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背徳と呼ばれた令嬢ジュディリスは、聖力と魔力を併せ持つ大聖女の器でした  作者: 麦色 ろっこ


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エピソード34 クレタナ・クラーンの前に

 わたしが家を出たとして、どうやって生きていけるだろう?


 素性を明かせない以上、家庭教師ガヴァネスになるのも、修道院に身を寄せるのも難しい。


 トルエンデ邸に駆け込んだところで、親権は父にあるのだから、結局は連れ戻されるだけだ。


 わたしは気がつけばティーカップを片手に溜め息を吐いていた。


 皇室の呼び出しでお祖父様は不在。

 お祖母様も信徒の一人が倒れたと言う助祭に連れられて席を立ち、今は司祭棟で残されたロイと二人、お茶をしている。


「……聞いてもいいだろうか? 実は……ジュディーが婚約した、なんて——あり得ない話を聞いたんだ」


 ロイがそう切り出した時、心臓がドクンと音を立てた気がした。


 いつか噂がロイの耳にも入る、そう覚悟していたはずだったのに……。


 いざとなると、どう伝えればいいのか。

 返す言葉を思いつかない。


 そういえば今日のロイはなんとなく口数が少なく、時折何か口にしかけては言い淀むのを繰り返していた。


 今、翳りを帯びた瞳でわたしを見つめるロイを正面から見つめ返す勇気が湧いてこない。


 カップを音を立てて受け皿に置くと、膝の上で両手を組み合わせる。

 

「えっと……、それはそう。あの……どう言えばいいのか分からないんだけど、ある意味ではそれは事実なんだけれど、実情は違うというか……」


 しどろもどろのわたしの言い訳を聞いて、ロイは複雑な表情になった。


「もしかして、ラヴォイエール侯爵が無理強いを?」


 なんとなく予想していたようで、確認するように訊ねてきた。


 どう説明しようかと悩んだわたしも、大体の事情はロイなら察してくれるだろうと気付いて、少し落ち着くことができた。


「君が何も言わないからといって、侯爵家で難しい立場にあることは分かっているつもりだったのに……。

一人で抱え込んで困っている状況に気付けなくて悪かった——」


「そ、そんなっ……。ロイが謝ることじゃないわ。わたしが……どう相談していいか考えがまとまらなくて。お祖父様達にも迷惑をかけてしまわないかと思うと言い出せなかっただけで」


 どうしてロイが自分を責めるのか。

 ロイは全く悪くないと伝えたくて気持ちが焦る。


 ロイは真剣な目をして言った。


「正体も明かしていない僕のことを頼れと言うのは難しい話かもしれないけど、困った時には頼ってほしいんだ」


「分かったわ……」


「望まない婚姻なんて、君にはしてほしくない。それに——」


「違うの。ノルテモア侯爵家のヒルステッド卿はわたしの事情を分かって下さっていて、しばらくの間隠れ蓑になって下さるってだけの話で……」


 誤解のないようにと思って慌てて説明した。


 それなのに、なぜだかロイはその説明を聞いて、引き攣った顔で口元を引き結んだ。


「僕には頼りづらかった……? ヒルステッド卿には相談できたのか?」


「そうじゃないわ。ヒルステッド卿はノルテモア侯爵夫人から事情を聞いていただけで……」


 ああ——もうっ……、なんでロイが辛そうな顔をするの?

 わたしがそんな顔をさせてしまったの?


 思わず頭を抱え込んでしまいそうになった時、ロイが自分の頭を掻きむしった。


「ごめん。情けないな、僕は。ジュディーを責めるつもりなんてないのに。ヒルステッド卿に嫉妬して……。

ガキみたいだよな」

 

 嫉妬って、それは大人な対応ができることに対してということ?


「好きだ! ……僕は君が好きなんだ、ジュディー」


 …………!? 

 わたしが好き? それって……。


「前から言おうと思っていたんだ。けど、言って君に避けられたらと思うと……。

今の関係でいるのも悪くはない、と自分を誤魔化していたんだ」


 わたし、今——もしかしなくてもロイから告白されてる……?


 頬を抓ってみた。

 ……痛くない。

 やっぱり夢なのかと思った。

 ——次の瞬間。


「なにふんら……?」


 間違えた……自分のじゃなくロイの頬を抓ってた!?


「痛くないから、夢だと思って……」


「これは僕の頬だから。痛いわけないから」


「うん、そうだよね……」


「……続き、言っていい?」


 こくり、と頷く。


「ジュディーが好きだ。友達としてじゃなくて、だ。」


 どうしよう?

 信じられないくらい嬉しいんだけど……。

 顔が熱い。


 こういう時、どう答えたらいいのか分からない。

 素のままの自分でいることが恥ずかしくてたまらない。


 動物の毛皮があれば被っていたいような……。

 ここには毛皮はないけど、本の中に出てくる恋愛上手な女性になりきってみるとか、はどうだろう?


 思い出したのは、イリーナの書架から拝借した『恋愛達人婦人』の主人公の必殺技だ。


 “意中の男性をものにする技 その三”を思い浮かべる。


 上目遣いで瞬きをぱちぱち繰り返して、物言いたげな表情を意識。そして誘うように甘く囁く。


「じゃあ……わたしと婚姻する? しちゃう?」


 若干台詞を間違えた気がする。


 必殺技が効き過ぎたのか、ロイがあんぐり口を開いていた。


 しばらく間があって、ロイの口から言葉が発せられた。


「なんだって……? こ、婚姻……?」


「そうよ! こ・ん・い・ん……」


 あれ? ロイったら腰が引けちゃってない?


「あなた、好きだって言ったじゃないの! それとも嘘だったの? 嫌なの?」


「い……嫌なわけないだろ!?」


 ロイはようやく状況を認識したのか、あっという間に耳や首筋まで真っ赤になった。


「国境沿いのクレタナ・クラーンの街の教会で駆け落ち婚、なんてどうかしら?」


「ク、クレタナ・クラーン!? ず、随分具体的で……素晴らしい計画だと思うけどさ……」


 うっとり頷くわたしの頭の中では、早くも二人が手に手を取り合って、追っ手を振り切り馬車の旅へと踏み出す映像(←脳内イメージです)が再生されている。


「その……駆け落ち婚は実に魅力的だと思う。だけど

その前に——僕の求めている答えはさ……君が僕のことをどう思ってるかってことで」


 ギクリ。


「えっ、嫌だ……。聞きたいの?」


 大きく頷くロイを見て、これは誤魔化すのは難しそうだ、と悟った。


 大きく息を吸い込むと、ロイがわたしの顔を見守っていた。


 まじまじと見ないでいてほしいのに。

 顔を見られないように俯くと、やっとの思いで声を絞り出した。


「……す……き……」


 呟いたわたしにロイの声が無情に聞こえる。


「……なんだって?」


 ううっ……、聞こえなかったの? ……本当に?

 せっかく人が全身から湧き出る恥ずかしい気持ちを堪えて言葉にしたのに。


 ロイに目をやると、有罪とも無罪ともつかない顔だ。


 こうなったら——と、なかば自棄くそで叫んだ。


「好き!!

……って言ってるのよ……」


 最後の方はボソボソと呟き、俯いてじっと膝を見守る。


 自分の顔を見られたくない。

 だけどロイが今どんな顔をしているのか、は見てみたい。


 その誘惑には勝てなくて、おそるおそる顔を上げて確かめてみた。


 しまりのない頬と緩んだ口元がその答えだった。


 なんともいえない、くすぐったいような気持ちがほわほわと胸を温めてくれる。


 わたしも同じような顔をしているのだろうか?


「ありがとう。僕も君のことが好きだ」


 嬉しさとむず痒さとで胸がいっぱいで、お互いしばし沈黙の中でその気持ちに浸っているようだった。


 沈黙を破ったのはロイの言葉だ。


「あっ……それはそうとして。婚約話は今どうなっているんだ?」


 現実に引き戻された。

 そして、今現在のわたしの婚約にまつわる状況を詳しく説明した。


「一刻も早くラヴォイエール邸を出るべきだと思う。

駆け落ち婚も魅力的な案だし、僕の親にも会ってもらいたいけど……」


 ロイのご両親はご健在なのね……。

 その言葉からは近い内に、家の事情もわたしに打ち明けようとしてくれていることが伝わった。


「背徳の令嬢なんて言われてるわたしとの婚姻なんて、反対なさるんじゃない?」


 わたしの不安を飲み込み、安心させるようにロイは言ってくれた。


「大丈夫だ。僕が説明する」


 そんなロイのことを頼もしく感じる。


「色々考え合わせると、とりあえずは一度はトルエンデ公爵家に身を寄せるのがいいんじゃないかな?

その方がトルエンデ公爵や大聖女様にも必要以上のご心配をかけずにすむんじゃないか?」


「でもお祖父様やお祖母様に迷惑がかかるわ」


 ロイの言うことも分かるけど、そもそもの悩みを忘れることはできない。


「認識阻害魔術で顔の印象を変えるのはどう?

侍女として屋敷に入り込む」


「に、認識阻害? 侍女……? そんな簡単に言うけど、わたしはそこまで認識阻害魔術を使えないわよ」

 

 だけど……。

 それができれば、ジュディリスとしての自分を一度表舞台から姿を消せるというわけだ。


「聖力を誤魔化したりする程度の認識阻害魔術は使えるけど、顔の印象を変えるのは難しそうね……」


「そこは特訓するしかないな。もちろん付き合う」


 ロイが付き合ってくれるなら上達も早いかもしれない。


「ジュディーならきっとできるよ。

まず自分から騙すんだ。髪色を実際に染め粉や鬘で変えてみるとか……。

実際とは違う自分になりきることから始める」


 なるほど……。

 ロイはなかなか魔術の指導がうまそうだ。


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