エピソード20 魔術競技祭①【開始前】
魔術競技祭の開催場は魔術大学の広大な敷地内にある競技場だ。数多くの貴族が集まる、そのような晴れの場に出向くのは今日が初めてだ。
こんな派手なドレスで行くのは、気が重いけれど、行くこと自体にはワクワクする気持ちもある。
侯爵家の紋章入りの豪華な四頭立てのキャリッジにイリーナと一緒に乗り込んだ。
玄関ホールで顔を合わせた時、イリーナはわたしの派手な格好に呆気にとられたような顔をしていた。
「仕方ないでしょう? この派手なドレスはお父様が選んだ物なんだから」
憮然とした顔でイリーナに言う。
「ああ……それでなのね。一緒に歩くのが恥ずかしいわ」
そう文句を言うイリーナはクリーム色のシルク生地に銀の刺繍を施した清楚なプロムナードドレス姿だ。
まさにデビュタントらしい格好で、きちんとした貴族階級の令息やその親達に好まれる姿、そのものに見える。
派手な姿の自分が隣に並ぶと、その対比はどう映ることやら……。
一人は良識のある令嬢然としてラヴォイエールの家名に恥じない姿を披露し、もう一人は派手な身なりで自らを商品として売りに出す粗悪品紛いの娘。
考えても辛くなるだけなので、外の景色でも楽しもう。
馬車窓からはハーフティンバーの家々が軒を連ねているのが見える。
白い漆喰壁の上に見える木組み部分、それに調和する茶色や緑の切妻屋根は急勾配だ。
一階部分の店舗で野菜を売る者や、店先の花に水をやっている者もいる。
年季の入った荷馬車が貴族の馬車に道を譲っていた。
しばらくすると路地を抜け、道幅が広くなり、緑が濃くなった。
魔術大学の校舎はゴルリック建築とロマネリク建築が融合しているそうで、旧い時代に宮殿として使われていた建物を増改築したものと聞いている。
それをこの目で見ることができるのは楽しみだ。
隣に建つ名門パブリックスクールも、なかなか見応えのある建築だと聞いていたが、今それらしい建物が視界に入った。
興味深く馬車窓から見回していたら、男子生徒達の何人かと目が合い、慌てて窓から顔を隠す。
好奇心旺盛だと笑われたかもしれない、恥ずかしい……。
そして、その校舎の横を過ぎると、ゴルリック建築の特徴である尖塔が天に向かって聳え立っているのが目に入った。
あれが魔術大学だろう。
中央部ほど高さを増す尖塔は、バランスも美しく、見惚れてしまうほどだ。
もっと近くからは繊細な造りが際立って見えることだろう。
立派で広々としたエントランスには馬車回しが設けられていて、順番を待つ馬車が鈴なりに連なっている。フットマンがドアを開け、手を取ってくれるのを待って馬車を降りた。
この顔立ちの良いフットマンは他家に勤めていたのをイリーナが引き抜いたらしい。
真新しいお仕着せと白いタイツで身を飾るフットマンも、貴族令嬢の見栄の一つなのだ。
目の前のエントランスを含んだこの建物はロマネリク建築の厚い壁とアーチが特徴の、重厚な造りをしている。
背後にそびえるゴルリックの尖塔と共に視界に入ると、過去と未来を同時に見るようでもある。
尖塔を飾るガーゴイルの雨樋に向かって、「今日は暇そうね」と呟いた直後にイリーナの苛立った声が聞こえた。
「何してるの? さっさと行くわよ」
レセプションルームで受け付けを済ませて、屋外に設けられた会場に向かおうとした時、マスカットのような甘い香りに誘われて振り返るとエルダーフラワーの樹が植っていた。
これでコーディアルシロップを作ると美味しい。昔、お母様がよく作ってくれた、懐かしい思い出の味を思い出す……。
「ちょっと待って! この花を持って帰りたいの」
「こんな時になんなの? いじましいわね。誰かに見られたらどうするのよ、恥ずかしいから先に行くわね」
ドレスを翻してさっさと行ってしまうイリーナの後ろ姿を見送り、レティキュールを広げる。どれだけ入るかしら?
なるべく綺麗な花弁を選んで、そっとレティキュールにしまっている姿をじろじろと見ていく人達もいるけれど、わたしにとってはこうしている姿よりも、派手な衣装でこれみよがしに男性達の前に立つ姿を見られることの方が苦痛だ。
そうだわ、なるべくここで時間を潰してから行こう。そう思っていたら、声をかけられた。
「ジュディーじゃないの……!」
振り向けばお祖母様だった。隣にはお祖父様とロイまでいる。
「そのドレス……」
お祖母様が微かに顔を顰めるのが目に入る。だから見られたくなかったんだけど……。
一瞬傷ついた顔を見せてしまったかもしれない。お祖母様がしまった、という顔をした。
「レティシア、何を言ってるんだ? ジュディにとても似合っていて素敵なドレスだ。そうだろう? ロイ」
上手く褒めろとお祖父様が目で合図していることに気付いてしまったんだけど、ロイが慌てながらも言葉を探してくれているのが、なんだか嬉しい。
「ええ、その通りです。……純白のドレスばかりではつまらないというか……個性がないと思う。ワイン色は、その……フルーティーで、食欲も……そそりますし、季節を少し先取りした感はありますが……」
ふふ……、その調子、その調子。と励ますように嬉しげに微笑んで見せたら、ロイの端正な顔が段々朱に染まっていく。
「そういえば、ロイも今日はとっても素敵ね!」
ロイは今日、銀糸の刺繍のある赤茶色のジュストコールとクリーム色のジレ、ブリーチズを身につけ、クラヴァットを首に巻いた、貴族令息らしい美々しい姿だ。
「我が家のフットマンより美々しいから、妹のイリーナが引き抜きの声を掛けるかもしれないわ」
「高待遇を約束してくれるなら、悪くないかもしれないな。ジュディー専属がいいけど」
イリーナの尊大な令嬢然とした顔つきを真似て、エスコートを無言で求めるように手を差し出すと、ロイが重々しく腰を屈めて、手を取った。
「お嬢様、本日は会場までエスコートさせて頂きます」
「似合ってる! やっぱり素敵よ」
祖父母もわたし達の様子を微笑ましそうに見ている。空気が和らいでほっとした。




