エピソード28 あなただった
皇帝陛下のご判断で引き分けとされた試合だけど、すぐさま担架で皇室の天幕に運び込まれた第一皇子の治癒は、大聖女であるお祖母様とマリアンヌ聖女様に任された。
もう一人——ロイ似は担架に乗せられたものの、ナビエ聖女様が到着されるまで、貴賓のお祖父様達の天幕内で待機することになった。
第一皇子は皇族だし、より重症だから仕方ないかもしれない。
それでも、ナビエ聖女様が到着するまで聖力での治癒が受けられないなら、ロイ似が心配だ。
許しを得てお祖父様達の天幕に入ると、担架に乗せられたロイ似の側に駆け寄った。
彼の唇が青くなり、額に冷や汗がにじんでいる。
患部は処置されて布を当てられていたけれど、左腕は冷たく表面は蒼白で、ところどころ黒ずみ、壊死しているところもある。
皮膚には大小の水泡が形成されていて、中には血の色をしているものも。
彼の意識は戻っていない。今なら気付かれないだろうと、患部に手を翳し、ゆっくりとマナを流し込む。
氷に固まった血液をゆるめるように、温かさをイメージして血流を回復させる。そして、蒼白になった表皮の奥に残る冷えと壊死の進行を抑えるよう、浸透するようにマナに意識を持たせる。
表皮にわずかな瘢痕だけが残るようマナを調節した。
完璧に直すより、こんな風に少しの傷痕だけ残す治癒のほうが難しかった。
痛みが取れたせいか、寝顔から苦悶の表情が消えて唇にも血色が戻っている。よかった……。
汚れた顔を濡らした布で拭っていると、触った輪郭と視覚に映る輪郭が微妙にずれていて、視覚に映る平凡でそばかすのある顔立ちが、どんどんボケてくる。
「……もしかして……とは思ったんだけど……ロイね……? お祖父様も知ってたの?」
「まあな……、どうしても今年は魔術競技祭に出場したいと言ってきかなくてな。仕方なく仮の名で登録したんだ」
ロイ似がロイじゃないかと思ったのは第一皇子との闘いを観ていた時だ。
使う魔術が酷似していたし、他の対戦者達との試合は短時間で決着をつけてたから気付かなかったけど、仕草とか振る舞い方とか——似ていると思って。
でも、仮名で優勝だなんて……。本当なら、お声がかかって、魔術騎士団への道なんかも開けるかもしれないのに。
もしロイの出自が零落した家門だったとしたら、誉れとなって、家門復興のチャンスになるかもしれないのに……。
そのチャンスをふいにしても、顔や名を隠すということは……断罪されて滅門した家の出だとか……?
以前に事情を明かせないと言われてるから聞けないけれど。
ロイの周りには、心配してくれる家族はいるのかな?
悩みが多そうなロイの将来も心配だ。
「うっ……ん、ジュディー……?」
「気が付いた?」
眠いのか瞼を擦りながら、薄目を開けるロイを見下ろして、しかめ面をしてみせる。
「治してくれたんだね……、ありがとう。あ……バレたみたいだね……。怒ってる?」
ちょっと心配そうな顔をしているのを見て、いい気味だと思う。
「怒ってるわよ、あんな無茶な闘いをするし、死ぬかもしれなかったんだよ?」
「ごめん……」
「生きててよかったけど、心配したんだからね」
「心配してくれたんだ」
「当たり前でしょう!?」
口を尖らせて睨む。
「それに、わたしと闘った時には静止なんて使うから、目が乾いて大変だったんだからね! どうせなら睡眠魔術にしてくれたらよかったのに」
「ジュディの寝顔は誰にも見せたくなかったんだ」
そ、それって……どういう意味? 胸の奥がトクンと変に跳ねる。
「あ、大口開けてイビキでもかくと思った?」
「じゃなくて……、ふう。お子ちゃまなんだよな、ジュディーは」
「なんですって!?」
怒ってるのに、お子ちゃま扱いされてムクれたら、溜め息を吐いてくるのが、また癪に障る。
「わたしには試合前から言ってくれたらよかったじゃないの?」
「ジュディーは優しいし、まして僕が相手だって分かったら、本気でかかってこないだろ?」
確かにロイの言う通りかもしれない、と思いながら認めたくない気持ちもある。
「……次からはこういう時、ちゃんと話してよね」
「うん……」
ロイとこうして見つめ合っていると、なんでか変な空気感が漂い、もじもじとしてしまう。
その時すぐ隣から大きな咳払いが聞こえた。
「私もいるんだが……」
お祖父様にギロリと見据えられて、ロイが肩をビクッとさせる。
「あ、師匠……。ご心配をおかけしました」
「ふむ、第一皇子に怪我をさせたのは、ちと面倒なことになるかもしれないが、なかなかの闘いぶりだった」
「やっぱり面倒なことになりますかね……? 早めに姿を消した方がいいかな?」
「それはそれで、怪しまれるだろうから、私の甥で子爵家の次男坊、テオドールという仮名でとりあえず褒賞を受けてからにしろ」
「テオドール卿ってお会いしたことはないけど、過去に一度だけ競技祭の出場経験があるんですよね? このことでご迷惑をおかけしないでしょうか?」
心配そうな顔になってロイが言う。
「テオドールは腹を下して二次予選で棄権したんだ。それがトラウマになったのか金輪際、魔術競技祭には出ないと言ってたから、名前を借りたんだが、まあ大丈夫だろう」
本物のテオドール卿って、不運な人だったみたい。
「テオドールの顔を知る者がお前を見ても、テオドールの顔に見えるよう、認識阻害魔術がかかっている。だから、まあ大丈夫じゃないか?」
「わたしからは特徴のない、なんていうか……覚えていられない顔——に見える」
参考になるかわからないけれど、わたしが見えている顔を表現してみる。
「僕はテオドール卿の顔を知らないからな」
顔を知っていたら本物そっくりに化けられたってことだろうか?
「まあ、あいつも魔力は結構あるほうだし、第一皇子に再戦を挑まれたとしても、誤魔化すくらいはなんとかなるだろう……」
「それならいいんですが……」
それが迷惑なのではないかと思ったけれど、今はロイの不安を煽っても仕方ないと思って、話を変えることにする。
「ところで……褒賞って何? あれだけの死線を乗り越えたんだから、よほど良い物が貰えるんでしょう?」
期待に目を光らせるわたしを横目にロイもお祖父様もしらっとした顔をしている。
なによ、別に猫ババしようなんて思ってないわよ?
でも金銭とかお宝は、この世知辛い世の中、あって困る物ではないでしょう?
「オリーブ冠と第三十二代魔術競技祭優勝者の称号」
「………………何それ?」
「名誉を重んじる貴族社会なんだから、大事だろ? 称号」
ロイが肩を竦めながら、諭すように言う。
「えっ? オリーブ冠には黄金を溶かし込んだオリーブの実が付いてたりする?」
まだ納得のいかないわたしが尋ねると、二人に呆れたという顔をされる。
いやいや、待って!
殺されそうだったじゃない?
なのに褒賞が……食べればなくなっちゃうオリーブで本当にいいの?
「皇帝陛下って、立派な方だと思ったけど、意外とケチなのね……」
目を点にしたお祖父様が絶句した。
「じゃあさ……、ジュディーがそんなにショボい賞品じゃ可哀想だと思うならさ」
いいことを思い付いた——という顔のロイが耳打ちしてくる。
なに、わたしに強請っても何も出ないわよ?
「……美女からの……キスとか?」
キ……キス? カァ——ッと頬が熱くなる。
い、いや美女って言うんだから、わたしじゃないよね。
焦った分だけ、ロイが顔を赤らめているのが、腹立たしくムッとする。
ロイも所詮、美女が好きな生き物なのね!
胸によぎったチクッとした痛みに気付かないふりをする。
「美女って……まさかイリーナじゃないでしょうね?」
そこで耳をそば立てていたお祖父様がググッと身を乗り出してきて釘を刺す。
「お前達にはまだ早いだろう。あ、だからってレティシアは駄目だぞ」
「誰もそんなこと言ってないでしょ!?」
思わず声を張り上げるわたしを横目に、ロイがくすっと笑った。
相手がわたしだなんて、そんなこと……ロイはひと言も言ってないし。
「美女は美女でも……超鈍感で……まあそこも可愛いんだけど」
ロイがぼやいた。
ん……?
ロイったら……寝顔を見せたくないだとか、キスだとか……そんな、勘違いさせるような紛らわしいことを言ってきて。
なんなのよ、まったく!
今更ロイのひと言ひと言を思い返して、答え合わせをしてしまうと、顔がじわじわ熱くなってくるのはなんで——?




