エピソード33 隠れ蓑
「もはや……娘を嫁に出すんじゃなくて、競売にかけるって言ってるようなものですね」
口に出してみて、初めて現実味を帯びた気がする。
そうだ、わたしはオークション会場に陳列されている商品のようなものだ。
わたしの意思なんて無視されて当然。
より高い買い値をつけたものに落札されるだけ。
腹が立つのを通り越して、虚しさに胸が蝕まれるようだ。
どこまで厚顔無恥な父親なんだろう。
「僕はほら、一応ラヴォイエール侯爵家の内輪の事情について、母から聞いていたから……。君には同情してたんだけどね」
わたしが盛大な溜め息を吐くのを横目に、ヒルステッド卿は気の毒そうに目尻を下げた。
「あ、じゃあもしかして婚約者がころころ変わっていたのは……」
「ラヴォイエール侯爵閣下が求婚者達をふるいにかけているんだね。まあ、明け透けに言うと、より良い条件の申し入れがあれば、そちらに乗り換えているようだ。
婚約を解消して新たな婚約を結び直している」
もう想像の範疇を超えている。
いくら憎いわたしの評判がどうなろうと気にならないにしても……。
「わたしって……世間では次々に婚約者を乗り換えている計算高い令嬢だと思われているんですね」
「言いづらいけど、そういうことだね……。ラヴォイエール侯爵自身の評判も落ちているけど、評判を落としていちばん困るのは令嬢である君だよね」
この先、誰かと婚約したいと思ったとしても、ここまで評判を落としたわたしの縁談が整うことは、かなり難しいことなんじゃないだろうか?
相手の家族が良識的な人達なら、好き好んでそんな評判の令嬢を家門に迎え入れるわけがない。
ロイの家族については分からないけど……。
きっと、そんなご家族よね。
「最初の婚約者の彼がね……、かなり思いつめる性質だったみたいで、自殺未遂をしでかしたそうなんだ」
「自殺未遂……? そんな……どうして?
わたしはてっきり先方から断られたとばかり思っていたんですけど、違ったんですね?」
ヒルステッド卿が声に出さずに頷いた。
それにしても自殺未遂って、つい最近ロイから聞いた話……友人の弟だと言っていたけれど、似たような話だった……。
もしかしてロイの友人というのはコルディアーム侯爵家の令息だった……?
「まあ首を吊ろうとして、紐が切れたとかで……、一命はとりとめたらしいんだが……」
「なんてこと……。そんなに傷つけてしまってたなんて……」
わたしが選んだわけでも、拒んだわけでもない。
それでも結果だけ見れば、彼の人生を壊したのはわたしだ。
本当に、わたしはなにも分かっていなかったみたいだ。
「彼は、シグルト卿は……大丈夫なんでしょうか?」
「幸いコルディアーム侯爵家では幼い頃から猫可愛がりしてきたシグルト卿のことを、かなり気にかけているらしいから大丈夫だろう。まだ若いしね……」
「……そうですか」
「それから財力が上回るエルファスル子爵に君を奪われたサザークレン伯爵も腹立ちのあまり、君について悪い噂を流しているようだ。異性関係が派手だとか、背徳の令嬢だとかね……」
まさかわたしが社交界の恋多き悪女というような意味でそんな風に呼ばれる日がくるとは。
もう返す言葉が思い浮かばず、黙り込むわたしを見て、ヒルステッド卿も物思わしげに嘆息した。
「それに、これは僕のせいだから申し訳ないんだが……。エルファスル子爵も今ではサザークレン伯爵の言に同調している……」
ヒルステッド卿、というよりはノルテモア侯爵家はわたしのことを少なくとも尊重してくれているようだ。
それに、わたしのために一体どれだけの対価を用意して父と交渉したのだろう——。
そう思うと恨む気になんてなれなかった。
「うちの母は君の素質を高く買っていて、君の窮状をなんとかしたいと思っていたようだ。
それで……僕の婚約者にどうかと考えたらしい」
そうヒルステッド卿は言ったけれど、わたしだって分かっている。
それがわたしのため、ということだけではないことを。
高く買っている素質——それはわたしが受け継いだ聖女の血筋だ。
それをノルテモア侯爵家に取り込むことを利のあることと判断したからこその申し出だ。
「そういうことだったんですね……。色々なんというかご迷惑をおかけしてしまって、申し訳ないです」
ヒルステッド卿にしてみたら、そんな評判の悪い婚約者を押し付けられても、迷惑以外のなんでもないだろう。
「色々と情報をありがとうございました。
わたし、現実を知らなさすぎました。今後のこと……しっかり考えてみます……」
「そうだね、ゆっくり考えてみるといい。
それはそうとして、僕は特に懇意にしている女性もいないし、君と本当に婚姻してしまうのも悪くないと思ってる」
わたしにとっては、思いがけないひと言だった。
「えっ……? わたしとの婚約なんて、ヒルステッド卿にとっては迷惑にしかならないでしょう?」
ヒルステッド卿は微笑んだ。
「どうせこの話がまとまらなければ、母は新たな婚姻話を持ってくるだけだ。
正直、僕はまだ独り身でいたいし、次の相手が早い時期の婚姻を望んでも困る。
実際に婚姻するかどうかはともかく、しばらくはお互いを隠れ蓑にするのも悪くないと思ってね」
なるほど……。そういうことなら、お互いに利点があると言える。
一方的に借りを作るのは嫌だ。
「うちも一応侯爵家だから資産はある方だし、対価は払える。それに婚姻するなら君の評判も侯爵家の力で後から回復させることもできる」
わたしにとっては良いことづくめに聞こえるけれど、本当にヒルステッド卿の手をとってもいいのだろうか?
黙り込むわたしに、ヒルステッド卿はさらに言葉を重ねた。
「僕もこう見えて、令嬢方の間ではそこそこ悪くない婿候補として名前が挙げられるらしい。
君は才はありながらも驕らず、賢明だ。一緒にいて居心地が良い。ということで、真剣に婚約者候補として考えてみてもらえるだろうか?」
わたしが可哀想過ぎて、申し出てくれているわけではないのだろうか?
わたしの疑い深い眼差しを見て、ヒルステッド卿は苦笑した。
「ただノルテモア侯爵家の資産も無尽蔵というわけじゃないから、うちよりもっと大きな支援を申し出る家もあるかもしれない。
その時は僕とも婚約解消になるだろう。だから君に婚姻したい相手ができたとしても、僕は身を引いてあげるつもりだよ」
今ヒルステッド卿の手をとらなければ、また違う相手を傷つけることになるだろう。
お父様は容赦なく、相手の名誉や心を傷つけるはず。
それなら……。
「束の間の隠れ蓑としてなら、そのお話を受け入れさせてもらってもいいですか? でも本当に婚姻するつもりはありません」
確かなのは、一刻も早くわたしがこの屋敷を出ていかなければならないということ。
準備ができたとかできてないとかではなく、これ以上お父様に商品にされているわけにはいかない。
「それでいいよ。僕を時間稼ぎの隠れ蓑として利用してくれ」
ヒルステッド卿は大人の余裕を感じさせる人だ。
婚約者としては、わたしなんかとは精神的な年齢差が開き過ぎている気がした。
「ありがとうございます。このご恩をどうお返ししたらいいのか……」
「それなら婚姻を真剣に考えてくれてもいい」
まんざら冗談ではないと言いたげに真剣な目をしたヒルステッド卿を見て、胸がざわっとした。
「それとも……将来僕が一人前の聖職者になった時に、力を貸してほしい場面もあるはずだ」
そんな形でご恩を返せる時がきたら、勿論そうしようと強く思う。




