エピソード37 侍女としての暮らし
貴族家の侍女の仕事は、屋敷によってもまちまちだ。
ラヴォイエール邸ではわたしに専属の侍女がつくことはなく、身の回りのことは基本的に一人でやっていた。
複雑なドレスの着付けだけはフレア達メイドが手伝ってくれたけれど、髪型にまで気を遣うことはほとんどなかった。
トルエンデ公爵家の場合、お祖母様の話し相手やパーティへの付き添い、お化粧や髪結、着付けなどが侍女の仕事だ。
髪を束ねるくらいわたしにもできると軽く考えていたけれど、これがなかなか難しかった。
「お髪は優しく扱って。そんなに乱暴に梳らないでってば」
「ああ——、この紐の端を押さえていてって言ったじゃないの」
さっきから、マノンに何度も駄目だしをされている。
髪を整えるのに、こんなに技術が必要だとは……。
「それじゃあ私がお化粧をして差し上げる間に、ドレスを選んできてちょうだい! 今日は大聖堂に行かれるから、厳かな感じの衣装がいいと思うの」
お祖母様のワードローブは色彩豊かで、選ぶのが難しい。
わたしの部屋のカーテンといい、プレゼントして下さったカーディガンといい、きっとお祖母様は薔薇色がお好きなんだわ。
肌の露出が控えめだと厳かな感じになるかしら?
そう考えて真剣に選んだというのに、マノンには一目で却下された。
代わりにマノンが見立てたのは、薄い鳩羽色の絹地で仕立てられたドレスだ。
悔しいけど、マノンの選択は的確で洗練されている。
上品な形のそれはお祖母様によく似合った。
「マノン、今日はジェマに付き添ってもらうから、ジェマのドレスも選んでくれない?」
お祖母様の指示でマノンが選んでくれたのは落ち着いたオリーブグリーンの仕立ての良いドレスだった。
外出時の付き添いに相応しい上質なものだ。
「いいわね、赤毛が映える色だしね」
お祖母様は満足そうにドレスを眺め、わたしもマノンの選択に感心した。
マノンとメイドのラナがわたしの着替えや髪を整えるのを手伝ってくれた。
目鼻立ちのはっきりした新しい顔に薄化粧を施す。
ふと机にあった文具を見て、出せなかったヒルステッド卿宛ての手紙のことを思い出した。
大事なことを伝えないといけない。改めてもう一度手紙を書いた。
今の居所については触れず、家を出奔したことと、婚約を解消してほしい旨を綴った。そして感謝の言葉で締めくくる。
大聖堂に行くならナビエ聖女様にお会いして手紙を託すこともできるかもしれないと思って、ドレスの下に装着したポケットの中に手紙を入れた。
大聖堂への馬車での道中には、護衛としてミュゲルも馬で並走してくれて心強い。
今日集まる聖女は五人のうち四人。
欠席はマリアンヌ様——アリーのお母様だ。
なんでも今は他国の依頼で帝国外へ出向いているそうだ。
そういえば、帝国外に聖女はいないって聞いたっけ。
他国でも、聖力の持ち主は聖職者と呼ばれる。
彼らは帝国と同じように教会に在籍して人々を癒したり、結界を張り巡らせている。
つまり筆頭大聖女であるお祖母様を除けば、今日お会いできる聖女は三人。
お一人はナビエ様で、お一人はバロイエル伯爵夫人のミリアム様とおっしゃる方。
そしてもうお一人はエスタシオン公爵夫人のアンネローゼ様。このかたは皇帝陛下のご息女だ。
近年帝国が併合した、エスタシオン(元王国)の領主は元王族だ。
帝国の庇護を望んだ小国が、皇帝の娘で聖女でもあるアンネローゼ様を迎えることで結びつきを強めたのだろう。
魔力暴発抑止によらない婚姻も例外的にはあるということよね。
お祖母様と共に馬車から帝都の大広場に降り立った。
マルドゥーク大聖堂という聖エリタス教最大の信仰の中心は、想像以上に荘厳だった。
正面は高さのある列柱が前後に重層配置されていて、中央部を強調させたファサードをつくりだしている。
その向こうに巨大なドームが見える。
圧倒されて息を呑むわたしが、扉の内部に足を踏み入れれば、その瞬間、重厚で華麗な様式の壮麗さが伝わってくる。
はるか頭上の天井には色彩豊かな絵画がダイナミックに描かれ、円柱など至る所に施された彫刻は統一感を与えている。
バラ窓や祭壇周りのステンドグラスの美しい色彩には引き込まれてしまいそうだ。
そして、ここのエリタス神も、金箔に覆われているという違いはあっても美形だった……。
背後のエリタス教のシンボルである十二芒星も金色にキラキラと輝いている。
まずはお祖母様にならってエリタス神に祈りを捧げた。
祈願者と呼ばれる礼拝者の名簿は、聞いていた通り——魔力抑制のための聖務式に参列する大貴族や寄進のあった富裕層ばかりで構成されているようだった。
その名簿の一番上に記されていたのは、ギルベアト第一皇子の御名だった。




