エピソード25 魔術競技祭⑥【とんとん拍子】
わたしとアリーの初戦が終わった後、暫くしてからイリーナが戻ってきた。汚れたドレスから別のドレスに着替えている。
令嬢達と何か話し、意を決したようにこちらに向かってつかつかと歩いてきた。
「よくもあんな下品な魔術を使ってくれたわね?」
当たり前だけど、眉間に刻まれた皺が怒りの激しさを物語っている。
「人前で、あんな恥をかかせて、タダで済むと思ってるの?」
「そんなことを言っても、あのまま何もしないわけにもいかなかったでしょ? 火炎魔術で燃やした方がよかった?」
お父様に報告されることを考えるとあんまり怒らせたくはないけど、こちらの言いぶんだってあるのだ。
とはいえ、衆目を浴びたあの無様な敗戦ぶりを考えると、まだまだイリーナから怒涛のような罵り文句を吐かれると覚悟していたんだけれど、予想外にそれほど怒ってはいないようで、拍子抜けした。
「まあ、このことはお父様には言わないであげるわ。
魔力を使い果たした、とでも言っといてあげる。その代わり……」
「えっ……? 服を交換する? ——どうして?」
意味が全く分からない。
汚れたドレスから着替えた新しいドレスだって、薄い水色に精緻な花模様の刺繍を施された、可愛らしい物だ。
なぜよりによってこんな……わたしが着ているドレスを着たがるのか?
「嫌なの? ならお父様に言いつけてやるわよ」
「いやいや……分かったわ! 交換しましょう」
視界の端ににまりと微笑んだイリーナの顔が映り込む。はて……、何を企んでいるんだろう?
校舎内に設けられた控え室で、お互いのドレスを取り替えたわたし達は鏡で互いの姿を確認した。
「ほら、このドレス……、やっぱり私の方が似合うじゃないの」
そう言うと、イリーナは鏡に映る自分の姿に満足そうに笑みを浮かべる。
「お姉様がモテていたように見えたのは、このドレスのお陰よ? こんな艶やかな色のドレスを着ていたら、目立つに決まっているでしょう? 変に勘違いして思い上がらないことね」
すみません、どういうことかさっぱりわかりません。まずわたしがいつモテていましたっけ……?
「第一皇子殿下にまで色目を使っていたと聞いたわ。分をわきまえない、恥知らずな行為はやめてよ」
あ……、わたしが皇子と良い雰囲気で話をしていた、などと誰かに聞いて、このドレスのせいで皇子の興味を引いた……と勘違いしたってことだろうか?
いや笑えるんだけど……?
このドレスを喜んで引き取ってくれる人が現れるなんて、こんなありがたい話がある?
イリーナは目論見通り、ワイン色のドレスを奪取して、意気揚々と控室を出て行った。
第一皇子の試合でも観に行って、ドレス姿を披露するんだろうか?
この後、予選の二次は単独での出場になるので、魔力を持たないアリーは試合放棄をした。
そしてアリーの対戦相手がわたしだったため、なんとわたしは、また不戦勝で勝ち上がってしまうことになった。
そして、わたしの次の対戦相手はイリーナの取り巻き二号だった。
アリーの聞き齧った情報によると、彼女は一次戦での悲惨なイリーナの姿を目撃していたらしい。
わたしと対戦すると、自分も同じ目に遭わされるという被害妄想に取り憑かれて、出場辞退を申し入れたらしい……。
不戦勝が二回も続くとは……。
普通なら幸運に思うところなんだろうけど、わたしの目論見はさりげなく敗退することだから、ちっともありがたくない。
「まあ、こうなったら本戦で活躍してみるのも悪くないんじゃないかしら?」
などと、楽天的なアリーは言うけど、本戦は皇族始め、天幕に腰を下ろしたままのお父様達高位貴族も観戦するので、下手なことはできない。
物理結界魔術など使おうものなら、一発で見破られるだろうし。
使うのは違反ではないんだけど、そんな高等魔術を使える技量があるということで、望まない婚姻話をお父様がわんさか持ってくる予感しかない。
出場者の席は観覧席と離れたところにあるので、アリーとはここで離れることになった。
「観覧席で応援してるわね! 頑張ってきて!」
アリーはそう言って、観覧席の空いている席に向かった。
本戦を前に、緊張してきた。
出場者達の噂話が耳に入ってくる。
「優勝は第一皇子殿下に決まりだろう」
「第二皇子殿下も昔、凄い魔力量だと噂になりましたけど、今日は出場なさっていらっしゃらないの?」
「最近は噂を耳にする機会もありませんわね」
第二皇子殿下は側室の御子で、病弱な方だという話だ。
「敗者復活が認められたら準優勝はセドリック卿で決まりだろう……」
わたし達本戦の出場者は、舞台袖に設置された椅子に、決められた席順で座って待機している。わたしの席は二列目で、すぐ前が第一皇子の席だった。
「やっぱり勝ち上がったんだね、良かった」
振り向いた皇子に、にこやかに話しかけられ、固まってしまう。
ふと視線を感じて振り返れば、すぐ後ろの列にロイと同じ服装、髪色の人がいた。
こちらを見ていた筈なのに、すっと目を逸らす。
ロイのような整った顔立ちではなく、特徴をつかみにくい顔だけれど、雰囲気がロイに似ている気がする。
ロイはどこに行ったのかしら? 会場のどこかにいるのは確実なのに……。
まさか敗退した筈はないし……。
そんなことを考えていたら、大声で名前を呼ばれた。
「ジュディリス! こちらに来なさい」
げっ……、お父様だわ……、それに隣にくっついているのはイリーナ。
服を元通りに交換するように言ってくるのかしら?
それとも、やっぱりイリーナを負かしてしまったことで怒っているの?
しぶしぶ重い腰を上げて、父の方へ歩み寄る。
「お前……、はしたなくも第一皇子殿下に媚びを売っていたと聞いたぞ」
誰が媚びなんか……!
イリーナ……やっぱりろくな事を吹き込まないわね。
苛立ちが籠った視線を向けると、イリーナは片方の眉を上げて、歪んだ笑みを見せた。
「第一皇子殿下のお心を煩わせるような真似は許さんぞ。せめて、家門の役に立とうと思うなら、イリーナのことを褒め讃えて、ご興味を持って頂くべきだろう?」
讃えるところなんて皆無なんですが……?
「……承知しました」
「それから、全くの運だけでここまで勝ち上がったと聞いたが、ラヴォイエール侯爵家の恥になるような、みっともない——ざまだけは見せるなよ!」
「……承知しました」
一つ目の要求は適当に誤魔化せるとして、二つ目の要求は無理難題だ。
負けるつもりなのに、みっともなく負けるな、なんて……、難し過ぎるでしょう?
言いたいことを言って、天幕に戻る二人の後ろ姿を見送って、暗い表情で席に戻ると、雰囲気だけロイに似た例の人がまたこちらを見ていた。




