。
僕は好物の海老でも食べて待ってます。
護衛は——ロイ様がいるんだから、変な奴らが現れても軽く返り討ちにするでしょうしね」
ミュゲルは肩をすくめて嘆息した。
責任感の強いミュゲルを置いて二人きりでデートができることが決まった瞬間、ロイが嬉しそうな笑みを見せて手を繋いできた。
手汗が気になりつつも、わたしより大きい手と絡められた長い指にどきどきした。
手を繋いで一緒に歩けることがこんなに嬉しいことだなんて、知らなかった……。
デートはまだ始まったばかりなのに、こんなことで最後まで心臓は持つのかしらん?




