エピソード3 祝福の小夜会で一人
※エピソード3を加筆修正しました。
物語の流れは変わりません。
ラヴォイエール邸では、イリーナの十五歳の誕生日を祝う小夜会が開かれていた。
大広間は花々の香りに満ち、ずらりと並んだ金縁の鏡が、シャンデリアの光を跳ね返していた。
薔薇色の絨毯の上では、レースを纏った令嬢達が、蝶の群れのように笑いさざめき、その中心にいるイリーナは微笑んでいた。
丁寧に巻かれたミルクベージュ色の髪に、薄桃色のチュールドレスをまとった姿は、蝶が群がる花そのものだ。
「イリーナ嬢はお母上に似てお美しいですわね」
などと客達の口から賛辞がこぼれるたび、継母は誇らしげに微笑み、娘の腰をそっと抱き寄せた。
わたしだけが、輪の外にいた。
知らない顔ばかりだ。
腰まである白金色の髪は櫛を入れただけ。
色褪せたドレスはイリーナのお古で、丈を誤魔化すため裾に布を継いでいる。
難癖をつけられないよう顔を伏せて誰とも目が合わないようにしていたが、長い前髪が顔を隠してくれて助かる。
ただ誇りだけは失うまいと、背筋だけは真っ直ぐに伸ばして立っている。
「聖女の娘なのに、聖力を持たないし、貴族なのに——魔力すら、ほとんど持たないそうよ」
憐れみとも侮蔑ともつかない声音が、針のように肌を刺すが、聞こえない振りをしてやり過ごすしかない。
「そのドレス……ずいぶん古風ね」
「髪も、せめて長さくらい切り揃えるべきでは?」
令嬢達の押し殺した笑い声と視線が、突き刺さる。
イリーナは琥珀色の瞳を細め、思案顔で口を開いた。
「姉は人と交わるのが苦手なの。お洒落にも興味のない変わり者で、侯爵家のイメージまで悪くなって困っているの」
イリーナが頬に手を当て、溜め息を吐くと、隣りの令嬢がなるほどという顔をした。
「お悩みお察ししますわ」
イリーナは軽く頷いてから、優しげな表情を浮かべる。
「だけど、好みも性格も人それぞれだし、あまり揶揄わないであげてね。泣いたりでもしたら、私達が虐めたみたいに思われてしまうでしょう……?」
庇うような口ぶりだけれど、声音はやけに明るい。
「そんなことで、泣かないわよ」
伏せていた目を上げ、わたしは静かにイリーナを見据えた。
「まあ……せっかく庇ってあげたのに……。酷いわ! そんな風に太々しいからお父様にも嫌われるんじゃないの?」
彼女の友人達は頷き、イリーナに同情の眼差しを向け、わたしには眉を顰めて不快感を表した。
「庇った? ドレスはわたしが選んだんじゃなくて、お継母様の用意されたものよ?」
わたしがそう言ったことで、令嬢達が顔を見合わせ、イリーナは取り繕うように言葉を重ねる。
「あなた好みのドレスを用意してあげたお母様の、センスが悪いとでも言いたいの?」
「わたしがドレスを貶したんじゃないわ、貶したのは皆さんだった……わよね?」
わたしに視線を向けられた令嬢達は、途端に決まり悪げに後ずさりしたり、こそこそと他の令嬢の影に隠れたりする。
イリーナは近寄ってきて耳元で小さく毒づいた。
「余計なことを言わないで。暗がりにいるのが相応しいお姉様には、お似合いのドレスでしょう?」
そしてドレスの裾の陰で爪先をぐりぐりと踏みつけられ、痛みに顔を引き攣らせた。
悲鳴は、報復を恐れて飲み込んだ。
けれど、そんなわたしを嘲笑うように、イリーナはその瞳と口元に企みを覗かせた。
次の瞬間——羽のように広げた腕をバランスを崩したように傾け、イリーナは上体をふらつかせた。
そして悲鳴を上げながら崩れるように倒れる。
……違う、倒れるというより——転ばされる“ふり”をしたのだ。
これがドレスを選んだのが継母だと話した——仕返しなのだ。
胃がずきりと痛む。
「きゃあっ……、痛いわ! お姉様、どうして足を引っ掛けたりなさるの?」
「そんなこと……してないわ」
否定するわたしの声を拾う者はなく、あちこちで非難の言葉が囁かれた。
「まあ、足を引っ掛けるだなんて悪質だわ」
「そんなだから聖力も芽生えなかったのね」
聞こえよがしに囁かれる侮蔑の言葉に、心が凍るようだ。
「皆様——、姉をあまり責めないで下さい。母君を早くに亡くして魔力も持たず……可哀想な人なのです」
ここぞとばかりに、優しい妹を見事に演じるイリーナは役者としても生きていけるに違いない。
「イリーナ嬢、あなたって……なんて心優しい令嬢なの!」
周りの人達の賞賛の言葉が続いた。
その時、父が重い靴音を響かせながら歩み寄ってくるのが見えた。
身体が冷たくなり、手足が震える。
「どうかしたのですか? 娘のイリーナが何か……?」
「お父様、それがね……」
イリーナと彼女を賞賛する人達の話を聞いた父はわたしの目の前まで来ると、怒気に歪んだ顔で、怒鳴りつけた。
「また妹を虐めたのか。人前なのに、情けない」
言葉を挟む間もなく、父は苛立たしげにわたしの腕を掴み上げた。
「……虐めてません」
父の後から継母もやってきた。
「まあ、可哀想なイリーナ、……大丈夫?」
イリーナに怪我がないか、ドレスが汚れていないか確かめ、鋭い目でわたしを睨みつける。
わたしが屈辱に唇を噛むのを見て、イリーナがほくそ笑んだのが目の端に映った。
「まあ……妹を妬んで意地悪を繰り返しているのね?」
人々の陰口が棘のように胸を刺す。
——どうせ人は、見たいようにしか見ない。そう自分に言い聞かせ、もう一度主張を繰り返す。
「わたしはイリーナを転ばせたりしていません」
「あくまでしらを切るつもりか?
なんて強情な……母親にそっくりだな」
その言葉が棘となって胸にささり、悔しさに息を呑む。
「あなた、人目もありますし、ジュディリスには後でよく言って聞かせましょう」
継母がそう言うと、父は「そうだな」と頷き、わたしの腕を離すと、舌打ちしてくるりと背を向けた。
そして父の視線は、優しくイリーナに注がれる。
「向こうで客人が、是非愛らしいご令嬢を紹介してほしいと言っている。イリーナ、後であちらに来なさい」
歩み去る父の後ろ姿をぼんやりと見送り、誰にも見えないようにスカートの布地をぎゅっと握りしめた。
「これ以上、みっともなく妹を妬むのはやめなさいよね」
継母もいまいましげにそう言い捨てて、立ち去った。
「お姉様、私ばかりお父様に可愛がられてごめんなさい。でもお姉様もいけないと思うわ。態度を改めないと……」
鷹揚に笑ってみせるイリーナに対して、取り巻きの令嬢が言葉を挟んだ。
「シェスタビア家の血筋を鼻にかけてイリーナ嬢やお父様のこと、見下しているんじゃない?」
イリーナはそれを聞いて、眉をよせた。
「あなたたち、私がお姉様に血筋で劣ると言いたいのかしら?」
天使のような微笑みを浮かべながら、問いかけるイリーナの目はどうみても笑っていない。
空気が変わったことに気付いて、その令嬢が気不味げに、言い繕った。
「そんな……わけないじゃない? ラヴォイエール侯爵家の歴とした愛娘のあなたが、そんなこと……」
「そう……? あっ、そうだわ! 私は早くお客様のところに行かなくては」
イリーナはわたしを一瞬鋭く睨みつけると、なんの話をしていたのかも忘れたような顔で友人達と去っていった。
わたしはこんな不愉快なパーティなんて、早く終わればいいのにと思いながら、人目につかないところを求めて移動し、壁沿いに並べられた椅子に座った。
そこから大広間を見回してみる。
その時令嬢達の華やいだ声が上がり、そちらを見やると、イリーナが紺色の髪の青年に紹介されているようだった。
あの父が紺色髪の青年の連れに、愛想良く接しているところを見て、身分の高い相手なのかもしれないと思う。
イリーナの婿には最高の相手を探すというのは、日頃からの父の口癖だ。
ここから遠目に見る彼の横顔は、整っているようだ。




