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背徳と呼ばれた令嬢ジュディリスは、聖力と魔力を併せ持つ大聖女の器でした  作者: 麦色 ろっこ


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エピソード31 父の独断

「……ふん、最初から素直に帰ると言えばいいものを。あの二人のせいでつけ上がって、立場を忘れたか?」


 父はわたしを祖父母の天幕から連れ出してから、自分とイリーナと同じ馬車に乗せると、思い出したようにぼやいた。


「それにしても、お前が競技祭であそこまで勝ち残るとはな……」


「たまたま運が良かったんです」


 そう答えたけれど、父が怪しむように睨んできた。


「魔力を再計測した時も……おかしいとは思ったんだ。あれっぽっちの魔力であれだけの魔術を使えるはずがない」


 心臓が跳ねた気がした。


「そうでしょうか……? わたしには分かりません」


 お父様は胡乱な目をわたしに向けた。


「あのナタリア女史も大したことないな。実力を見抜けもしない者に、これ以上払う金はない」


 ナタリア女史が辞めさせられても、わたしにはなんの支障もない。


 ただ魔術競技祭で活躍してしまったことで、面倒なことになるかもしれない。


 やっぱり父にどやされようが、みっともなく負けた方がよかったんだろうか?


「だが、今日のあれは良かった。魔術であれだけ目立ったからか、早速いい話が色々と舞い込んできた」


 いい話って婚姻話だろうか?

 まさかこんなに早く……?


「いや正直、魔力が殆どないなら碌な嫁ぎ先が見つからんだろうと思っていたんだが、予想外だった。ははっ……」


 お祖父様とあんなことがあった割には機嫌が良いと思っていたら、婚姻話が舞い込んでいたからなのか。


 イリーナはずっと黙って聞いていたけれど、口を開いた。


「じゃあ、お姉様がボロを出さないうちに条件の良いところと話をまとめてしまった方がいいんじゃないかしら? お父様」


「そうだなぁ……条件の良いところとな。今のうちに新しい別荘でも見繕っておくのもいいかもな」


 その後も上機嫌な父とイリーナの会話は続いた。主にお金の使い道について。


 普通は娘を嫁に出すとなれば、持参金に頭を悩ませるものだけれど、逆に使い道を決めあぐねるなんて……。


 あれほど帰りたくないと思っていたラヴォイエール邸に、馬車が到着するのが待ち遠しかった。


 そして、その翌日から父のもとにわたしへの求婚の手紙が舞い込み続けているらしい。


 それらはわたしの目に入ることは一切なかったけれど、毎日手紙を受け取るたびに父が上機嫌なことだけは、メイドのフレアから伝え聞いていた。


「喜べ、コルディアーム侯爵家の次男との婚約がまとまったぞ」


 それから二週間と経たない内に、お父様が言った。


「まだ、……デビュタント前なのに、いくらなんでも早過ぎるのでは?」


 抗議してみたものの、お父様がわたしの言うことなど聞き入れるはずもない。


 その週のうちに、先方を屋敷に招いて顔合わせとなった。


 コルディアーム侯爵家の次男は、薄茶色の髪の毛をきっちりなでつけた清潔感のある人で、おっとりした気性だった。


 シグルトという名の彼は会話をリードするのは苦手なようで、わたしばかりが話題を振った。


 もちろん嫁ぐ気になんてなれない。

 どうすればいいのか悩む。


 けれどリンデハイムの教会で、祖父母やロイ達にこのことを話す気にもなれない。


 彼らに頼って大事にしないよう、自分でなんとかしなければと思っている。


 それに彼らにまで話したら最後、婚姻が事実として確定してしまいそうな気がする。


 二度目の顔合わせの時に、二人になれた時間があったのでシグルト卿に切り出してみた。


「なんとかそちらから婚約を断ってもらえませんか?」


「そんなっ……。私はあの魔術競技祭であなたに一目惚れして、今も想いは募るばかりなんです。

両親だってあなたの魔術に感銘を受けて、この婚姻を喜んで後押しすると言ってくれた。

私のどこが気に入らないんですか? 直しますから言って下さい」


 シグルト卿はそう言うと涙ぐんでしまって、しばらくは話ができる状態ではなくなってしまった。


 それから言葉を選びながら同じ話を繰り返してみたけれど、彼の耳にわたしの言葉は届いていないようだった。


 彼が帰った時にはほとほと精神的に疲れていた。


 シグルト卿は悪い人ではなさそうだけれど、異性として魅力を感じないし、第一わたしには他に気になる人がいる……。


 自覚し始めたばかりの気持ちだけれど……。


 どうしたものかと悩んでいたら、ある日お父様が部屋に来た。


「コルディアーム侯爵家との縁談は破談になった」


「そうなんですか……? シグルト卿からのお手紙などはありますか?」


 突然だったので、吃驚したけど、シグルト卿がわたしの願いを聞いてくれる気になったのだろうか?


 手紙でも届いているなら、感謝の手紙を書こうと思った。


 けれど、破談を告げた父の口から信じられない言葉が出た。


「手紙などない。そんなものをやり取りする必要もない。お前の新たな婚約者はサザークレン伯爵だ」


「えっ……? 新たなってどういうことですか? 破談になった途端に……?」


 わたしの動揺なんて歯牙にもかけず、父は得意げに話す。


「良い話だ。まあ、歳は四十だから少し年嵩にはなるが、伯爵位は持っているし、資産家だ」


「そんな……急すぎます。シグルト卿とはどういう経緯で破談になったんですか? どうしてこんなに早く次の婚姻が?」


 父は質問に応じる気はないと言わんばかりに一方的に話を続ける。


「経緯などどうでもいい。お前が知る必要がないことだ。そんなことより、伯爵は一日でも早くお前に嫁いで欲しいと言っている。早速明日の午餐に来て貰うことになった」


「……困ります。いくらなんでも無茶苦茶でしょう?」


 わたしの抗議は一切無視された。

 大きな溜め息と共に肩を落とすわたしを見て、父が歪んだ笑みを浮かべるのが目に入った。


 次の日の午餐にサザークレン伯爵が来た。


「庭園を案内してもらえますか?」


 サザークレン伯爵はそう言って、既に少し薄くなっている頭髪をなでつけて、強引に手を掴んだ。


 脂ぎった手はべとべとしている。

 振り解きたいのを我慢して、婚約を断ってもらうよう頼むつもりで、一緒に庭園に出た。


「あのワイン色の妖艶なドレスを着たあなたを一目見た時から、今日の日を予感していたような気がします。きっと私ならあなたを幸せにして差し上げられます」


 随分自信家みたいだ。


 一緒にいる相手がロイだったら……。

 つい、そんなことを考えてしまって胸の奥がひりつく。


 これ以上、引き延ばしてもいいことはないと決意を込めて口を開く。


「わたしにはまだ婚姻は早いと思います。伯爵様にはもっと相応しい人がいらっしゃると思いますし……」


「いいえ、早くなんてないですよ。

摘まれるのを待っているような薔薇のような唇といい、潤んだ瞳といい。

謙遜なんてしなくていいんですよ。私に相応しいのは、まさにあなただ」


 話が通じない相手だと悟って、言葉を失った。



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