エピソード27 魔術競技祭⑧【ロイに似た人】
ロイに似た人の対戦相手は、かなりのやり手という前評判の人だったけど、試合は驚くほど短時間で決着がついた。
ロイ似の勝利だった。
その試合を見て、敗者復活の希望を表明したのはセドリック卿だった。
観衆の予想通り、皇帝陛下の許しが下りて、セドリック卿が本戦に参加し、なぜか最終的に……わたしとセドリック卿、ロイ似、第一皇子の四人が勝ち残った。
いえ、語弊のないように補足すると、わたしは負けるつもり満々だったのよ……?
みっともなくはない負け方で。
それがそもそも無理難題なのよ……。
そして今、わたしとロイ似が舞台に立ち、睨み合っている。
あ、向こうは睨んでなかった……。
友好的に微笑んですら見えるような……?
今回は相手の戦い方を見て学習してるからね、手加減できない相手だということはわかっているのよ。
先制攻撃をかけるわ!
朗々とした声を張り上げ、わたしは光魔術を展開した。
まずは目眩まし——!
相手が怯んだ隙に、自分を防御結界魔術で覆う。
お次が本攻撃! 氷結魔術を展開する。結界で自分を保護していても、空気が凍り付くほどの冷気は感じる。
あっという間に見える範囲全てを手中に収めた冷気は苛烈さを増し、対象のロイ似を頭から徐々に覆いつくしていく。
氷の檻は獲物を捕らえた後もどんどん厚みを増していこうとする。
絶命させてしまわないよう、頭部だけ溶解させようかと考えていると、氷が中心からの圧力で粉々に砕け散る。
ロイ似は凍りついて口を動かせなかったはずだから、凍りつく前に魔術を発動したか、無詠唱魔術を使ったってことか……?
警戒しないと! やはり油断できない相手だわ。
そう思った途端に、ロイ似に静止魔術を発動された。
そんな……、時属性魔術だなんて……!
手足が全く動かない……。
顔の向きも変えられない。
瞬きも……。
思考はできるけど、無詠唱魔術も展開できない。
これは……詰んだわ。
だけど降参の意思表示すらできない。
観覧席がざわめいている。
痛くも苦しくもないけど、ただただ……制限時間がくるまでこのままじっとしていなきゃいけないのが苦痛だわ。
こんな負け方、屈辱だ……。
みっともない負け方よ……。
焦点すら合わせられないから観覧席のお父様の失望する顔を見なくて済むけど、対戦相手のロイ似はこちらをじっと見守っている。
どうせ勝利は確定してるんだから、時間が経つまでどこかで座って待つか寝転がっていればいいのに……。
なんで瞬きもせずにじっとこっちを見てるの……?
観覧席では「さっきのは何だったんだ……?」「動いてないのに、勝負がついたのか?」と困惑のざわめきが広がっている。
……いやお願い、瞬きくらいさせて! 目が乾くんですけど!?
あなたも、目が乾かないわけ?
さっきから、わたしみたいに瞬きしてないけど。
そんな取り留めもない文句が、次から次に浮かんでくる。
ざわついていた観覧席も、勝敗は既に決したと見て、徐々に静まり返っていった。
そして、空虚な時間が経過した後、時間切れでわたしの戦闘は終了と判定された。
静かすぎる敗北を受け入れ、舞台を降りたわたしの健闘をたたえるように、観覧席からは拍手があった。
舞台を降りる前、ロイ似が「ごめんね」と囁いたけど、(正々堂々勝負しただけなのに……なんで謝るの?)と首を傾げながら、「勝負ですから」とそっけなく答えて席に戻った。
第一皇子が立ち上がって、出迎えるように歩み寄ったかと思ったら、当然のようにわたしの肩に手を置いてきた。
観覧席の視線が一斉にこちらに集まる。
えっ、何……?
怖い……。皇子の手のひらが妙に重くて、逃げられない気がする。
「よく頑張ったな。僕が仇を取ってやるから安心しろ! まずは、その前に彼は次の試合でセドリックを下すだろうが」
慰めているつもりみたいだけど、正直、仇なんて取らなくていい。……できればわたしのことは放っておいて欲しいんだけど、と思う。
その後、第一皇子の予想が的中して、結局セドリック卿は健闘はしたもののロイ似に負かされた。
そうして、ロイ似の立つ舞台に、第一皇子が向かい立った。
ロイ似は連戦しているから、さすがに魔力を消耗し、疲労が溜まっているはずだ。
わたしを負かした相手とはいえ、気の毒に思う。
それにしても、この試合の行方が気になるのはわたしだけじゃなく、観覧席に座る者全員だ。
話し声どころか咳払い一つなく、静まり返った観衆は二人の一挙手一投足を見守る。
先制を仕掛けたのは第一皇子だ。
無詠唱で予測を許さないまま、頭上から雷撃を叩き込む、がロイ似も無詠唱で反射魔術を展開して、雷撃を跳ね返す。
は、……速い、速いよ!
目で追うのも大変。
跳ね返った自らの雷撃を手で握り潰すように無効化した第一皇子は、時を置かずに火炎放射魔術でロイ似を直接燃やし尽くすという、あまりに乱暴な手段に出た。
こ、これは試合であって、命懸けの戦いじゃないよぉ……!
そう思っているのは、観覧席にいるわたし達だけなのかもしれない。
身に迫る灼熱の火炎に動じず、ロイ似は静止魔術を展開し、炎を水魔術で鎮火し、防御結界を張る。
静止魔術で第一皇子の動きを止めた後も、わたしの時のようにただ見守るのではなく、警戒姿勢をとったまま待ち構えるロイ似。
それこそ、この瞬間に攻撃すれば確実に勝てるんじゃないの? と思った。
けれどさすが第一皇子、静止魔術の無効化に成功したらしく、動けるようになった瞬間に浮遊魔術を展開し、再度同じ目に遭わないように、静止魔術の対象範囲外に逃れた。
格下だと思っていた相手に束の間とはいえ動きを止められたことが、屈辱だったらしく、冷静そのものだった皇子の顔付きが、怒りの表情に取って代わられている。
「僕を本気にさせたことを後悔するがいい」
吐き捨てるようにそう言うと、手を払う仕草と同時に指先から、氷剣を出現させた。
そして、第一皇子は躊躇うことなく時間経過で薄くなった防御結界の隙間を狙い、氷剣を放った。
それはロイ似の左上腕部に刺さり、苦痛を訴えるうめき声がロイ似の口から迸った。
ロイが傷つけられ、苦しむ姿を重ねてしまい、胸の奥がぎゅっと締めつけられた。
大丈夫なんだろうか……?
氷剣は刺さった瞬間、凍結効果を広げ始めた。
ロイ似は歯を食いしばり、火魔術で氷剣を蒸発させると、さらに氷結魔術を使って傷口を凍らせ、出血を押さえ込む。
それでも負傷の影響は大きい。実力が拮抗している以上、傷を負った方が圧倒的に不利だ。
ロイ似が敗北を認めるのかと思った、その時——。
第一皇子が風魔術で竜巻を巻き起こし、残っていた結界を吹き飛ばす。
宙に舞い上げられたロイ似は風の逆流で竜巻を無理やり鎮めると、反撃とばかりに地魔術で槍を生み出し、皇子に投げ放った。
次の瞬間、皇子の左腕に槍が突き刺さり、観衆が息を呑むほどの絶叫が、あの冷徹な第一皇子の口から迸った。
舞台の上で繰り広げられているのは、もはや「試合」ではなく、生死を懸けた闘いのようだった。
観衆は、少なくともわたしの視界に入る限り、誰一人声を発せず、呆然と立ち尽くしているように見えた——。
そう思った時だった。
「やめい——! もうこの辺で十分だろう? どちらかが絶命するまで続ける気か?」
皇帝陛下の重々しい声が響き、審判は蒼白な顔で「引き分け」と告げた。
固唾を飲んで見守っていた、わたしを含む観客一同がほっと息を吐いた。
し、死人が出なくてよかった。




