エピソード26 魔術競技祭⑦【甘く見られていた】
まさか本戦の第一戦目がわたしだとは思わなかった。
ここで負けたら、それだけでみっともない退場とお父様に判定されるのではないだろうか?
というわけで、ここは勝ちを譲れない。
まず、相手の出方を見よう。
相手はわたしより年長の釣り目の青年だ。
腕を組み、足を大きく広げて立っている。
「運だけで勝ち上がってきたそうだな。ここからは甘くないぞ! 僕が現実を教えてやる。泣き出す前に降参したほうが身のためだぞ」
随分と自信があるようで、強気な発言だ。
「降参なんて真似はできないので……よろしくお願いします」
試合開始の合図に旗が振られた途端、釣り目の青年は恐るべき早口で詠唱を始めた。
は、はやい……。耳を疑う。
彼は早口言葉マスターだろうか……?
そして詠唱が終わった瞬間、風魔術で突風を叩きつけてきた。
本戦のこの舞台には、予選よりも強固な結界が張られているらしい。
とても高価な魔道具が使われているそうだ。
まあ、皇帝陛下も観覧あそばしてるし、何かあったら責任者の首の一つや二つじゃ済まないものね。
そんなわけで、このまま何もせずにいると、わたしは舞台を取り囲む見えない空気の壁に叩きつけられるだろう。
想像力を働かせてみる。
壁(しかも透明の)に叩きつけられて墜落って、格好悪い負け方でしょうね……。
そう思ったので、呪文をはしょって詠唱して眼前に氷壁を現出させる。
すると相手は片手で作りだした火球を膨張させてきた。
それでわたしを焼き殺すつもり? 無惨な姿しか思い描けないわ。
氷壁の一部を溶かしてその火球を潰して鎮火する。
「くそっ、運だけで勝ち上がったんじゃないのかよ?」
小さい呟きが聞こえた。
運だけですが何か……? と声には出さなかったんだけど、相手の闘志は増したらしい。
「可愛い顔してるから、できるだけ傷付けないようにしてやろうと思ったんだが、本気でいくぞ」
いや——今わたしのこと、丸焦げにしようとしましたよね、あなた?
「お、お手柔らかにお願いします……」
そうお願いしてみたけど、聞いてもらえる筈もなく、相手は前傾姿勢になり地魔術の詠唱を始める。やっぱりめちゃくちゃ早口だ。
地面が揺れ始め、氷壁にひびが入る。
やがて地割れが広がったので、浮遊魔術を展開した。
ふわりと浮き上がったわたしを見て、観覧席にどよめきが走る。
「くそっ……、浮遊魔術まで使えるのかよ!」
目に見えて動揺している相手は地ならしの術を展開した。
割れた地面は土砂を吸い込み、表面を滑らかに整えていく。
第一皇子の対戦相手だった地魔術使いの人は、地ならしを使えなくて、跳躍し続けていた。
そう考えると、この人の方がレベルが上のようだ。
けれど、やはり地ならしでは修復魔術ほど綺麗にならすことは難しい。
凸凹に蹴躓いて醜態をさらさないよう気をつけないと。
ところで……、こんな時だけど、本戦に勝ち残った人達の男女比率が気になる。
圧倒的に女性が少ないのだ。一割にも満たない。
武術ならともかく魔術の競い合いなのに、そこまで女性に不利なものだろうか?
もしかして、わたし……何か見落としてる?
……いや、今そんなこと考えてる場合じゃない。試合だ、試合。
いやでも……そもそもこの競い合いで優勝したら何が貰えるのかも知らないわ。
もしかして、ここは男性の魔術を競う場であって、女性は形だけの参加で、適当に切り上げて帰ってよかった……とか?
「くっ……、こんな時に考え事だと? 余裕だな……」
釣り目の青年はそう言うと、新たに三倍速詠唱で取りこぼされていた土塊を次々に槍へと成形していく。
槍達の的はやっぱりわたしよね?
今度は穴ボコだらけにするつもりね?
雷撃魔術を展開することにする。槍は小さいけど、数が多そうだから、全部まとめて粉砕するしかない……。
宙に浮遊したまま、大きめの声で朗々と呪文を詠唱する。
空には暗雲が広がり、地面に大きく影を落とす。
そして頭上の遥か高い位置に球雷を発生させ、轟きと共に、多数の細い稲光を発生させた。
ターゲットは槍達、それに対戦相手だ……。
会場全体が一瞬静まり返る。
「おお……!? こ、これはあの令嬢が……?」
「本当にこちらには雷が落ちないんだろうな?」
ターゲットと定めた釣り目の青年が大きく目を見開き、引き攣るのが視界の端に映った。
それを見て一瞬魔術の発動を躊躇したけど、相手が「こうなりゃ自棄だ——」と叫びながら、魔力で作った矢を飛ばしてきたので、その瞬間に多数の同時雷撃を発動した。
目が眩むような閃光があちらこちらで発生し、轟音が鼓膜を震わせるので目と耳を塞ぐ。なんともいえない焦げ臭さを防ぐには手が足りない。
地上がある程度静まった頃に舞台に降り立ち、状況を確認する。
まず、釣り目の青年は黒焦げ……とはいかないまでも、全身浅い熱傷を負っており、髪の毛もチリチリに逆立っている。
ふらふらと彼が立ち上がるのを見て安堵したけど、降参の印に手を上げた後、ばったりと倒れ、担架で運ばれていく。
こうして、勝敗は決した。
貴賓席で観覧しているお祖母様に、「お願いね」と合図すると、こめかみを押さえて天を仰ぎながら、「やり過ぎよ」と口の形で告げてきた。
観覧席だけでなく、本戦出場者席からもこちらを指差したり、ひそひそした話し声が聞こえてきて、やり過ぎだというお祖母様の感想を裏付けていた。
席に戻っても、あちこちから視線が向けられ、居心地が悪くて仕方ない。
なるべく目立ちたくなかったのにな……、と落ち込んでると第一皇子が話しかけてくる。
「本当に君の試合は面白いな。規格外だ」
「はあ……、そうでしょうか?」
これは褒め言葉なのかな?
こうして、更に他の出場者達の試合が次々と行われ、ロイに似た人の番になった。




